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    takanawa33

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    転生年齢逆転の悠七⑥

     予想通り素晴らしい演技を間近で見ることができた七海は夢心地で会場限定パンフレットを胸に抱きしめた。
    (素晴らしかった……主役を思いやる親友のふりをして裏では彼を陥れるために虎視眈々と復讐のチャンスを狙っている二面性が最高でした……穏やかな声を出して油断させていると思わせた瞬間に暗転と共に変化するぞっとするような冷たい声、ユウジの真骨頂ですね)
     悪役をやらせると本当に映えるのだ、ユウジは。
    「まさかユウジがくるなんてね」
    「ねー、逆にラッキーだったかも」
    「演ったの三年前だって、リハーサルもさっき一時間くらいだけでぶっつけ本番なのにスゴイわ」
    「抱かれたい~! 見た、あの二の腕!」
     きゃいきゃいと七海の前を通りすぎる観客の話に思わず耳を傾けた。そうでしょうそうでしょうと何故か自分が誇らしくなる気持ちと最後の一言に耳まで赤くなる。
    『抱かれたい』
     彼女たちの言う二の腕を思い出す。
     血管の浮き出た筋肉質な腕、それに血管の太そうな鍛え上げられた太腿。確かに男の自分から見ても悠仁の肉体は惚れ惚れするほどだ。前世の自分とは違う、魅せるための肉体づくりを悠仁は目指している。
     もし、そんな彼に、抱かれたら。
     裏路地で掴まれた手首を撫でる。あの時の力の強さ、熱を思い出して白い頬を赤らめた。
    「いや、だから、そういう対象ではないんですってば」
    「なにが?」
     背後から聞こえる声でピョンと跳ねる。
    「け、けは、気配を、消して近づくのか、やめてください」
    「いや、だって見つかったら大変だし」
    「打ち上げとか、あるんじゃないですか」
    「あるけど行かない。だってもとはナナミンと過ごす休日だよ」
     七海は腕時計を見た。時刻は十九時。門限まであと一時間だ。
    「気持ちは嬉しいですけど私はもう帰らなくてはいけないので」
    「うん、車で送るから、それまで一緒にいさせて」
    「……いいですけど」
     やったぁ、無邪気に七海の肩を抱く手の強さに頬が赤らむ。軽くシャワーでも浴びたのか、清潔の香りのする悠仁の隣で七海はいつもと違う居心地の悪さを覚えつつ迎えの車に乗り込むのだった。

     そもそも、七海は悠仁をそういう対象として見ないと言ったが、根本的な間違いがある。
     七海は、人とそういう関係になったことがない。正確なことを言えば分からないのである。前世からそうだったので所謂恋愛感情が自分には存在しないのだと自覚していた。だから悠仁には悪いけれど彼が女性だろうとなんだろうと七海と恋人という舞台に立つことはない。それはどうしようもないことなのだ。
     ――なら、さっきはなんで頬が熱くなったのだろう。
     そんな疑問を打ち消すよう、七海はさっさと布団に潜り込むと瞼を閉じた。明日は朝からユウジが番線のためにニュース番組にゲスト主演するのだ。



    「んもう! こんなのガセに決まってるじゃん」
     教室の隅で大声をあげる女子生徒はいつになく忙しない。七海はアボカドシュリンプのサンドを食べながら灰原と視線を合わせた。
    「あー、なんかね、ユウジの熱愛報道だって」
     もぐもぐ、ごくん。七海は「へえ」と一言。そしてコーヒー牛乳のパックを掴むと紙パックはぐにゃりと歪んでストローから美しい放物線を描きながら濁った液体が顔にピシャリとかかった。
    「うわ、大丈夫?」
    「はい、問題ありません」
     鞄からハンカチを取り出し顔を拭う。「それで」と七海が灰原に問いかけると彼は「うん?」と首を傾げた。
    「相手は誰なんです」
    「え、意外! 七海この話に興味あるの?」
    「私だって人間なのでゴシップに興味くらいあります」
     はえー、だのほえーだの頷く灰原はなぜか口に手を添え、机の向いにいる七海に顔を近づけた。ちなみに内緒話をする必要性はどこにもない。
    「この前ユウジが臨時で舞台に立ったの知ってる?」もちろんである。その舞台を一等席で観覧したのはほかでもない七海だ。
    「その時に、共演した女優さんとお忍びデートしてたって書かれてるんだって」
     へえ、七海は頷く。
     なんだ。よかったじゃないか。虎杖悠仁ともあろう人間が前世の記憶を持っているというだけで他になんにもいいところがない男と付き合うことにならなくて。七海の知る限り虎杖悠仁は女性も好きだ。となるとバイセクシャルといわれる部類なのだろうか、分からないがともかくせっかく平和な世界に生まれたのだから人生を謳歌してほしい。なにも将来ガチムチになることが確定してる七海と桃色の人生を歩む必要はない。
    「でもあの雑誌ってでっち上げばかりだから信用できないって妹が言ってたよ」
    「そうなんですね」
     頷きながらも会話の中身はほぼ脳には入っていなかった。よかったよかった、ハッピーエンドである。そう決断する七海の中に小さな明かりが灯った。そいつは小さな小さな声で「ナメやがって」と囁くのだった。

    『いや、あれウソだからね』
     帰宅後、メッセージを開くとすぐに悠仁からのものがきていて、七海が何を聞いたわけでもないのに否定してきた。
    『あれ舞台の千秋楽に呼ばれた時に女優さんが水欲しいって言うから自販機で水買って渡した時の写真だよ。うまく撮影してるけど他にも人いたし、みんな分かってるから報道もされないんだよね』
    「へえ」
    『俺はナナミンだけだから、不安にさせたならごめんなさい』
    「いや、別に」
     不安なんて、そんなもの。自信過剰もここまでくれば天晴だ。何せ七海はまだ一度も悠仁のことを好きだと言ったこともなければ思ったこともないのに。
    「……明日もゲスト出演あるでしょうに」
     返信もせずに画面をぼんやり見つめている暇な学生と違ってユウジは仕事が山積みだ。
    『明日も仕事でしょう、夜更かししてないで寝てください』
     簡潔な文章。可愛げがないと自分でも顔を顰めてしまうメッセージに悠仁は『俺の心配してくれてるの? やっぱりナナミンは優しい! おやすみなさい』ポコンとすぐに返信がきて続けざまに眠る虎のスタンプが送られてくる。
    「せっかくのチャンスを、馬鹿ですね」
     きっと女優もユウジとならこの誤報を喜んで受け入れたに違いない。売り出し中とはいえ演技も高く評価され顔も整っている魅力的な女性だ。それを置いてこんな取柄もない学生なんぞに現を抜かすなんて。
     バカだなぁ、布団に倒れ込む七海の内側で灯りはほっと胸を撫でおろすのだった。



     くそ、くそ、クソッ! 調子に乗りやがってあの若造!
     男は記者になって二十年。最初は大手新聞社に就職希望を出したもののそれが叶わずフリーライターとしてここまで生きてきた。経験と腹の肉は蓄積されるものの、人間が抱えるべき良識やら他者を思いやる気持ちなんてものを擦り減らした人生。先日の記事はもちろんこの男の悪意によって仕上げられたものだ。ユウジが前世の恋人に熱をあげていることなんて業界にいたら百も承知、しかも芸能界に入ってから驚くほどのクリーンさを保ち変な噂を立たせたこともないことを知っている。だから、だからこそ清廉潔白な男の黒い話を求めているというのにあの男てんでしっぽを出しやしない。いや、最近だとやたら仲のいい青年がいるようだが生憎世間が喜ぶような爛れた関係ではないらしい。
     そうなるといよいよ捏造しかなくなるので男は適当に写真を撮影してはでっちあげの記事を書き上げた。上司にはゴーサインをもらったし言ってしまえばこんな記事この世にいくらでもあるのだ。ユウジだって書かれたのは始めてじゃない。みんなやっていること、みんなウソだと知っている、いわば芸能界とゴシップ記者のじゃれあいのようなものだ。
     それなのに、男は解雇された。
     いや、そもそも雇用されておらず専属だったわけではないから正確な表現でいえば「君からの投稿はもう扱わない」と言われたのだ。ゴーサインを出した上司に。
    「なんでですか! み、みんなあんな記事かいて」
    「うーん、そうなんだよね、でも運が悪かったと思ってさ。まあうちではもう使わないけれど他のとこなら大丈夫でしょ。あ、それとこれ親切心から言うけどもうユウジのことを書くのはやめたほうがいいよ」
     はい、じゃあおしまい。そう言って男を完全に視界から消した上司の前で拳を震わせながら男は慣れ親しんだビルを後にした。
     つまりユウジのせいだ。何故かは知らないけれどあの記事が彼の逆鱗に触れ、男をここまで追い詰めたらしい。ナイフを刺して海賊の人形を弾くオモチャを思い出した。今回男はどこにあるか分からないバネを押してしまったのだ。そしてユウジの怒りを買った。
     言ってしまえばウソをまことしやかに書き、世間に公表し、そして人のプライベートを笑いものにしながら金を稼ぐ男が一番悪いのだ。けれどそんなことを受け入れて反省をして更生できるのならこの業界に二十年も腰を据えていないわけで。
    (クソ! クソ!)
     男の頭の中はユウジへの怒りで満ちていた。誰に聞いても理不尽な怒り、世にいう『逆切れ』に間違いないのだが、悲しいことに男へそれを指摘してくれる人間なんて周囲には一人たりとも存在しないのだった。



     新しい映画の撮影があるのだと悠仁に告げられてから二週間が経つ。季節はすっかり秋めいてブレザーを羽織るにはまだ暑いけれどシャツだけでは心もとない。七海は薄いベージュのカーディガンに袖を通し二週間前のメッセージを見返す。
    『今回は海外での撮影が多いからあんまり連絡ができないんだ。ナナミンに会えなくて寂しい』
     虎の泣くスタンプと一緒に送られてきたメッセージに『仕事なんですから文句言わない』と送ったのは自分だ。でも、まさかこんなにも連絡がこないなんて思わなかった。
     電車に乗っても、休憩時間にも、サイレントモードにしたスマホにポップアップメッセージがきていないか確認してしまう。今までは少なくとも三日に一回はなにかと連絡を入れてきた悠仁がこんなにも長期間メッセージを送ってこないなんて。
     さすがに、飽きたか。
     七海の中で一番可能性の高い答えが浮かぶ。
     前世から慕ってくれた相手とはいえここまで愛想のない男にいつまでもかまけていられるだろうか。週刊誌にも書かれていたようにユウジは今を時めく大型俳優、熱をあげてくれる相手ならいくらでもいるだろう。
     もしかしたら海外でグラマーな、それこそ彼の好みど真ん中のケツとタッパのでかいブロンド女性が見つかったのかもしれない。
    (なら、よかったじゃないか)
     いちファンとしてユウジの幸せを応援するべきだ。それなのに、なぜこの胸の奥がこんなにもキリキリと痛むのか、七海は分からないままだった。

     七海の不安定な気持ちを勢いよく粉砕したのは翌日のニュースのエンタメコーナーだった。
    『おはようございます~! 本日は現在撮影中の映画のロケ現場にお邪魔しています!』
     気温の高そうな東南アジアの一角に並べられたカメラ郡を潜り抜け、レポーターの女性は折り畳み椅子に座った出演者を紹介した。
    『ユウジさん、今回はアクションも多いと伺いましたがいかがですか』
    『はい、確かに多いですね。昨日なんてあそこのビルから落ちてテントに落ちながら着地しろって監督が! 俺のことなんだと思ってるの?』
    『運動神経のよさは皆さん知るところですからね。しかしそんなスタントマンがやってもおかしくないようなアクション、どのようなシーンに使われるのか、公開が楽しみです』
    『今回は俺以外にも色んな俳優さんが街全体を使ったアクションを撮っているので楽しみにしてください』
    『はい、公開は来年を予定しています。ところでユウジさん、慣れない海外ロケ、困ったことはありますか』
    『そうなんですよ! 実はスマホが壊れちゃって、ここでの連絡はマネージャーの予備を借りてるんスけど日本と全く連絡がつかなくて困ってます!』
    『あら、それは困りましたね』
    『ほんとに! せっかく前世から好きだった相手に会えたのに』
    『え、それって』
    『あ、すいません、撮影始まるんで。じゃ!』
    『え、ユウジさん? ちょっと~!』
     アナウンサーの悲鳴にも近い声を最後に切れた中継、ざわざわと落ち着かないスタジオで言葉を発したのはベテラン司会者だった。
    「え、いや! 楽しそうな現場でしたね! 公開は来年とのことで、楽しみです!」
     七海は口に入れていたパンをポロリとこぼした。

     何いってくれてんだアイツ

     急いでユウジ情報を収集するためのアカウントを覗くと当たり前のようにトレンドは『前世』『ユウジ』『笹食ってる場合じゃねえ』に埋め尽くされている。七海は頭を抱えた。
    「そうか、そうか……」
     よく考えれば前世からの思い人がいますと公言していた人間なのだから見つかったら見つかったと大々的に言うに決まっている。ぬるくなったコーヒーを飲み干し、二回携帯を落としてテーブルの角にふとももをぶつけ鍵をかけ忘れてないか三回チェックしに家に戻ることを繰り返してから動揺に動揺を重ねている七海はようやく通学することができたのだった。
     そして教室と言えば当たり前のように騒ぐ女子たちの喧噪でひどいことになっていた。灰原と共に隅まで移動した七海は実家のように落ち着く友人の顔を見てようやく一息ついた。
    「すごいね、七海は今朝のニュース見てた?」
    「はい」
    「見つかってよかったよね、僕ちょっとは応援してたんだよ」
    「そうなんですか」
     そうそうとあっけらかんと答えるクラスメイトに実はその前世の相手は私ですなんて言うわけもなく七海はまだ騒ぐ女子の声から逃れるように着席して始業チャイムを待つのだった。
     ニュースの爆弾発言のインパクトで忘れかけていたが、確か悠仁はスマホが壊れて連絡が取れないと言っていた。そうなるとこの音信不通宇状態はまたもや七海の杞憂らしい。前回のデタラメ記事といい、今回といい、心が乱れることが多い。
     納得がいかない。七海は恋だの愛だのとは無縁の人間なのだ。それなのに蓋を開けてみればこんなにも悠仁に振り回されている。
     ――ポキ、ポキ。
     ノートに押し付けたシャーペンの芯が折れてどんどん短くなっていく。
     ダメだこんなことでは。ため息と一緒に流れる終業のチャイム。こういう時は読書に没頭するに限る。七海はさっさと荷物を鞄に詰め込むと図書館へ急いだ。
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