兄の帰省久々の母からの電話は、取り留めもない話だったのだけれど。そのままのトーンで言われた言葉に、思わず端末を取り落としそうになった。
「そうそう、お正月、秋樽も帰ってくるから」
兄の帰省
普通の住宅街にある、普通の4人家族。両親は共働き、2人兄弟の弟である自分はサラリーマン。そんな何の変哲もない家で、ただ1人だけ良くも悪くも特別だったのが、兄だった。
小さい頃から人の輪の真ん中にいて正義感が強かった兄は、ずっと自分の誇りで。それでも、普通の—勲章二つくらいは、家族から見ればそれはそうだろうと納得したので—消防官だったはずが特殊消防官になった頃から、疎遠になった。当然忙しいだろうし、普通の男兄弟なんてそんなものだろう、と納得していたのだけれど。ある日、軍が自分の職場までやってきて、「何年も話していないのでわかりません」と答えた時、それもあの兄の優しさだったのだな、と納得した。
それから多少の月日が経ち、世界は平和になり、兄の汚名は晴れたとはいえ。
「大丈夫なの?」
「そろそろ仕事が落ち着いたんでしょ」
先週も、大災害を振り返る番組に写真が出ていた兄のことを、ただのサラリーマンの自分と同じように扱う、この母が好きだな、と思う。けれど、電話の向こうでどんな顔をしているかわかるほど悪戯っぽい声で、彼女に聞かれる。
「今、あなた28よね?」
うん、と言いながら微妙な気持ちになる。孫の月齢は間違えないのに、息子の年齢は確認するのか。そう返してやる隙も無く、軽く弾んだ言葉を残して電話は切れた。
「驚くから、楽しみにしててね」
通話を終えて、自分が少し呆然としていたのがわかったらしい。どうしたの?、と妻に心配そうに聞かれて、まだ自分も飲み込めていない事実を口から出す。
「兄貴も、正月来るって」
「えっ、秋樽お兄さん!?初めてだね、嬉しいねぇ……秋樽おじさん、ってお正月までに言えるようになるかな」
そう妻に言われて、まだ話し始めたばかりの子供がよくわからないことを返しながら笑う。こんな普通を守るために戦っていた兄と再会できる喜びを、今更じわじわと理解し始めたのだけれど。
実家のリビングで一人だけ固まったように正座をしている彼の部下兼恋人らしい男に、「同い年です」と鋭い眼光で言われて度肝を抜かれるのは、また何ヶ月か後の話だ。