短編「こんなに家具ありましたか?」
尊奈門が雑渡の部屋を見渡して一言そう呟いた。
雑渡が風邪をひいて職場を休んでいたので、心配になって家に来て居たのだ。
部屋の家具はほぼないに等しかったのだが、白いチェスト、小さい本棚に始まり、クッション、間接照明ランプ等の細かい家具も増えている。
「ううん。いさ子ちゃんの為に買ったの。」
「えぇ…?」
「いさ子ちゃんが土日祝日こっちに泊まってくれるから、その際に必要最低限はあった方がいいと思って。」
ゴホゴホとマスクをしながらベッドで寝ている雑渡がそう答えたのを聞いて「そうでしたか…。」と呆れながら答えた。
(もう、何も言うまい。)
「はい、雑炊ですよ。」
尊奈門は風邪の時はお粥よりも雑炊を食べたくなる。
尊奈門から雑炊を受け取ると、ゆっくり息を吹きかけて食べ出した。
「この時期に風邪とは、はた迷惑な。」
「ごめんって。ちょっと油断した。」
ふぅとため息をついて、ベッドの下にあるスリッパをみて驚愕した。
「雑渡さん…?これ、猫の…スリッパ??」
まさか雑渡さんが使うのかと思い目目線を向けると全く気にせずに「いや、いさ子ちゃん専用の。」
と答えた。
ここまでくるとは…。
今までの雑渡を見ていて初めての事だった。
人に合わせず、自分の時間を大切にし、なによりも「結婚なんかしない。」と豪語してた人だったのに。
「…そんなに好きなんですか。」
呟いたつもりだったが、雑渡には聞こえていたらしく、
「そうだね。ここまで好きになったの初めてだと思う。」
鼻声でそう答えたのを聞いてこっちが恥ずかしくなる。
そんな雑渡を見て、なにか悔しいというか、悲しいと言うべきか。本当は喜ばないといけないのだが、複雑な気持ちになった尊奈門が雑渡に勢いで話しかける。
「そんなにその子供がいいんですか?他の大人とか、もう少し年齢が高い人とかじゃだめなんですか?」
納得が出来ずそう漏らしてしまう。
雑渡はその言葉を聞いて、食べようとしてた手を食器に戻して「そうだね。」と呟き、そのまま話しかけた。
「いさ子ちゃんだからいいの。
他の人ではだめだったんだよねぇ。」
としみじみにそう言うもんだから、尊奈門はなにも言えずにそのまま黙ってしまった。
(なんだか負けた気分だ。)
「そしたら、ちゃんと休んで下さいよ!」
尊奈門はある程度家事を終わらせて玄関で雑渡に声かけをし、返事を待たずにドアを開けると、ゴンと音と衝撃があった。
「なんだ??」
びっくりしてドアの隙間から覗いて見ると、踞ってる女の子がいた。
「え??!!ごめん!!大丈夫???」
急いで外に出て女の子に怪我がないか確認する。
「だ、大丈夫です。おでこに当たっただけですから…」
いてててとおでこをすりすりしてる姿は痛ましく、罪悪感が尊奈門を襲う。
「うわ、赤くなってるじゃん。ごめんな、今薬を」
「いさ子ちゃん?」
ドアから雑渡が顔を出して覗いていた。
「いさ子ちゃん、わざわざ来てくれたの?」
「雑渡さん!寝てないとだめですよぉ。」
「なんか玄関が騒がしくて見に来たら…」
厳しい目付きで尊奈門を見て、蛇に睨まれた蛙のような状態になった。生命本能が危ないと信号が送られる。
汗をかいて焦っている尊奈門を無視し、いさ子に話しかけた。
「部下がごめんね。おでこ赤くなってるよ。」
「大丈夫ですよ!いつもの事なんで!」
「またそんな不憫な事を…」
尊奈門がその会話を聞いて「この子がいさ子…ちゃん?」
と改めていさ子を見た。
「あ、初めまして!すいません驚かしてしまって!」
おでこはまだ赤いが、痛みが退いたのか尊奈門に挨拶をする。
「いや、俺の方こそごめんな。」
「お気になさらず!!本当に大丈夫なので。」
ニコニコと屈託ない笑顔のいさ子を見てドキリとしてしまう。
(なるほど。雑渡さんが好きになるのも少しは理解できる。)
やっと自分の中で納得できて、スッキリした気分になった。
「いさ子ちゃんとりあえず部屋に入りなよ。赤いところに薬塗ってあげるから。」
「もう~自分で塗れますよ!」
そう言いながら尊奈門にではと軽く挨拶をして雑渡の家へ入っていった。
扉を締める前に雑渡が、ドアから顔を出すと無表情のまま尊奈門に警告をする
「尊奈門、今度は気をつけてね。じゃないと余計な仕事が増えるかも知れないよ。」
と口だけ笑いながら扉がしまっていったのを見届けて恐怖で固まるのだった。
(理不尽では…??)