【デスティニーくん、あのね?】
オーブ地下格納庫へ誰よりも早く降り立った技術責任者ことハインライン大尉は誰にでもわかる様子でイライラしていた。
「接続……の問題はクリアしている。通電……は抵抗値に問題ない。システムの制御は従来のものと変わらず以前は問題なく起動していたのに……」
腹立たしい機体を睨むように見つめる。
朝方から彼を苛立たせる機体、デスティニーガンダムspec2はそんな脆弱な人間の感情なんて知ったこっちゃない様子でモノクロのまま鎮座していた。
遡ること六時間前。ファウンデーション国家から命からがら逃げ伸びたコンパス隊員たちはオーブに避難し、その滞在先で秘密裏に開発を続けているMSがあることが明かされた。技術責任者のハインラインを筆頭に通された地下格納庫でハンガーに吊るされているのは三体の旧型機。しかしファウンデーションに再戦を挑むには十分なスペックだ。
とはいえこのまま挑むには調整が必要。それを現在コンパスに所属するパイロットのデータを知るハインラインに頼みたいとのことでオーブメカニックに呼び出されたのだ。そして。
「……あの、もしかしたらデスティニーは起動しないかもしれません」
「は? まだ完成していないということですか、そもそももしかしたらとはなんですか、確率のことを言っているんですか」
「いえ、デスティニーは完成しています。電源を入れればモニターは入りますし通電は確認できるんです。ですが、起動ボタンを押してもディアクティブモードのままで……恥ずかしい話ですが本当に原因が特定できず我々もこの機体はお手上げ状態なのです」
「わけがわからない……とにかく見てみます」
ハインラインは無駄な会話が嫌いなのだ。容量の得ない話を聞いて時間を浪費するより実際に確かめたほうが早い。とくに今は時間との勝負、いつファウンデーションが再び攻撃してくるのかわからない。
そんなわけで自らデスティニーガンダムに触れ、調査した結果。
メカニックの言った通り、まったく理由の分からない機能不全にハインラインは無機物をただただ睨みつけるしかないのだった。
「……クソ、今はコズミックイラだぞ」
原因不明の機械故障なんて聞いたことがない。いや、そもそもこれは故障なのか。
科学屋のハインラインはこんなこと口が裂けても言いたくなかったが、現状を見るに一番妥当な言葉がこれだ。
――デスティニーガンダムは今、やる気がない。
亀の甲羅で占いをしていた時代ならこんな非科学的なこと言えたかもしれないが、今は宇宙をも人類の庭にしているというのに。
「最悪、インパルスにアスカ大尉を搭乗させるしかないな」
それで対抗できるのかは少し怪しいところだが、こうなった以上どうしようもないのだ。
◇ ◇ ◇
打つ手なし。それならミレニアムへの新たな装甲へ時間をかけた方が有効な時間の使い方ではあるのでハインラインが艦内でキラたちがオーブへ回収された報告を聞いていた時。
『ハインライン大尉……デスティニー、起動しました』
「……なぜ?」
『わかりません』
「……状況は?」
『こちらでアスカ大尉にデスティニーの現状を報告したのですが、大尉が確認したいとのことでデスティニーに搭乗したさい……その、普通に、起動しました』
あの野郎(MS)!!!
ハインラインの手がコントロール画面を叩きそうになったところで冷静になる。深呼吸を一回。
「それ以降、誤作動は?」
『ありません、想定通りの動きをしています』
「……今は考えていても時間の無駄です。アスカ大尉が不安定な状態の機体でもいいと言うなら搭乗してもらいましょう」
『了解しました』
ブツ、切れる通信にもう一度深呼吸。
「そんなにシン・アスカがいいと言うならその分働いてもらうぞ」
非科学的なことは嫌いだ。嫌いというか、信じてすらいない。けれどファウンデーションとの死闘へのカウントダウンが始まっている今、己の主義は後回しにすることにした。
なお、ハインラインの機体通り、デスティニーがシン・アスカと並々ならぬ功績をあげたことは言うまでもない。
【お前さぁ……】
アカツキ島、地下格納庫にて新装備の性能評価に使われる(予定だった)機体、デスティニーの調整を頼まれたメカニックはため息を吐きだした。
デスティニーくんがあの状態、いわゆる『やる気ない』状態に突入してしまったのだ。
先日の華々しいファウンデーションとの戦闘を終えたと思ったらまたこれだ。整備員たちの間では『シン・アスカ過激派機体』だの『忠犬(飼い主に似る)』だの『もはやヤンデレの領域』だの色々と揶揄されているが、メカニックとしてそんな機械の意思なんてものを認めるわけにはいかないわけで、なんとか原因を探さなくてはいけない。
「お前さぁ……この前は動いたじゃん」
ハッチをノックしてもうんともすんとも言わない。もうほんとヤになっちゃうね。オーブのメカニックじゃなかったら投げ出しているところだが、致し方ない。原因を特定してなんとしてでもこの眠り姫をたたき起こさなくてはいけない。
「起きてくれよー、マジで」
コン、もう一回ハッチをノック。すると。
――プシュ
開くハッチ。「うそん」思わず叫ぶと同時にまた閉じてしまう。なんでなんで? もう一度ノックしても反応しない。メカニックは頭を抱えた。
「お前……マジでなんなんだ」
そしてその日からたびたび、デスティニーは何故かハッチを開いては閉じる日が何度か訪れた。通電もしていない状態で勝手に動くのは不気味だが、核搭載のエンジンを考えるとこれくらいの動きを勝手にする動力は十分にあるから全く不可解、というわけではない。わけではないが、前科がありすぎて不気味である。
「うあああ~~~なんなんだよ~~~」
カレンダーに印をつけ、ハッチの開く日の規則性を考える。
格納庫の電源調査日? ちがう。OS調整の終えたあと? ちがう。なにかの祝日??? ちがう!
わけがわからない。鬱になりそう。メカニックが涙目になっている時、たまたまストライクフリーダムを見に来ていたキラ・ヤマト准将がカレンダーを覗き込んだ。
「これ? なんですか?」
「あ、いや……ちょっと規則性がわからなくて」
「ふーん……あ、これ、シンの出撃日だ」
「――――はい?」
「絶対そうですよ。最近シンだけで出撃することもあるから」
笑顔で「この日はプラントに接近したデブリを回収したんですよ」とか「この日は僕と出撃しましたね」とか話すキラが淡々とチェックした日にちを指で押さえる。
「これがどうしたんですか?」
「あ、いや、その……はは……」
メカニックはハンガーに恨めしそうにぶら下がっている機体を見上げた。
(お前さぁ……)
「あ、そうだ。さっきシンがデスティニーに会いにいくって言ってたのでそろそろくると思いますよ」
やめておけ、お前コックピットに詰め込まれて監禁されるぞ。メカニックは絶対にシン・アスカが乗り込まないように見張っていようと心に決めたのだった。