かえひよ夢を見た。誰よりも早く水を切り裂き先をゆく大きな影に、どれだけ手足を動かしても俺は届かない。どうして、なぜ俺は勝てないのか、答えは出ないままただ水底に沈んでいった。
「夢見悪りぃ〜……」
ため息を吐きながら身体を起こし水を飲みに行こうとすると、隣からゴソゴソと動く気配を感じた。
「ん……おはよう、早いね」
「あぁ」
「……どうしたの?朝からそんな険しい顔して。怖い夢でも見たの?」
「べつに、なんもねえよ」
「なんもなさそうに見えないけどね」
目を覚ました日和が楓の顔を見るなり、ベッドに寝転がったまま頬に手をつき話しかけてくる。
そんな辛気臭い顔でもしてたかと思ったが取り繕う気にもなれず、かと言ってあまりいう気にもなれなかった。誰にだって弱みは見せたくないものだ。しかし、こいつなら……そんな思いが脳裏に過ぎる。
少しの沈黙の後、ボソりと呟く
「……お前は、七瀬と泳いだ時、どう感じた」
「えっ」
日和は目を見張り、少し俯き考える
「そうだね、彼の強さの意味を少し理解できたかな。……でも、君が求めているものとは少し違うかもしれない。彼の強さは、自由ってだけじゃなく信頼できる仲間がいるからこそだと僕は思ったから」
目を伏せ少し困ったような笑みを浮かべながら日和は告げる
「仲間、ね……」
誰かのためなんかじゃない、俺は誰よりも早く泳ぐために泳いでいる。そのために全て捨ててきたのだから。日和もわかっているのか、これ以上深く何かを言うことはなかった。
何度考えても、俺には仲間と泳ぐことが勝利へ繋がる道だとは思えなかった。思考はより一層グルグルと回り頭から離れない。
「う〜ん、わかった。じゃぁ今からプールにいこう!」
突然日和が閃いたとばかりの急な提案の内容に困惑が隠せず声を上げるしかなかった。
「はぁ?今からか?」
「そう、今からだよ。こんなベッドで悩んでても解決はしないでしょ?だからさ、泳ごうよ。わからないなら、探せばいいんだから」
ふと、脳裏にあの人の姿が浮かんだ。
蝉の鳴き声、茹だるような暑さ、あの人の声
「“答えはいつも、水の中にある”か……」
日和が笑みを浮かべこちらを見つめている。
水底に沈んだままでは前に進むこともできやしない、たまには少し立ち止まって探してみるのもいいのかもしれない。その顔を見ていたら少しだけ、そう思えた自分がいた。
「……行くか、プール」
「……うん!あ、勝負しようよ」
「お前マジで勝負好きな?」
お互い軽口を叩きながら支度を始める。
何故だかふと、少し水面に近づけたような気がした。