たとえ天地が還ろうと「桜備だ…総隊長」
テントの外からそう呼びかけながら、火縄は失敗を悟る。それでも、中の人が少し笑った気配がした。
「どうぞ」
たとえ天地が還ろうと
「もう、桜備さん、で良い時間じゃない?」
仕事の話じゃないでしょ、と悪戯に笑った彼を睨む。彼からは「火縄、…」と変に呼び捨てにしても周りがおかしいと思わないところが悔しい。
「ポジションは据え置きでも、給与は上げてもらっても良いんですよ」
「ええっ、やめてよ火縄副司令」
そんな軽口を叩き合いながら、少し気の抜けた顔で笑う桜備から視線を逸らせなかった。
今日、彼は台地をひっくり返した。見た人間以外はきっと嘘だと思うだろう。それでも、巨大なモンスターを押し潰して、緑が茶色に代わっていく。岩石が露出し、樹木が埋もれる。その眺めに、皆は快哉を上げたのだけれど。
「……大丈夫ですか?」
その時の桜備の横顔は、ひどく凪いでいて、胸を突かれるような気持ちになったのだ。
発火能力が発現した時の感覚を、火縄は鮮明に思えている。身体中を駆け巡るような高揚感。変にうるさい心臓。耳の中で鳴る血管の音。それでも、見つめる手足は今までと何も変わらないのに、自分が、自分ではなくなってしまったようで。
「俺にできることは、あまり無いかもしれませんが」
「火縄」
ぴし、と言葉を遮った声は鋭い。
「俺に対しても、そう思ってた?」
「いいえ」
こちらが返す声も、ひどく強いものになってしまう。
初めて火縄が銃を撃つのを見た後の、桜備の第一声を今でも覚えている。痛くない?と彼は聞いたのだ。驚いて、大丈夫ですよ、と答えた自分に、記憶の中の彼が念押しのように聞く。本当に大丈夫?
「なので、来ました」
強さ、とは、何かを破壊する力の大きさではない。人に寄り添うこと、慈しむこと、——愛すること。それを、この人に教えられたから。
「……抱きしめても、良い?」
絞り出すように言われ、自分から両手を伸ばす。ぎゅう、と強く抱き締めれば、怯えるように桜備の身体が跳ねる。それでも容赦せずにいると、彼が根負けしたように耳元で少し笑ったのがわかる。痛かったらすぐ言ってね、と呟きながら背中に回された手は自分が知っているよりもずっとずっと弱い力で。それでも同じ温度だったので、火縄は安堵して目を閉じた。