1話
ハイドランジア大陸。古くから平和が保たれていたこの大陸は、今まさに魔王に支配されようとしていた。
「たぁッ!」
片手剣で目の前の雑魚モンスターを斬っていく。剣を振るった少年──『レッド』はふぅっと息を吐きながら背後にいる"彼女"に振り返った。
「どうだ、ロイズ!中々やるだろ?オレ」
「……あまり調子に乗らない方がよろしいかと。勇者さまはまだ経験が浅いですから」
通常の人間より長い耳を持つ青髪の少女──『ロイズ』は、伏せた目をレッドに向ける。
「わーってるって。でも、この辺りは雑魚ばっかだし、平気だろ」
「そうですね。もうすぐ町に辿り着きますし、そこで一休みをしますか」
「おう。あー、腹減った。肉食いてえな」
「そんな贅沢はできませんが……お腹を満たせれば良いですね」
森を抜けて町への道を歩く中、レッドはちらりとロイズの無表情に近い横顔を見る。
(なんだかんだ、上手くやっていけてるよなぁ)
レッドが勇者となったきっかけは、魔王軍により村が襲われたことだった。
大事な居場所が半壊したことと、唯一の家族である弟がモンスターのせいで怪我をしたことから、レッドは怒りに燃えて旅に出ることを決意した。
村長はレッドにこう伝えた。
『東の森の奥深くに、エルフの村がある。そこに魔法使いの娘がいるから、その娘に会いに行きなさい』
きっと力になってくれる。
その言葉の通り、エルフの村でロイズと出会った。
ロイズは回復を得意とした魔法使いの母を持つ娘である。尤も、母親は彼女が赤ん坊の頃に亡くなっているらしいが。
母が亡くなる寸前、身体に魔力を練り込まれたという彼女もまた、回復魔法が得意であった。
『必ずや、勇者さまのお役に立ってみせます』
レッドの前に跪き、そう言った。
彼女は数年前失踪した兄を探すために旅をしたいのだと申し出た。
レッドが拒む理由は無かった。
「ロイズは何か食いたいモンとかねーのか?」
「私は……。特にありません。勇者さまほど戦っていませんし」
「でも、さっき魔法使ってくれただろ。これから王都まで長いし、食っておいたほうがいいぜ」
「節約しながら、ですね」
「へーへー……」
ロイズは大人しい少女である。物事を淡々と喋り、ポーカーフェイスを貼り付けている。
せっかく可愛い顔をしているのに勿体ないなぁ、とレッドは思う。
それに、クロスホルター型のハイレグを纏った胸も豊満で、それでいて程よく体が引き締まっていて。
(ってバカ!何考えてんだオレは……!)
ぶんぶんと頭を振って、いつの間にか辿り着いていた町に足を踏み入れた。
町にはモンスター対策のためか武器や防具が売っており、切れ味の良さそうな剣も売られていた。木の素材で作られた剣ではこの先心許ないと感じていたレッドは、新しい剣を、回復薬の瓶を売ったなけなしの金で購入する。
「薬を売ってよろしいのですか?」
「ああ、オレんち、診療所でさ。異常回復の瓶ならまだ弟に持たされてるし、それに…」
「それに?」
「回復ならお前がいるから、いいかなって」
貰った剣を肩に引っ掛かけながら言うと、ロイズは少し目元を緩めた。
「……ご期待に添えるよう、頑張りますね」
どきりと胸を高鳴らせる。優しい表情もするのだなと、レッドは少し嬉しくなった。
時刻は夕方に差し掛かり、腹の虫がぐきゅると元気に鳴り始める。
「とりあえずメシだメシ!あそこの食堂に行こうぜ」
「ええ」
こくりと頷くロイズを連れて、食堂に赴く。
食堂は古くから経営しているのか年季が入っており、落ち着いて食事ができそうだと席に着こうとした。
しかし。
「きゃああっ!モンスターよ!」
「!」
パリンと窓を割って、モンスターが入ってきたのだ。
客の逃げ道を塞がれてしまい、レッドは咄嗟に剣を構える。
「私はみなさんを守ります!」
「任せた!」
ロイズがバリアを張り、客や店員を守るのを確認してから、レッドは中型モンスターに向かって走り出す。
「切れ味、確かめさせてもらうぜ!」
ザシュッ!レッドの剣がモンスターを斬る。しかしモンスターはすぐに傷を回復してしまう。
「クソッ!こいつ!」
何度も傷口を再生するモンスターに、レッドの顎から汗が滴る。
「勇者様、闇雲に斬りつけては体力を消耗します!」
「わかってる、けどっ!」
レッドは魔力が少ないため、体力で押し切るしかないと考える。
どうすればいい、と攻撃を交わしながら考えていると、ロイズがレッドをバリアの中に引き入れた。
「うおっ!ろ、ロイズ!?」
「……勇者様、今から私が何をしても動じないでください」
「っは?なに………」
いうが早いか、柔らかいものが唇に押し当てられる。それがロイズの唇だとわかった時には、舌を差し込まれていた。
「………んん!?」
「んちゅっ……んむ、ちゅっ……」
周りの客が呆気に取られるなか、ロイズが舌を絡め、唾液を流し込んでくる。
すると、レッドの心臓がどくりと音を立てた。
力が湧き上がってくるのがわかり、目を見開く。
「っぷは!ろ、ロイズ何すんだよ!」
「唾液を導火線として……魔力を流し込みました。とにかく、その力であのモンスターを!」
「……っ、わ、わかった!」
ハッとしてバリアをから出る。心臓の鼓動を跳ね除けるように、勢いよく剣を振り下ろした。
「おらっ!!」
するとモンスターは光の粒子となって消えていく。
レッドが剣を鞘に収めると、周りから拍手が鳴り響いた。
「へへっ……どーもどーも!」
「勇者様、お見事です」
「いや、ロイズのおかげ……ってお前、大丈夫か!?」
明らかに顔色が悪くなっているロイズは、やがてどさりとレッドの胸に倒れ込んだ。
頭は悪いレッドだが、おそらく先程のバリアと、レッドに魔力を分け与えたせいで疲労してしまったのだろうと察する。
「おばちゃん、メシ、テイクアウトとか出来るか?」
「え、ええ、大丈夫よ」
「じゃあ、近くの宿屋に頼む!」
レッドはロイズをおんぶして、宿屋に走り出した。
宿屋の主人に部屋に案内してもらい、ロイズをベッドに降ろす。
……恋人だと思われたのか、ベッドはダブルベッドである。
「ロイズ、大丈夫か?」
「……はい。申し訳ありません…迷惑をかけてしまいました」
「んなことねーよ。ロイズのおかげで色々助かったしな」
ニカッと笑うと、ロイズは安堵したように溜息をついた。
しばらくして頼んでいたサンドイッチが運ばれてきた。二人で四つのサンドイッチを分ける。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさんっと。疲れたな、流石に」
「そうですね……モンスターが襲ってきたのは想定外でした。各地で脅威が広がっているとは聞いていましたが」
「……早く魔王を倒さねえとな」
「はい」
決意を新たにしたところで、ふと、レッドはロイズの顔を見た。
先ほどよりも血色が良くなったロイズの、柔らかそうな桃色の唇。
先程のキスを思い出してしまう。
「……あのよ」
「はい?」
「さっきの、き、キ……キスだけどさ」
「……はい」
「ロイズはそのー…初めてだったのか」
「………そうですね。初めてでした」
「マジかよ!?」
「なぜ驚くのですか」
「だってあんな、上手かったし!」
そこまで言ってハッと我に帰った。ロイズの頬がみるみるうちに赤らむ。レッドも伝染するように赤くなった。
「……勇者様はどうなのですか?」
「へっ!?お、オレは……き、キスのひとつやふたつしたことあるに決まってんじゃねーか!」
見栄を張りたいがゆえの嘘である。
どんと胸を張ると、ロイズはジト目で見てきた。
嘘だと見破られているのだろう。
「ああするしかなかったとはいえ、申し訳ないことをしました」
「え?」
「……勇者様は、もっと魅力的な女の人としたかったでしょう」
いやいやいや、とツッコミを入れたくなる。ロイズだって、充分美少女だ。
「オレは嬉しかったけど」
「え……」
「に、二回も言わせんなよ!オレだって、可愛い女の子にキスされたら嬉しいんだよ」
「……私が、ですか」
「お、おう」
「……」
「……」
沈黙が降りる。ロイズは真っ赤になっていた。
「あ、…あー!オレ、疲れたし風呂入ってくるわ!」
ガシガシと頭を掻いたあと、とりあえず風呂に入ろうと立ち上がる。
その腕を、ロイズが控えめにつかんだ。
「え」
「…お疲れ……でしたら、癒しの魔法を施して差し上げます」
「い、いやしのまほー?」
ロイズはレッドをベッドに座らせる。
「癒しの魔法って…?」
「はい。癒しの魔法は、治癒とはまた違う、心の疲労を取り除く魔法です。村を出る前、私の中にこの力が備わっていると、村長に教わりました」
「へー………」
リラックスできるということだろうか。それならお願いしたいが、ロイズだって疲れているのに大丈夫なのか。
そんな心の内を覗いたように、ロイズは優しく言った。
「この魔法は、体を繋げることで発動するそうです。私にも効果があるそうなので、心配は無用です」
「そうなのか…………って、え?」
「?」
「今なんつった?体を繋げる……?」
「………はい」
こくりと頷くロイズに、レッドは赤面してバッと退いた。
「そ、それ、ってせ、せ、せ、セッ」
「………はい、セックス……です」
「マジで言ってんのか!?」
ロイズは淡々と答えてはいたが、エルフ特有の長い耳が真っ赤に色づいていた。
セックスだなんて、知識はあれどしたことなどない。
だらだらと汗を流して、慌てて口を動かす。
「おまっ、もっと自分のこと大事にしろよ!」
「………しかし、私も勇者様のお力になりたいので」
「あ、のな……」
意識すればするほど、視線はロイズの深すぎる谷間に行った。豊満な胸は触り心地が良さそうだと、一度も思わなかったと言えば嘘になる。
「……揉みたいですか」
「は!?べ、別に……」
「…目は口ほどに物を言うと言いますね。良いですよ、どうぞ」