噂話の考察時計の秒針すら眠る、深夜の資料室。
資料を捲る僕の対面に座った黒髪は、そのまま特に言葉を繋げることもなく、呑気にふたり分の珈琲を並べている。
「はい、どうぞ。」
徐に差し出された手には、木製のマドラー。いつもの使い捨ての、安価なもの。
視界の端でその様子を捉えながら、態々それを手渡そうとしていることに若干の違和感を覚えた。
「そのまま並べてくれれば良いだろ。」
資料から目を離さず手だけを迎えに出した直後、此方に向けていたマドラーを押し付けるように持たされ、そのまま手首を引かれる。
「ねぇ。『零落プログラム』って、知ってる?」
机の上で対面方向に身を乗り出す形になっている僕の耳元で、隻眼が囁いた。
「……は?」
そんなことを言う為だけにこんな小細工をしたのかと思うと、疑問を通り越して苛立ちすら湧き上がってきそうになる。
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