どんぐりの仲良しぽっせ 玄関扉を開けた先にいた、自分のチームメンバーである二人を見た乱数は、瞬きをし首を傾けた。
「あれれ?幻太郎も帝統も、二人揃ってどうしたの~?今日って、集まる予定とかあったっけ?ボク忘れちゃってる??」
不思議そうな乱数を目の前に、玄関先にいた幻太郎、帝統は、各々に首を横に振る反応を見せる。そして、肩を少しすくめた幻太郎から口を開いた。
「新作のアイデアが思い付かず、苦労してましてね…気晴らしに街を歩いていたところ、通行人が避けていく風体の怪しい男に出会い……」
そこまで言った幻太郎が、隣に立った帝統を、じっとりとした視線で示す。
幻太郎の隣に立っている帝統は、なるほど、普段も綺麗な格好をしているわけではないが、今日は一段と薄汚れた姿であった。おおかた、昨晩降った雨の影響だろう。帝統は基本的に公園で生活をしているのだ。
幻太郎が話を続けた。
「そんな男が『これから乱数の家に行く』と言うのですが、下手に1人で動いて通報でもされたら、チームとしても世間体が悪すぎますし…腐ってもチームメンバーのよしみということで、同行したというわけです」
幻太郎の説明を聞き、帝統が苦い顔をした。
「…なんかスゲー悪く言われてる気分だな」
「悪く言ってますからね」
ケロリとした顔で肯定の言葉をはいた幻太郎に、帝統は何かを言い返そうとしていたが、それより先に乱数が
「それじゃ、だいすはどうしてウチに来たの?」
と尋ねたため、帝統は「そうだった!」と本来の目的を思い出して乱数に向き直った。
「最近負けが込んでてな……なんか食わせてもらおうと思って来たぜ!」
胸を張るほどの勢いで堂々と言い放った帝統は、直後、自分より背の低い乱数の身体にすがり付くような格好になり、
「お願いします!!何でもするから食い物を恵んでください!!!」
と、半ば叫ぶような声とともに、乱数に泣きついた。
「アハハッ、だいす、また負けちゃったの~?うちに来るの、これで今月何回目カナー?」
「…貴方、そんな高頻度で乱数にたかっているんですか?」
乱数の言葉を聞いた幻太郎が、不審げな顔で帝統を見る。帝統は慌てた様子で、両手を顔の前でブンブンと激しく振った。
「そ、そんなには来てないだろ!今日で今月5回目だ!!」
「今月は今日でやっと半月です。十分ですよ…」
ハァと、幻太郎が大袈裟に溜め息を吐いてみせた。帝統が流石に気まずそうな顔をする。
そんな二人の空気に割って入るように、乱数が「でもでもでも~」と、楽しげな声を出した。
「げんたろーもさっ、つい一昨日ウチに来てたよネ?」
ピクと幻太郎の肩が揺れた。帝統が
「そーなのか?」
と、幻太郎の顔を見る。答えない幻太郎の代わりに乱数が頷き、言葉を続けた。
「ウン!一昨日来たときは、確か『次の新作小説にデザイナーを出す予定だから、仕事の取材をしたい』って言ってたよん」
「へー、…んでも今日は、新しい小説のアイデアが思い付かないから街ン中歩いてたんだろ?デザイナーを出すのは決まってたのかよ」
一昨日と今日の幻太郎の発言、その微かな矛盾点を帝統が指摘する。それに対して幻太郎は、フゥと息を吐いてから、
「……それぞれ、別の出版社から依頼された、別の小説なんですよ。ありがたいことです」
と、言った。
「なるほどなぁ。やっぱ幻太郎の小説って売れてんだな!この前も、本屋の表に並んでるの見たぜ」
「おや。それで、貴方は買ったんですか?」
「ん!?ん~と…いや…その日はパチ屋でスッた帰りでよ……」
「そんなことだろうと思ってました」
「次に勝ったら買うって!!ほら、この前読んだやつは面白かったしよ」
「その『この前読んだやつ』は見本品を差し上げたやつですが……まぁ、本を買っていただくのは期待せずにいますよ。貴方がギャンブルで勝つなんて、地球に明日隕石が墜ちてくるよりも可能性が低いでしょうからねえ」
「そんなに言うほどじゃねえよ!?」
「…んふふっ……アハハハッ」
幻太郎と帝統の会話を聞いていた乱数が、思わず、というように笑い声を溢した。会話を中断した二人が同時に乱数の方を向くと、それすら面白かったのか、笑いはなかなか収まらない。
「おいおい笑いすぎだろ乱数!」
「ツボに入ってますね」
「だって~…ハハ…ッ…は~……笑ってるのは、二人の話が面白かったから、だけじゃないけどね~」
二人が揃ってキョトンとした顔をして、乱数はまた少しだけ笑った。
乱数には、ここ最近の幻太郎が乱数の家を訪れる理由が、幻太郎の言っている『新作小説』や『取材』のためだけでないのが、分かっていた。先ほどは言うのを止めておいたが、実は幻太郎も、帝統の来ていない日に、帝統と同じような頻度で乱数の家を訪れているのだ。
そして訪れた際も、特に何をするでもなく帰っていく。例えば一昨日「取材をしたい」と言って乱数を尋ねてきた幻太郎だったが、結局は乱数の仕事をする様子を数時間見た後、何をしたわけでもないのに、お礼だと言って、菓子を置いて帰っていった。
幻太郎だけではない。ここ最近、頻繁に乱数の家を訪れる帝統にも、幻太郎と似たようなところがある。
ギャンブルで負けた、というのはまあ本当の話かもしれないが、これまで以上に乱数の家を訪れる帝統は、乱数と食事をして、そして食後に「飯のお礼だ!」と言って、家事一般や買い物などを一通りこなしてから帰っていく。
とどのつまり、二人は用もないのに乱数の家に来ているのだ……いや、『乱数の様子を確認する』ことが、二人が乱数の家を訪れる『用』であるのだ。
クローンであり、おそらくそれ故に身体に支障が起き、中王区からその存在を追われ、
そしてつい最近、幻太郎と帝統の働きもあり中王区からその存在が許された、しかし身体の問題は何も解決していない、乱数の様子を。
二人に向き直った乱数が、ニコと笑いかけた。
「幻太郎、帝統っ!ボク、二人が来てくれて、すっごくうれし~よっ」
そのままピョンと体を跳ねさせた乱数が、二人をまとめて抱き締める。飛び付いた勢いでよろめきかけた二人だったが、なんとか乱数を受け止めた。
「えへへ、二人ともだいすきぃ~」
「おう!俺も好きだぜ」
「ハイハイ、小生も好きですが…ここ玄関ですからね。乱数さえ良ければ室内でやりましょうか…」
乱数の背中を軽く叩いた幻太郎の提案に、乱数が頷く。
「ウン!二人とも入って入って~」
大きく扉を開けると、帝統、幻太郎の順に二人が乱数の家の中に入った。その背後で扉が閉まる。と、同時に、乱数が再び口を開いた。
「ん~で、実はなんだけど……ボク、これからちょっと出掛ける用事があるんだよね~」
「え?」