旅立つおてかり小咄「じゃ、彼と駆け落ちしてくるよ」玄関先、居合わせた同僚へ出発を告げる緑頭にっかり顔の斜め上で、「おれはそんなつもりはないんだが」と訂正を入れる跳ねっ毛の呆れ顔。
「三泊四日の駆け落ち、どうぞごゆっくり」卵を混ぜる手を止めてわざわざ見送りに来た眼帯の美丈夫が冗談めかして微笑むと、横から「じゃあおみやは駆け落ち饅頭で、ヨロシクー」と鯰尾がぴんこぴんこ揺れながら乗っかってくる。
そんなふうに囃されながら玄関から踏み出すと、朝の冷たい空気がいつもと違うような気がした。携えるのは自身の大身槍、大脇差ではなく、鞄に入った着替え歯ブラシ、地図や時刻表その他諸々。
ほら見ろあんたの軽々しい発言のせいでネタにされるんだからな。隣を歩く青江の横顔にぼやくと、「二人で連れだって旅行ってだけでも茶飲み話にされるのはわかってるし、先手を打っただけさ」ときれいな毛並みの眉が上がる。
「参勤交代でもなし、ただの旅行だろ。そんなに盛り上がる程の話かぁ…?」
「少なくとも僕だったら、いまごろあの二人は旅先でしっぽり…とか想像しては楽しむね」
「あんたが悪趣味なだけじゃないのかそれは」
「んっふふ。そうかもね」
「…、あー…」
ぷつりと問答が途切れて、沈黙の後に漏れた母音に、青江は首を傾げて御手杵を見た。
「どうしたんだい?」
「いや、その…」
歯切れ悪く口ごもる彼に、事態を想定してみる。
「忘れ物?まだ間に合うよ」
「じゃなくてさ…」
「おれ、あんたと、二人で行くんだよな、今から」
「?そうだよ、僕を置いていかれたら困る」
「噂されちまうかもしれないような二人旅を…って、話してたら、なんかさぁ、今になって…」
「…照れてきたのかい?」
「あー」
「『参勤交代でもなし』?」
「うー」
「『ただの旅行だろ』?」
「…すまん」
「ん、っふふふ…、いやはや、君って本当に面白いねえ!」
あまりの初な反応に、脇差はこの日いちばんの声をあげて肩を揺らし、縮こまった大きな槍の肩を叩いた。そして、その手をゆっくりと腕に絡ませて、見上げた赤面に囁いた。
「…悪趣味な僕のほうこそ、今から期待してるのは否めないから。お互い様だよねえ」
「え?」
「ま、君と過ごせるなら、健全な遠足だろうが駆け落ちだろうが、構わないけどね」