「あ、またライスさんからきてるだよ」
「ええ~! もう僕も結婚したからいいのになぁ……今度お手紙かいておきますね」
「まあ、あちらさんも悟飯ちゃんのことはかわいくてしょうがないみてぇだし、仕方ないべ」
でもなぁ、と困ったように笑う悟飯。もう引っ越して数年経ったというのにまだ教授宛てに送られてくる書類を取りに時々規制するのだ。そんな長男と妻の会話を聞いて悟空は首を傾げた。
「ライスっちゅうのは誰なんだ?」
「えっとぉ、これ話しちゃっていいんですか?」
「かまわねぇ。悟空さが悪ぃんだから」
フンと鼻を鳴らした母がすべてをぶんなげてくるので悟飯は「うーん」と腕を組んではとき、そしてまた組んでといて、悟空の座るテーブルに席をついた。
「あの、お父さんが死んでから、おじいちゃんがお母さんを心配して何件かお見合いの話をもってきたんです」
「え~~~! オラ聞いてねえぞ」
「そりゃ死んじまってたんだから聞けるわけねぇだ」
ちゃっちゃと肉まんを包んでは蒸籠に突っ込むチチが再び鼻を鳴らす。牛魔王なりに娘のことを思っての行為なのだ。働いてなかったとはいえ働き盛りの旦那を失くして幼い子供を二人抱える娘をどうにか助けたかったのだ。
「あんなこと言ってますけどお母さんは全部断ってますよ。それでライスさんはそのお見合い候補のうちの一人だったんです」
「断ったのになんでまだプレゼントがくるんだ?」
「あんまりにもお母さんが断るのでおじいちゃんが一人でもいいから会えって勧めたのがライスさんで、僕もお見合いの席に連れていかれたんです。そしたらライスさん、僕の名前が悟飯だから仲間だねって気に入ってくれて……それにその時、僕もけっこう落ち込んでましたから可哀そうに思ったみたいで、お見合いは断ってもいいから時々会おうって言ってくれて」
「ふ~~~ん?」
「優しい方なんですよ。僕にお父さんだと思って接してくれていいなんて言ってくれて」
笑う悟飯とは対称的に悟空の唇は下がっていった。そのことに話してる本人も、包子を鋭意制作している妻もまるで気付かない。この険悪な空気に気付いているのは二階でオンライン対戦ゲームをしながら耳を澄ませている次男だけだった。
「僕の知らない本をプレゼントしてくれたり、博物館とか美術館にも連れて行ってくれて……」
楽しそうに話すたびに悟空の気が重く冷たくなっていることに気付かない。気付いて! 気付いてくださいお兄様! 二階の弟の祈りは届かない。
「まあ、ライスさんはいい方なのでもう結婚もされてあちらにはお子さんもいらっしゃるんですけど、それでもまだ僕のことを気にかけて時々お母さん宛てってことで僕にお菓子を送ってくださるんです」
「……へえ?」
兄ちゃん! もうやめて! 悟天が二階から叫びそうになる前に悟空は真っすぐ悟飯を見つめた。
「おめぇは、そのライスっちゅうやつを親みたいに思ったことはあるんか?」
「……? あは! まさかぁ! 僕のお父さんはお父さんだけですよ!」
ニコリ! 笑う息子にこみ上げていた怒りは霧散したが面白くない気持ちは変わらない。普段は気にもしないアルバムを見てみると確かにその父親面をした男は何枚か、悟飯と一緒に写り込んでいるのだ。まるで親子のよう。実際、何かの記念撮影だろうか、博物館の前で二人が係員に撮影された家族用フォトフレームまであるわけで。
「……オラ、明日の修行やめる」
「やっとまともに働く気になっただか!」
「いや、悟飯の家にいく」
「え? 僕? なんで?」
「行くったらいく。いいか? 行くからな」
はあ、なんで、別にいいいですけど……父の心まったく知らずの子は首を傾げながらほわほわと立ち上がる蒸籠の湯気に包まれていつになく真っすぐに自分を見つめる父親の視線を受け止めていた。
「悟飯の父ちゃんです」
「知ってますけど」
「知ってるよじいちゃん」
次の日、さっそく悟飯宅に訪れた悟空は玄関から入るや否やそう主張するのでビーデルもパンも目を丸くした。パンにいたっては悟空の遊びだと思っているのか「悟飯のこどものパンです」とケタケタ笑いながら自己紹介を始めているが悟飯本人は父親の突飛な行動に瞼を閉じるしかなかった。まったくわからない、父が何を考えているのか。
「学校行くのか? オラもいく」
「ええ! お父さんがきてもつまらないと思いますけど」
「いい、行く」
意思が固い。仕方なく悟飯は学生時代から愛用しているかばんを肩にかけ家を出た。
舞空術は使わない。大学までバスで30分のところに住んでいるのだから遅刻しそうな時以外は普通の人間のように過ごすようにしている。ピッコロには少しでも鍛えておけと叱られるが身バレして学問を続けられないよりはいいのだ。
「あは、お父さんがバスに乗ってる」
隣に座る悟空に思わず笑ってしまう。いつか、運転免許証をとろうと車に乗っていたことはあるけれど悟飯にとって公共交通機関を使う父親の姿は珍しくて仕方ない。
「お父さん、写真! 写真撮りましょう!」
ついつい興奮して学生のようにパシャリ、自撮りしてしまう。大人しく座っている悟空が笑いもせずジっとカメラを見つめているのも面白くて悟飯は口に手を当てながらクスクス笑った。
「フフ……これ、待ち受けにしたいな。あ、でもこの前のパンちゃんの発表会の写真も……迷っちゃいますね」
眼鏡越しにキラキラ輝く黒の瞳に悟空はつられて笑った。
(やっぱオラの息子、最高にかわいい)
「悟飯の父ちゃんです」
「ちょっとぉ! お父さん!?」
バスから降りて大学の認証カードを首から下げながら門を通る悟飯の後ろ、悟空が大人しくついてきてるかと思えば急に守衛に「父ちゃん」無双を始めるので悟飯は思わず叫んだ。その拍子に登校中の学生に振り返られてますます恥ずかしい。
「あの! ちょっと! こっちに!!!」
人通りのない木陰に父を引っ張り、悟飯は頬を真っ赤にしたまま口を開く。
「ど、ど、どういう、つもりで」
「オラがお前の父ちゃんだ。それをなるべく広く知ってほしい」
「別に広く知られる理由なくないですか!?」
「ある。本当なら界王神のおっちゃんのとこいって地球人全員に知らせたいけどオラは我慢してる」
「元気玉の手法で親子認知させるのやめてもらえます!?」
「ちゃんと我慢してっだろ」
「それ褒めるところじゃないですからね!?」
思わずアルティメットになりそうな動揺を抑えながら悟飯は何度か深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「あの、研究室にきてもいいですけど、その、お父さん主張するのは止めてください。僕が自分で説明しますから」
「わかった」
「頼みましたよ」
「オラが悟飯の父ちゃんです」
「お! と! う! さ! ん!!!!!!!!!」
研究室に入った瞬間に約束をぶち破る父の素早さに悟飯は思わず紫電の気をパチリと弾けさせたが深呼吸。アンガーマネジメントである。
「あの、そうなんです。僕の父で……今日は研究室の見学にきたいって、アハハハ」
腕を引っ張って書斎に入る。バタン、いつになく乱暴にドアを閉めて悟飯はちょっぴり目を赤くさせながら悟空を少し睨んだ。
「も~~~、恥ずかしいからもうほんとにやめてくださいね」
「でもなぁ、オラは悟飯の父ちゃんだし」
「やめる気なさそうだなこの人」
悟飯が項垂れている横で悟空は書斎の本棚をジっと見つめる。
「なあ、これ悟飯の名前書いてあるな」
「あ、はい。この五冊は僕が出版したものです」
「しゅっぱん?」
「僕がこの本を書きました」
「……マジ?」
「言ったじゃないですか」
家にもありますよ! と少し頬を膨らませる悟飯の頭を撫でる。
「うひゃ~、本当にえらい学者さんになったんだなぁ悟飯は……すげぇや」
「…………えへへ」
頬を染めて笑う息子に愛情ゲージがグン、突き抜けていく。
かわいい。息子がかわいい。こんなかわいい息子の父親を盗られるなんて、冗談じゃない。
「あ、今日はこのあと抗議があってその後はヘドくんと会う約束をしているんです。CCの生物研究室に行くんですけどいいですか?」
「わかった。待ってる」
講義を終え、今度は流石に舞空術でCCへ向かう。
「あ、たぶんガンマたちがいると思うので紹介しますね」
「新しい人造人間だっけか」
「でも二人ともとてもいい人たちですよ。あ、あと、もうあの自己紹介やめてくださいね」
「おう」
「おっす、悟飯の父ちゃんです」
「お父さん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
カプセルコーポレーション生物研究室。爆発する紫電の気でミサイルも通さない超合金扉が爆発四散した。