余談:どんぐりの背比べ「俺って可愛いと思うか?」
「は?」
久々に会った男からそんなことを聞かれて、乱数は思わずネコを被るのも忘れ、低い地声の方で聞き返していた。
もっとも、前述の意味の分からぬ質問をしてきた男は乱数をこの世に生み出した男なので、今さらネコを被る必要もないと言えばないのだが。
「コホン……天谷奴、とうとうボケちゃったの?」
仕切り直すように咳払いをしてから、なんとかネコを被った方の声を出して乱数が男に尋ねると、その男…天谷奴は、乱数の嫌味をスルーして「いやなァ…」と、別に乱数が聞きたかったわけでもない話を始めてしまう。
「最近なんか、言われること増えたんだよな」
「……」
「俺って可愛いのかね」
「……」
前述の質問よりも確信度が上がっている天谷奴の言葉を聞き、乱数はため息を吐いた。
なんだかもう、まともに取り合うだけ無駄な気がする。
「…ま、可愛いんじゃない?ボクには負けると思うけど。」
「そーかそーか」
乱数の答えを聞いた天谷奴は、ハッハッハと豪快に笑った。
…いや、豪快に笑ってはいたけど、乱数が見る分に、天谷奴のその目はどこか遠い目になっていた。
今日会った当初の理由だった連絡事項の伝達が一通り終わり、それぞれのディビジョンに帰るかという間際。天谷奴に一度背を向けた乱数が、ふともう一度天谷奴の方を向いて、少しだけ笑い、そして言った。
「絆されてやんの」
これまで…今日だけの話ではなく、散々天谷奴の言動にイライラさせられてきたのを、やり返すつもりの乱数の言葉だった。
天谷奴がおかしなことを言い始めたのは十中八九、天谷奴がチームを組んでいるあの二人が原因なのだろうし、先ほど言っていた『可愛いといわれることが増えた』と言うのも、ほぼ確実にあの二人からの話である。
そんなガラでもないだろうに、ずいぶんとあの二人に情が移っているらしい天谷奴の様子を見て、乱数はからかうように別れ際の言葉を口にしたのだった。
乱数の言葉を聞いてから、一度ゆっくりと瞬きした零も、笑う。それは乱数がこれまで何度も見てきた、人を小馬鹿にするような天谷奴の笑みだった。
「お前ほどじゃねえと思うがな」
二人はそれ以上言葉を交わすこともなく、それぞれに背を向けてその場から去っていった。