きみと終末旅行でも・オベぐだ♀(ぐだ♀は藤丸立香での表記です)
・一緒に終末を旅(しない)する話、ほぼポエム
メイクで誤魔化しきれなかったのだろう。
赤く腫れた目をした女性アナウンサーが淡々と読み上げる文章は、寝起きで働いていない頭にはなかなか入ってこなかった。
大きなフォントで表示されたニュースの見出しもどこか他人事のようで、赤い文字って読みにくいんだよなぁなんて思いながら冷蔵庫から牛乳を取り出す。
マグカップになみなみと注くと空になったので、バイトの帰りに忘れずに買わなくてはと携帯のメモ帳に打ち込み始めた所で繰り返しますと震える声が耳に届いた。
『明後日、24時前後に太平洋に巨大隕石が落下する事が正式に発表されました。衝突は、避けられないものであり…っ…』
段々と涙声になっていくアナウンサーが震えながらもそれでも毅然と原稿を読み上げる姿に、あぁ役目から逃げられないよね分かるよなんてどうして思ったんだろうか。
『地球に存在するすべての生命は、終わりを迎えます』
「マジかよ」
せっかく取り戻したのに。
チン!っとタイミングよく鳴り響いたトースターの音がまるでコントの締めくくりのようだった。
「うーん、そりゃあ繋がらないよなぁ」
食パンを噛りながらバイト先に連絡するも電話は通じない。
あと2日で地球滅亡という非常事態で働いている場合ではない事は重々承知しているのだが、何故か藤丸立香はひどく落ち着いていた。非常事態はよくあることなので。
先程までは怒号やら悲鳴やらで騒がしかった気がするが今は驚くほど静かなので、ゆったりとした朝食時間を取れてしまっているのも原因なのかもしれない。
顔を洗って歯を磨いて、少しくたびれてしまっているがお気に入りの黒いシュシュでサイドをまとめれば何時もどおりの藤丸立香の完成だ。しかもなんなら今日は地球も救えそうなほど凛々しい顔つきをしている。
「……牛乳、買いに行こうかな」
お店が開いているのかは疑問だが、じっとしているのもなんだか自分らしくない気がする。
愛用のリュックを背負い、歩きやすいジーンズと靴を履いてドアを開けた途端、視界に強烈な銀色の光が飛び込んできた。思わず目を閉じそうになったが、きらきらしているそれはよくよく見ると人の形をしていた。
さらりと流れた銀糸の髪と澄んだ湖のような瞳を人懐っこく細めて笑う男の子。
まるで物語から抜け出てきた王子様のようで、こんなフィクションのような生き物が存在するのかと半ば感心していると、存外低い声が立香に問い掛けてきた。
「やあ、おはようそして久しぶりだね藤丸立香。突然だけど僕と旅でもしてみないかい?」
「はい?」
「あぁその服装は君にとてもよく似合っているけれど、僕との旅路に相応しい格好ではないかな?そう例えば…春風を纏ったワンピースとか」
「いやあの」
「さあ、時間は有限だっ。今は1分1秒も惜しいからね!」
ぱちんとウインクを決めた王子様は、その爽やかな笑顔のまま有無を言わさず立香を扉の中に押し戻す。
ガチャンと締められたドアの前で呆然と立ち尽くした立香ではあったが、早めに頼むよという声に急かされてか不思議と高揚した気持ちで今まで着る機会の無かった春色のワンピースが眠るクローゼットを目指していた。
「旅って……普通に街中じゃん!?」
「僕にとっては知らない場所だからねぇ。これは前人未踏の未知なる旅です!」
見慣れた街を、今日出会った見知らぬ人と春色のレースを翻しながら一緒に歩く。
立香より頭1つ分くらい背の高い王子様は新しいおもちゃを見つけたような視線を周りに巡らせていて、彼の表情としては少し珍しい部類ではないかと思ったのは何故だろう。
「てっきり、県外とか外国とか行くと思ってたんだけどなぁ」
「えっ?突然現れた見ず知らずの男とそんな遠くまで行くなんてはしたない……僕は許した覚えありませんよ!」
「その突然現れた君は、私の保護者なの?!」
いくらコミュニケーションが得意な方だと自負している立香でも、初めて会った男と旅行に行くわけがない。
第一、勝手に王子様と呼称しているがそもそも彼の名前すら聞いていないのだ。それなのにこうしてぽんぽんと会話は止まらずなおかつそれを心の底から楽しんでいるから不思議で、昔から友人だったようなそんな気さえしてくる。
そういえば王子様はどうして立香を知っていたのか。久しぶりと声をかけてきたということは過去に会っている筈でこんな印象的な王子様を忘れるわけないのだ。
「さて立香、案内して欲しい場所があるんだ」
立香の前にすっと2本の指が立ち真剣な表情をした王子様の顔を見ると、湧いてきた疑問もほんの些細なことだったようにいつの間にか消えていた。
「1つはプリ…うーんなんだったかな…小さな写真が撮れたりぬいぐるみが手に入る場所。あともう1つはクレープが売っているところ」
「えっ、ゲームセンターのことかな…せっかくなのにもっと違うところ行かなくていいの?観光名所とか連れていくよ私」
未知なる旅に来たと豪語していたのに、いつでもできるような庶民的なものをきらきらな王子様は提案してくる。
それではあまりに平凡ではないかと思ったのだが、王子様は立香の黒いシュシュを外して橙色の癖のある髪を整えると穏やかに笑った。ただ瞳だけは少し意地悪そうな光を宿して。
「馬鹿だなあ、きみとそこに行くことに意味があるんだよ」
それからはなんだかあっという間だった。
まず王子様に馴染む気のないゲームセンターとのコラボレーションに涙を流す勢いで立香は笑った。王子様はにこやかに怒りのオーラを放った。
写真写りが完璧すぎる王子様の顔に落書きしたり逆にされたりそれを二人で分けあった。
意外と器用な王子様がぬいぐるみをごっそり取りつくして、白い羽が可愛いらしい小さなふわふわのぬいぐるみを自分用に残してあとは全部立香にくれたり。こんなに大量には困るなぁって言った立香は間違っていない。
あまりにも楽しくて笑いはずっと絶えなかった。
途中でがしゃんと窓ガラスが割れて驚いたのだが「気のせいだよ」と笑う王子様に視線をやれば、窓ガラスは何事もなくそこにあった。
生クリームやチョコがトッピングされている割にあまり甘くないクレープを食べる頃には、自然とお互いに手を繋いでいて。
これはなんだか旅というか、高校時代に立香が少し憧れていた少女漫画の王道のデートに似ていて頬が熱くなったのは王子様には絶対内緒にしたい。
気付けばゆっくり日は暮れ始めていて、鮮やかな橙色と薄い紫が重なった黄昏時の空は立香のお気に入りだった。懐かしくて苦しくて悲しくなるけれど温かさもある、そんな名前も知らない誰かを思い出すような空。
「あ…れ…」
ざっとノイズが走った感覚を覚えた時、そういえば今日は人類の終わりが確定したのではなかっただろうかと立香はふいに思い出した。
いや今まで思い出さなかったのが異常ではないだろうか。こんな状況で何事もなく遊んで楽しんで、なんてできる筈がないのだ。
何故なら立香は知っている。一定の文明を築き、言葉を操り、意思を持って行動する生き物が命の終わりを自覚した時の混乱を。足掻きを。醜さを。愚かさを。
「藤丸立香」
黄昏に染まった王子様が静かに立香を呼んだ。黒い髪が揺れ、底が見えない蒼くほの暗い瞳でじっとこちらを見つめている。
「今度こそ終末に相応しい旅に出ようか。候補地は二つ、きみが決めるといい」
「ふたつ…?」
「ああ」
ぎちりと掴まれた手に青い爪が食い込む。
黄昏を蝕み始めた虫が、力を加減して扱ってくれている事を立香は知っている。
「一つ目は星空がよく見える山頂の星見台。なに、少し寒いけれど大丈夫さ。寒さに苦情を入れる事を忘れるほどに忙しくなるからね」
暗闇のなかでも薄く光るように映える翅を震わせた。
黄昏を喰らい尽くした奈落の虫は所詮飾りものだと嗤うが、それでも美しくて愛おしいと思った事を立香は覚えている。
「二つ目は暗闇以外は底も何もないけれど……まぁ静かでゆっくり眠れることは保証するさ」
「………はは、きみがいてくれるじゃない」
「……なんだ、思い出したのか。ちょっと遅くない?」
少し目を見開いたあとすぐ意地悪そうに口角をあげて笑う顔が懐かしくて、立香はなんだか笑ってしまった。
そうだ、全部思い出した。汎人類史のため駆け抜けた日々を。辛く苦しい悲しみもあったけれど、それを上回る楽しさや嬉しさもあった日々を。
「オベロン、どうして」
「時間は有限だって最初に言っただろ?選べ立香、選択肢があるのはカルデアがお前を迎えに来るまでの間だけさ」
「カル、デアが……あれなんとかできるの?」
「さあ?でもおすすめはしないかな。きみが世界を諦めなくても世界はお前を切り捨てているからね」
オベロンが吐き気を抑えるように顔を歪めて言い捨てた言葉が、ああそうかと心の奥底にすとんと落ちてきた。立香がやろうがやるまいが、ここが藤丸立香の終着点なのだと。
ぐっと目頭が熱くなって、掴まれたままだったオベロンの手にすがるように精一杯の力を込めた。オベロンは何も言わずに少しだけ力を緩めて、包み込むような形で握り返してくれる。
「私、カルデアもオベロンの事もすっかり忘れてたのに、いつの間にきみの名前呼んでたのかな?」
「あーもうそれはそれはクソデカイ可愛げのないため息だったから、耳障りすぎて思わず這い出てきてしまったよ」
「ひっどい」
「無理やり聞かされるこちらの気持ちも考えてくれないかなぁ?」
何時もどおりの皮肉屋で面倒そうな奈落の虫。
こんな状況でも変わらないオベロンの態度に安心してしまう。そういえばこの人も終末装置だったのだから、むしろこの状況は得意分野なのかもしれないと立香が考えたところでじとりと睨まれた。妖精眼、最初は知らなくてビックリしたよなぁ。
「さあ立香、行き先は決まったかい?楽しい旅路の始まりだ、盛大に汽笛を鳴らしてくれよ」
「オベロンはもう分かってるくせに」
「わぁ~他人に、しかも虫に意見を任せるなんて愚行の極みじゃないか!元人類最後のマスターの美点は有言実行だろう?そこを怠るなんて虫以下だよ、人間やめたいの?さっさと反省するんだね」
「うわ、ちょっと言っただけで倍で返してくる~」
さあ、と走り続けていたあの頃のように立香は眼を閉じて深く息を吸う。
数を数えて心を落ち着かせてスタートラインに立つ。ようやく眼を開けばあの頃は青い空が広がっていたが、今は黄昏の空となんだか穏やかに笑っている彼がいる。
「私は、」
「あ、ちょっと待って」
藤丸立香の総仕上げとしての壮大な決意の表明をしようとしたところなのに、突然出鼻を挫かれてちょっと気が抜けた。
元マスターを急かしたあげくに待てを強要しておいて、当のオベロンはまさかの無言を貫いている。
ややあって立香をしっかりと見据えたオベロンの顔には、妖精國で何度か見たことのある少し照れ臭そうな表情が浮かんでいて。そして彼にしては小さな声で呟いた。
「その春色、お前が思っているよりマシなんじゃない?」
「人理が修正されて普通の生活に戻ったらさ、学校行って帰りにクレープ食べて、ゲームセンターに寄って遊び倒すの。それでさ、楽しさでくったくたになったら家のベットでぐっすり寝るの!」
そういうことがしたいなぁって笑うマスターは、心の奥底で普通の日常に戻れるのか分からないと泣いている。死にたくないと叫んでいる。
でもすぐに仕方無いんだ頑張ろうとマスターとしての責任の重みで全てを蓋をする。重みはどんどん増して、蓋をするのが最近は上手くなりすぎていて目障りだなぁとオベロンはその眼で捉えている。
「オベロン、プリクラとか盛らなくてもそのままで勝負できるし器用だからクレーンゲーム制覇してゲームセンター泣かせそうだよね」
「マスターがなにを言っているのか俺には全くもって理解ができなくて不愉快だから出ていってくれるぅ?」
「えっ聞いてなかった?もう一度話そうか?!買ってから一回も着れてない服がね、」
「うるさい、出ていけ」
マスターの首根っこを掴んで空間から閉め出す。
どうせアルトリアが何とかするだろうと雑に放り投げるとわー!っと言う伸びやかな悲鳴が無駄に反響してしまい、気配が消えても爪痕を残していくマスターのしつこさには呆れしかない。
「汎人類史、寒気がするほど平和でくだらない気持ち悪い世界だよ」
本当に、滅ぼしておくべきだった。
カルデアに召集される直前に買って着れなかった、春風を纏うようなふわりとしたレースが舞うワンピース。自分には似合わないなと思っていたけれど一目惚れして衝動買い。
それを着て、ゲームセンターとやらでぬいぐるみを取ってプレゼントしてもらって小さな写真を撮って二人で分けあって。
クレープを食べながら手を繋いで黄昏時を一緒に帰る。相手はまだ誰かは分からないけれど、小さい頃少女漫画で見た王道なデートをしてみたい
そんなひとりの女の子の、ひどく馬鹿げた小さな憧れも叶えてくれないクソみたいな世界なんて滅んでしまえ。
顔もまだ浮かばないくせに、その相手にこんな虫を据えてしまいそうな、そんな哀れな、おんなのこを誰か
あぁ、気持ち悪い