「ああ、いるよ」
携帯電話から届く声が誰なのかは判別がつかない。ただキャンベルさんの口ぶりと目線で彼だと解った。彼は眇めたような流し目で僕を見た。
「僕の家に居る」
裏切られたと思った。立ち尽くした足が後ろにたたらを踏んで、この家から逃げようとする。だけど裏切られたという衝撃が体の動きを固くしていた。そのうちに、彼は言った。
「なんで? あげないよ。送り届けてなんてやらない」
踵を返して走り出そうとした足が止まる。息を止めたままキャンベルさんを見ると、彼はもう僕の方を見てはいなかった。ただ、唇を歪めて厭に微笑んでいた。
「飽きたんだろ?貰ってあげるよ。常々美味しいんだって聞いてたし」
怒鳴られてる。とは、漏れ出る音で解った。そういう空気の振動があった。それに構うことなく、キャンベルさんは鬱陶しそうに電話を耳から離すと、液晶に指を滑らせて電話を切った。四方形のそれをソファに投げて息を吐く。僕の、何とも言い難い視線に気付いたのだろう。彼はもう一度目線だけで僕を見た。それが問い掛けの代わりの視線だと解ったから、逃げ出すより前に口を開いた。
「僕、美味しそうなの?」
「ガリガリの体食う趣味はない。僕は普通に巨乳が好み」
言いながら、彼は自分の隣の座面を叩く。おいでの合図だと解って、僕は大人しくそれに従った。ソファに歩み寄ると、彼は真ん中から少し横に体をずらして僕が座るスペースを空けてくれる。座る。腰が沈み込む感覚は家にあるソファと同じような……つまりは高級なソファの感覚で、大人しく浅くではなく深く腰掛ける。
「気をつけろよ。ほんと」
テーブルの上に置き去りにされていた煙草に火をつけて、キャンベルさんは言った。
「どこぞの馬の骨に食われでもしたら死人が出るから」