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    calme

    @7tbtyOYskAjLH7D

    なんでもありの二次創作

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    calme

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    今年中に出したいカキゼイ新刊の進捗
    既刊の続き

    おわんね~~~~~たすけてくれ~~~~
    載せた場所以外まともに書いてないんじゃぼけ~~~~

    #カキゼイ

    カキゼイ新刊の進捗 春は穏やかな季節である。なんて、そんなこと誰が言ったんだ。
     海の上には霞みが白く立ちこめていた。傘を差すか迷うくらいの、しっとりとした水気が身体を濡らして冷えていく。風も強い北風へと変わり、遠くの空から低く唸るような音がした。
     何もない海にぽつんとたったこの学園の、どこかぬるい空気は嫌いじゃない。けれどオイラにとって春はいつも、嵐を連れてくる季節だった。豪雨のようなとめどない才能をもち、生きている限り避けられない、自然災害のように立ちふさがる。あいつが来たのが、春だったから。
    「なぁ、今何連勝だっけ」
    「これに勝ったら……、五十連勝……」
    「マジか……いったい誰なら止められるんだ?」
     コートの外から、圧倒されたような部員の会話が耳に届く。 ダメだ。今は目の前の戦いに集中しろ。オーブは使わないと自分で決めた。気を抜くんじゃない。相手を最後の一体に追い詰め、頬に落ちてきた水滴も拭ってニヤリと前を見据え直す。
    「ほらほら! どーしたどーした四天王サマ? おまえさん、こんなもんじゃなかっただろ?」
     向かいの女を挑発すれば、負けず嫌いは「きぃー!」とつんざくような悲鳴をあげる。
    「そうやってすーぐ追い込んでくる! 余裕かましてんのも今のうちよ! ここであんたの連勝止めて、気持ちよくチャンピオンになってやるんだから!」
     彼女の叫びを遮るように、コートを濡らす雨の勢いが増してくる。もう少し待てば、かみなりだって呼べそうだ。でもその前にこの勝負は終わらせる。濡れるのが嫌と言っていたから、その方がきっと彼女も喜んでくれるだろう。
    「わりぃなゼイユ。オイラもなりふり構ってなんかいられねぇんだよ。ジュラルドン!《ラスターカノン》! キングドラ!《れいとうビーム》!」
    「くっ……! チャデス! 《リーフストーム》!」
     わざはほぼ同時に発射されたが、相棒たちの方が早かった。勢いのまま相手を吹き飛ばし、コートの上にはオイラのポケモンだけが残った。
    「チャデス戦闘不能! よって、勝者はまたもやカキツバタ!」
     審判が叫ぶと同時に、コートの外がざわっと沸き上がる。観客席にいた部員たちの、どよめきがまた一つ大きくなった。
     生ぬるい春を掻き回す。今はオイラが嵐そのものだった。この学園のみんなを巻き込んだ、巨大な渦の中心にいた。




    一年というものは、年を取るごとにあっという間になるような気がする。また始まりの日がやってきたのだと思うと、オイラは時の流れの速さを感じずにはいられなかった。
    「つーわけなんで、今年もお世話になりまーす」
    担任だという先生に軽い挨拶を済ませる。祖父から持たされていた菓子折りの紙袋を手渡せば、今日から一年間問題児を抱えることになった運の悪い先生は、あからさまに顔に出さないようにしつつも、すでにオイラのいい加減な態度に呆れきっていた。理由は簡単。一時間前に講堂で行われていた始業式をさっそく堂々とサボったからだ。
    「まったく。今日から復学って聞いてたのにいつまでたっても来ないから心配したぞ。ほら、もういいから。ホームルームが始まる前に、先に教室に行ってなさい」
    「へーい」
    追い出されるように職員室の外に出てすぐ、正していた制服の襟を緩めて着崩す。何ごとも窮屈なのは嫌いだった。
    「さて……。二年生ってどうだっけな」
    教室までの廊下をのんびりと歩きながら、おぼろげな一昨年の記憶をたどる。一年間、一緒に過ごしたクラスメイトとお別れし、始めてのクラス替え。去年の友達と別のクラスになってこっちは心細いのに、初めましてのやつにはもう仲良さそうな友人がいて。それでも見知った顔が何人かは教室にいて、それだけで安心したりする。そんな等身大の思い出。
    かくいうオイラはめでたく留年した結果、一緒に入学した奴らはもうこの学校のどこにもいない。マイペースに見守ってくれる優しいあいつも、勉強の世話を焼いてくれるそいつも、一緒に馬鹿騒ぎをしてくれるようなどいつもこいつもいなくなった。時の流れってのは不思議なもんだ。そのときは強烈に焼き付いた体験も、いつしかかすれて読めなくなっていく。
    自分の教室の前まで来ると、廊下に漏れ出してくるざわめきに、自然と足が止まってしまった。首を軽く回しながら、少しの緊張をほぐすように深呼吸して、ドアに手をかける。己の経験は知っていた。こういうときは、思いきって前のドアから飛び込む方がいいのだと。
    「おっはよーございまーっす!」
    ドアをがらりと開けてしまえば、教室中の注目を一身に浴びる。あんなに騒がしかったのに、谷間に落ちたかのような静寂。気まずさを消し去るように大きく手を振れば、数人から「本当に来た!」とわっと驚きの声が上がった。
    「カキツバタ先輩じゃないですか! やっと学園に戻ってきたんですね!」
    「チャンピオンだ! チャンピオンが帰ってきたー!」
    「同じクラスになるんだー!」
    「実家帰ってなにしてたんですかー?」
    「チャンピオンがちゃんと制服着てんの初めて見ました!」
    「ちょっとー! 何回目っすか二年生!」
    見知った顔の後輩たちに、矢継ぎ早に声をかけられ、ひとまず迎え入れられてホッとする。
    「いえーい。三回目でーす」
    一人一人に大げさな挨拶を返しながら、こんな自分でもまだ忘れられていないのだなぁとしみじみ思う。そして、そういうことを気にする心がまだオイラにも残っていたんだ、と思うとなんだか不思議な心地がした。
     話しているうちに緊張もすっかりほぐれてしまい、いつものペースを取り戻す。堂々と振舞いながら、教室の中をぐるりと見渡し、ひとつだけ空いた席に目がとまる。他は全て埋まっていたから、そこが自分のための場所なのは明白だった。最悪なことに教室のど真ん中の列。しかも前から一番目ときた。やはりオイラはすでに問題児として先生にマークされているようだ。


    ☆(略)


    「こんちはー」
    数週間後、エントランスの受付に行けば、おねーさんは相変わらずの微妙な笑顔でオイラを出迎えてくれる。
    「こんにちは。噂は聞いてますよ。見事に守りきりましたね」
    「にしては、面白くない、って顔するねぃ。オイラが勝っちゃつまんないってか」
    「そりゃあ。私はみんなの順位変動を楽しみにしてるんですから。……それだけ今のこの学園で、あなたが飛び抜けているということなんでしょうけど」
     結局オイラはまた、無敗のままここに戻ってきた。できる、と確信していたわけじゃない。リーグ部のみんなはちゃんと強くなっていたし、あの手この手でオイラを負かそうとしてくるやつばかりで、思い出すだけで楽しいバトルだった。こんなことなら去年から、みんなと本気で向き合うべきだった。恵まれた環境にいながら、自分がどれだけもったいないことをしていたのか、改めて痛感させられる。
    「はい。あなたの四月の最終成績。さすがに三桁勝利は初めてかしら」
    「だな。他のみんなの順位も、またスマホに送っといて」
    「はいはい」
    ちょっと待っててね、とおねーさんが情報を更新している間、ふと目の前のバトルコートに目をやれば、ちょうど一年生と思わしき少年少女が試合を始めるところだった。今日はダブルバトルでやろー、という会話から、彼らもこの学園に馴染み始めているようだ。繰り出したポケモンたちに指示を出す様子からは、まだ慣れない雰囲気がうかがえた。ドームで捕まえたばかりのポケモンなのかもしれない。
    「初々しいねぃ」
    そういえば、今年は自分のことにかまけてて、新入生募集にあんまり力を入れなかったな。なぁに、今からでも遅くはない。四月のリーグ戦を終えてから、興味を持つ生徒だっているのだ。すでに来てくれている新入生もいることだし、勧誘はいくらでもやりようがある。
    「そういえば、カキツバタさん。あなた今年はどうするんですか?」
     入力の手を止めて、おねーさんが聞いてきた。
    「なにが?」
    「なにがって、チャンピオンに決まってるでしょう。あなたが嫌だっていうから、ずっと空席にしてたでしょう? 今年はどうするつもりなんですか」
    「うーん……」
    チャンピオンという言葉の響きに、思い浮かぶのは一人の背中だ。いつも同じ、あのツーサイドテールの小さな背中。だけど「本物」の肩書きを背負って、オイラの先を歩く背中。あそこに挑むにはまだ、オイラは再スタートを切ったばかりだ。
     新入生二人によるポケモンバトルはいい勝負だった。彼らはこれから友達として、ライバルとして、お互いに切磋琢磨し合う関係性になるのだろう。
    「……面白そうな奴らには、早めにツバつけとかないとねぃ」
    見ているだけで楽しくなってきて、オイラは自然と彼らの元へ歩き出していた。背後から戸惑うおねーさんの声がする。
    「ちょっと! 話の途中でどこ行くの?」
    「チャンピオンの件、保留にしといて!」
    「保留ってー?」
    「まだそこはあけといてっつーこと!」
    オイラはたった今バトルを終えたばかりの一年生に近づいた。目を合わせ、友達のように笑いかければ、二人は不思議そうな顔をする。
    「よお! 未来のチャンピオンども。オイラは二年のカキツバタ。なぁあんたら、良い試合してたな。ポケモンバトルは好きか? リーグ部、つうのがあんだけどさ……」



    朝はギリギリまで寝ていたい。
    「んー……むにゃ……イ……リス……つぎこそ……ラが……かつんだぜぃ……」
    まだ覚醒してない頭の中で、繰り返される電子音。スマホのアラームを一旦止める。それから二秒で再び夢うつつに戻ると、ボールから飛び出してきたジュラルドンがオイラをベッドから引きずり出す。それから朝飯を寄越せと言いたげに身体に一発静電気を食らえば、ようやくバチリと目が覚めるのだ。
    「……おはようみんな」
    先にみんなにポケモンフードを与えてから、顔を洗って着替えをする。それから自分の朝飯だ。
    今日はフルーツ多めのサンドウィッチを咥えながら、スマホをチェック。四天王チャレンジを受けたい生徒からメッセージが来ていたから、返信しておく。歯を磨いてシャッキリしたら、寝癖を直し、自慢の前髪をセットする。
    「うーん、今日もバッチリ。……おっと」
    鏡を見ればもうホームルームの開始五分前だった。それでものんびりと部屋を出た。数分ぐらい誤差だし、担任も結構遅刻してくる。
    「おはようグレイ」
    「アニキ。おはようございます」
    「先生は?」
    「まだ来てないっす」
    「ラッキー。これで無遅刻無欠席、連続記録更新か」
    「いやいや。そろそろ危ういっすけどねー?」
    クラスメイトに朝の挨拶は欠かせない。教室に辿り着くと、ホームルームはまだ始まっておらず、みんなまだ自由におしゃべりをしているようだった。
    右隣のグレイは、いつもオイラが寝坊しないかどうか心配してくれる。左隣は珍しいことに空席だった。体調でも悪いのだろうか。でも荷物は机の上にある。不思議に思いながら着席すると、また右から声をかけられる。
    「ところでアニキ。今日提出のアンケート、何て書きました?」
    「え? 何だっけ。……これか」
    グレイの質問に首を捻りながら机の中をがさごそと漁れば、くしゃくしゃのプリントが一枚、奥の方から現れた。林間学校の行き先希望アンケートだ。
     林間学校とは、一年に一回、生徒が学外に出て他校の生徒と交流する特別な授業のことだ。ここブルーベリー学園は、パルデア地方のとある伝統校と親密な関係らしく、大抵はそことの合同学習になる。その行き先を選定するためのアンケートらしい。
    「んー……。グレイはどこにした?」
    「俺はガラルにしました。まぁそもそも俺たちの成績じゃ、この行事参加できないっすけど」
    この学園、生徒たちの意見を広く募集するのはいいことだけど。林間学校は全員参加するわけではない。毎年参加希望者は多いが、定員はかなり限られている。だから応募理由を作文で提出したり、担当の先生と面接があったりと、面倒なのだ。大抵成績優秀者が選ばれるし。
     だからここに行きたいところを真剣に書いたとしても、あんまり意味はないんだよな。オイラはテキトーに書いておく。
    「いいねぃガラル。オイラもガラルのワイルドエリアにしとくかな。あ、今日一日、筆記用具貸してくんねぇか? 寮に忘れた」
    「またっすかー? いいっすけど。俺、消しゴムは二個ないっすよ」
    「えー、困ったなぁ」
    「困ったなぁって。先週アニキに貸したの、まだ返してもらってないからっすよ」
     隣からシャーペンを貸してもらい、ひとまずアンケートを記入する。希望理由は……『おもしろそうだから。あとダイマックススタジアムで試合観戦したいです』、っと。果たしてこれ一本で、今日一日を乗り切れるだろうか。
    「取りに戻るか、あとで購買で買うかしてくださいっす」
    「めんどくせー、けど確かにそうだな」
    と言ったところで、ホームルーム開始の鐘が鳴る。と同時に、教室の前のドアががらりと開いた。
    「おはようございまーす。先生五分遅れるから、先に林間学校のアンケート回収しまーす。後ろから前に回してー。まだ書いてない人はあたしが代わりに『キタカミ』って書いておくから。白紙のまま回しなさーい」
     現れたゼイユは慣れた様子で人に指示を出しながら、全員分のノートが入った重そうなかごを、教卓の上にどんと置いた。さらに先生から預かってきたらしいプリントを取り出して配り始める。授業の休講や教室変更の連絡など、書かれたお知らせに目を通す。しながら、オイラはダメもとで聞いてみた。
    「なぁゼイユー。消しゴム二個もってねぇ?」
     こういうとき、大抵は女子の方が、文房具をいっぱい持っている。ゼイユもそのタイプな気がしたが、彼女は前に回ってきたアンケートを揃えながらしかめっつらをした。
    「あるけど、絶対貸したくない」
    「なんでー」
    「あのねぇ。さっきからぼさっとしてるけど、今日、あんたも日直なの! 手伝って!」
     彼女がかごの中から出した日誌で机の上をばんばん叩かれ、ようやく腑に落ちる。そうか。どうりでクラス委員でもないのに、ゼイユがせかせか働いていると思ったぜ。日直は隣同士が一緒にやるから、ゼイユが日直なら、オイラも日直か。
    そのまま机の上に置かれた日誌を、ぱらぱらめくって読んでみる。前の人がどんなことを書いているのか、ふーんと眺めたところで気づく。オイラは教壇に立つゼイユの顔色をうかがった。これ、聞いたら怒られそうだなー……。
    「ゼイユー。あのさぁ、手伝いたいけどさー」
    「今度はなに。めんどくさいっていうのは禁止よ」
    「そもそも日直って何やんの?」
    聞いた瞬間、彼女はずる、と教壇からずり落ちそうになる。さすがのグレイも戸惑いを隠せないようで会話に加わってくる。
    「アニキ……それはさすがに冗談っすよね? この三年間でやったことくらいあるっすよね?」
    「いいや。いままで、朝のホームルームなんてほぼ出てねぇから……」
    オイラの心の底からの疑問に、やがてゼイユは我慢の限界と言った様子で教卓に拳をぶつけ始める。
    「ノート返却手伝う! みんなの健康観察! 前のホワイトボート消す! ゴミ箱満杯になったら捨てに行く! それから……! あーもう嫌よ! なんであたしがあんたの世話焼かないといけないのよ! 今すぐ席替えよ! 席替え! みんな聞きなさい! 今日のホームルームは席替えしまーす!」
    ゼイユの発言に、ええー! の声が教室中に沸き上がる。
    「なによ。もうみんな飽きたでしょこの席。どうせ先生遅れてくるし、今のうちに──」
    「こら! うるさいぞ! 何騒いでる!」
    「げっ。もう来た」
    それから先生が教室に来た後も、ゼイユは席替えがしたいと主張していたが、「勝手なことをするな」と普通に怒られた。ついでにオイラも日直なのに職員室に来なかったことを怒られた。結局消しゴムは貸してもらえなかった。





     そんな経緯で、これから二人で孵化実習の計画を立てることになったのだ。ひとまず実習に必要なポケモンの捕獲、道具の準備を誰がやるか、いつやるか。ペアできっちり決めて計画書を作るのが、最初の課題となっている。
    「んで、まずは何からやる?」
    「一番あんたが面倒だと思うのはどれ?」
    「やっぱ……メタモンの捕獲じゃねーかな」
    ゼイユの質問に、オリエンテーションで配られた授業プリントを見ながら答える。
    孵化実習の必須ポケモン、メタモン。この授業では先生の決めた特定のポケモンと、メタモンを用いてたまごを作らなければならないと定められている。最後のレポート提出の際にも必要だし、捕まえられなければその時点で落第だ。
    「早めに探しておかないと、他の生徒と取り合いになるだろ」
    「そうね。それはあたしも同意見。じゃあまずはメタモンについての調査から始めましょうか」
    その後もプリントを見ながら必要な作業の難易度を確認し、あらかじめ順番を決めておく。お互い空いている時間はいつなのか、どれをいつまでにやるのか期日をもうけ、最終レポート作成に間に合うような計画を立てる。話し合いのメモは全部ゼイユが取ってくれていた。
    「にしても、なんでこういうのわざわざ作んなきゃいけないんだろうな。どうせこの通りにはいかねーのに」
    「そういうもんでしょ。こういうのを今のうちにできるようにならないと、大人になって苦労するわよ。あんたの頭みたいにふわふわした想像だけじゃ、社会は動いていかないの。何をするにもきちんと計画がいる。例えば、フィールドワークだって、いつまでにどの場所を調査するかとかちゃんと決めるの。現実的な計画じゃないと、予算がおりないとかあるじゃん」
    「えー。オイラは無計画でいいー。行動したくなったら行動するー」
    「そんなこと言ってると、また留年よ。頼むから、この実習だけはちゃんとやって」
    「へーい」
     次は二人の時間割を擦り合わせ、なんとか確保できそうな空き時間を探していく。ゼイユはオイラの想像以上に授業をたくさんとっていたから、オイラが彼女に合わせる場面が多そうだった。
    「あんたの作った時間割って、ほんとに座学嫌いですって、感じよね。バランスわるーい。何も考えてないってすぐわかるけど」
    「いいだろ別に」
    「これは? これだけ異質ね。ポケモン共生学ねぇ。あたしも知らない授業だわ」
    「ああ。それはなんか、空いてたから仕方なく入れてみた。取りたかった他の授業の抽選、外れてさ」
    「よくあるやつねー」
     人気の授業は、あまりにも希望者が多すぎると、抽選受付になってしまうのだ。オイラは座学が苦手だから、できれば座学が多い授業は取りたくない。けれどどうしても、年間の授業時間や必修科目との兼ね合い、抽選で外れたなどの仕方ない理由で、座学授業も取らざるをえないのだ。
     空き時間を確認したら、カレンダーみたいな表に二人で予定を書き込んでいく。この計画表も、来週の授業で提出することになっているから、丁寧に書けと怒られる。
    「これで明日から調査できるわね」





     あらかじめ立てた計画の通り、今週中に課題を一つこなさなければいけない。普段の授業の合間に実習の課題をこなすのは結構大変で、自主性を重んじるブルーベリー学園らしいといえばらしい授業だが、わからなくともまずは自分たちでやらないといけない。
     ドームの入り口で待ち合わせして、二人でふらふらドームを散歩する。
    「課題とはいえ、これってちょっとデートみたいだよなぁ」
    「馬鹿言わないで。真面目にやって」
     冗談を言えば、塩対応の冷たい返事。でも、ゼイユがピリピリするのもわかる。この授業だけは一蓮托生。オイラがポカったらゼイユの成績も悪くなる。そう思って課題に挑まなければならないのだ。
    オイラたちが今から挑むのは、孵化実習の課題の一つ、『メタモンを一匹以上捕まえる』。
    メタモン。それはポケモンの中でも摩訶不思議と言われる個体である。どのたまごグループにも属さず、どのたまごグループともたまごを産める。この実習では捕まえることが必須になっているポケモンだ。
    オイラたちは来週の授業までにこのメタモンを捕まえて生態を調査し、写真も添えてレポートを提出しなければならない。
    捕獲のヒントやフィールドのどのあたりに出現するかは、教科書から得たヒントから推測できるが、基本的には足で稼いで見つけるしかない。というわけで、とにかくフィールドをすみからすみまで歩き回っていた。
    メタモンは他のポケモンに擬態していることが多い。よーく観察して、怪しい動きをするポケモンがいないか探すのが基本。とはいえ、ちんたらしていると他の実習生とも取り合いになる。だからこそ早く行動を起こすことにしたのだが。
    「擬態ポケモンがそう簡単に見つかるわけないわよねー……」
     ドームをぐるりと一周してきた辺りで、その難易度の高さを思い知らされる。それらしき野生ポケモンとの戦闘を繰り返すが、どれもメタモンではない。怪しいものを探せば探すほど、すべてが怪しく見えてくるというやつだ。しまいには草むらをかき分けた先で、ザングースのしっぽを踏み抜いてひっかかれたりと、全然関係ない失敗もした。
    頬の傷に絆創膏を貼っていると、ゼイユにはぁー、と神妙な顔をされる。
    「おーい、人の顔見てため息つくなよ」
    「あたしって、意外と熱しやすくて冷めやすかったのかしらねぇ。去年まではもっと、全部がキラキラして見えてたし。気の迷いってやつだったのかしら。こういうのって、もっとときめくもんだと思ってたのに。今じゃ何にも思わないんだもん。がっかりよねぇ」
    「なんだよ」
     ゼイユのぼやきは抽象的すぎて、何が言いたいのかよくわからなかった。別に、と素っ気なく返される。
    「んだよ。つーか置いてくなって」
     オイラを無視して足早に先を行くゼイユの背を追いかける。なんだよアイツ。

     その後も懸命にメタモンの捜索を続けたが、やがてキャニオンスクエアの山登りに疲れはて、足が棒になりそうだった。
    「休憩しねぇ?」
    「しましょうか」
     小高い平らな丘の上たどり着いたところで、ピクニックテーブルを広げて二人で休むことにした。
    「はー、イスだイス。ありがてぇー」
    「じじくさーい。……でも、どうしましょう。いきなり難題だわ」
     折りたたみ椅子にどっかり座ると、テーブルの向かいではゼイユが呆れ顔で頬杖をついた。
    「ちゃんと書けるかしら」
     鞄からとりだしたのは真新しいノート。最終レポートは研究日誌の作成だから、こまめに記録をとらなければならない。表紙を開けば、実習課題の計画が事細かに書かれている。少し癖はあるが、綺麗な文字だった。風でパラパラとページが捲れれば、後ろの方はまだ真っ白なまま。これをこれから二人で埋めていく。オイラにとっちゃ気が遠くなりそうな作業だった。
    「まぁ、そう急ぐことでもないさ。……たくさん歩いたら腹へったな」
     景色とポケモンを眺めながら、どれもこれも、メタモンじゃないかと疑ってみるのは、身体だけではなく頭も疲れる。
     休んで気を抜いた瞬間、大きく腹の音が鳴った。昼食はしっかり食べたつもりだったけれど、さすがにエネルギー不足のようだ。どこかのスクエアに飛んでいって、自販機で何か買ってこようかな。そうぼんやりと考えていると、目の前に四角いバスケットが置かれた。
    「そうね。まあ、そう思って、あたしはおやつを持ってきたけど」
     ゼイユの四角いバスケットには四角いお弁当箱が入っていて、中にはサンドイッチが詰まっていた。レタスとトマトとハムが挟まった、シンプルなサラダサンド。よく見るバケットサンドじゃなくて、耳を切り落とした食パンのやつ。食べやすいように、あらかじめ小さくカットしてあるようだ。
    「マジで! サンキュー!」
     見ただけで美味しいとわかる素晴らしいおやつに手を伸ばせば、ぴしゃりと手の甲をはたかれる。
    「なに手出してんの。全部あたしのに決まってるでしょ」
    「ええー! ずりぃ! 自分の分だけかよ!」
    「あたしは用意周到だから。こうなることを見越してあらかじめ準備してきたのよ」
     そう言って、見せつけるように大口開けて食いやがった。う、うまそう。ますます腹が減ってくる。
    「なぁ、オイラにも一つだけでいいからさ……」
    「いーやー」
    「じゃあひとくち!」
    「だーめ。あげなーい」
    「ちぇー」
     見てることしかできないなんて、なんて拷問。結局ゼイユは、最後の一口までペロリと全部食べてしまった。ふふん、としたり顔で唇の端を舐める。





    孵化実習第二課題。『ミント採集』の時間がやってきた。午後の空き時間。
     またゼイユと待ち合わせて集合するが、今日はテラリウムドームではない。
    テラリウムドームとは別の場所にある温室だ。ドームにも置いてある紫外線ブロックと同じ素材でできた壁や天井に囲まれた広い部屋。いわばポケモンのいない、ミニテラリウムドームだ。スクリーンで青空が映し出される。
    レンガのように紫外線ブロックが積み重なってできた花壇は、植物の種類ごとに色分けされている。ミントだけでなく、きのみや何かの研究に使う花や木も植えられていた。授業で使う植物はここから自由に採集していいことになっているのだ。
    「あんまりくることないけど、けっこう綺麗なところよね」
    「そうかい? まぁ、普通は頻繁にくるところではねーか」
    「普通は、って何?」
    いぶかしむゼイユを置いて、オイラはすいすいと花壇の奥へを進みだした。ミントは奥の方に植えられているのだ。
    サボり学生の間では有名な話だが、温室は隠れた昼寝スポットなのだ。静かだし、気温も一定だし。壁際にはベンチもあってまったりできる。規定の時刻になるとスプリンクラーが自動で作動し、天井から霧のように雨が降るくらいで、人の出入りもごくわずかだ。先生もめったなことではやってこない。園芸部の人は寝てる人にも慣れた様子で、置き石かなにかだと思っているのか注意されたことは一度もない。
    花壇の間を歩きながら、後ろをついて歩くゼイユは色とりどりの花を眺めながら、ふんふん、とご機嫌だった。
    「ねえ、カキツバタは美味しいお花がどれか知ってる?」
    「美味しいお花?」
    「子供の頃に花の蜜とか吸わなかった?」
    言われて、ああ、と遠い記憶を思い返す。
    「そう言うのあったねぃ。吸うと甘いやつだろ? でも、どんな花だったかは覚えてないな」
    でもいったい誰が言い出したのだろう。花の蜜がおいしいなんて。自然が近い場所で育った子供ならみんな知っている。
    「じゃあ、はい。これ吸ってみて」
    ゼイユはとある花の前で立ち止まると、しゃがんで横の花壇から一つ花をむしった。白くて細い指に挟まれた、目の覚めるような鮮やかなピンク色の花。そのとんがったおしりを向けられる。
    「勝手にちぎったら怒られっぞ」
    「別に。ちょっとくらいバレないわよ。キタカミの子だって、みんな人ん家の花勝手に取っていくんだから」
    それはたぶんゼイユだけじゃないかな、という言葉が一瞬頭をよぎったが、あえて何も聞かないで置いた。
    「どう?」
    受け取った花をラッパのように軽く咥えて、ちゅ、っと吸ってみれば、かなり水っぽい気もするが、ほのかな甘味を感じた。どんな味だった、と聞かれても、詳しく答えることはできない。それくらい薄づきの味。けれどどこか懐かしい感じがする。
    「……うん。こんなんだったな、花の蜜って」
    「あ、ごめん。それよく見たら毒あるやつだったわ」
    ノスタルジーをぶち壊す一言に、ぶっと花ごと唾を吐き出した。
    「おいッ……!」
    すぐに口を手で覆う。心なしか、舌がヒリヒリしてきた気がする。なんてもん口に入れてやがる、と叫ぼうとしたら、ゼイユは手のひらをふりふりと楽しげに振っていた。
    「うっそ~。引っかかった引っかかった」
    さすがにイラっとくる。この女。本当に人をおちょくるときにはイキイキとした顔をしやがる。馬鹿にしやがって。
    「でもこの辺はほんとに食べちゃダメなやつね」
    人の気も知らないまま、ゼイユはオイラを追い越して温室の奥へ進み、さっきの花とよく似ているけれど、色が違う花を指差した。
    「同じに見えっけど……わかんの? 詳しいのな」
    「わかるわよ。……お腹壊したから覚えてるもの」
    遠ざかる声は、だんだん小さくなっていったが、オイラの耳はしっかり最後まで聞き取った。やっぱりおまえさんが、特別やんちゃな子供だったんじゃないのかぃ?
    「あ、これとかドームだと珍しいのに。ネリネに教えてあげよっかな。あのこ最近、薬を調合してるのよね。ポケモンの飛ぶ力を強化する薬を作りたい、とか言って」
    「へー。面白いことやってんのな」
    「ね。ほんと面白いわよね」
     確かにそんな授業、自分も受けたような記憶がある。
    話しているうちに、目的のミントの花壇にたどり着いた。
    「えーっと、必要なのはなんだっけ」
    教科書の写真をスマホロトムに見せてもらいながら、探す。花壇の端の看板にも書いてあるのだが、どれも似ているから間違えそうだ。
    ミントを掻き分け、お目当ての種類をゼイユと手分けして手に入れる。できるだけ形の整った綺麗な葉を、しゃがんでそっとちぎっていく。発表用と、実際に使うための二枚。何のミントかわからなくならないように、裏面に赤ペンでしるしをつけておく。
    「カキツバタ」
    もくもくと作業をしていると、突然目の前に一枚の葉っぱが差しだされた。鼻の前でくるくる回されると、独特の香りが鼻をくすぐった。ふふ、とゼイユが笑う。
    「まじめミント。間違えて多く取っちゃったからあんたにあげる。一番必要でしょ」
    「そりゃどうも」
    苦笑いで受け取りながら、そういうゼイユはどれだろう、なんて考える。いじっぱり、やんちゃ、なまいき辺りがオイラの知ってるゼイユに近い気がする。となると、嗅がせたいのは真逆のおだやかミントかな。ひかえめミントでもいいかもしれん。そんなゼイユって、まったく想像がつかないけど。
    「ねー、こっちは全部見つかったけど。……一人で何にやにやしてんの?」
    「いーや、なんでもねぇよ。おーし。収穫終わり!」





     余談だが、うちの学園、部活の種類がそこそこ豊富だと思う。普通の学園と違いすべてが海の中に建設されているからか、そもそも校舎内が広くて、何をするにも場所に困ると言うことがないのだ。野球部やサッカー部のための室内グラウンド場、陸上部のための競技トラック、音楽部のための音楽堂。すべての部活がのびのびと活動するためのスペースが確保されている。世間ではポケモンバトルに力を入れている学園とうたわれているが、正直この設備目当てで入学しても良いくらい、全般的に恵まれた校舎なのだ。
     今から向かう室内運動場だって、普段は体育の授業に使用されるが、放課後はバスケ部やバレー部というような、室内競技スポーツのための場所になる。
     重たい扉を押して運動場に入れば、ワックスでピカピカに光る、オレンジ色の空間が現れる。ネットで二面に区切られたコートのそれぞれに、色んなルールのためのラインがビニールテープで引かれている。ボールがたたきつけられ跳ねる音。キュッキュッ、というシューズと床が擦れ音。走り込みをする集団の足音。それらの間をくぐり抜けて、オイラとネリネは隅っこにある体育倉庫へとやってきた。
    「あれ? 鍵閉まってんぞ?」
     倉庫の鍵はがっちりと閉まっていた。
    「それはおかしい。フレディ先輩が先に開けておくと言っていた」
     隣のネリネも首をひねる。確かにフレディの姿は見当たらなかった。
    「ま、そのうち来るだろ」
     手持ち無沙汰のまま、コートにぺたりと座り込み、あぐらをかく。待つしかないときは、大人しく待つのが一番だ。体育の授業もサボることが多いオイラは、めったに来ない運動場ですることも特になく、見上げた高い天井の鉄骨に、いったいいくつボールが挟まっているんだろうと数を数えて暇を潰した。
    「なーんか、向こうは盛り上がってんな」
     ふと、倉庫からは遠い奥側のコートに、やけに人だかりができているのに気がついた。運動着の女子生徒が多く集まって、何かきゃあきゃあと騒いでいる。
    「何か試合を観戦しているのでしょう」
    「へー。見に行くか。することねぇし」
     重い腰を上げ、興味本位で人だかりに近づけば、想像以上の熱狂だった。ギャラリーの頭の間を縫って、なんとか覗いてみれば、どうやらポケモン混合バスケをやっているらしかった。
     腹に響くような力強いドリブルを鳴らしながらコート上を走る男は、味方であろうエルレイドにパスを回しながら、悠々とゴール下へと近づいていく。フリースローラインまで来ると、頭の上にボールを掲げ、ジャンプシュートを試みた。オレンジ色のボールは放物線を描いてリングへ向かうが──惜しくも縁に当たって外れる。すぐさまこぼれ球へと手を伸ばすが、伸ばされた手がもう一本。
     チャンスをかっさらっていったのは、ポニーテールを揺らした長身の女の子だった。彼女は奪ったボールをしっかりとキャッチすると、後ろにいた味方にパスをする。
    「ズルズキン! ぶん投げなさい!」
     そのままがら空きの自陣へと全力で走り出すと、ズルズキンから力強いパスを受け取る。ゴール前で相手に追いつかれても、男相手に一歩も引かずに渡り合っている。切り込むようなドリブルの後綺麗なレイアップシュートが決まると、観客から歓声が沸く。その爽快な走りっぷりには、思わずオイラも見惚れるほどだった。
    「──って、はぁ!? なにやってんだぃゼイユのやつは……」
     コートにいたのは、ついさっき部活に行かないと、ふてくされて別れたばかりのゼイユだった。
     シュートを決めた彼女は、ゴール下で「ナイスー!」と、自分の相棒とハイタッチをしている。そこで切りよくタイマーがなり、どうやら試合終了らしい。最終的に僅差で彼女が勝ったようだ。ギャラリーからは拍手があふれた。
    「フレディ先輩かっこよかったねー。やっぱりバスケ部やめなきゃよかったのにー」
    「ねー。でもあっちの女の先輩も上手くてびっくり! 運動場で見かけたことないけど、誰なんだろう?」
    「二年のゼイユ先輩だよー。ほら、キタカミから来たっていう。誘ったらバスケ部入ってくれないかなぁ」
    「いってみよ!」





    すべてのテストが終了した。長いテスト期間から解放され、オイラは窮屈な洞窟から出てきたクリムガンのように、羽を伸ばして日光浴でもしたい気分だった。今年は座学も頑張りの成果が出たのか、結構いい成績かもしれない。補習もゼロとはいかないが、去年より少なく済みそうだ。
    「さーて、夏休みもやっことねぇし……。今日はなにしよっかなー」
    おつかれさーん、といつもより軽やかな気持ちで部室に入る。しかし、そこで待ち受けていたのは鋼鉄のような冷たい瞳だった。

    「……倉庫の引っ越し?」
    「はい。終わってないのはリーグ部だけです」
     静かにネリネに告げられたのは、リーグ部の倉庫の荷物を今のA棟から、隣のB棟に移してほしいということだった。リーグ部や一部の運動部など、大所帯の部活動には、部室の他にも倉庫として使える部屋が学園から与えられている。しかしその倉庫があるA棟には、これから電気工事が入るらしく、使えなくなってしまうのだという。だから隣のB棟にすべての荷物を移すように、という生徒会からの通達があったそうなのだが。
    「……初耳だな」
    「いいえ。それはない。前から散々伝えておいた。いつやるのかと、ネリネは何度も確認した。それなのにカキツバタは『あとでやっから~』と先送りにしてばかり。生徒会が決めた引っ越しの期限は明日まで。ネリネは今日も生徒会があるから手伝えません。タロとフレディは夏合宿の準備を進めてくれています。そこで一つ提案。忘れていたカキツバタが責任持って一人でやること」
     ネリネは厳しい態度を一切崩さず、淡々とオイラの非を追求した。眼鏡の奥から放たれるものすごいプレッシャーには、さすがのオイラも怖じ気づいてしまいそうだった。表情こそいつもとかわらないけれど、これは明らかに怒っている。それでも恐る恐る聞いてみる。
    「……ちなみにやらないままだとどうなんの?」
    「生徒会から、夏休み明けまでの部活停止を言い渡す。その間は部室の鍵も没収する。合宿も許可しない」
    「まじかよー!」

    仕方なくリーグ部の倉庫に足を運んだ。ここに足を運ぶのも久しぶりだ。リーグ部は空き教室を一部屋まるごと倉庫にしているから、広いし物も多いんだよな。昔の資料や、合宿などのイベントごとで使うテントだったり、使わない物置き場なのだが。
    「こりゃあ、骨がおれそうだねぃ……」
    山積みの段ボールと、物が溢れてぐちゃぐちゃの棚。足の踏み場もない
    これらをすべて、別の棟の広い倉庫に移さなければならないのだ。エレベーターで何度も往復することを考えると気が遠くなりそうだ。
    「先輩たちの代からずーっとそうだけど、だーれも片付けなかったもんなぁ。そもそもここに来っことねぇし」
     ふむふむ、ととりあえず足下にあった段ボールを開いて中を見てみる。キテルグマの着ぐるみ……? 誰かの私物だったのだろうか。そういえば新入生の勧誘で、衣装を着たりしてた先輩もいた気がする。
     また使うかどうかはわからないが、今ここでじっくり見ている余裕はない。本当に必要ない物は捨てに行きたいが、優先するべきは、引っ越しだ。なんとしてでも今日中に終わらせなければいけないのだから。
    「それじゃあ、いっちょやりますか……。はぁー」

    しかしそれから三往復ほど繰り返したところで、いかにこの計画が無謀かを思い知らされた。
    「もー……疲れた。こりゃ無理だろ。どう考えてもオイラ一人じゃ終わんないって」
    今からでもネリネに土下座して、期限を延ばしてもらえないか交渉する方がいい気がする。そう思って、休憩がてらスマホを触ろうとしていると、
    「アニキ! おーつかれさまっすー!」
    「あ、いたいた。……って、すごいわね。この荷物」
    開けっぱなしにしていたドアからひょっこりと、意外な二人組が顔を覗かせた。
    「グレイに、ゼイユ!? おまえさんたち、なんで一緒に?」
    急に倉庫に現れたことよりも、二人が一緒なことの方に驚いてしまった。険悪だったはずの二人は、オイラの前に揃って並んだ。
    「感謝しなさい。あたしたちネリネに事情を聞いて、倉庫の引っ越し手伝いに来てあげたの」
    「ほら、アニキは俺たちのためにタッグバトルの練習付き合ってくれたじゃないっすか。だから、お礼がしたいんすよ」
    「マジで!? でも……いいのか? 重労働だし、元はオイラが忘れてたせいだし。結構時間かかっと思うけど」
    心配になってそういえば、ゼイユはふん、値踏みでもするようにぐるりと倉庫を見渡した。
    「こんなに荷物があるんだから、一人じゃ無理よ。今日中なんでしょ? ここは素直に頼りなさい」
    「アニキがお困りなら、俺はいつでも助けるっすよ! 三人いたら、たぶんなんとなるんじゃないっすか? それにみんなが使う倉庫っすから!」
    「……そうだな」
     予想外の助太刀に、なぜだかじーんと来てしまう。いい奴らだ。やっぱ、持つべきものは友達だよなぁ。
    「よし……そんなら改めて。じゃんじゃん運ぶぞ!」
    「「おー!」」





    「じゃあ俺、ラスト運んどくっす」
     グレイが最後の荷物を段ボールに入れ、先に倉庫の外へ出る。すべての物を移動し終え、空っぽの部屋を見回した。あんなにごちゃごちゃしていたのに、なんとかなるもんだ。ゼイユが床をホウキで掃いて綺麗にしながら、ふと気がついたように上を見上げる。
    「ねぇ、もしかして……アレもとらなきゃいけないんじゃない?」
    ゼイユが指差したのは、天井まで届く高い棚だった。どうやら天井と棚の間の微妙な隙間に、何か薄い物が挟まっているようだ。色あせた薄水色は明らかに元からこの部屋にあったものではない。
    「なんだぁアレ? ノートかな」
    「さぁ。いったいだれがあんなところに置いたのかしらね」
    さすがに天井までとなると、オイラやゼイユが普通に手を伸ばしても届かない。かといって踏み台を持ってくるのも面倒だ。
    「あれぐらい、いーんじゃねーの」
    「そう。あとでネリネに怒られるのはあんただから、別にいいけどね」
    「げ……。そいつでつついたら落ちてこねーかな」
     ゼイユの持っていたホウキを借りて、柄の先で軽く小突いてみる。けれどノートらしき物はびくともしない。しっかり隙間に挟まっているらしい。だめだこりゃ。
    「しょうがねーな……。かくなる上は……ゼイユ。オイラがおまえさんのこと持ち上げっから、取ってくれよ」
    「は⁉ あんたいきなり何言ってんの⁉」
     ゼイユは何を考えたのか、慌ててオイラから距離を取りだした。棚の反対側の壁まで後ずさると、自分の腕で身を守るように自らを抱きしめる。これは明らかに何か勘違いしているようだった。呆れながら言い直す。
    「持ち上げるって、だっこじゃねえよ。一人で無理なら二人で力を合わせてやるしかねぇんだ。ゼイユは軽いし大丈夫だろ」
    「軽いし……って、あんたあたしよりチビじゃない。本当にできるの?」
    まだ警戒するようにゼイユに眉をひそめられる。どうやら体重を気にしているようだが、実はオイラは、彼女の重さがだいたいどれくらいかは見当がついている。彼女は去年の合宿中、コーストエリアの海で溺れたことがある。そのときに抱き上げて陸地まで運んでやったのだけれど、身長の割に意外と軽かった覚えがある。元々細いしな、コイツ。けれど彼女にとっては思い出したくもない記憶だろうし、それを言うとまたあのときの不満をタラタラとこぼしそうなので、「いーからいーから」と言いくるめる。
    「ほら。ちゃちゃっと乗っかれよ」
    もう早くやってしまおうと、彼女に背を向けてしゃがみこむ。空っぽの棚を見ながらじっと待ってみるが、いつまでたっても後ろは動く気配がない。なにをグズグズしてんだ? いつもの彼女なら人を踏み台にすることぐらい、なんとも思わなさそうなのに。不思議に思って振り返れば、まだ離れたところにいた彼女は耳まで真っ赤になっていた。
    「お……おんぶだとしてもイヤ! だってあんた……おしり触るつもりでしょ!」
    「ばっ……! 触んねーし、おんぶでもねーよ! 馬鹿か! 高さがいるんだから、肩車だろうが!」
    それは全く考えていなかった。予想外の方向から投げ込まれた発言に、釣られてオイラもカッと顔が熱くなりそうだった。途端に彼女と目を合わせていられなくて、さっと顔を背ければ、
    「は、はあー⁉ それならそうとはっきり言いなさいよ! わかりにくいのよ!」
    「ぐぇっ!」
     叫びとともに、ゼイユの蹴りが背中をどんと強く打った。骨に当たって普通に痛え! そのまま前のめりに手をつきながら、オイラはもう一連のやり取りに疲れきって、ため息をつくしかなかった。
    「もう……普通に踏み台、取ってきた方が早かったかねぃ……」
    「わかったわよ! やればいいんでしょ肩車! ていうか……なんで、そんな、慣れてそうなのよ……。むかつく……!」
    ゼイユはまだぶつぶつと何か文句を言ってはいるが、ようやく素直に動いてくれるようだった。彼女はオイラの真後ろに立つと、両肩にぐっと手を置いてくる。
    「それじゃあ、ちゃんとやりなさいよ。先に言っとくけど、変なことしようとしたら、えげつない噛みつきをお見舞いしてやるから」
    「へーへー」
    改めて釘を刺した後、彼女はよいしょ、と雑に頭を掴みながらオイラの肩にまたがってきた。滑り落ちないようにしっかり太ももを掴んで担げば、細いのに柔らかな感触がする。同時に首が左右からぎゅっと挟みこまれて固定される。制服越しに伝わってくる体温に一瞬ドキリとしてしまう。が、その気持ちもすぐにその引っ込んだ。
    「おぅい。前髪引っ張んないでくれよー。崩れるじゃねぇか」
    「うるさい。そんなことを言うと毟るわよ。自転車のハンドルみたいに飛び出てる方が悪いじゃない」
     ゼイユは髪から手を離してくれた代わりに、ぐりぐり、と左右から握りこぶしを押しつけてくる。無視していくぞー、とゆっくり立ち上がれば、油断していたのか、きゃっと甲高い悲鳴が上がった。重さはおおむね想像通りだったが、動いた瞬間、柔軟剤なのか、香水なのか、それとも彼女自身から発せられてるのかはわからないが、なんとも表現しづらい甘い香りがふわりとあたりを漂った。それも長く嗅いでいると変な気を起こしそうな感じのやつ。いかん。噛みつきをくらうようなことになる前に、さっさと済ませてしまおう。なんとか棚の上まで手が届きそうな高さになったし。
    「ゼイユ。いけそうか?」
    「なんとか、ね。もう一歩前出れる?」
    「りょーかい」
    言われたとおりに棚へ近づけば、上に手を伸ばす彼女は手をぷるぷるさせながら、上手いことバランスを取ろうとしていた。ちょっと前のめりになれば彼女の身体がオイラの頭と首の後ろにぴったりフィットして──アレこっちのほうが尻よりよっぽど不味い場所に当たってないか? ──ますます密着度が増してしまう。一瞬よぎりそうになったものを頭の中から追い出して、しっかり床を踏みしめて支えることに集中した。
    「もう、ちょっと……! 取れた!」
    「よし、下ろすぞ」
     すぐにゼイユを床に下ろして、ふう、と息をつく。なかなか緊張感のある体験だった。ちょっと良い思いをしたような、しないような。
    「で、あんなところに置くなんて、いったいなんのノートなのかしらっと……」
    ゼイユが取ってくれたノートを、さっそくパラパラと開いてみる。それはオイラも気になっていた。一緒になって中を覗けば、それは日誌のようだった。日付はオイラが入学する前の年。知らない部長の名前で、細かく書かれているようだった。
    「へー。毎日ちゃんと記録されてる。リーグ戦のこととか。部員の誰が休み、とか。ネリネくらいきっちりしてる。連絡事項とか」
    「今よりずっと、ちゃんと部活してんだな」
    「だって今は、部長がちゃんとしてないもの」
    「オイ」
    「今日の日付とか、あるかしら」
    ところどころ虫食いになったページをぱらぱらとめくっていく。今日の日付のタイトルは、『遠征に向けて』となっていた。
    「遠征……。遠征って? 合宿じゃないの?」
    「ああ……。別もんだ。昔はみんなでBP出しあって、顧問の引率で学園の外に行ってたんだよ。毎年やってるわけじゃない。最後にやったのも、オイラが1年生の時じゃないかな」
    「へー。そんな大々的なことできたのね。あんたのときはどこ行ったのよ」
    「三年の先輩の希望で、砂漠の遺跡探検だよ。結構ハードだったぜぃ」





    寮の入り口で別れる直前、そうだ、とゼイユがオイラを呼び止めてきた。
    「カキツバタ。今年はちゃんと、夏休み前にノート返してよね」
    「おう。わーってるって。つーか今返してもいい? 部屋にあるから取ってくる」
    「あ、そう。じゃあついてくわ。その方が早いでしょ」
     流れでオイラの部屋まで一緒に行くことになった。鍵を開け、「外で待ってろよ」と言う前に彼女はずかずか中へ入ってしまう。相変わらず遠慮のない奴だった。朝起きたときそのまんま、ぐちゃっとしたベッドの上はともかくとして、普通にポケモンと生活しても問題ないくらいには整えてある部屋だと思う。勉強机の上は、授業でもらったプリントなんかをそのまま重ねて置いているから、どこに何があるかは知らない。
    彼女は何かを確かめるように部屋の中をぐるりと見渡すと、うん、と一つ頷いた。
    「さぁ。ちゃんと返してもらえるかしら。あんたには前科があるからね」
    「今回は大丈夫だって……ほらよ」
    机の一番上に置いておいた、しわのないノートを返す。
    「よかった。ちゃんと無事だったわ。……あら? このクルマユ、なに?」
     ほっとした顔でゼイユがノートを裏返せば、裏表紙の隅っこにはシールになったクルマユがいた。やや不機嫌そうな表情のクルマユは、半開きの目でむっつりと彼女の顔を見つめ返した。
    「お。気づかれたか」
    「気づかれたか、じゃないわよ! なに勝手に貼ってんの? しかもこれ……穴開けたの隠すために貼ったでしょ! 内側から見たらバレバレなんだけど!」
    「わりぃなぁ。なにかに引っかけちまったみてぇで。でもいいだろ? ちゃーんと補修したんだから」
    ノートを開いて詰め寄られるが、まぁまぁまぁと軽く受け流す。開けてしまった穴をそのままにするわけにもいかないだろう。仕方なしの応急処置で、怒られるのは想定内だ。
    「気に入らねぇなら剥がして良いぜ」
    すると彼女はむむむとクルマユと似た表情をしながらも、ひとまず食い下がってくれるようだった。
    「まぁ……かわいいからいいけど。これって、食堂でもらえるやつでしょ?」 
    「そーそー。オイラ結構集めてるんだよね」
    「へー」
    お菓子の缶にごっそり保管している自慢のコレクションを渡してやれば、ゼイユは束ねたカードをトランプみたいに両手に広げてうわぁと驚きの声を漏らした。
    「こんなにいっぱい? 集めすぎでしょ。これ、一枚ぐらい取ってもバレないわね……。どれにしようかしら」
    「コラコラコラ。堂々と目の前で盗むんじゃねーよ」
    「じゃあ一枚ちょーだい? ノート貸したんだからちょっとぐらい、いいでしょ?」
     真正面からおねだりされて、ううむと唸る。それを言われるとどうにも弱かった。去年の恩もあることだし、ノートのお礼がシールでいいなら安いもんだ。それに素直なところを見せられると、なにかしてあげたくなってしまう。
    「しょーがねーな……。ダブってるやつならいいぜ。一枚だぞ」
    「やった!」
    机の上に絵柄が見えるように並べていき、ダブったやつをピックアップしていく。するとだいたい三十種類くらいになるようだった。デザインが限られてしまうけれど、1枚くらいなら彼女がお気に召すものもあるだろう。
    「どれにしよっかなー」
    「これは? ズルック」
    威嚇するような顔つきのズルックのシールを手に取るが、ゼイユの目に止まったのは違うポケモンだった。
    「あ、これ。かわいいわね」
    手に取ったのはオタチのシールだった。今にも天敵に襲われそうなのか、自分の尻尾を抱きかかえて、ぷるぷる震えている。なんだか弱そうでいじらしい。
    「こっちがいい。こっちにする」
    「どーぞ」
    「ありがと。ふふ。どこに貼ろっかなー」
    ゼイユはニコニコとシールを眺めると、ノートの裏表紙に貼ることにしたらしい。やや不機嫌そうなクルマユの隣で、オタチがおびえ出す。こういう一面を見ると、やっぱり彼女も女の子なんだなぁと思う。
    コレクションをしまいながら、ふと疑問に思う。
    ゼイユとオタチ? なんか関係あったっけ? 好きだとか、一度も聞いたことがないような気がする。学園でも見かけないポケモンだし。少し気になるけれど、彼女はノートを抱えて「それじゃ」と部屋から立ち去ってしまった。





     夏休み明け、さっそくオイラは動き出した。重大発表があるから、と言って部員に集合をかけておくと、みんなはどんどん部室に集まってきた。
    「いやー、おまえら素直だねぃ。それとも、ツバっさんの人望のおかげー?」
    「みんなお土産配るのにちょうど良いから集まっただけでしょ。はい、今年もりんご」
    「どうもー」
     ゼイユの言うとおり、お土産交換会が始まりそうだったので、ほどほどの人数が集まったところで整列させる。前に立ってみんなを見渡せば、どこからかひそひそとおしゃべりが聞こえてくる。
    「ところで重大発表って、なんすかね? 四天王でまた何かやるんすか?」
    「わたしは何も聞かされてないですけど。どうせろくなこと考えてないと思いますよー」
    「へっへっへ……。それはどうかねぃ? 諸君、聞いて驚け! 今年のリーグ部は遠征をおこなうことにした!」
     声高らかに宣言すれば、全員がぽかんと口を開けていた。
    「遠征について知らねぇ部員もたくさんいるだろうから、まずはそっから説明しねぇとな。てなわけで、ほい、後ろにまわせー」
     あらかじめ作ってきたプリントを一番前にいたやつらに渡す。まじまじと紙を見つめながら、信じられません、とネリネが呟いていた。
    「カキツバタが自ら資料を……? 明日は季節外れの雪が降るのでは」
    「オイラだって資料ぐらい作れますー」
     プリントが手元に行き渡っていくうちに、みんなざわざわし始めた。いいねぃ。予想通り
    良い反応だ。これが楽しみでちゃんと作ってきたようなもんだった。
    「遠征。まぁつまり、部活単位で学外に出むいて活動することだな。バスケ部なら練習試合で他校に行ったり、音楽部なら演奏会でどこかへ訪問したり……。部活ごとに色々あっと思う。昔はリーグ部も、他の学校の生徒と交流試合をするっつーのがあったらしいんだけど……うちのレベルって、結構たけーんだよ。試合を引き受けてくれるところがあんまりないし、どこかに行くよりは、部員内で競い合ってた方がお手軽に自分より強いやつと戦えちまう。
    そこで先代の部長が提案したのが違う形の遠征だった。ブルーベリー学園は、テラリウムドームっつうすげー設備がある。けれどそこから飛び出して、より過酷な自然環境で己を高める。普段のリーグ戦で学んだポケモンバトルが、未知の世界でも通用するのか確かめる。それがオイラたち、リーグ部の遠征の目的だ」
    プリントの一番初めに書いた、遠征目的を読み上げれば、ふむふむとタロが頷いた。
    「なるほど。力試しのために外に出るのであって、遊びじゃない、ってことですね」
    「いいや。遊びだ」
    「なっ……どっちですか!」
    「まぁまぁ。続きを聞けよ。今回の遠征先はオイラが決めた。イッシュ大陸より北西の海に浮かぶ島、ミラージュ島。聞いたことぐらいはあるかねぃ?」
    「たしか、数年前では誰も辿り着けないマボロシの島だと言われてたんですよね。人の手が入らない、完全な自然を保った場所だとか」
    いち早く反応してくれたのはダイアナだった。
    「そうだ。かなり話題になった島だ。今はもう安全な航海ルートも確立されて、自由に行けるようになってる。綺麗な氷の洞窟や美しい氷山があって、写真家や登山家を中心に人気も出た。でも並のトレーナーが気軽に旅行に行けるような場所じゃあねぇ。研究者が調査したところ、そこにはつえー野生ポケモンがわんさか暮らしてるときた。観光もままならねーくらいにな。でも……オイラたちリーグ部なら、どうだ?
    オイラは正直、お散歩に行くようなレベルだろうと思ってる。雪ぶけーしさみーしポケモンそこそこつえーし。でもそんなのポーラもおんなじだ。それと遠征にはどうしても、先生の許可が必要だ。まとまった日数、授業を休んでいくからな。その代わりにレポートを書けば結構美味しい単位がもらえる。内容は自由だ。島のことでも、ポケモンのことでも。なにか新しい発見をして、遠征がこんなに自分に役立ちましたーと書けばいい。楽だろ? 遠征なんて言い方すっけど、つまりはみんなで知らねー場所に遊びに行こう! っつーことなんだよねぃ!」
    「つまりこれ……部活でフィールドワークに行くってこと?」
    「そういうこと。まぁフィールドワークするかはゼイユの自由だ。ドームでは出会えないポケモンについてレポート作れば、ちょちょいのちょいよ」
    「ふーん……いいじゃない」





    「それじゃあ全員分、確認お願いしまーす」
    「はい、確かに」
    部員の外出届けを顧問に提出し終え、いよいよ明日の朝から遠征が始まる。
    「それじゃあ、気をつけて。校長先生がついているとはいえ、あまり危険なことはしないように」
    「はーい」
    「あ、カキツバタくん。ちょうどいいところに」
    職員室の奥から出てきた、ブライア先生に呼び止められた。 
    「はい? なんですか? オーブなら置いていきますけど」
    「それもあるけど、ちょっときみにお願いしたいことがあるんだ」
    ブライア先生の席に寄る。相変わらずごちゃごちゃした机の上だ。
    「もうすぐドームに新種のポケモンをいくつか放つという話は知ってるだろう?」
    「ああ、はい」
    何度か繰り返しBP支援をしたから、覚えている。環境を整えるために紫外線ブロックが追加されたり、先生が植林したり、せわしなく地面を掘ったり盛ったりしているのを見かける。
    「ドームに生息するポケモンは、いつも外からつかまえてきたり、卵を孵化させて繁殖させて調整しているんだけど、新種のポケモンたちの数がどうも足りないそうでね。よければきみにも孵化を手伝ってもらえないだろうか?」
    「えー? それって、孵化させてもオイラの手持ちになるわけじゃないってことだろ?」
     ブライア先生の言葉にオイラははっきりと嫌な顔を示した。一つの卵を孵化させるのは、それなりの時間と手間がかかるのに。ドームに逃がすこと前提ってことなら、育て損、いや、孵化損というわけだ。
    「それって、オイラになんも得がないじゃないですかー」
    「もちろんお礼はさせてもらうよ。本当は私も孵化を手伝うつもりだったんだけれど、他の先生方から止められてしまってね。代わりに優秀な生徒に頼んだらどうかという話になったんだよ。たまごは元気なトレーナーと一緒にいるのが一番良いと言われているし、きみは孵化実習の成績もよかったそうじゃないか。どうかな?」
     申し訳なさそうな顔をする先生を見ながら、うーんと唸る。たしかに、この人、研究に集中しすぎてたまごのことなんて頭からすぐに抜けてしまうだろうからな。他の先生の判断は賢明だろう。それにしたって、ブライア先生ってほんとなんでこの学園の先生やれているんだろうか。オイラが一年生のときからの疑問だ。
     何にせよ、ブライア先生の頼み事は面倒としか言いようがなかった。オイラは明日から遠征だし、部員を率いながらたまごの孵化まで世話できるだろうか。先生のことを言えないぐらいオイラもテキトーな性格だから、できれば他の人に頼んで欲しいんだけど。
    「ブライア先生いらっしゃいますかー。お話中失礼しま……あれ?」
     聞き慣れた声が入り口から聞こえて振り返る。職員室の入り口から『先生用』に優等生ぶった態度で挨拶をしたゼイユは、ブライア先生と話しているのがオイラだとわかるとすぐに、いつもの遠慮ない姿へと切り替わった。
    「なんだ。カキツバタか。あんたが職員室にいるとか変なの。しかも先生に用事?」
     授業のレポートでも提出しに来たのか、クリップで束ねた用紙を抱えながら、彼女はこっちに歩いてくる。その顔を見て、オイラはピンとひらめいた。
    「先生、今のお願いゼイユが聞いてくれるって」
    「はぁ? 何の話? 勝手に決めないで。先生、これお願いします」
    ゼイユはオイラを軽くにらみつけながら、持っていた用紙を先生に渡した。
    「ああ、頼んでいたキタカミのポケモンのリストか。ありがとう。とても助かるよ。私の助手にしたいくらいだ。その優秀さを見込んでもう一つ。実はだね、ゼイユくん」
    かくかくしかじか、先生が用件を話すと、ゼイユはふーんと話を飲み込んだようだった。
    「別に……いいですけど。ペア実習だったのでこいつと評価成績が同じに見られているのは癪ですが、実際はあたしの方がちゃんと面倒見られると思いますし」
    「おーおー。言うねぃ。まっ、その通りだけどさ」
    「ほんとうかい? それは心強いね」
     それじゃあ、ちょっと待っててくれたまえ。そう言って、ブライア先生は職員室の奥の倉庫へと引っ込んだ後、大きなバスケットを抱えて戻ってきた。蓋を開ければ、中にはクッションが敷かれていて、色の違うたまごが二つ転がっていた。そのうちの一つへと、先生が迷いなく手を伸ばす。
    「それじゃあゼイユくん。よろしく頼むよ」
    「任せてください」
     そう言ってゼイユはブライア先生からクリーム色のたまごを受け取った。薄橙色の水玉模様があちこちにある、小さめのたまご。彼女はそれを大事そうに抱えながら、まるで初めましての挨拶でもするかように、たまごの尖っている先の方を軽く手のひらで撫でた。その様子を見ながら、これでオイラはお役御免だな、と思ってその場を去ろうとすると、
    「あ、こっちはカキツバタくんね」
    「はい⁉」
     ブライア先生に肩を叩かれ、ずい、と距離を詰められると、もう一つの薄緑色の渦巻き模様が入ったたまごをまんまと押しつけられてしまった。
    「あのー、オイラはやるなんて一言も……」
    「いやー。一度に頼めてよかったよかった。これで私もようやく研究に集中できるし。……となると、まずは……これを元に来年の計画を……」
    満足そうに微笑む先生は、もうこっちの話なんて聞いちゃいない。ぶつぶつと何か呟きながら、さっきゼイユから受け取った資料を見ることに夢中になってしまった。
    「それじゃあ、あたしは失礼しまーす」
     たぶん聞こえてないだろうけど。そう言って、ゼイユはもう先生の奇行に慣れた様子で職員室からすんなりと退出していった。
    「はー、マジかよ。……面倒なことになっちまったな」
     オイラは抱えたたまごとブライア先生を交互に見た。たぶん今ならバスケットに戻しても絶対に気づかれないだろう。でもそれは同時に、コイツを放置して見捨てることにもなる。それはさすがに良心が痛む。
    「しょうがねーな。……ドーム内にとはいえ、ポケモン逃がすのって嫌なんだけどねぃ」
    職員室を出て、すぐにゼイユの後を追いかけた。彼女はオイラが走ってきたのに気づいたようで、振り返ると足を止めてくれた。横に並んで一緒に歩き出す。
    「なぁ、オイラが言っておいてなんだけど、別に断ってもよかったんだぜ」
     言えばゼイユは、はん、と鼻を鳴らした。
    「ブライア先生には媚び売っとこうと思って。知ってる? 先生この間、テラスタルオーブの増産かけたんですって。届いたら、あたしの手元にいち早くもらえるようにしておかないと」
     彼女はとっても悪い顔をしていた。おまえさんの実力ならそんなことしなくても問題ないだろ、とは思ったけれど。それを言うと「またテキトーなこと言って!」と怒られるような気がするので止めておく。
    「あ。そういえば、……何のポケモンのたまごか聞かなかったわ。あんた聞いてる?」
    「オイラも知らね。まぁ、生まれてみてからのお楽しみって感じだな。新種っつってたから、まだドームにいないポケモンってことだろうけど」
    「なんにせよ。旅の仲間が増えちゃったわね」
     ゼイユはたまごを撫でながら、よろしくね、と呟いた。





    「あれ。ゼイユ?」
    「わっ……。誰かと思えば、カキツバタか」
    デッキに上がると、ゼイユが手すりに寄りかかって立っていた。
    「あんたまた夜更かし?」
    「いや……。オイラはこいつが、もうすぐ生まれっかなーと思って……って、アレ?」
     さっきまで震えていたたまごはもう、シーンと静まりかえっていた。両腕で抱え込みながら首をひねる。なんだ。オイラの気のせいだったか? まぁ、いいや。
    「おまえさんこそどうしたんだよ」
    「うーん。なんか……船の揺れが気になっちゃって。海の上でこんな不安定にぐらぐらしてると思ったら、ちょっと寝付けなくって。ネリネに酔い止めもらって飲んだんだけど、それもまだ効いてないような感じがするのよね」
    「ネリネの酔い止めー? それって、空飛んでったりしねぇのかい?」
    「大丈夫よ。……今はむしろ飛びたいくらいだけど」
    ゼイユは確かに元気がなさそうな感じはした。隣に立てば、何の脈絡もなく、はい、と紙コップを押しつけられる。
    「え? 何これ」
    「抹茶ラテ。寒いから持ってきたんだけど、一口飲んだらもう……いいかなって、なっちゃったの。もらってよ」
    「あっそ」
    人に残りを処理させんなよ、と思いつつ、まぁ、別に気にしないから飲むけどさ。にしても、いつも部室ではオイラの食べかけのお菓子には「汚い!」とかいいながら絶対に手をつけない癖に、自分の飲みかけを渡すのはいいのか。彼女の基準がよくわからん。疑問に思いつつも受け取ったラテを一口飲めば、まだ少しだけ温かかった。優しい口どけが身体の芯を癒してくれる。
     甘いラテを飲み干しながら、二人の間に沈黙が満ちる。夜の海は真っ暗闇で、縦揺れの中で近くをじっと見てると気が滅入ってしまいそうだった。
    「なぁゼイユ。まだ寝ないなら、オイラと一緒に夜釣りでもすっか?」
    「え? 急に何よ」
    「じっと下向いてる方が具合悪くなんだろ。気晴らしだよ。付き合うからさ。たしか船のあっちに……」
     オイラは一度デッキを降りて、こっそり釣り竿を拝借してきた。船にあるものは全部校長の私物だけど、自由に使っていいと言われてるし、問題ないだろう。竿の先には虹色に光るルアーがついていて、釣りに関しては素人だけど、それだけですごくいい釣り竿のように見えた。
    「あたし、釣りってしたことないわよ」
    「オイラも泳ぐのに比べっと、そんな得意じゃないけどさ。こうやって……海に落として、あとは引っかかるのを待ってればいい」
    ゼイユに竿を持たせ、ルアーをするすると海に落とす。すごい釣り竿はリールが自動で回転して、ちょうどいいところで止めてくれるようだ。ぷかぷかと赤い浮きが目印のように海面に浮かぶ。
    「これだけでいいの? こんなんでほんとに釣れるのかしら」
    「さぁな。たまにゆっくり竿を揺らしとけ」
    「さぁって。相変わらず教え方がテキトーね」
     はぁ、とゼイユのついたため息が白く立ち上る。ヒウンシティを出発してから随分と北上してきたから、気温もぐっと下がってるんだろう。釣竿と一緒に持ってきたチョコをつまみ食いしながら、ついでに話題も浮かんでくる。
    「最近、ゼイユが弟くんと電話してっとこみてねぇな」
    「そんなことないわよ。でも……。今頃すっごく寂しがってると思うわ。それか勉強してるかも。あたしと同じ学校行きたいって言ってたから」
    「へー!それじゃあ弟くんもポケモンバトルつえーんだ」
    ゼイユと同じ黒髪で、キリッとした目付きの背の高い少年が頭に浮かぶ。二人並ぶときっとすごい圧があるだろう。辺境のキタカミからの新入生が二人目ともなれば、かなり話題になるだろうな。
    「そうでもないわよ。それに一番の問題はコミュニケーションね。人見知りだもん」
    「ふぅん」
     それじゃあクールな男の子なのだろうか。ゼイユも黙っていれば美人だと、部員の誰かの言葉を思い出す。寡黙な美男子。すごくモテの予感がする。
    「そういえば、たまごのことでここに来たんじゃなかったの? こんなことしてていいの?」
    「ああ。もうすぐかなーって感じの音してたんだけど、なんかまだだったみてぇだから」
     念のため孵化装置から出してみたけれど、たまごはウンともスンともいわなくなってしまった。オイラを起こすだけ起こして、満足したらしい。それか、二度寝か。オイラと一緒で、ギリギリまで寝ていたいのかも。
    「そっか。あたしのほうは、まだ何にも聞こえない。こんなにも寒いとだめなのかな」
    「いや。ポケモンのたまごは別に、そんなことねえはずだけど」
     気長に待つしか方法がないのだ。たまごも。旅も。そして釣りの方も。
    思っていたよりも竿は反応しなかった。ゼイユは時々浮きが流されすぎないように、適度にリールを巻いたりしていた。
    「場所が悪い?」
    「うーん。どうだろ。もしかすると海の中も、寒くてあんまり元気な魚がいないのかね?」
    「あんたちょっと飛び込んで見てきなさいよ」
    「いやだねー。それはさすがに死んじまう」
    ちょっと持ってて、と言われてゼイユに竿を渡される。はー、と手のひらを擦り合わせながら息を吐き、かじかむ指をゆっくり握る。そういえばグローブをしてない。彼女が両手とも素手なのは少し新鮮だ。真っ白な、細長い指がオイラの手の上に重ねられる。そのしっとりとした柔らかさになぜか緊張していると、それからゼイユは「ありがと」と釣り竿のグリップをオイラの手から奪い、もう一度自分で握り直した。
    「あんたって寒いの平気なのなんでなの? 実家が雪の多い場所とか?」
    「いや。ソウリュウは……ほどほどかな。確かに北のほうではあるけど、隣街のセッカシティのほうが積雪多くて有名だった」
    「じゃあなんで好きなの?」
     ゼイユは浮きから目を離して、オイラの顔を覗き込んでくる。何でそんなにオイラのことが気になるのだろう、と思いながら、うーんと質問の答えを考える。好きな理由としては漠然としているけれど、頭に思い浮かぶのはコレだろう、という物ならあった。でもそれは人に共感してもらうには、いささか難しい類いの話でもあった。
    「理由みてぇなもんはあっけど、……教えたくねぇな。絶対変って言われっから」
    「えー。なにそれ。それを聞いて、より知りたくなったわね」
    「いや……子供の頃の話つーか」 
    「あら。あたし、あんたの子供の頃の話好きよ。お馬鹿でかわいくて」
    ゼイユはニコニコしながら、じーっと期待するように目を見つめてくる。その好奇心に根負けして、オイラは口を開くことにした。
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