盗賊団の密かな日常 北の国では、基本的には生きることが最重要課題。
それはここ、死の盗賊団でも同じなのだが、彼らは同時に明るく笑って騒いで憂さを晴らすことも知っていた。
もちろん仕事の時は冷徹無比にこなすし、人間の命だろうが、魔法使いの命だろうが、標的となったら容赦なく宝も命も奪い取る。
だが、普段の彼らはそれだけではない。酒盛りだってするし、娼館の姐さんをどう落とすかの相談をしたりもする。もちろん訓練もやるし日々の生活の糧の狩りだって。
そんな彼らの楽しみには、たまにスリルを伴うものもある。
「はあ? 俺がやるの?」
厨房でレシピを勉強しながら新しいメニューを模索していたネロは、自分よりもまだ年嵩に見える人間の団員に誘われて嫌そうな表情になった。
「ザッツさん、どうしてもそれやらないとだめっすか?」
ザッツと呼ばれた団員はニヤリと笑った。
「おうよ。やらなきゃまずいなあ、新入り」
「もう新入りって年じゃねえし…5年いるのに、まだ新入り呼ばわりってどうなんすか、ザッツさん」
「てめえの後が来ねえんだから仕方ねえだろ。早くでっかくなって俺らの歳を越せ」
「越せねえって・あんたたち先に年取るし、……あ」
ハッと口を押さえたネロの頭を、ザッツは笑って撫でてやった。
ザッツの年齢をネロはよく知らないが、ボスの実年齢とかなり近い事だけは聞いたことがあった。ザッツの見た目は中年に差し掛かり始めている。厨房担当として盗賊団に来てから、やっと自分の分もまともな食事を摂れるようになったネロは、ようやく背が伸び始めたばかり。見た目だけなら、大人と子供みたいなものだ。そして、ザッツは人間だ。見た目も含めて、間違いなく彼はネロより先に歳をとって死ぬのだ。
もちろんザッツもそれを理解している。だからネロの言葉を暴言とはとらず、当然のように受けて笑っていた。
「まあな。だから、年上の頼みは聞いておいた方がいいだろ?」
「えー……」
「ちょうど今、ボスがこの間力で従えた魔法使いの連中を連れてきて、例の儀式やってるところだ。てめえも度胸試しにやってもらってきたらどうだ?」
「えー……ほんと、あれめんどいんですよ」
どうやってもザッツはネロにその儀式をやらせたいらしい。そしてネロは本当に面倒臭くて断っている。
だが、最終的にはザッツが勝ち、ネロは渋々ボスの『その儀式』の現場に向かった。
「おう、次のやつ来いや」
死の盗賊団のアジトである洞窟は、中に少しだけ開けた場所がある。そこは広場と皆で呼んでいて、先日ボスが倒した魔法使いのいる盗賊団の団員たちがボスに忠誠を誓うべくやってきていた。そこに今は人間の団員、魔法使いの団員、それから新入りの魔法使いの団員たちが集められていた。
ボスであるブラッドリーは、新入りの魔法使いには必ずこの広場で儀式をする。
自らが新入りの前に立ち、そして自分の強化魔法をまっすぐに受け止められるのか、確認するのだ。
強化魔法とはいえ、ブラッドリーの魔導具を本人に向けて使うのだ。受け止めるには彼への信頼、忠誠がないと、普通に撃たれる恐怖と相まってうまく受け止められない。
だからこれを最近のブラッドリーは忠誠心を見定める方法として採用していた。もちろんそんなことしなくても魔法使いはある程度は見極められる。だから、これは魔法使いの人間へのパフォーマンスの一つだ。忠誠を見極める、というシンプルなもの。
おずおずと進みでた一人の魔法使いに、ブラッドリーは無言で魔道具である自身の長銃を何もない空間から出した。
「……!」
魔法使いに明らかに怯えの表情が浮かぶ。無表情でその様子を見ながら、ブラッドリーは長銃の銃口をまっすぐにその魔法使いに向けて構えた。
「《アドノポテンスム》」
「うわあああああ!」
ブラッドリーが呪文を唱え、引鉄を引くのと、銃口を向けられた魔法使いが悲鳴を上げて避けるのはほぼ同じだった。
「おい、避けてんじゃねえ」
「だ、だって、あんた俺を撃つ気じゃないか!」
「……あんた、か」
低い声で呟くブラッドリーに、魔法使いの顔色が蒼白になった。
「俺は二度同じことを言うつもりはねえ。おい、アイン、こいつ黒だわ。ちょっと動けなくしとくから始末しとけ」
「ひっ」
慌てて逃げようとする魔法使いに追い討ちをかけるようにブラッドリーが呪文を唱えた。そして背中に向かって引鉄を引く。何も見えなかったが、それが当たったらしい魔法使いは声もなく倒れた。
「動けなくしたからな。あとは任せた」
アインと呼ばれた部下に向かって、ブラッドリーは感情のない声で言った。
呼ばれた部下も軽く答える。
「へーい。魔法使いだと俺ら人間は完全に勝てませんからねえ。その辺は、若でないとどうしようもない」
ブラッドリーもため息をついて答えた。
「だから若って言うのやめろ。今は新入りの試験中だ」
「でも、今ので他のやつも怯えちまってる。どうするんで? これじゃ儀式にならねえ」
壮年に差し掛かった人間の男は、倒れた魔法使いを手早く縛り上げながら、ブラッドリーに向かって言った。
「試験って言ってるのに、儀式にしてんじゃねえ」
「いやどう見ても人間の俺らから見たらあれ儀式ですからねえ」
「戦う時に俺様が扱いやすいよう、今見てるだけだ」
「でも、今まで見てる限り、みんな嫌そうに強化されてるからか、あまり普段と変わってないように見えるんですよねえ。若、手抜いてません?」
「抜いてねえって言ってんだろ、殺すぞアイン」
「いやいや、殺さねえでくださいよ、わ、いやボス」
「わざとらしいんだよてめえは」
壮年に差し掛かった男が、少し自分より若そうに見える男に肩をすくめる姿というのも、ネロには変に見える。
それはネロが人間の社会で魔法使いであることを隠して生きてきたからで、魔法使いが隠さず生き、上位に立つとこういう光景が普通になるのだと、この盗賊団に来てからネロは知った。
ザッツに連れられて広場にきたネロは、目の前で縛り上げられる魔法使いを見ながら、全然状況にそぐわない、そんなことを考えていた。
「おーいボス! ネロ連れてきたぜ!」
ザッツが大声を上げる。その声にブラッドリーと人間の部下が振り向いた。
「ザッツ、いいタイミングで連れてきたな。ちょうど馬鹿が一人出たところでこの後の儀式どうしようかと思ってたんだよ」
人間の部下がザッツにのんびりと話しかける。
「え、そうなのか?」
「ああ、腹に一物抱えてたみたいで、若のアレ見てビビって尻尾出した」
「うっわ。それで今ボスイライラしてんのか」
豪快にザッツが笑うと、ブラッドリーがイラついた表情を見せた。
「それはこの野郎が俺様をボスって呼ばねえからだ。いつまでもガキの頃の呼び名使いやがって」
「まあ仕方ないっすよね。俺らにとってはボスはボスでも若だし」
「だよなーザッツ」
「てめえら、しばらくの間まとめて全員の洗濯係するか?」
ブラッドリーが睨むと、ザッツが慌てて手を合わせた。
「いやいやいや待ってボス、ネロを連れてきたんだけど俺」
「俺は呼んでねえぞ。てめえら、この間からうちの魔法使い連中一人ずつ呼んでは俺様に撃たせてるけど、あれはなんだ。しかも今日はこいつか。夜の飯が遅れるだろうが」
ジロリと睨むボスにも平然とこの二人は言い返す。
「へえ。うちの連中も度胸試しした方がいいかと思いやして。今日はこいつっす。こいつ、まだ俺らの前で儀式してねえでしょ」
ザッツがニヤリと笑ってブラッドリーに言う。ネロはうへえと渋い表情になった。
ネロがその儀式を盗賊団に入った時にしていないのは理由がある。
すでにボスによってその強化を受けたことがあるからだ。ボスの目の前で、ネロはその強化のおかげで石にならずに済んだ。それだけなのだが、どうも彼らは見ていないせいか、ネロのそれも見たかったのかもしれない。
「あ、そういやそうだ。こいつのは俺も見てない」
アインと呼ばれた男がポンと手を打つと、見ていた他の団員たちが、俺も俺もと言い出した。
「面倒だな。こいつは大丈夫だって、俺は知ってるし」
ブラッドリーも面倒そうに言った。
「でも見てえのか、てめえら」
ブラッドリーがそう言うと、それまで黙っていたギャラリーの人間の団員と、元からいる魔法使いの団員がみんな肯定の声を上げた。
すでにイベント扱いになっているらしい。
ブラッドリーはため息をついて、それからネロを手招いた。
「そっか。じゃ、ネロ、来い」
うへえ。やるのかよ。
そう思いながら、ネロは先ほど魔法使いが縛り上げられたところに行く。
ブラッドリーもさっきと同じように、長銃をネロに向けて構えた。
「さっさと終わらせてくれよ。こっちは夕食の仕込み途中でここに連れて来させられたんだ」
太々しく言うネロに、ブラッドリーが笑う。
「てめえはてめえでリラックスしすぎだろ」
「知ってるから、俺は。あれ、後が面倒なんだよな。力がなかなか引かない感じが残ってて」
「てめえはこれ撃ち込まれたら、結構強くなるんじゃないか?」
「さあ、わかんね。この間は人並みになってたみたいだけどな、魔力」
「あれはろくすっぽ魔法を教わっていねえ状況だ。あれから5年経って、魔法もそこそこ使えるようになってる今なら、こいつらの見極めとかできるんじゃないのか?」
ブラッドリーのガーネットの瞳がちかりと光った。それを見て、ネロは目を眇める。
出会った時は魔法使いに品定めされているようで苦手だったこの瞳が、今のネロはとても好きなものになっている。
生きる力に満ちた瞳。それはまるで太陽のようであり、また炎のようでもあって。それなのに、本人はどこまでも冷静で、頭が回る。何度かネロは仕事にも出ているが、その時、生きるための目印となったのがこの瞳で、ネロ自身助けてもらったこともある。
少しだけ嬉しくなって、ネロはこう答えた。
「確実なのは、多分力有り余って、夕食が三倍早く作れるとか、じゃねえかな」
それを聞いて、ブラッドリーがニヤリと笑う。
「上等だ」
ブラッドリーが呟いて立ち上がると、銃の砲身がみるみるうちに短くなっていく。
ネロは目をまるくした。そんなの、今までここで見たことがない。他の団員もそうだったのだろう。気づけば広場はしんと静まり返っていた。
短銃の形になったそれを、ブラッドリーは片手でネロに向けて構え直した。
「俺様が強化をするとき、普通レベルがいつもの形だ。強化のレベルが上がれば上がるほど、この砲身が短くなる。これが最強レベルだ」
「……」
ネロに言い聞かせるように、ブラッドリーは言う。
「この途中でもいいと思うけど、てめえはどのくらい強くしてもらいたい?」
ニヤニヤと笑いながらブラッドリーが言う。面倒くせえな、と思いながらネロはポツリと言った。
「なんでもいいよ。ボスの好きなところで撃てば」
そう言ってなんでもないことのようにその場所でネロは立っている。
見ているギャラリーは全員固唾を飲んでいた。怯える新しい魔法使いの団員、最高強化というものを初めてみる人間の団員、双方が静かに様子を見ている。
魔法使いは知っている。強化の具合によっては、強すぎる力に飲まれて制御できなくなることを。
人間はそうは思っていないが、何やらすごいことになっていることだけは感じているらしい。
そして当の本人たちは、別に普通だった。
「本当にてめえは、太々しいままだなあ」
そう言って笑い、呪文を唱えながらブラッドリーはなんでもない的に当てるように引鉄を引いた。
ネロも割と軽く考えていたので、まあボスも殺す気はなさそうだから死にはしないだろうとたかを括って、なんでもないことのようにそれを受け止めた。
その後、ちょっとした騒ぎが起きた。
最高強化で平然としていたネロを見て、広場は騒然としたが、「あれがボスへの信頼だ。あれだけ信頼していると、強い強化を受けられる」と状況を利用して新参者たちに説明するアイン。
ザッツはどうやら人間の団員たちとネロで賭けをしていたらしく、勝った勝ったと大喜びしたが、ここでそれがばれ、上前を全部ボスに取られる羽目になった。
そしてネロは、ブラッドリーのいう通り、敵と味方を瞬時に見極めついでに処分し、さらに本人の予想以上の処理速度で夕食を作り終え、力が有り余りすぎてるからと言ってそのまま日も暮れかけた雪原に飛び出して魔法生物と鹿の群れを難なく狩って連れ帰り、そのまま解体作業までこなし、それでもまだ力が余ってると言って、ブラッドリーに魔法の訓練を受けさせろと迫った。
だが一瞬の強化の反動が翌日以降に現れ、数日ネロは寝込むことになり、ブラッドリーはわざわざ見舞いに訪れ、徐々に慣れていったらてめえは絶対強くなるぜ、とその寝床のそばで笑っていたのだった。