私が見たいだけシリーズ、カプ編2智元
元姫、という女性は如何せん天然だ。
パッと見はバリバリのキャリアウーマン。仕事は出来るし、キリッとした表情がそれに拍車をかけている。
でもって隙もない。公私混同させることなく仕事をこなしていくし、なんなら仕事も体力を使う仕事だ。健康的であるとも言えるだろう。
さらには面倒みもいい。兄妹が多いということもあってか、さり気ないフォローやアドバイスが的確である。ここまで出来た人もそう居ないだろう。
しかし、1歩家に足を踏み入れれば、1部の事が天然なのだ。
「…どういう状況だァ?」
元姫に「今暇かしら?」とメッセージが来たのが数十分前。家に遊びに来たらいいと誘われ来てみれば、家には元姫1人ソファーに座ってアイスを食べていた。
そして当の本人と言えば、タンクトップに短パンと、とてもラフな格好である。
「今日凄く暑いでしょう?どうせ暑いならってみんなプールに行ったのだけれど、1人だと少し暇で」
「なんで元姫チャンは行かなかったんだよ」
「水着、持ってないの」
そう言われて思わず智晴は「あぁ…」と納得した。
恐らくだが、サイズの合うものがなかったんだろう。なんとなくだが、妙に確証はあった。
「それにしたってその格好はよォ…男どもに止められなかったか?」
特に弟くんに。その言葉は言わずとも分かってくれるだろうと思い、Tシャツをパタパタと動かしながら隣に座る。
如何せん、今日はお天気お姉さんも根を上げるほどの快晴なのだ。ついでに言えば学生諸君は夏休み。海やプールに行くにはうってつけの日だ。しかし、だからと言って、決して家にいるからと言って、タンクトップと短パンで過ごすのはアウトだろう。これでも智晴は元姫の恋人である。
そして元姫は天然である。心配しかない。
しかし元姫はあぁ、とそういえば言われて思い出したけど、くらいの反応で返す。
「言われたけれど、あまりにも暑くて。なつむの言う通りにしたら熱中症になるって言ったら、家でお留守番をしていて欲しいって」
思わず智晴はガッツポーズをした。ナイスだ弟くん。
そんなこんなの成り行きがあって、みんなが帰ってくる間智晴は元姫と映画鑑賞で時間を潰すことになった。慣れた手つきでリモコンを操作する。ネットを繋いで課金していれば見れるものが多い、便利な世の中だ。
そして今、何故か男女がイチャついているシーンをお互い無言で見ている。
海外のB級とかだとあるよなぁ、謎にイチャつくシーン。ホラーにしてもアクションにしても、最低1回は挟まれてるやつ。でもって、大概そういうやつらからやられていくまでがテンプレなのだ(※偏見である)
ただイチャついているシーンに気まずいも何もないが、ちらりと元姫の方を見れば予想以上に画面をじっと見ていた。これには智晴も内心驚く。こういった事は普通に見て流すタイプだと思っていたから、結構元姫ちゃんも恋愛系は読んだりする方なのか?と1人納得した。こういうふとした時に可愛いが混ざってんだよなァ、と彼女の一面に1人浸っていれば、ふいに腕に柔らかい感触を感じる。冷や汗を垂らしながらそちらを見れば、智晴の腕に抱きつき、豊満な胸が接触面積広めで当たっている。思わず智晴が短い母音を漏らす。その様子を見た元姫は、してやったりと言わんばかりに口元に笑みを浮かべる。
「久しぶりに2人っきりだから」
そういって頭をこてん、と智晴に預ける。智晴と言えば、顔に手を当てて何とも言えない表情で画面を見ていた。めちゃくちゃ可愛い事をしてると思う半分、今自分は試されていると思う半分。約束を破ることはないが、どうにも約1人鬼の形相で見ている気がしてままならない。万が一にも約束は破らないが。破らないが、恋人にされて何も思わない訳ではなく。そして、いつの間にか手を恋人繋ぎにしてニギニギと遊んでいる元姫は、それを知る由もない。
一言言ってもいいが、果たしてどこまで効果があるか…と智晴が思考を巡らせていれば、今度は背中に重みを感じる。ギュムギュムと押し付け、どんどんと前のめりになる。
「おかえりなさい。水浴び楽しかった?」
「…わん」
智晴の頭に我がもの顔で顎が置かれる。少しのため息を吐きつつ、空いてる片手で犬をわしゃわしゃと撫でてやった。
「(智晴もああいう風な事をされたら喜ぶのかしら)」
元姫という女性は天然だ。故に、家族には無防備であり、友人には親しげであり、恋人には大胆なのだ。
波しな
「なぁなぁ嬢ちゃん〜。なんで一緒に行かねえんだ?」
同棲していればよくあるかもしれない。デートに行くことになった時、同棲してる2人は一緒に出るのか、バラバラに出て待ち合わせ場所で会うのか。大半の人は「そんなのその時の状況次第だろ」と言うかもしれないが、しいなはそうではなかった。
「私はまだ準備に時間かかるので。波音さん先に行ってても大丈夫ですよ」
「えぇー!嬢ちゃんと一緒に行く」
「…まだ準備してます」
「待つ!なんなら手伝ってやろうか?」
髪結んでやるぜと言う波音を他所に、しいなは口をへの字へと曲げていく。誤解のないように言うと、への字にしながら顔には「ちょっとやって欲しいかも」と書かれていた。波音もそれを汲み取った()のか、手をワキワキとさせている。
「今なら波音さんのハグ付きだ!どうだ!?」
「だ、ぃ、じょうぶです……!!」
「…どうしても?」
しいなの心情としては苦渋の決断に等しい。分かってなのか自然とやっているのか分からないが、波音が眉を下げながらしいなに聞くがそれでも意思は変わらず、そっかあと言ってソファーに座る。
波音がうんうんと唸っていれば、ぽすんと横の沈みが増える。
「あの、一応ですね。言っておきますけど。別に一緒に出るのが嫌とかじゃないですから。そこは勘違いしないでくださいね」
随分と歯切れの悪そうに言う。しかしそれを聞いて、なおのこと疑問が湧いた。
何故頑なに手伝わせもせず一緒に出ようとしないのか。
「だって、今までは他の男の人とそういう事があってもドキドキしなかったというか…準備するのがこんなに楽しいと思うのも、波音さんのいる所まで行くのがあんなに待ち遠しくて足が軽くなるのも、知らなかったですから…。準備だって、可愛いって思って欲しいですし、ドキドキして欲しいですし…」
波音が問えば、指をクルクルと回しながら控えめな声が部屋に響く。そっぽを向いて顔は見れないが、髪をかけている耳が薄らと赤い。
ニコー!!と波音が笑ったかと思うと、しいなの髪を1束手に絡めて唇を落とす。ワナワナと顔を真っ赤にしたしいなを見ると満足そうに笑いながら一言。
「一緒に行くのと、これから俺に会いに来るの。嬢ちゃんはどっちがいい?」
あ、ぅ、としばらく唸ったあと「…もう少しだけ、待っててください、」と逃げるように残りの支度を済ませに席を立つ。その後ろ姿を眺めては鼻歌を歌う波音に、知り合いがこの光景を見れば「とんだ茶番だ」と言うだろう。
清月
よいしょ、よいしょと買った荷物を落とさないように持ち替えながら、月子は確かめるような足取りで歩いていた。
色々とあったものの、現在は清一と安葉の元に居候をさせてもらっている月子は、せめてもの出来ること!で、家事やら買い物やらをよく手伝っていた。
(手伝っているというよりかは教えて貰っている、の方が正しいが)
今日はお使いをお願いされ、下町を練り歩いていた。メモを片手にあれとこれと、と順調に買い物は進んでいっていたのだが、そこで一つ問題が発生した。
前が見えないのだ。
荷物はざっと両手で抱えて持って行ける程度。普通の女性ならばとてもじゃないが持つなど出来ないが、何せ月子は力だけはある。特訓に付き合ってくれた施設の人に感謝の念を送る様になったのは居候してからだが、感謝をすることが増えたのも同じ時期からだった。そのお陰で今日も買い物の荷物が多くても難なく持てるし、下町の人間は皆それを知っているから今更わざわざ手を貸すような事はしない。
(過去に手伝いを名乗り出たら顔がちぎれるのではと言うほど首を横に振っていたから、名乗り出られないというのもある)
しかし、持てたとしても前が見えなければ意味が無い。まだ明るいとはいえ歩きにくいし、前に人がいても気付けない。手押し車を持ってくるべきだったかもしれません、と後悔した時にはもう遅かった。
それでも距離としては遠いわけではない。ゆっくり帰れば大丈夫だろうと足を進ませれば、後ろから驚いた声がかかってくる。
「ちょっと、月子ちゃん!?そんなに荷物もってたら危ないって!」
慌てた様に清一が月子に駆け寄ると、何を言うでもなくそのまま月子の腕の中にあった荷物をいくつか自分の腕の中に収める。
「頑張るのはいい事だけど、周りの人にも頼んなよ?月子ちゃん限界までやるんだから」
じゃあ一緒に帰るか〜。と、歩幅を合わせて歩く清一を見て、月子はにへらと笑みを向ける。
「清一さん、すぐに駆けつけてくれて、昔読んだ童話に出てきた王子様みたいです」
「童話?」
月子が読んだと言う本は、シンデレラという本だった。話を聞き終えた清一が、ふーんと言葉を漏らす中、月子はニコニコと笑顔のまま続ける。
「だから、さっき私を見つけてくれた清一さんが助けに来た王子様みたいで、かっこいいなって思って」
私はお姫様とかじゃないんですけどね!!てワタワタと首を振る月子に、清一が足を止めてじっと見つめる。
「なら、月子ちゃんは俺のお姫様じゃない?」
不思議に思った月子が振り返れば、距離を詰めた清一によって思っていた以上に近かった。視界いっぱいに清一が月子を見つめて微笑んではゆっくりと口を開く。
「俺の事を王子様って言うなら、月子ちゃんはお姫様じゃん。それに言ったでしょ、君をかぐや姫のようにはさせないって」
月に帰らせる気はないよ。だから、俺のお姫様になってね。
そう囁かれ、頬に唇が小さく音を立てては離れていく。上機嫌でニコニコしていた清一が反応のない月子の名前を呼べば、その瞬間に月子の頭から煙が出てくる。
普通と言うには程遠いかもしれないが、これが下町でのいつもの光景なのだ。