『え、ユウジ? 知ってる知ってる、うち料理とか興味なかったけどめっちゃ作るようになったもん』
『いいよね彼、おしつけがましくないしなんか性格よさそうだし、それに毎回美味しそうで』
『あー、名前は知ってる。ジュジュッタによく流れてくるんで。一回見たことあるかな? 我が家は母がキッチンを制してるので私はやらないかも』
『好き! めっちゃ好き~! 声がいい! 顔もいい! パン屋にもいったことある! 全部欲しかったけど売り切れてて三種類しか買えなかったけど全部美味しかったよ!』
『好きです、毎回見てます。料理もおいしそうだし、なにより……ねぇ?』
ユウジ、こと虎杖悠仁はニュース番組をぼんやり見つめていた。タイトルには『今人気の料理配信者ユウジとは?』と打たれていて自分のところに文章だけの取材がきたのが二週間前だ。
趣味で始めた料理配信、最初は祖父に作る料理がもっとやりがいのある仕事にならないかと冗談で百均の三脚と照明を買ってきて始めたのがスタート。最初は確かアジを三枚におろすのから初めてその次はタルタルソースから作るチキン南蛮、レシピ通りのものを作っていくうちにあれよあれよと何故だか視聴者が増えてサービス精神豊富な悠仁がアレンジレシピを紹介していくうちにチャンネル登録者数が十万人を超えていた。
友達の順平に相談したところ、そんなの商売にしない手はないとなんやかんやとジュジュスタ、ジュジュッタを開設してくれて配信用のキッチンスタジオを借りてくれてエプロンだの服だのもいい感じのを揃えてカメラも一緒に見繕ってくれた。
祖父は最初は呆れていたけれど悠仁の収入を見るなり立派な職業として認めてくれたのか、大学に行きながらジュジュチューバーを続けることを許してくれた。
そんな中、順平に言われて開店してみた悠仁のパン屋『ベーカリータイガー』がこれもまたヒットしてしまい、学生ということで週に二回だけ開かれるレアリティさが受けたのか開店するたびに大賑わいなのだ。
まさに人生薔薇色、こんなにうまくいっていいのかと首をひねってしまいそうな彼に神様はさらに微笑みかけてくれたらしい。
「こんな昼からぼんやりしてどうしたんですか」
ソファにこしかける悠仁の隣に座る金髪の男性は悠仁の恋人、七海建人である。
そう、神様は悠仁に料理の才能とそれを発揮する場所と人から注目を得る容姿と運とさらにおまけで恋人までつけてくださったのだ。
「明日はパンの日でしょう、仕込みはいいんですか」
コーヒーを渡してくれる指に納まるシンプルなシルバーのリングは悠仁とおそろい。料理の時には外すけれどネックレスとして大事に肌身離さず持っているそれの片割れ。七海は悠仁のパン屋の客だった。うまいパンが好きだと言うこの証券会社務めの社畜リーマンは唯一の心のオアシスであるパン屋巡りをする中で悠仁と出会い、そして結ばれた。
告白をして結婚をして、そして同棲。まだ学生の悠仁だが売れっ子配信者として金には困っておらず、七海の貯金も合わせてポンとキャッシュ一括でこのマンションを手に入れた。特注のキッチンはアイランド式、自宅で配信をするようになって久しい。パン屋のパンもここで仕込めるものは仕込んで持っていく。
「ん~、ナナミンに聞こうかなって思って」
「なにを」
「あのね、デニッシュの中にいれるのをチェリーとアプリコットどっちにしようかなって。この前砂糖漬けにしておいたからどっちから使おうって思って」
「……この時期だと桜が綺麗ですし花見にチェリーのデニッシュがあると嬉しいんじゃないですか」
「そっか! そうだよね流石ナナミン! じゃあ明日の甘いのはチェリーデニッシュのパンにしよ~」
「おいしそうですね」
「ちゃんとナナミンのぶんは別にして持ち帰るから大丈夫だって」
「……でも、私も時々は君の焼きたてを食べたいです。明日買いにいってもいいですか」
「あげるのに」
「フェアじゃないでしょう」
配偶者なんだからイイジャン。悠仁は思うけれど七海はそういうところは頑固なのだ。だから「うん」と相槌を打ってから伸びをする。デニッシュ生地は今から作っておかなければ間に合わないしサンドイッチの卵ももう茹でてしまおう。
「手伝いますか?」
「いいの? ナナミン優しい」
お世辞はいいですから、と腕まくりをする七海の顔を覗き込みながら悠仁は調理台の前に立つのだった。
『こんにちは! いや、昨日もパン売ってて思ったんだけどみんなお花見好きだよね。俺も好き! というわけで今日の料理はジャジャン! こちらです』
料理動画の撮影は基本的に大学が終わってから。だから夕方からとなる。メイン料理ならそのまま七海との夕飯に使ってしまうのだけど今日は残念ながら季節のデザート。これはこれで食後に食べるのだけどこういう日は作り置きのアジ南蛮だとかミートソースのオムレツなんかになる。それはいいとして。
悠仁はピンク色のどら焼きを紹介する。さくらの味が流行している今、製菓店に行けば手に入るさくら餡を使った料理である。どら焼きの生地はホットケーキミックスを使うのでお手軽、材料さえあれば三十分もかからずできるレシピである。
『これのポイントはね、ジャーン! みりんです。これをいれると一気に和風になるんだよな。あと弱火でね。焦げちゃうから』
ホットプレートにトロトロの生地を落とし、じわじわやけていくソレをホイとひっくり返す。何枚かそれを繰り返し、荒熱をとっている時。
ガタガタ、キッチンの向こうからの音に悠仁はピョンと跳ねた。
『あ、ナナミン! ナナミンおかえり~!』
『ただいまかえりました……って撮影してるじゃないですか、集中しなさい』
はぁい、と返事をする悠仁はまた説明を始める。
それを編集して、翌日にはアップ。
更新されるトレンド。ユウジ、どら焼き、ナナミン。
『またナナミンいるwww』
『ナナミン回キタ?! みるみるみる』
『ナナミ~~~ン♡ 声だけなのに絶対イケメンだと分かる圧倒的声帯♡』
また話題になってる。ディレクター件動画職人の順平はフムと唇を釣り上げた。当初、このナナミン乱入は編集で切り取っていたのだがある時から悠仁が結婚をカミングアウトしたことでもういっかとなんだかどうでもよくなって入れてみたらあら大変。あれよあれよとそういった需要が伸びて今では『ナナミン』タグが動画につけられる始末。
悠仁と七海は知らないけれどそういった二人のご本が闇市場に出回っていることを順平は知っている。まあ、その方々は『ナナミン』の容姿を知らないので様々な外観の『ナナミン』が独り歩きしているのだが。
「……後ろ姿くらいならいいんじゃない?」
これだけ需要があるのだから応えてあげるのも有名人の義務なのでは。七海はもとより悠仁がそれを許すかは微妙なところだが、再生数が爆上がりすることは確かだろう。
「あ~、しかし美味しいな。悠仁ほんと天才」
差し入れにもらった件のどら焼きを頬張りながら順平はジュジュスタとジュジュッタの更新をする。パン屋のメニューを写真付きであげなくてはいけないのだ。
「ていうか七海さんもけっこうパン巡りしてるよな」
ブログにして感想と写真を更新してゆくゆくは本にしてしまえるのでは? そんな野望をふつふつと抱きながら順平の指先はエンターキーを叩く。
『ベーカリータイガー 動画で話題のどら焼きを持っていきます! お花見しながら食べてね! ユウジ』