ガラスの靴はいらない——桜備は大丈夫だろうか。
ヘアメイクやスタイリストと名乗る一度も触れ合ったことのないタイプの人々に囲まれながら、火縄の頭の中にはそれしかなかった。
大統領というのは、なる前から既に多忙だということを、二人して理解し始めていた。それでも、就任挨拶の詰めをしている最中に、お時間です、と言って火縄だけ連れ出された時には流石に狼狽してしまったのだけれど。火縄の服を選び、髪を整え、顔にまで何かを塗っている人々はひどく真剣で—「任せます」と言い続けて遂に何も聞かれなくなったせいでもあるが—何も言えない。まるで火縄のポケットチーフの位置が1ミリずれたら世界が終わる、というような勢いに押されながら、早く解放されることを祈っていたけれど。
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