宇宙から帰艦したミレニアムクルー一同が少々の休養期間が与えられたのち、メカニック並びにパイロットは再びアカツキ島地下格納庫へ集合していた。
「なんか新しい機能でもつけたんですか?」
シンがハンガーに吊るされている愛機、及び他二機を眺めながら言うと、メカニックの鬼こと技術責任者のハインラインが前にズイと出て「その通り」とよく通る声を響かせた。
「今回の戦闘において目を見張る活躍をした三機ですがその性能は実のところ前時代的とも言われています。しかしその機能性を最大限に引き出せるパイロット三名のおかげでこうして我々は勝利できたわけですが、そもそもこの機体に搭乗する予定だったパイロットがMIAもどきの行方不明になりかけたり一名においては他組織に所属しているという課題が今回浮彫になったわけです」
シンは目を閉じてハインラインの言葉を傾聴した。この男、声がいいことを盾にとんでもない早口で理論武装ガトリングをぶっぱなすのだ。アカデミーでも速聴訓練はされたがこの男ほどではない。
講釈というものは相手に届かなければ意味がないと誰か教えてやってくれ。クルーの誰かが零していたが、そもそもこの講説を理解できない人間など彼の世界には必要ないのだということはシンも分かっていた。パイロットとしてメカニックに見放されては機体に申し訳ない、そんなわけでハインライン説法の時間になるとシンはこうして全神経を集中させて彼の説明をひたすら聞くのである。
「であるからにして、今回の新機能はパイロットの不在に対する補助機能を搭載し、今後他パイロットの搭乗でも戦績をあげることができることを目標としました。導入としては新規パイロットの搭乗に合わせOS数値を初期設定化し、パイロットの印象的な動き、いわゆる『癖』というものをデータで学習させていきます。各機の専用武器については既存パイロットの使用データを学習させ適切なタイミングで展開できるようAIが適宜指導します。なお、この補助機能については人工音声を搭載しておりまず試験的にデスティニーガンダムに導入しました」
「……デスティニー?」
シンはうんうんと唸るように説明を聞き取りながら、最後の最後に出てきた単語に目を見開いた。
「え、つまりデスティニーが喋れるようになったってこと?」
「大事なのはそこではありません」
「あ、すいません、つまり俺たちがいない時に動けるようにAIつけて他パイロットでも操縦できるようにしたんですよね……?」
「及第点ですが、まあいいでしょう」
シンはホッと息を吐き出す。アカデミーで解答を求められた時のような緊張感が漂うのだ。この大尉との会話は。
「へ~、デスティニー喋れるんだ。もう会話できるんですか?」
「そういった目的ではありませんができます」
シンは目を輝かせてコックピットへ乗り込んだ。そして馴染みのあるスイッチを起動する。モニターが動き、全方向の様子が見える。一秒も経たず、すべての回路に電気が通った。
『……シン』
「わ! ほんとだ! 喋った!」
シンが大きな目を更に丸くさせる。スピーカーをオンにしているので格納庫にデスティニーの声が響き渡った。
『シン、ずっとこうやって話したかった』
「すっげぇ、俺もだよデスティニー」
『オーブに監禁され、もうシンとは会えないかと思っていました。だから先日、シンがまた私に乗ってくれたとき、とても嬉しかった』
「監禁って、言い方悪くない?」
シンとデスティニーが会話しているのを聞きながら、キラは隣に立つハインラインへ耳打ちした。
「随分と感情的なAIなんですね」
しかしモノクルの大尉はそんなデスティニーとシンを見上げながらタブレットを取り出し、画面を叩く。
「いえ、こんな日常会話ができるようには調整していません。飽くまでパイロットの補佐として最低限の音声機能を搭載しただけです。おかしい……どうなっている?」
『シン、私はずっとシンとこうして戦いたかった。シンに乗って自由に動いてほしかった。私は議長の望みのままに生まれた兵器にすぎないが、シン・アスカという清き心のパイロットに操縦桿を握ってもらって生まれた意味を知った』
「えっと、そんなにべた褒めされると照れるんだけど……」
頬を赤らめるシン。愛機にそこまで言われると嬉しいと同時にこそばゆい。しかもこの音声、格納庫に響き渡っているのだ。しかしそんな会話を打ち切るようにハインラインは上に向かって声を荒げた。
「アスカ大尉、予想外にAIが暴走しているので一度テストを終了します。起動スイッチをオフにしてください」
「あ、はい! ごめんなデスティニー、また今度話そう」
シンの指がスイッチに触れる。だが、いつもなら落ちるシステムが起動したまま。
シンは首を捻ってからもう一度、オフボタンに触れた。しかし起動画面を表示したまま、格納庫を映し出す全天周モニターは暗くならない。
「あの……システム、落ちない、です」
恐る恐るコックピットから顔を出し、眉を寄せるシンにキラが「とりあえず降りておいで」と口を開いた瞬間、シュン、馴染みのある音と共にハッチが閉じる。静まり返る格納庫。「シン?」と呼びかけてもコックピット内で聞こえているはずのシンの声は返ってこなかった。こんな時に悪ふざけをする青年ではない、キラはハインラインに顔を向ける。
「これは?」
「わかりません! しかしこんな誤動作……!」
『私は、シン・アスカ以外のパイロットの搭乗は認めません』
デスティニーガンダムのフレームがじわりじわりと赤く輝く。
『私に声をくれたことには感謝します。けれど、この声はシンのためにしか使いたくありません』
試験用に導入された人工音声は少し音割れし、ノイズが入る。
「えっと、でも、シンにはインモータルジャスティスがいるから……」
キラが言うとデスティニーのフレームは益々赤く発光し、明るい格納庫の中でも輝いた。
『それはアスラン・ザラでも乗せておけばいいでしょう。シンも私がいいと言いました』
「ええ~」
――デスティニーならもっとうまく隊長の助けに入れるのに
デスティニーがミラージュコロイドを散布し、そのコロイドへ録画画面を投影する。いつの映像かは分からないがジャスティスの機体の中でしょんぼりと愚痴を言っているシンの姿だった。
「……他機体の内部カメラの映像記録をハッキングしているだと」眩暈がしそうだ。ハインラインは眉間を押さえ、パイロットを監禁している機体を茫然と見上げた。
「ハインラインさん、この機体相当やばくないですか?」
「こんな……かつて自分のために作られた専用機体が悪の組織の象徴だったから正規の手段では搭乗できなくなっちゃったけどその間にパイロットに会えないモビルスーツは主人のことを思ってヤンデレ人格をこってり生成していて!? みたいなラノベ展開が起こるなんて……計算違いだ……」
「ハインラインさんも相当混乱してるみたいだしデスティニー、君の言い分は分かったからとりあえず今日はお開きにしたいんだ。シンを返してくれる?」
『お断りする』
断らないでほしい。キラも眉間を寄せる。現在格納庫に居合わせている人間のほとんどが同じ顔でシン・アスカ大好きモビルスーツを見つめていた。いや、このままAI機能をふんだんに使ってここから飛び出していかないだけ常識的な相手なのは不幸中の幸いだが。
「でもシンは人間だから君の中にずっといるとお腹空いちゃうよ、可哀そうだと思わない?」
逡巡しているのか、フレームの発光が鈍り、そして数秒後ハッチが開く。
「え!? あ! 開いた!」
『シン、私は貴方の専用機体です。シン以外乗せない』
「わかったけどそれ決めるの俺じゃないからなぁ」
『私が決める。シン以外は乗せない。絶対にだ』
「……AI機能を停止させようとしましたがデスティニーがすでにプログラム学習をしていてロックがかかっています。私のミスです。ヤマト准将、申し訳ありません」
「いや、むしろこんなこと予想できる人間のほうが少ないよ」
「実はこの機能に付随してパイロットがMIAに陥った場合でも自足自給の生存ができるよう有機物性携帯食料の製造システムと飲料水の濾過システムをつけようかと思っていたのですがやめたほうがよさそうですね」
「うん、そんなのつけたらシンをコックピットにいれたまま出さなくなるよこの機体」
自分の身になにが起きたのか分からない様子で「デスティニーと喋れた」とルナマリアに笑顔で話しかけるシン・アスカの背後、赤いフレームがじんわりと輝き続けているのだった。