OBQ After Record「──…って時代もまぁ昔はあったわね。アタシ? 嫌ァね、英雄なんかじゃないわ… 手にしたもの以上に、色々失い過ぎたもの。」
ザナラーンの砂塵が俄に舞う、埃っぽい店内。
行きずり冒険者達で賑わう騒々しさを他所に、この店の主はカウンターに頬杖を付き、懐かしそうに宙を見詰めた。
どういう経緯か、店主の嘘か誠か分別の出来ない身の上話しに首を突っ込んでしまった。
かつてこの地に「光の戦士」と呼ばれる英雄が世を凪いだと云う逸話はもはや万人の知る所ではあるが、
まさか目の前で(やや堕落気味に)グラスの酒を舐めているこの男がそうだとは、俄には信じられない。
「…な~んて。喋り過ぎたわね。」
艶やかな唇からフッと吐き出された紫煙には、自嘲も含まれているのだろう。
酒の所以か、虚ろう目元の妙な艶めかしさに惑わされたか、余計に前後が解らなくなる。
「さ、今日はもう店仕舞いよ。お勘定して頂戴。」
笑みは浮かべこそすれ、愛想のない手から勘定の伝票を受け取る、その不意の瞬間。
彼の商売道具の一つである古びたカードの束から、はらりと一枚のカードが滑り落ちた。
すっかり色の褪せてしまったカードには、「旅神オシュオン」が描かれている。
彼も黙ってそれを一瞥したようだ。
「毎度。」とだけ口の端を上げ、ニヤリと笑った。
それから二日後。
どうにももう一度あの男に会いたくなり、ゴブレットビュートを訪れた。
だが、そこはあの日の夜の喧騒など嘘だったかのように、酒場は更地と化していた。
よもや、あの男の存在自体が幻だったのではないか?
西風と砂塵が目に沁みる。
砂埃に沈みゆくウルダハの西日が滲んで見えた。
── そして幾年かの月日が流れた。
普段は気にも止めない小さなニュースに、年甲斐もなく息を切らせて走っていた。
"ジプシー占いの男が詐欺紛いの商いで双蛇党にお縄を貰った” と。
あの男だ。
昂る気持ちを抑えながら拘留室の扉を開く。
男は悪びれた様子もなく、あの日と同じように、ニヤリと笑った。