夏の暑さが残っていた秋がいきなり冬に変わった
20度以上あった気温が一気に10度台まで下がってしまったので気を抜いたら風邪を引いてしまうと思った
今日の夕飯は鍋にしたい、寒さには鍋が一番だろうと塚本は商店街を歩きながら献立を考えていた
行きつけの八百屋に行くと白菜がとても安くなっていた
大ぶりの白菜が半玉で128円、このご時世になんとありがたいことか
白菜、大根、そうだ大根をおろして豚肉と白菜を交互に詰めた物の上にかけて煮てしまおう
レジ横には柚子も置かれていたのでそれも購入する
毎度ありがとうございます、というレジの人に挨拶をすると肉屋によってちょっといい豚バラ肉を多めに買った
ポン酢は家にあるから、あとはお好みで麺つゆにつけて食べてもいいし塩とごま油で食べても美味しいだろうなぁなんて思いながら帰路につく
和さんに今日の夕飯は鍋にしますと連絡を入れておいた
あとは作るだけだと早足で家に帰った
家に帰るとうがいと手洗いをきちんとしてから台所に立つ
奥底に眠っていた土鍋を取り出すと綺麗に洗ってコンロの上にそっと置いた
買ってきた白菜をよく洗ってから、一枚ずつ間に豚バラ肉を詰めていく作業を根気良く行ってゆく
綺麗に挟まった所で包丁で丁度いい大きさに切るとぐるりと丸くなるように並べて入れる
綺麗に収まった白菜と豚肉の上に次は大根をおろしてかけてゆく作業だ
ざりざり、ざしゅざしゅと大根をおろしていると和さんが帰ってきた
「お帰りなさい」
「お、大根おろしか手伝うぞ」
そう言って自室に戻っていった和さんを待ちながら大根をゆっくりおろす
「残りは俺が」
「じゃあ入れ物おさえてますね」
バトンタッチをすると和さんは凄い速さで大根をすりおろしてしまった
「慣れてますね」
「ん、大根おろしは作るのが好きだからな」
ふふん、と言ってすりおえた大根おろしを土鍋の中にそっと入れていく
入れすぎると水分が溢れてしまうので気をつけながら
入れたら軽く水に通した昆布を間に挟んでから、上に顆粒出汁をふりかけて火にかける
煮えるまで、時間はたっぷりある
その間に買っておいた柚子をよく洗って皮をすりおろす
柑橘類のさっぱりとした香りが広がって、冬の匂いがするなぁと思った
「柚子か」
「安くて良いのが売ってたので」
後で上に乗せて食べましょうね、と言って小皿に盛っておく
「ああ、いい匂いがしてきたなぁ」
「お腹が空く匂いですね」
早く食べたいなぁと言ってきた和さんが後ろから抱きついてきた
すりすりと頸に顔を埋められて、ぞくりとする
「どうしたんですか」
「いや、太郎の匂いがすると思ってな」
俺の好きな匂いだ、と言ってすう、と大きく呼吸の音が耳に響いた
後でご飯を食べたら、絶対にしたいと思ってしまうのは仕方がない事だろう
ああ、早くできないかとそわそわしてしまう
「そろそろいいんじゃないか」
「蓋開けるので、ちょっとどいてください」
煮えるまでの間にずっと匂いを嗅がれたり、頸を甘噛みされていたので心苦しいがそう告げて離れてもらう
和さんの人より高い体温が背中から離れると、寒いなぁと感じた
蓋を開けると白い湯気があたり一面に広がって、甘い匂いが漂ってきた
「大成功だな」
「成功しました」
お互いに顔を見合わせると自然と頬が緩んでしまう、ああ幸せだ
一度蓋をしめると二人で食べるための準備に取り掛かった
鍋を真ん中において、菜箸とおたま、それからポン酢や塩とごま油、すりおろした柚子の皮を用意する
ご飯は少しだけ盛って少し深めで大きめな小鉢を用意したら後は食べるだけだ
卓上の上でもう一度蓋を開けると湯気が溢れ出て一瞬和さんの顔が見えなくなってしまった
「よし、まずはポン酢で食べようかな」
「俺はごま油と塩でいきます」
白菜と豚肉を小鉢によそると、みぞれのようになった大根を汁ごと掬い取ると、その上にポン酢を少しかけた
俺は上にごま油をたらりと垂らしてから粗塩をぱらぱらと振りかけて完成だ
「「いただきます」」
はふはふと熱い白菜を噛み締めるとじんわりとした甘さが伝わってきて、体が芯から温まる
「ああ、久しぶりに食べるがいいな」
「寒いから、余計に美味しく感じますね」
残ったみぞれを汁ごと飲み干すと、すぐにおかわりに取り掛かった
「ゆっくり食べろよ」
「わかってます」
俺はお前が食べている姿を見ることが幸せだからな、そう言って少し耳を赤くした和さんがうん、と言ってこちらを見つめてきた
俺も、俺が作ったご飯食べてくれる和さん大好きです
そう言い合うと、なんだか気恥ずかしくて食べることに集中してしまった
気がついた頃には鍋が殻になっていて、腹も心も満たされていた
「そうだ、みかんを買ってきたんだ」
「あ、食べたいです」
わかった、と言って和さんが台所へ向かっていった
戻ってくるまで、そばにあったチラシでゴミ箱を作る
折り紙のようで懐かしいなぁと思いながら作っていると、和さんが戻ってきた
「やっぱりお前は手先が器用だな」
「妹とよくやってたから、体が覚えてるみたいで」
そうか、と言った和さんがみかんを剥いてくれる
綺麗な手がするすると小ぶりのみかんを剥いては皿の代わりにティッシュの上に積まれていく
「小さいから、5個は余裕だろう」
「一緒に食べたらすぐ無くなっちゃいますね」
そうだな、と言ってみかんの房を食べやすいように取ってくれた和さんの腕が口元に伸びてきた
あーん、と口を開けると優しく中に入れてくれた
小ぶりな房は噛み締めると薄皮が柔らかくて、とても甘くて美味しい
「甘い」
「やはり甘いか」
剥いている最中に薄皮が破れたのか、手のひらに垂れた汁を舐めた和さんが確かに甘いなと言ってくる
すけべだな、と思ってしまうのは仕方ないと思う
柑橘の香りがする腕を引っ張って、べろりと舐める
甘い、食べたい
「こら、太郎」
「ちょっと我慢できそうにないです」
片付けは後にして、今はもう目の前のご馳走にしか意識が向かない
「俺、今日我慢できそうにないんで」
行きますよ、そう言って寝室に和さんの手を引っ張って行った