無題朝から喧嘩を始めた理由はなんだったか。テュオハリムの浪費癖か、身の回りに対する無頓着さか。なんにせよ、喧嘩の内容自体はいつものことではあったのだが、今日はお互いに虫の居所が悪かったのかなかなか熱が冷めやらないでいた。
次第に喧嘩の内容は何故か床の話へと変化していき、テュオハリムはそれに対する不満を彼女にぶつけてしまっていた。普段、初心なキサラに合わせて我慢をしていたのを今まで黙っていたのが、つい本音が漏れてしまったのである。
「そもそも、君に私の全てを受け止めきれるとは到底思えないがね。君が耐えきれるかどうか、危ういところだ」
喧嘩とはいえ事の発端であるテュオハリムはほぼキサラに叱られている状態だったためか、拗ねたようにそっぽを向きながら怒り心頭の彼女をさらに煽るような言い方で責めた。煽られたキサラは売り言葉に買い言葉、まんまとテュオハリムに乗せられてしまう。
「言いましたね!?元近衛の体力を舐めないで頂きたい!!!ええ、ええ、いいでしょうとも。あなたの全てを受け止めてみせましょうとも!!!」
宮殿に声が響く。初めはそれでも周りに悟られないよう2人きりで密会のようにしていた喧嘩だったのだが、次第に2人の声がデカくなるにつれ宮殿で働く者たちが集まっていた。とは言え、口を挟める者など誰もおらず、そも止めようと思う者すらいず、へぇ、2人の私生活ってああいう感じなんだ…と普段ソツなく凛々しい顔持ちで仕事をしている2人の自分達には見せない物珍しい一面を新鮮な気持ちで観戦していた。野次馬である。
先程までの白熱した口論はキサラの「受け止める!!!!」で一気に静まり……もとい、テュオハリムが何も言葉を発さなくなり、周りのざわついたガヤの声の方がだんだんと大きくなっていったのだが、黙る目の前の男に訝しむキサラは周りの様子に気づいていなかった。
長い(ように思える)沈黙のあと、ずっと大人気なくそっぽを向いていたテュオハリムがキサラに顔を向けてようやく口を開く。
「……………………いいのか」
「ええ、このキサラ!二言はありません!!」
「その意気やよし。………そこの君」
「は、はい!!!」
周りの視線に気づいてません。みたいな態度をとっていたテュオハリムだったがそこは元領将、初めから気づいていましたみたいな顔で間近い書記官に驚くこともなく話しかけた。
「私とキサラは今から…二日、いや三日間休みを頂く。何か急用が有ればアバキールかアルフェンに通せ」
「三日もですか?」キサラが口を挟む。
「君の身体が耐えられまい。身体を休める時間も必要であろう」
「ま、また言いましたね!上等です!!」
「よし。では」
元領将閣下が元近衛の手を引き今もなお使用し続けている自室へと向かった。まるで戦場に参戦しに行くがのごとく、気迫を纏った2人に気圧されながらそれを興味深々で見守る野次馬達。の視線を感じながらだんだんと冷静になっていったキサラは、はて、そもそも何の話だったかと考えだす頃には、もう後の祭りであった。
「………ところでテュオ、今からですか?」
「そういう話ではなかったのかね」
「あ、いえ、それは、構わないのですが………あの、私今朝方鍛練をしてまして、湯をまだ浴びてなくてですね……………えと、汗が…………なので少しの間待っていただけると………」
「私の全てを受け止めてくれるのではなかったのか」
「こ、これもそのうちに入るのですか??!」
「左様、受け止めてくれたまえ。キサラ」