初夏の話 初夏、それは志賀直哉のストールがあちこちに置いていかれている季節である――嫌でも目につく黄緑に、アイツはここに来たんだな、と察せてしまうのだ。
たとえば図書館内の椅子に置いてあったなら、近くで作業をしているのかもしれないとか、庭のベンチなら多分武者小路の畑にいるんじゃないかとか。見る度にうわ、志賀のだ。と思いながら志賀本人を少し探しては今日も健やかで眩しくてげんなりする。お前、置いてかれてるストールの気持ちを考えろよ。ちょっと暑くなってきてるんだからストールだってきっと涼しい室内で過ごしたいはずだ。でも最終的にはなくなってるし、きっとちゃんと回収しているのだろう。
そう思っていた時期もあった。なんとなく寝れなかった俺が夜の図書館内をうろうろしていると、見覚えのある黄緑が置かれていた。忙しかったのか、それとも単に忘れられたのか。どちらにせよ置いていかれてしまったストールとまた出会ってしまった。
せめて部屋の前に置いといてやるか、そう、これは決して志賀直哉のためではなく、そのストールが可哀想だったからである。俺ってなんて優しいんだろう。というか毎年やってる気がする。超優しいかもしれない。
今の時間は夜中だが、躊躇いもなく志賀の部屋の扉を叩く。少しして眠たそうな志賀が出てきて、俺とストールを見た。
「……なんか、アンタがそれ持ってここに来るとそろそろ夏が来るって感じがするな」
「勝手に人のこと風物詩にしないでくれる?」