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    takanawa33

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    転生年齢逆転の悠七

    「アツ……っ!」
     淹れたての紅茶が左手にかかったのは五歳の時だ。見つけた母親が素早く流水で処理をしてくれたことで幸い痕になることもなく、その件はただの日常の一幕で終わるはずだった。
    小さな子供が手に軽い火傷を負った。ただそれだけのことだったはずなのに。
     痛みとともに呼び起こされたのはいわゆる前世の記憶というものだ。
     今より古い渋谷の地下、おびただしい数の化け物。半身が爛れた自分、失った左目。そして訪れる死。
    (酷い死に目だ)
     前世は祖父の勧めもあってカトリックを信仰していたけれど神がいるのなら苦情を言っても差し支えない程度には惨たらしい最期。見えている左目を覆い、大きくため息。齢五歳にしてとんでもないことを思い出してしまった。
     とはいえ、七海の生業にしていた呪術師という仕事はもう存在しないし(とんと呪霊が視えなくなったのだ。多分消滅したのだろう)火傷ももうない、両目は健在で健康状態も至ってよい。前世を思い出したショックでいささか頭痛が生じるときもあるけれど、現在の七海建人は十分に恵まれた人生を歩んでいる。過去に捕らわれるつもりはなかった。
     自分のこととはいえ、一つの人生を映画で見せてもらったようなものである。さして問題はない。
     ただ、ただ一つ気がかりなことと言えば。自分の最期を見届けてくれた青年はあの後どんな人生を送ったのか、それが知りたかった。あんな重い枷を背負わせてしまった虎杖悠仁青年、できれば彼も七海のようにこの時代を健やかに送っていてほしいと願うのだった。

     記憶を思い出してからというもの、享年二八歳だった七海は大人と同様、むしろそれ以上の知識を得ることができたが頭一つ飛びぬければ面倒なこともやはり頭一つ多くなるわけで、せっかく手に入れた平和な余生を送るため、必要最低限の能力を見せるのは控えることにした。
     そんなわけで普通の幼稚園児として過ごし(担任の先生からは大人しく聞き分けがよく優秀だと褒められたがまさか彼女は自分の担当している園児の精神年齢が自分より上だと思うことはないだろう)普通の小学生として過ごし(このころから英語を勉強しているふりをした。本当は英字新聞も読めるけれどいきなりそんなことをしたら両親は腰を抜かしてしまう)近所の中学校へ通い(幸い頭髪を馬鹿にされることもなく、授業のほとんどは図書館で借りた本を読んで過ごした)そして今、七海は適度な偏差値を持つ高校へ入学した。
     自宅から電車を乗り継いでも三十分以内、それでいて施設もなかなかに綺麗で授業の質もいい。なんといっても図書室が広く、決め手となったのは洋書の貯蔵が多いことだった。概ね満足のいく学校選びができた。そう七海は思った。
     そして棚ぼたなことはもう一つ。
    「ねえ七海、次の授業なんだっけ」
    「もう入学して二週間経つのにまだ覚えてないんですか」
     えへへ、笑う黒髪の青年。七海の隣に座る«灰原雄»は幸いにも前世の記憶はないらしい。ないにこしたことはない、あんな記憶。よろしくねと差し出された手を握った時、思わず涙ぐみそうになったが花粉症ということで誤魔化した。
     灰原は呪術師でなくとも七海と相性のいい男だった。いや、むしろ呪術師としては珍しいくらいに陽キャな性格だったのだから今の環境のほうが彼の存在は自然なのだ。まあ、それはいいとして。
     兎にも角にも七海の第二の人生は順風満帆であった。前世の記憶がふとした拍子に思い出されると不安な気持ちになることもあったけれど、それを補って余りあるほど幸福なことばかりだったのだ。

    「今日もパンなの?」
    「そういう君はおにぎりじゃないですか」
     入学してから二か月、二人は教室で並んで食事をするのが常になっていた。平均より稼ぐ両親を持った七海はお気に入りのパン屋で昼食を買うことも、弁当を作るための材料を買うことも許されていたので買ってくることもあれば朝から好きな具を詰めたサンドイッチを持ってくることもあった。灰原は毎日のように馬鹿でかいおにぎりだ。中学に通う妹の弁当も彼が作っているらしい。
    「たまには米食べればいいのに、日本人なら」
    「私だって米食べますよ。ただこれからの時期は防腐対策が面倒なのでやっぱり昼にはパン一択です」
     ハム、ハード生地のパンに噛みつくと、その会話を聞いていた女子生徒が割って入ってくる。
    「えー、七海クンって日本人なの?」
    「日本語喋っているでしょう」
     違う違う、と笑う三人組は短いスカートで七海の机に腰かけた。
    「だって金髪じゃん、目も青いし」
    「……祖父がデンマーク人なので」
    「クオーターってやつだ! すごーい」
     何がスゴイのか分からないが七海は「国籍は日本人ですよ」と付け加える。ケラケラと笑う彼女たちはもうすでに興味が別のものに移ったのか「ねえ、ユウジの新しいドラマ始まるの知ってる?」と誰かが言えばそちらの方へ移動していった。渡り鳥のような生き方をしている、七海は思った。
    「へー、七海ってクオーターだったんだ」
     なぜ白米の中から唐揚げが出てくるのか七海には分からなかったが灰原が言うので「ええ」と返す。
    「父方の祖父がデンマーク人です。でも祖父は私が小さいころに亡くなっていて両親はガッツリ日本語しか話せないので私は生粋の日本人ですよ」
    「なんか説明が手馴れてるね。やっぱ昔から聞かれるの?」
     だったらごめんねと謝る素直なところも、それが七海が取り繕わなければいけないほど反省しているという様子でもなくサラリといえるところも、やはり灰原は灰原である。七海は思った。それに。
    「前世から言ってますから」
     ポロリと出た本音に灰原は噴き出した。
    「前世もデンマークのクオーターだったんだ」
    「ええ、そうです」
     麦茶を飲んだ灰原がクツクツと笑う。
    「七海も冗談言うんだね」
     本当なんですけど、なんて言うとオカルト野郎と勘違いされるのもイヤなので七海は適当に相槌を打ってから缶コーヒーを口に含んだ。

     夏休みに入る手前、期末テストも終わった学生の本分といえば遊び一択なわけで、七海の周囲は例に漏れず夏休みの計画をこれでもかと考えては浮足立っていた。そんな中で読書が何よりの趣味と豪語する七海は灰原の家族が夏に沖縄に行く計画を立てていることを聞きながら日課の経済新聞を読んでいた。
    「でさ、沖縄のお土産何がいい?」
    「君が無事に帰ってくるならなんでもいいです」
    「なにそれイケメン!」
    「はいはい、私の分のお土産代を妹さんに使ってあげてください」
     もっとイケメン! 騒ぐ灰原の後ろで雑誌を広げる女子たちが甲高い声をあげた。
    「また前世かよ~! 不思議ちゃんすぎでしょユウジ」
     手を叩いて笑う女子生徒を一瞥。
    「そういえば七海も前前世とか言ってたよね、流行りなのかな」
     違うと思いますけど、と告げる前に灰原は「なになに」と持ち前の人懐こさで女子の会話に入っていく。クラスの柴犬と名高い男の行動力にため息を吐き出した。
    「えー、あのね、ユウジが雑誌のインタビューに好みのタイプは? って聞かれたらさぁ」
    「前世に出会った人ですって、これ何回も言ってるんだよね」
     ウケる、笑う女子たちは「うちらにも前世の記憶あればワンチャンあるんじゃね」とケラケラ雑誌を捲っている。
    「だって、七海は関係なかったね」
     席に戻る灰原に七海は首を傾げた。
    「そもそもユウジってなんですか」
     灰原は目を見開いて「知らないの?」と尋ねるので正直に「はい」と答える。
    「けっこう有名な役者さんだよ。この前は朝ドラに出てたし歌も上手いからドラマに出ると歌手として歌ってたりするし……有名なところだと『ユウジのパン巡り』とかローカル番組だけどさ、人気になって全国放送になったりして」
    「へえ、うちはニュースしか見ない家なので」
    「トークも面白いんだよ。妹が好きだから僕もなんだかんだ視ることが多いけど、なんか性格よさそうだしさ」
     スマホを取り出して検索する灰原が「これこれ」と画像一覧を前に出す。

    「……虎杖くん?」

     小さく呟いた名前が灰原に届くことはなく、茫然とする七海の前でクラスメイトは「二七歳なんだ」とプロフィール画面に表示された情報を何の気もなしに読み上げるのだった。
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