夜桜爛漫と染まる郊外にある小高い丘の上。多くの木々が植えられて四季折々の花が咲く。この時期は花見客が多く訪れるのだが、時間も相まってか自分たちの他には誰もいない。橙色の光に照らされた薄桃の花が傘のように俺たちを隠している。
淹れ方を間違ってしまった紅茶を魔法瓶から注ぐ。少し、苦い。やはりあの無駄にこだわりのある教授に教わっておくべきだったか。苦味に顔を顰めていると下から笑い声が聞こえる。今まで膝の上で眠っていた相方が目を覚ましていた。寝起きで起き上がるのが辛いのか、膝から降りる気配はない。
「顔、怖いよ?」
「口に合わなかったんやもん」
「ふふ、そっか」
彼はそのまま頭上に広がる花の傘を見ている。八分咲きの桜は時々その花びらを落とす。
「ねえ、覚えてる?桜の話。」
「前に教えてくれたやつ?」
「そう。木の下にある死体の血を吸い上げて花を咲かせる、ってやつ。」
「どうかしたん?」
「俺が殺した人たちも、皆花になれたのかなって思ってさ。」
「えー?性根が腐った野郎共は無理めう。」
「あはは。それもそっか。」
膝の上で笑う彼は少し寂しそうだった。それから気だるげに腕をこちらに伸ばして俺の髪に触れる。
「ね、お願い、していい?」
「なあに?」
「俺を、赦してほしい。」
「俺はきっと、赦されない。神様がいるかは、わからないけど、赦されないし、赦されたくない。だけどね、」
「マンちゃんには、赦されたいんだ。そしたら、きっと、」
「俺なんかでええの?俺、カミサマの裏切り者やで?」
「いいの。神様、じゃなくてマンちゃんに、…マンちゃん1人にだけ、赦してほしいんだ。」
「…そっか。」
風は気まぐれに、時折強く吹き付けて薄桃の花びらを連れ去っていく。
彼の差しだす手を優しく包み込んで、祈るように、いや祈るために手を合わせる。
「では神の裏切り者、オスマンの名においてひとらんらん、貴方を赦しましょう。これから貴方に幸せな時が訪れますように。」
閉じた目を開くと視界が滲んでいた。あれ、こんなはずじゃ、なかったのに。雫が彼の頬に落ちる。それを拭うこともせずに彼は笑う。
「…ありが、と。でもね、俺、今すごく幸せ、だよ。あり、がとう、マンちゃ」
ふわりと目を閉じた。その口元は幸せそうな微笑みが浮かんでいる。緑の上に散らばる花びらの色が変わっていく。生命を吸い上げて花が咲くように。
魔法瓶の紅茶を飲み干す。焼け焦げた匂いが紅茶の香りを邪魔してくる。お菓子、持ってくればよかったなあ。眼下に広がる炎の海から上がる火の粉が星空に吸い込まれていく。悲しみも、憤りもない。ただただ悔しかった。またお茶会がしたかった。他愛のない馬鹿な話をしたかった。ゾンビになって驚かしたり、カボチャを被って暴れたり、したかった。そうだ、まだ戦車に乗ってない。戦車で前線に乗り付けて、前線組と共に戦いたかった。
でも、すべては後の祭り。
ゆっくりと睡魔が俺を蝕んでいく。膝の上の感覚も消えていく。それでも、なんだかんだで悪くはなかったで。次があったらリベンジしたるからな。ひとらんと、仲間と一緒にまた暴れたるから。だからそれまで、
「おやすみ、世界。」