ミザリー秋。
タスクは落ち葉を踏みながら、小さなメモを片手に、とある教会へと向かっていた。
風はすっかり冷たく、少年は小さく身震いをした。
「たしか、この辺……」
メモと照らし合わせながら、キョロキョロと周囲を見渡す。
「あれか」
小高い丘の上に、目的の建物を見つける。
白い壁にオレンジ色の屋根の教会。その隣は孤児院になっているのだろうか。小さな子供たちが元気に走り回っていた。
「───こんにちは」
タスクは、教会の神父らしき人物を見つけて挨拶をした。
すると神父もタスクに気づいたらしく、穏やかな笑みを浮かべ話しかけてきた。
「おや、こんにちは。何か困りごとでも?」
「ここに、ミザリーという子供がいるはずだ。俺と同じ歳ぐらいの」
しかし、その名前を口にしたとたん、神父や周りのシスターの表情が変わる。
彼らはひそひそと耳打ちをしたりしていたが、しばらくすると、
「……ミザリーですね。彼女のいる場所へ案内しましょう」
と、神父がタスクに告げる。
「ミザリー……」
タスクは、その名前を呼ぶ。
果たされなかったあの人の夢を思うと、胸の奥底が締め付けられるようだった。
案内された場所は、教会の隣にある孤児院だった。
そこではシスターや子供たちが、楽しそうに遊んでいる。
そんな彼らを横目に見ながら、神父はある一室のドアを開ける。
「失礼しますよ」
ノックをして中に入ると、一人の少女が部屋の隅で縮こまっていた。
シスター服を身につけた青髪の少女は、訝しげにタスクを見る。
「……誰?」
タスクは少女に歩み寄ると、
「こんにちは、ミザリー。俺はタスクだ。ラブの弟子だ、お前に会いにきた」と矢継ぎ早に告げる。
少女は訝しげな表情のまま、ゆっくりと顔を上げた。
「……ラブの?」
「ああ」
「……何の冗談?」
「冗談じゃない」
しばらく二人の間に沈黙が流れると、タスクは突然顔面に強い衝撃を感じた。
その勢いのまま後ろへ倒れ込む。
どうやら顔面を殴られたらしい。
「よくも……、よくもアタシの前に出てこれたわね!!」
ミザリーは倒れているタスクに馬乗りになり、さらに殴りつけようとする。「やめないか!ミザリー!」
神父が慌てて、ミザリーを羽交い締めにしてタスクから引き離した。
タスクは殴られて赤くなった頰に手を当てる。
「……なんでこうなる?」
神父に押さえつけられた少女を見ながら、小さくため息をついた。
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『懲罰室』と書かれた部屋のドア越しに、タスクはミザリーへ話しかける。
「おい、何で俺を殴った」
彼女は黙って答えない。
「……ふん」
タスクは神父へ話しかける。
「同じ部屋に入れてください」
「しかし……」
「平気ですから」
渋々といった様子で、神父はタスクの希望を叶えた。
部屋に足を踏み入れると、ミザリーは部屋の隅で背を向けていた。
彼女の肩がわずかに震えているのを見て、タスクはゆっくりと近づく。そして、彼女の震える肩にそっと手を置く。
ミザリーは一瞬ビクリと体を震わせたが、それ以降はされるがままだった。
「どうして泣いてる?」
タスクの問いかけに、ミザリーは絞り出すような声で言った。
「……アンタになんてわかんないわよ」
「そうだな、わからない」
「じゃあ、聞くんじゃないわよ……」
ミザリーはボロボロと涙を流しながら振り返る。泣き腫らした目がタスクを捉えた。
「ラブは、アタシのこと見捨てたのよ」
少女は泣きじゃくりながら続ける。
「いつか迎えに来るなんて言って、ずっと来ない!やっと誰かアタシをたずねて来たかと思えば、弟子ですって!?ふざけるんじゃないわよ!!アタシはずっと一人だったのよ!!」
「……」
「黙ってないで何か言ってみなさいよ!!」
ミザリーは近くのクッションを手に取ると、八つ当たりのようにタスクへ投げつけた。
タスクは抵抗もせず、腹でそれを受け止める。
「そりゃあ、来るわけがない」
タスクはぽつりと言った。
「死んだからな」
「え……」
ミザリーはピタリと動きを止めた。
「お前の親父の差し向けた追っ手に襲われて死んだ」
タスクは淡々と事実だけを述べる。まるで他人事のように。
「うそよ……」
ミザリーの顔は青ざめていた。
「嘘じゃない。だから俺が代わりに来た」
「そんな……、そんなのって……」
両者の間に重苦しい沈黙が流れる。
やがて、ミザリーが口を開いた。
「許せない」
「……」
「ラブがもういないなんて、許せない」
ミザリーは、怒りと悲しみを混ぜたような複雑な表情でタスクを睨んだ。
「ラブを殺したやつを、殺してやりたい。そいつは、まだ生きてるの?」
「生きてるよ」
タスクは言った。
「お前の目の前にいる」「は……?」ミザリーは、言葉の意味を理解するのに数秒を要した。
「殺せばいい、きっとすっきりする」
タスクは続ける。
ミザリーは目を見開くと、タスクの胸ぐらに摑みかかった。
「アンタ……」
「殺せよ」
「ふざけないで……!!」
「ふざけてない、本気だ」
怒りのままに唇を噛み締めるミザリーに対して、タスクの態度は変わらない。
ただ静かに彼女を見ていた。
「師匠は、ラブは俺をかばって死んだ。俺が殺したようなものだ」
その言葉を聞くと、ミザリーはゆるゆると手を離した。
「……バカね。そういうことを聞いてるんじゃないわよ」
「?」
タスクが不思議そうにミザリーを見つめると、彼女はため息をつく。
「はあ……。もういいわ」
そう言うと、ミザリーは諦めたように首を振った。
「ねえ、あんたラブと暮らしてたんでしょ」
「1年だ」
「じゃあ、その1年のこと聞かせて。アタシが知らないあの人のこと」
タスクは、小さく頷く。
そして、ミザリーのリクエストに応えるようにラブとの出会いや暮らし始めた頃の話を始めた。
最初は興味深そうに聞いていたミザリーだったが、やがて聞き疲れたのかウトウトとし始めた。それを見兼ねたタスクが口を開く。
「もう寝るか?」
「ん……」
「じゃあおやすみ」
そう言って部屋を出ようとした時、タスクは後ろから声をかけられた。
「……ねぇ」
ミザリーは目を伏せたまま言う。
「追っ手は全員死んだの?」
「師匠があらかた返り討ちにした。残党は」
「残党は?」「……俺が殺した」
再び両者の間に沈黙が流れた。
「……すっきりした?」
タスクはその問いにしばらく答えずにいた。
その時間はわずかだが、ミザリーにはとても長く感じられた。
「したよ」
ようやく口を開いた少年は、それだけ答えると、部屋を後にした。
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数年後。
「ふぅ……」
青髪をツインテールに括った少女は、腕で汗を拭い、その場を見下ろした。
辺りには、物言わぬ死体となった薬の売人たちが転がっていた。
「これでこの辺のディスポーザーの拠点はあらかた潰したかしら」
少女はメモを取り出し、ある地点にバツ印をつけた。
ディスポーザー・ファミリー。全世界へ多数拠点を持つ、大マフィアの一つである。
彼女はそのボスの血を引く、一人娘であった。
ミザリー……いや、今はジャスティスと名乗る少女は大きく溜息をつき、空を仰いだ。
(ラブさん、ごめんね。アタシ、父さんへ復讐したい気持ちに耐えられなかった)
(全部壊してやるの、あの男の築き上げたもの全部。そうして何もかも無くなったら、ようやくアタシは自分の人生を始められる気がするから)
ジャスティスは武器をしまうと、つかつかとその場を後にする。
(……でも、これ以外にやりたいことなんてないなあ)
目の前にはただ、長く長く道が続いていた。