雨と、二人と、一つの傘 私は雨が嫌い
濡れるのが嫌だ
ほの暗いのが嫌だ
行動を制限されるから嫌だ
せっかく髪を綺麗に整えても、拡がって台無しになってしまうのが嫌だ
なにより、雨が貴方の匂いを掻き消すようで、嫌だ
「やだなぁ…」
窓の外を苦い顔で見つめながら、ため息混じりにぽつりと呟く。
不機嫌の空気を察したようで、ビリーは手元の本に落としていた目線を私に向けて、あ、と思いついたように私に提案した。
「ねぇ、散歩に行こうよ」
「なんで…」と言いかけた口を噤む、だってなんだか、凄く楽しそうな顔をしていたから。
そんな顔を見せられたら、不満のひとつも言えやしない。
渋々ながらも、ビリーの提案なら…と、一本の傘と、大好きな人の右手を持って、憂鬱な雨の世界に出ることにした。
「こいとは雨が嫌いかもしれないけど、僕は結構好きなんだよね」
散歩と言っても特に行く宛てなど無く、「いつ止むのかなぁ…」などと考えていた私に声が降ってくる。
ほら、なんだか音楽みたいに聴こえてこない?と、ビリーは耳を澄ませるように促す。
しばし目を閉じて、二人で自然のコンサートに聴き入る事にした。
雨粒同士の響く音
水溜まりを叩く音
草木を軽快に弾く音
土に染み入る音
二度繰り返すことの無い、唯一無二の音
目を開けると、「ね?」と嬉しそうに笑うビリーがいて、思わず一緒に笑みが零れた。
「ふふ、素敵だね」
ひとつの傘に、身を寄せあって、音を楽しみ、雨を凌ぎながら歩く。
自然と歩幅も歩調も揃う。
雨が降っている、ただそれだけでいつもより近い距離に居られる、そんな免罪符を得たような気持ちになる。
掻き消されるどころか、気付けばいつもより貴方の匂いを近くに感じる気すらした。
こんな幸せな気持ちになれるのなら、雨だって悪くないかもしれない。