番外編⭐︎「一年、待っていて欲しい」
「その間に少しでも隣に並べるようなアイドルになるから」
そうやって私が彼女に伝えたのは綺麗な桜が散り始めた4月の初め。久々の再会。学内敷地内のベンチにて。身勝手だとは思ったけれど、でも彼女も笑ってくれた。
「待っているのは得意だから」
と、いつもの笑顔を私に向けて。
「なんて、切り出せばいいのかわからない……」
思わず口に出してしまった。お昼休み。一人であのベンチに座った私の口から思わず言葉が溢れ出た。
りんちゃんとの再会から一年経った。そう、もう一年経ったのだ。
学園に通いながらオーディションを受けたりお仕事をしたり、さまざまな経験をさせてもらった。アイドルとしての仕事もだいぶ慣れてきた……と自分でも思っている。だからこそ伝えなければいけない言葉があるのだ。
でも、りんちゃん本人を目の前にしてその話を切り出そうとすると言葉が出てこなくなる。
「一緒にフレンズを組もう」
「待たせてごめんね」
と二言。たったそれだけ。それだけなのに、その言葉を口にする勇気がないのだ。自分の勇気のなさや意気地のなさに嫌気が差す。本当に私は彼女の隣に並んでいいのだろうか?フレンズ話を私が伝えたら喜んでくれるはず……と思うのは思い違いではないのか?不安は次から次へとやってくる。こんな状態でいいのかな……。
ここ最近はそれぞれの仕事や授業もあり、なかなか顔を合わせることも少なく余計に伝えるタイミングを逃してしまっている。メールや電話ではなく直接伝えたいのに。
はぁ……と溜息をついて葉桜となった木を見つめた。もう4月下旬。桜はピンク色から葉の緑へと色を変えていた。いつまでも悩んでいても仕方ない……けれど……。
「たった二言が伝えられないなんて……」
「伝えたいことがあるのね!!!」
「きゃっ!?!?」
声がして振り向くと、ベンチの後ろから顔を出したピンク髪のサイドテール。手には大きな盾。
「キ、キノット!今の聞いて……!」
「ええ!聞こえたわ!雪花は恥ずかしがり屋なのかしら?でも盾の後ろで話せば問題ないわ!」
「えっ、えっ……?」
「キチンと自分の気持ちを伝えることは大切よ!貴女にはこの盾をあげるわ!」
半ば強引に盾を私に手渡してきた。えっこれを???どうしよう……。この強引さはいつものことだけれど、この盾の使い道に困る。でも、本当にこの後ろでいえば恥ずかしくないのかもしれない……。盾を眺めながら悩んでいると
「うわっ!なんでゆっかが盾持ってるの?」
驚いた声が降ってきた。盾から視線をそちらに向けるとそこには、ばんぺいゆの姿があった。
「雪花が恥ずかしがり屋だから、今渡したのよ!」
「そう……なの……?」
「えぇ……。まぁそんなところですわ……」
言葉を濁したけれど、ばんぺいゆはなんとなく察したようでちょっと呆れた顔でキノットを見た。本人は気がついていないようだったけど。
「それよりさ、もぐら見なかった?朝からいないんだよね」
もぐらというのはいつも彼女が連れている関西弁を喋るもぐら?だ。彼女がもぐらだと言うからもぐらなんだろう。実際本物を見たことがないからわからないけど。そもそももぐらは喋るのか?なぜ関西弁なのか?わからないけど……って、そんなこと改めて考えている場合じゃなくて。
「今日は見てませんわ……」
「そっか……。ったく、どこいったんだ、あいつ……」
「心当たりはないんですの……?」
「だいたい居そうなところは探したんだけど……。というか、ゆっかはここで何してるの?」
「えっ?あの……」
「何か言いたいことがあるようだけど伝えられないらしいわ!」
私の言葉を遮るようにキノットがニコニコとして言う。
「そうなのか……。でもまぁ、なんだ、モヤモヤしてるくらいなら伝えた方がスッキリしないか?」
その言葉にハッとする。本当にその通りだ。ここでいくら悩んでいたって仕方ないのだ。
「そう……ですわね……」
「まぁもぐら見かけたら教えてよ」
「えぇ、わかりましたわ……。あのっ……ばんぺいゆ!」
「ん?」
「ありがとう……」
そう伝えると彼女はヒラヒラと手を振りながら去っていった。
「ばんぺいゆ!私も一緒に探すわ!」
サイドテールを揺らしてキノットは走り出す。彼女がいるとなんだか急に騒がしくなる。その明るさが良いところなのだけれど……。ふぅと一息入れたところで私の視界が突然暗くなった。黒いロングスカート……。
「……どうしたの……」
聞こえるかどうかわからないくらいの声で呟いたそれはエイのものだった。顔を上げると無表情な目と視線が合った。
「それは……その……」
言い淀むとさらにじっと見つめられる。
うっ……。エイに無言で見つめられると迫力がある。
「その……少し勇気が出なくて怖気付いているだけですわ……」
そう、そうなのだ。どう切り出すとかどう伝えるとか、それよりも前に勇気がないのだ。
もし断られたら?私が彼女の隣にふさわしくないと思われたら?
「それならふきが勇気分けてあげるよー⭐︎」
ぴょこっとエイの後ろから顔を出したのはふきだった。明るいその声にハッとする。あれ、いつからそこに……。
「勇気もりもりわけてあげる。だからゆっかちゃんは頑張れまーす!」
ニコニコとしながら私の隣にぴょんと座ると、膝の上にあった私の手をぎゅっと握りしめた。
「ありがとう……。えと、その……」
私は2人に今ここで悩んでいたことを素直に打ち明けた。素直に伝えるのはなんだか気恥ずかしくて仕方がなかったけど、何も言わずに静かに聞いてくれた。
「よし!今からりんねちゃんとこ行っちゃおう!!!」
「えっ!今から……!?」
「伝えたいことは言えばいいんだよ。タイミングがないっていうなら今だよ!」
「え、ええ……」
少し困惑しながら私の前に立っているエイに目線を移すと、一度だけ首を縦に降った。
「今から……」
そう呟くと、うんうん!とまたふきが笑った。せっかく作ってくれた機会だ。
「ありがとう。少し頑張ってみようと思いますわ」
「うん!応援してるよ!!!」
ニコニコ顔のふきと無言で頷くエイ。2人の顔を見て私もつられて笑う。
「そうと決まればほらほら!立って立って!」
「わわっ……!」
手を引っ張られてよろけながら立ち上がる。
「一緒にりんねちゃん探しに行こう!ね!」
ふきが走り出したので私も早足になる。
「ま、待って!速いですわ……!!!」
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「ハハノデバンはナカッタデスね……」
ずっと雪花の様子を見つめていた褐色の彼女は目を細めて呟く。
「マヨッテイタヨウダケド……」
「うぐっ!うっ!ううー!」
「ワタシはオイワイノカレーヲ、ツクルトシマショウ」
「シャベルジャガイモを、テニイレタノデス……」
手に握りしめているのは茶色い物体。ジタバタと動き回るソレは握りしめた手からやっとのことで顔を出した。
「わ、わいはじゃがいもやないでーーー!!!」
その声が聞こえたのは彼女1人。ソレの行方を知るものが他にいたかどうかは定かではない。