陽光と月明りを歩むものたち準備期間の日々
モコとロロが白銀と黒曜を連れてしぐ達の部屋にやってきた。
しぐ「モコ・ロロ、いらっしゃー…黒曜も」
名を呼んだ3人には笑顔で、白銀にはお前はいらないよと言わんばかりの顔で出迎える。
モコ「あの、ダビウムさんのお店で一緒になって」
不安げに見上げてくるモコにしゃがんで視線をあわせる。
しぐ「あぁ、大丈夫だよ。それじゃあさっそくモコから採寸しようか。湯豆腐、待機組にお茶入れてあげて。」
はんなりが黒曜とハイタッチをし、ロロの手をつかみ引っ張っていく。
モコとロロの採寸を終え、皆でおやつを楽しんでいる。
その様子を横目に眺めながら作業を始めているしぐに、白銀が寄ってくる。
しぐ「…お前のは作らないぞ」
白銀「それはわかっているさ。私のではなく黒曜のを頼みたくてね。対価も君の望む形で支払うよ。」
作業の手を止めて背もたれに身を預け、足と手を組む。
しぐ「望む形ねぇ」
白銀「君は仕事として作る事はしていないのだろう?もちろん蝋燭での支払いも可能だが」
しぐと話しながらも、星の子達と戯れる黒曜を愛おしいと眺めている白銀。
しぐ「まぁ、いいよ。黒曜のなら俺も見たいし楽しめる。」
白銀がこちらをむいて顔を輝かせる。
白銀「ありがとう。あの子は食べるのも賑やかなのも好きでね、より楽しめる装いをさせてあげたくて。」
しぐ「後で実験につきあわせるからな」
相手が白銀でなければ素直に共感できるのになぁ、自分がはんなり達にそうするように。
立ち上がり深いため息をつく
しぐ「おーい、黒曜。ちょっとこっちきてくれー」
黒曜「なんだの?」
隣の部屋からトコトコとやってきた黒曜の頭を撫でて白銀が入れ替わりで部屋をでていく。
しぐ「黒曜も祭りの衣装着ようぜ、採寸させてくれ。」
黒曜「いいのかの?いっぱいつくるんだの?」
食べている途中だったお菓子の最後の一口を飲み込み、湯豆腐から差し出された手ぬぐいで手を綺麗にする。
祭りは好きだ、色々な食べ物や面白いものが集まる。あの雰囲気に気分や姿を馴染ませるのも楽しい、食べなれた見慣れたモノが違って感じる。
しぐ「リトルサイズのならまだいけるいける、ノエさん達の主催だけど元の姿は人目を惹くから今の姿で遊びに行ってくれ。」
通常の暗黒猫のすがたならちょっと珍しいぐらいで済むだろうが、黒曜の素の姿はその何倍も大きい暗黒猫だ。
黒曜「心配しなくても大丈夫なんだの。あの姿は星たちの前じゃ必要性のない時はしないんだの。星たちとあの者達の食べ物はこの形態じゃないと食べづらいしの。」※あの者達=精霊
しぐ「そっか、まぁ俺は元の姿も好きだぜ。梳かし甲斐がって楽しいし。腕上げて」
星の子の姿に擬態している黒曜の体を採寸していく。
黒曜「お前は梳かすのそこそこうまいの、ロロとトロは駄目だの。」
しぐ「トロは駄目だろうなぁ…ロロは上達してきたんじゃない?」
黒曜「そうだの、上手くなるまでいれるといいの…お前達、星の時間は猫にはすこし短いんだの」
この惑星に落とされる星たちは暗黒猫達と生きる時間が違う。
いくつもの瞬きにふれあいそのたびに別れてきた。
一つ一つ違う輝きを白銀も黒曜も忘れることはない。黒曜はきまぐれに思い出すだけだが。
星たちと戯れる白銀に視線をうつし、なぉん とひと鳴きする黒曜。
しぐ「…」
測り終えた手を宙に浮かせ、両者を見てしかめっ面をのせたかぶりを上へ下へ振る。
しぐが前髪をかきあげて呻き、湯豆腐がやれやれと肩をすくめる。
湯豆腐「君は獣に弱いね」
しぐ「~っ!黒曜、白銀に変化できんだよな。どの程度正確なんだ?」
黒曜のやわらかい頬をもてあそびながら聞く。
黒曜「白銀なら完全にできるんだの。ずっとそばにいるからの。」
しぐ「上乗せするからなー!!」
なすがままにむにむにされていた黒曜に白銀に変化するように促し吐き捨てる。
黒曜「追加分は猫が払えるもので済ませてくれると助かるの。」
当日
ノエ達の書庫塔が警護の対象とし、双璧である商いを中心とした書庫塔主催の祭りが開催された。
しぐ「誠ニ遺憾ナガラ対象ノ警戒ハ私ガ行イマス。どっちかというとそっちから絡んでくるようなのがないようお願いしたいですね。」
ノエ「なんだその口調は…まぁわかった、各責任者たちには通達しておこう。杞憂に終わり、皆が楽しめることを願っているよ。」
しぐ「どっちにもかかわりたくない!!!お祭りを自由に楽しむうちのプリティプリンセスたちを愛でることに全力を注ぎたい!!!!」
嘆き駄々をこねるしぐを頭からつま先まで見るノエ。
路地の暗がりで七色に輝く葉をたたえた角がまぶしい。
ノエ「君も随分楽しんでるように見えるがね、うらやましいよ。」
しぐ「周りが楽しんでないと楽しみきれないデショ!あとで一杯おごりますよ、最近弟がいた事になりまして。例の酒場で遊ばせてるので練習台になってくださいな。」
ノエ「(いた事ね…)落ち着いたらご相伴にあずかりに行こう。私にも絆されてこっちにこないかい?」
しぐ「断固お断りしまーす!!今のあなたを見たら俺以外だって断りますよ。」
ノエがそうだろうなと疲れた顔で陽光に浴び、賑やかな祭りの会場を見渡す。
しぐ「俺は貴女達のように、自分の腕の中におさまりきらないモノまでどうにかできる・したいと思える星じゃありませんよ。」
ノエ「最近はその腕の範囲が広くなっているように思うがね」
しぐ「すぐに手放しますよ。シャチ君に取り次いでください、夕闇を知る専属護衛付きの人材派遣できますよと。」
ノエの眉が少し動く。
しぐ「そんな驚かないでくださいよ。」
ノエ「彼らなのかい?」
しぐ「猫は気まぐれですから無理ですわぁ、あのふたつは居着いても根差す事はないですよ。」
ノエ「…はやめに飲みに行く事にするよ。」
しぐ「ご来店お待ちしております。」
それぞれ逆方向に路地を後にする。
フユキ「話は終わった?」
路地の入口の壁によりかかったフユキが杖を収める。
しぐ「見張りありがと、今日はもう大丈夫。さーて、遊びに行こうぜ!」
フユキ「カビ子がやるきだしてたよ。」
事前にもらった出店一覧がついた簡易地図を広げられ、覗くとかわいい肉球の跡と小さな手形がありそれと同じ色の丸と線が書き込まれていた。
しぐ「あらー、これは制覇狙ってますね。俺らも気合い入れないとっ。」
フユキ「もう何個かまわってるよ。」
しぐ「それは急がないとだ、へい!ふさま!」
フユキを背負ったしぐが屋台制覇隊に合流すべく飛んでいく。
白銀「おや、間に合わなかったね。」
路地から出てくるしぐをみつけて声をかけようと歩いてきた白銀が、すでに空に小さくなった二つの星を見上げている。
黒曜「(気づいて飛んでいったな)そのうち会うから大丈夫だの、ここからここ分担してるんだの。小虎達と」
広げられた黒曜の簡易地図にもやんちゃな跡と弾むような丸と線が書き込まれていた。
白銀「ふふふ、大仕事だね。」
黒曜「まず、あれ食べたいんだの!」
黒曜の小さな手にひかれて、白銀のまとう黒いベールがふわりやわりと踊って続く。
ルート上にある屋台をゆっくりと満喫しながら、分担された物を確保し小さな焚火を囲うように設置されたベンチで足を休める。
トロ「しろがねだ!来てたのか。」
白銀「やぁ、トロ君。今日は一段と輝かしいね、レヴ君も穏やかなさざ波だ。」
レヴが軽く手をあげて挨拶をすまし、隣のベンチに腰を下ろす。
黒曜「今日は小さいんだの。」
リトル魔法を使用して小さくなりレヴに抱えられたレディ・エルと黒曜がもちもちと挨拶をしている。
レヴ「君と同じだよ、元の大きさではね。」
黒曜「花火の時間は星が少ない所にした方がいいの、小さいといつも以上に体に響くんだの。」
星用の魔法ゆえ、驚いた衝撃でとけてしまう可能性がある。
レヴ「そうするよ。」
白銀の膝に登り直して香ばしい麺を頬張る黒曜。
レヴの腕の中でレディが尻尾とヒレをぱたぱたさせながら小さく鳴いている。
黒曜「見える所にはいたいみたいだの。」
白銀「移動門のあたりで打ち上げるとあるから、鐘塔のあたりがいいかもしれないね。」
レヴ「トロ、俺らはそうするから」
トロ「オレもいっしょ!しろがね先生!しょうとうって何だ!」
色つき砂糖水をかけた砕氷を食べていたトロが食い気味に会話に入る。
白銀「入口の方に鐘が吊るされた塔があるだろう、ああやって鐘を中心とした建物の事をそう呼ぶんだよ。」
トロ「楽園のあれもそうか!」
白銀がニコニコしながら頷く。
レヴ「トロ、舌みてみろよ。」
小さく出した自身の舌を指さしながらレヴが笑っている。
トロ「べろ?んんぇっ?!」
レヴ「安心しろ、色水のがうつっただけだ。ほら」
くつくつと笑いながら、掬って止まっていたトロの匙を食み、ほんのりと青くそまった舌をみせてやる。
トロ「ーっ!っ?!」
その仕草に驚き、頬が急速に熱くなる。
白銀が空気に徹し内心はパレードのごとく紙吹雪をあげ二人を愛でていたが、3つの若い星が空から降りてくる。
モコ「こんにちはー!!」
スノウ「こんにちは(お?…これは出直したほうが良いやつか?)」
ロロ「白銀さん詳しく」
スノウ「ロロくん?!今!?」
白銀が挨拶を返しながら手招きをしている。
モコとロロが素直に近づき、白銀が指さす方を見る。
頬を火照らせ、青く染まった舌をだしたまま固まったトロがいた。
モコ「わぁ!!どうしたんですか?!青い!」
白銀「あっちの方で売っている氷菓子を食べると一時的にああなるんだよ、モコ君達もやってみないかい?」
モコ「すごい!そんな楽しいお菓子あるんですね!!ロロ!スノウさん行きましょう!!!」
スノウ「(ほっ…)いいね、行こうか。」
ロロ「え、僕はいいよ」
白銀「案内してあげよう、ロロ君。少し荷物が多くてね、手伝ってもらえないかな?」
屋台制覇隊用の食べ物を一つ渡すために近づき、「お話は向こうで」と囁く。
人差し指を口元にあてて静かに微笑む白銀のかんばせが面紗から覗く様子に、今度はロロがどきまぎしほうけながら頷き白銀についていく。
モコ「トロ!レヴさん、いってきますねー!またあいましょー!!」
スノウ「お邪魔しました、いや本当に。」
レヴが首をキョトンとしながら手を振り答え、賑やかな星たちと猫が氷菓子の屋台に向かっていく。
しぐ「おー、集まってるな」
氷菓子を手に入れて楽しんでいるところに、しぐ達が合流する。
モコ「こんにちわー!しぐさんみてください、これっ!」
モコが小さなクラゲゼリーが乗った氷菓子とその色に染まった舌をみせてくる。
しぐ「ははは、かわいいの食べてるね。」
モコ「えっと、さんさ?」
ロロ「サンシャイントロピカルジェリーフィッシュ味。」
しぐ「よく覚えたね。ロロ・モコ、スノウ君、皆、着心地はどうかな?」
ロロ「涼しい」
スノウ「しぐくんってホントこういうの器用だよね」
ロロに続きそれぞれ、しぐが作った服の感想をのべていく。
黒曜が白銀の膝から降り、はんなりとカビ子の所に合流する。
黒曜「こっちの成果だの。」
はんなり「う!こっちもいっぱいある!」
カビ子が湯豆腐から鞄をうけとり、設置されている机にはんなりがひろげていく。
フユキ「日持ちしないから食べちゃいなよ、今日の夕飯はこれだからね。」
カビ子「わかった。」
はんなり「ごはん!」
モコ「わぁっ、いっぱい!」
スノウ「もしかして全部まわって?」
湯豆腐「まぁ…うん、そう。スノウ君達もつまんでいって。」
モコ「いいのですか?」
しぐ「最初からそのつもりだよ、カビ子と黒曜は食べきれるだろうけどはんなりはこの量さすがに無理だしね。」
黒曜「余裕だの」
カビ子「カビィィ」
カビ子が切れのあるポーズを決めている、はんなりも真似をして一緒にしはじめる。
しぐ「皆で屋台飯パーティーしようぜ。ふさま、飲み物ピッチャーでもらってきたから冷やしてくれ。湯、写真写真!」
フユキ「ほいほい」
並べられたピッチャーにフユキが氷を魔法で出し添えていき、湯豆腐がお子様たちのポージングを撮影する。
しぐ「お、ステラちゃんもきたな。」
ステラ「皆さんこんにちは!わぁ、たくさんお店まわったんですねっ」
合流したステラが広げられた品数に目を輝かせながら見渡している。
シオン「ダビウムさんから光茶預かってきてるよ。トロ君達にも伝言しておいた。」
しぐ「あいつら来るかなぁ?」
シオン「どうだろうね」
モコ「ステラさん!シオンさん!踊り素敵でした!!ふわふわくるくるひらひらって!」
ロロ「動き、すごい綺麗だった。」
モコ達の後ろで白銀がニコニコと頷いている。
ステラ「み、みてたんですか?」
シオン「射的の所にいたの見えたね。」
スノウ「並んでる時に広場がよく見える位置だったから(やっぱり気づいてたんじゃねーか)」
広場で即興の合奏がはじまり、それに合わせて沢山の星が舞って賑わっていた。
その中にステラとシオンも踊って混ざっていた。
モコ「スノウさんもすごかったんですよ!これっ、とってもらったんです!!」
モコがカニ、ロロがマナティのぬいぐるみを掲げて、スノウが得意げにしている。
しぐ「スノウ君にかかったらひとたまりもないだろうなぁ…踊ってるステラちゃんは俺も見たかったぜ。」
シオンからダビウムの光茶をうけとり、湯豆腐と配膳していく。
モコ「ボクも、もう一度見たいです!!」
白銀「ああ、それはよいね。そうだ、モコ君。あの時奏でられていた曲、歌えるのではないかい?」
モコ「えっ、はい!歌えますけど、えっと」
しぐ「ああ、平気平気。この一画は俺らで使うって話通してあるから。爆発とかはちょっと困るけど」
先日のカニ暴発事件が頭によぎり、手伝おうとしていたステラに二人の分を注いだカップを渡し、そっとシオンの方に促す。
はんなり「パーンするカニスープ面白かった!またするの?」
スノウ「セットになっちゃってる…」
ステラ「あっ、あれはちょっと力が入っちゃって!!」
トロ「飛んできた足、怖かった。」
爆散したカニの足が頬をかすった勢いを思い出して身震いしているトロがレヴをつれて合流する。
しぐ「おう、そろったな。レヴ、そのあたりも貸切ったからレディ元に戻しても大丈夫だぞ。」
少し開けた所を指さすが、レディがレヴの腕なかでプイプイ鳴いて顔を横に振っている。
レヴ「このままがいいみたいだ。」
しぐ「そっか、よーしじゃあ始めようかー!」
賑やかな食事を、夕焼けを背に舞うステラ、スノウのギターとモコの歌声を、弾む会話を楽しみ、夜空に爆ぜ咲く花を見上げて祭りの時間が過ぎていく。
祭りを全力で楽しんだ、モコとはんなりがすやすやと寝てしまい、ロロとカビ子も船をこいでいる。
しぐ「片づけは俺と湯豆腐でやるから。スノウ君、モコとロロ頼んだ。ふさま、うちのお子様たちお願い。」
フユキ「ほいよー」
寝ているはんなりをカビ子が背負い、フユキの肩に乗る。
スノウ「片づけ悪いな、モコくんロロくんは峡谷だっけ?」
ロロ「…はい、げき…団の宿舎で」
スノウも寝ているモコを背負い、ロロの手を引く。
フユキ「そんじゃ、おつかれさまー。おやすみ!」
手を振りながらフユキが飛んでいく。
スノウ「フユキさんおつかれさまッスー。じゃあ、俺らも。」
しぐ「おー、気をつけてな。楽しかったぜ。」
スノウ「俺も楽しかったです、おやすみなさいー」
ロロ「おつか…れさま…です」
スノウたちを見送り、片づけを再開する。
白銀「私にも手伝わせておくれ。」
しぐ「おー、働け働け…ダビウム、茶葉間違えたんじゃねーか?」
手に取ったカップにわずかに残る光茶に視線を落とす。
シオン「俺も手伝うよ、忙しそうではあったね。」
ステラ「私も手伝います、お花の依頼大変そうでした…。」
祭りの会場の飾りつけに参加するためこれなかったダビウム。
せめてと用意された彼の光茶だったが、眠そうに目をこすっているトロを見て、もしかしてとなる。
飲み食いが苦手なため、自分に用意されていた分に手を付けていなかったレヴが一口含む。
レヴ「…これ、俺用に調整してるやつだ。」
しぐ「おおぅ…まぁ、ちょっとリラックス効果が高いだけだから…害はないけど」
やっちまったなーとこぼしながら片づけを続ける。
しぐ「トロ、片づけ終わるまで寝とけ。」
トロがレヴをかかえて丸くなる。レヴとまだ小さいレディが離せとひっぱたいてるがびくともしていない。
シオン「俺、レヴさんたちに付き添おうか?」
しぐ「ひと寝入りすれば大丈夫だろ、お前はステラちゃんにしっかり持ち帰ってもらえ。」
じとりとシオンがしぐを見るが、これ以上は無駄だと判断して片づけに専念した。
しぐ「んーっ!終わった、終わった!ステラちゃんもシオンも片づけありがとなぁ、助かったぜー。」
片づけを終えて、しぐが伸びをし祭りの後の会場を見渡す。
未だ片づけに終われるものや、片づけ終わり慰労の盃をかわしていたりと祭りの熱気を残しつつ深い夜の静けさに包まれていた。
ステラ「おつかれさまでした、たくさん楽しませてもらいましたもの。これくらいはやらせてください。」
シオン「トロ君起こしてこようか?」
しぐ「おー、頼むわぁ。」
離れたところで寝ているトロの所へむかったシオンを視界の端で見送る。
しぐ「いつでも手放していいのだよ、君が抱え込まなくていいんだ。」
ステラが目を見開いてしぐをみる。
何も映さない眼が髪の陰から遠い遠い雲の向こうを見ていた。
ステラ「いいえ、私が選んだ事です。私がそうありたいのです。」
しぐ「…貴女はそう言ってしまうだろうね。」
くしゃりと困ったようなかすかな笑みをのせた顔がこちらをむく。
ステラ「彼と共にある事を、歩む事に後悔も諦めもありません。」
強く美しい瞳が1等星の光を宿している。
その輝きが、蝕む闇を照らし、すくいあげ、潜む暗を濃くさせて追い立てる。
しぐ「それでも、覚えておいて。いつでも違う道があるんだ。」
立ち上がり、ステラに手を差し伸べたが思い直し腕を組み後ろの方を見る。
しぐ「これは俺の役じゃないな」
ニカっと意地悪な笑みをして歩き出す。
しぐ「トロー!いい加減しゃっきりしろ!!」
ペーンッと乾いた良い音が響く。
トロを起こすのに苦戦していたシオンとレヴの所に行ったしぐがトロの頭を叩いていた。
しぐと入れ替わりでステラの所にもどってきたシオンがしゃがみステラの顔を覗く。
シオン「疲れた?そろそろ俺達も帰ろう。」
シオンが立ちあがり手を差し伸べてくる。しまわれる事のない手をとりステラも立ちあがる。
ステラ「ええ、共に帰りましょう。」
二人がしぐ達に別れの挨拶をして飛んでいく。
レヴ「俺らも帰るよ、レディの魔法も解けたし。」
元の大きさに戻ったレディの背に乗り込むレヴ。
トロも乗ろうとしてレディの尻尾に弾かれる。
しぐ「さぼるなだとよ。」
トロ「うぅ、寝たい」
少し離陸したレディのヒレにトロがよりかかり尻尾の連続アタックを食らっている。
しぐ「おうちに帰るまでが遠足だぞー。レヴ、シオンに引き継ぐ話、ほぼきまりだから今度挨拶に行かせるわ。」
ヒレによっかかったまま尻尾アタックを受け続けているトロの頭を乱暴に撫でる。
レヴ「…わかった。」
しぐが首をかしげる。
レヴ「俺も並んでる時しかわからないんだよ。」
星の子たちは皆、躯体の外見を衣服同様に着替える事ができる。
個人の見分けを見た目に頼っていなく、星の…コア(魂)の輝きで識別している。
しぐとシオンはその成り立ち故、同じ輝きにみえるのだ。
しぐ「あー…うん、あれだ。首輪つけてるかつけてないかでとりあえず…どうにか」
赤いひし形のペンダント、あれはシオンしかつけない。
オッドアイは左右逆だが自分もなる事があるのでぱっと見の材料にはならない。滅多になる事はないが。
しぐ「引き継ぐときは一緒に行くよ。」
レヴ「そうしてくれ。」
レディを撫でて出発の意思を伝える。
ヒレにひっつくトロを尻尾ではねのけ、その軌道のまましぐにも振り下ろす。
もちっとした尻尾を軽々と受け止める。
しぐ「ハイタッチなのか握手なのか…」
レヴ「肩トン…かな?挨拶ではあると思う。じゃあな。」
しぐ「おぅ、おやすみー。トロー!おいてかれるぞー!」
芋虫になっていたトロが飛び上がり、レディと並走する。
片づけを終えた後から眠っている湯豆腐を背負い、ずっと静かに自分たち含めた会場を見ていた白銀に視線を向ける。
しぐ「黒曜、楽しめたか?」
近寄ってきた黒曜にしゃがんで視線を合わせる。
黒曜「楽しかったんだの、これも動きやすくていいんだの。」
くるりとバク転をして答える。
黒曜「トロもこっちのがよかったんじゃないかの?」
傾げている黒曜の頬をもにもにして楽しむ。
しぐ「それは誰かさんのご要望がありましてね。」
白銀「おや、意外だね。」
しぐ「いいことなんじゃねーのー、しらんけど。」
白銀「私達の事も感謝するよ。今日もとても良い日だった。」
しぐ「黒曜に言うんだな、俺はお前を招いたつもりはない。」
黒曜「ひねくれてるのー、うゃーっ」
もにもにしていた手を挟み込むのに切り替える。
しぐ「そろそろお帰りになってくれませんー?俺らが帰れないんですわー!!」
白銀「ふふふ、すまないね。いつまでも見ていたくて長居してしまった。」
黒曜「今日は連邦がいいの、あそこの草の気分だの。」
白銀「ではそうしようか。名残惜しいが、おいとまするよ。」
しぐ「ほいほい、黒曜、おやすみなー。」
わしゃわしゃと黒曜の頭を撫でて立ちあがる。
猫と残りモノを見送り、ノエを探しに行く。
湯豆腐「いらないと思うよ。」
しぐ「おや、聞いてたのか。」
湯豆腐「途中からね。」
しぐ「帰った報告はしないとだからさ、ついでさ。」
シオンのために準備していたがいらなくなったものを再利用するだけだ。
湯豆腐「すきにしたらいい」
ぺしょりとまた眠りにつく。
黒曜「よかったの。」
白銀「ああ、本当に。こんなに近くで星と在れるのはいつぶりだろうか…」
ゆっくり、ゆっくりと、おしみながら小さな黒曜の手を引いて今日の寝床の連邦へ歩いて行く。
自分達には遠くない未来、彼らの輝きが尽きるのを見ることになるだろう。
どの星との関りも比べるものではなく、すべて大事な心の糧となる輝きだ。
彼らとの関りもかけがえのないその一つ。
薄氷の上を歩く己の道をまばゆく照らす愛しい光たち。
白銀「気になってしまうかい?」
歩くたびに揺れ動く薄い黒と淡い極彩を黒曜の眼が追う。
黒曜「黒曜は猫だからのー、ゆらゆらするのは体が反応するんだのー」
祭りの最中は他に気がいっていたので大丈夫だったが、今は少しでも長く今日でありたい白銀が隣を歩いているだけである。
ゆらゆらとそよぐ透ける黒に本能が誘われる。
「あの若造、わかってねぇな。お前に黒は似合わない。」
突風と同時に焦がれた声が聞こえた気がした。
いたずらな風に面紗が攫われて、黒曜が本能のままにそれを追いかける。
雷に打たれたような衝撃で動けなくなった白銀は遠くなる黒曜を呆然と見る事しかできなかった。
風にもてあそばれた薄布を捕らえ、咥えて遊ぶ。
やわらかく踊る風がまたひと吹き通り抜ける。
「猫、お前もそう思うだろ?」
黒曜「(そうかもの)」
刺激された本能が凪いで、猫から星の形へ戻る。
薄布をもって立ち尽くす白銀の元に帰れば、崩れ落ちた白銀が黒曜を抱きしめる。
白銀「私は…纏うのではなく、共にありたかった。」
白銀と黒曜の間に潰れた面紗に雫が広がる。
なぉん
泣き声と鳴き声がまだ明けぬ夜に融ける。