博士は尊敬している。二号は信頼している。所詮はプログラミングされた感情と言われようと私の気持ちについてくらいは分かるのだ。あとプログラミングというが、私たちガンマの脳は博士をもとに培養された器官であり記憶に関してはハードに保存される仕様になっているが感情とその判断については生物と変わらない、と博士は仰っていた。
そんなわけで人造人間だろうと好き嫌いの判断は自分で行う。
経口摂取する博士のお菓子。甘すぎるが嫌いではない。
道にゴミを投げ捨てる人間、ちゃんとゴミ箱に捨てろ、嫌いだ。
野良猫、寄ってくる警戒心皆無の野生動物に触れるとかわいいと思う反面コイツらは今後どうやって生きていくつもりなのかと心配になる。
こうやって感情データの蓄積を行い、生まれた時よりずっと感情というものがわかってきた。博士もこの感情の成長については目覚ましいものだと褒めてくださったし、二号よりずっと機能していると評価いただいた。
そんな私の感情データをひっくり返し、混乱をまねている人間がいる。正確には宇宙人と地球人のハーフがいる。
「あ、一号さ~ん」
コーヒー飲みながら自室の椅子から手を振るこの人間、孫悟飯だ。
はじめは地球を侵略する宇宙人、悪人だと聞いて戦闘を行ったが後日和解し、むしろ孫悟飯は悪人どころか地球を守る戦士の一人だと聞いた。
好ましいことだ。ヒーローとなるよう、博士に仰せつかった身の上として、実際に(影ながら)英雄として働いている孫悟飯は非常に好ましく、尊敬に値する人間だと判断した。
しかし、だがしかしだ。
この孫悟飯という人間、最初に出会った時の怒りに身を任せた戦い方がウソのように日常では穏やかで大人しい。いや、今のはかなり優しい言い分になってしまった。
「どうしたんですか? あ、またヘドくんから論文でも預かってきました? って、あっつ!!!」
手元のコーヒーを置こうとした場所が提出書類の上だったことに気付いて方向を変えようとしたら机の角にカップをぶつけ熱湯のままのコーヒーを膝に零してしまった一連の流れ。そう、孫悟飯は穏やかというよりどこか抜けていて、大人しいというより間抜けなのである。
「……私の手からは冷風が出る」
片膝をつき、火傷した部位に向かって冷風を送ると孫悟飯はへらへら笑いながらすいませんだのすごい機能ですねだの全く反省した様子もなく話してくる。あの日、雨の中で全力の威嚇をしてきた人間はいったいどこにいるんだ。
しかし、こんなだからこそ、私は孫悟飯から目を離すことができない。
『それ、ギャップ萌えってヤツじゃない?』
何かの折にこのことを話した二号がそんなことを言っていたが、確かにそうなのかもしれない。
「一号さん?」
椅子に座ったまま見下ろしてくる黒曜石のキラキラした瞳。今年で二五になるというのに学生と間違われても仕方ない幼い容貌。
道端の犬を撫でた時にも「かわいい」を感じたことがある。泣いている赤子が笑った瞬間の「愛らしい」も蓄積している。豊かな乳房を持つ女性を「魅力的」だと判断することも可能だ。
しかし、この孫悟飯という生き物を見た時に湧き上がってくる「愛しい」の感情は今まで得たことがない。
「あの、そんなに、見られても、困るんですけどぉ」
野外活動が多いのに焼けることがない白い肌が、頬が紅潮していく。その開いた唇に思わず、噛みついていた。