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    麦亭.

    @miearion

    麦亭です。イラストや小説を上げます。

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    麦亭.

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    シャガツバです。バレンタインの話。

    Sweetness as usual ピンク色を主体に、ポップで可愛らしいもの、豪華絢爛なもの、シンプルなデザインの箱がショーケースにずらりと並んでいる。それらの中身は多少デザインが違えど、すべてチョコレートだ。
     好きな人へ贈り物をする日、というのが近々訪れる。それは恋人同士が盛り上がる日であり、恋人未満の者の背中を後押しする日でもあり、普段世話になっている人へ感謝を伝える良い機会にもなる。
     最近は花や物以外に、手軽に食べられるチョコレートが流行っているという話は聞いていたが、まさかこうして専用のショーケースが出ているほど浸透しているとは知らず、まじまじと眺めていたときだ。
    「贈り物ですか?」
     ハッとして顔を上げると、店員が和やかな笑みを携えてこちらに語りかけてきた。
    「もしお悩みでしたら、遠慮なくご相談ください」
     その気遣いにへらりとした笑みを浮かべて、小さく頭を下げて、もう一度ショーケースへ視線を落とす。
     確かに、悩んでいる。ただそれは、どの商品を買うかではない。
    ……贈り物の宛先は、この街の市長でありジムリーダー。祖父だ。
     顔は広く、市民に慕われている分、市役所の職員やジムのトレーナー、市民からも当然貰うことだろう。だから、できれば贈り物を被らせたくない、というのが本音だ。
     けれど、決して大きいとはいえないこの街で、贈り物を被らせたくないというのは無理があるだろう。ならばせめて、被ってしまったときに、自分で消費できるもの。消費する労力が少ないもの。そうなると食べ物で、甘いもので、手軽なもの……。その条件に一致するものだったから、目についたわけだ。
    「……あの」
     顔を上げて話しかけると、店員は待っていましたと言わんばかりにこちらへ視線を向けて、はい、と即座に返事をしてくれた。
    「予算がこれくらいで、なるべくシンプルで、そんな大きくなくて……お礼?にあげるようなやつで…なんか、そんな感じのって、ありますかねぃ」
     ショーケースの前に突っ立っていただけでなく、あれこれと注文の多い客だ。さぞかし面倒だろうに、嫌な顔一つ見せないどころか、一つ一つの注文にしっかりと頷き、店員の背後にある棚からいくつかの箱とチョコレートの写真を取り出して並べてくれた。
    「お待たせしました!一番のオススメはこちらの4つ入りのものです。シンプルでお手頃な値段ながらに高級感のある見た目で……」
     普段からこういった贈り物選びに慣れていないと察したのか、大した予算も出せない子ども相手に、簡潔に丁寧にわかりやすく説明をしてくれる。ありがたい反面、少々申し訳なさが募ってくる。
     ……結局、一番最初に紹介してくれた4つ入りのシンプルなものを購入した。
     厚みがあり形の崩れない紙袋に小さな箱が入り、それを手渡される。
    「お待たせしました。お気をつけてお持ちください」
     それにまた小さく頭を下げ、紙袋を受け取る。たかが子どもの小遣いで買える程度の大きさの筈なのに、今の自分にはどこか重たく感じた。




     帰り道。普段よりも人通りが多いと感じるのは、ペアで歩く者が多く目につくからかもしれない。
    前から歩いてくる自分よりも歳下であろう少年4人組を避けようと、歩きながら道の端にずれていく。その時ふと、一人の少年が両手に持つ紙袋の量に目を引かれた。
    「なあ、結局いくつもらった?」
    「知らねえよ、数えてねえもん」
    「うわ〜、モテ自慢。手作りのものとかあるけど、食い切れんの?」
    「わかんねえ。俺、実はあんまり甘いもの好きじゃないんだよな」
    「えー!言えばよかったのに!」
    「せっかく用意してくれたのに悪いじゃん。この後公園で皆で食べねえ?」
    「賛成!!途中でジュース買って行こう」
     遠ざかっていくその会話に、足の進みが遅くなる。まるで足に重りでもついているようだ。
    「…………」
     甘いものが苦手。消費しきれない量。それはきっと、祖父も同じだ。
     今までずっと「被らないこと」を念頭に考えていたが、そもそも甘いものが苦手なら貰っても迷惑だろうし、甘いものが好きだとしても消費しきれないほどの量はさすがに苦痛だろう。
     はあ、とため息を吐く。しかし、これで渡すときの態度や言葉に迷うことも無くなった。冷蔵庫に入れて、彼が寝た後にでも一人食べよう。そう決めてからは、足の重さが次第に解けていった。




    「ただいま」
    「おかえり」
     スマホロトムをいじりながら声に返事をする。声の主はいつも通り、風呂場へと向かったようだ。贈り物を冷やさなくていいのか、花なんかも水につけなくていいのか、と思ったけど、自分がそこまでしてやる義理はないし、身内と言えどもカバンを漁るのは気が引ける。止めていた動画の再生ボタンを押して、ボーッと眺める事数十分。風呂から上がってきたじいちゃんが、いつも通り水を飲もうと冷蔵庫を開けた音がした。
    「……む…?」
     いつもとは違う反応に、冷蔵庫になにかあったのかと思い、声をかける。
    「なんかあった?」
    「……いや。大丈夫だ」
     そう答えるといつものように夕食の準備を始めるから、重たい腰を持ち上げて、口うるさく言われないうちに食器を並べていく。じいちゃんはオイラが適当に作っておいたスープと買ってきたパンを温めながら、フライパンでチキンを焼いている。巨躯の割にテキパキとした動きはいつ見ても似合わない。
    「カキツバタ、食事にしようか」
    「おう。あ、冷蔵庫の中にサラダあるから……」
    「これか」
    「ん。じゃ、いただきます」
    「いただきます」
     手を合わせるオイラを見て、じいちゃんも同じように手を合わせる。以前に「部員のやつがやっていたクセがうつった」という話をしたが、まさかじいちゃんにもうつるとは予想外だ。
     スープがいい温度になり、冷まさなくても喉を通るようになった頃。目の前に座るじいちゃんに違和感を覚える。どことなく落ち着きがないというか、気が散っているというか。なにかを気にしている様子だ。
    「……トイレならあっちですぜ」
     指で廊下を示すと、眉間のしわが更に深くなる。あいかわらず冗談が通じない男だ。そのうち話すだろうと思い、肩をすくめて食事に戻る。
     その考えは当たっていたようで、皿の上がほとんど平たくなった頃。じいちゃんは深いしわを寄せたまま静かなため息を一つ吐き、ようやく言葉を声に出した。
    「……あれは……誰かに、もらったものか?」
    「……はあ?」
     突拍子も無い、主語もない、訳のわからない切り出し方に、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
    「あれってどれだよ」
    「……。……冷蔵庫の中のものだ」
    「冷蔵庫」
     冷蔵庫の中。もらったもの。記憶を辿って思い出したものは。
    「あ……ああ。いや。別に……」
     溶けないようにと入れておいた、チョコレートの箱。上の段の奥に入れたつもりだったが、身長があるじいちゃんにとっては目の前にあったのだろう。
    「お、オイラのやつはどうでもいいとして。市長サマは何を貰ったんで?」
     失敗した事を悔やみつつ、話題をすり替える。貼り付けられているかわからない笑顔で聞けば、じいちゃんは素直に答えた。
    「貰っていないぞ」
    「へえ、それは……。……へ?」
    「何も貰っていないよ。正確には、受け取らなかったのだが」
    「……な……なんで……?」
     予想外、どころの話じゃない。両腕に抱えて持って帰ってくるだろうと思っていた人が、まさか一つも無いだなんて。
    「まさか……嫌われてんの?」
    「…………」
    「ジョーダン!冗談だって!顔怖ぇよ!」
    「笑えない冗談はやめなさい」
     しかし、そう考えてしまうのも仕方がないだろう。市民に慕われ、市のために尽力してきた市長サマ。そしてこの街のジムリーダーを務めている者が、こんな日に限ってカバンが寂しいだなんて。
    「勘違いを深める前に言っておくが、私は受け取らない……受け取れないんだ」
    「なんで……?」
    「立場が立場だからだ。贈り物を受け取ってしまうと、それが賄賂と思われる事がある。相手が純粋な善意でくれたとしても、外野が賄賂だと言えば"そうなってしまう"」
    「あ……」
    「ジムでも、過去にそういった事があってな。新人トレーナーが入ってきたのだが、やけに物を贈ろうとしてくるから調べてみたら、とある役員の娘さんで……」
    「あー……市長として受け取ってくれないなら、ジムリーダーから……ってこと?」
    「そういう事だ。だから、ジムでも受け取っていないんだ。長年勤めている職員達やトレーナー達はそれを分かっているから、物ではなく、感謝の言葉をくれるようになったんだよ。……相手の立場を守る為にも、こういったことは厳守しなくてはな」
    「……そう…」
     どこまでも真摯で、真面目で、愚直な男だ。たかが菓子の一つさえ受け取らないだなんて。貰えるものは貰っておく自分とは正反対だ。
    「……あのさ」
    「なんだ?」
    「甘いもん、好きだったっけ」
    「私か?まあ、人並みには」
    「…………」
     椅子から立ち上がり、重たい足を運び、冷蔵庫を開けて小さな箱を取り出す。それを机の上に置くと、指先でじいちゃんの方へ軽く押した。
    「……ん」
    「これは……お前が貰ったものだろう。私が貰うわけには」
    「か……。……買ってきたんだよ……」
    「……!……私が、受け取っていいのか?」
    「…………」
     熱が重たい。顔がどんどん下にさがっていく。机に額がつきそうだ。溶けてしまいそうな中、箱に触れる音がする。静かに笑う声が聞こえる。
    「カキツバタ、ありがとう。とても嬉しいよ。贈り物を受け取るなんて、いつ以来だろうか」
     普段よりほのかに高く弾んだ声。顔を上げると、目尻を下げて嬉しそうに笑う表情が見えて、視覚も聴覚も喜びの感情でパンクしそうだ。
    「4つ入りなのか。良かったら、二つずつ食べないか。お前も甘いものは好きだろう?」
    「す、好きだけど。いいよ。一人で食えよ……」
    「一緒に食べて欲しいんだ。どうかな」
     いつもより饒舌で、いつもより上機嫌で。なのに、美味いものを分け与えてくるのはいつも通り。こうなったら頷くまで長いし、断れば落ち込む様子が目に見える。
    「コーヒー淹れてくれんなら」
    「いつものでいいか?」
    「ん」
     日付が変わるまであと数時間。残りの時間くらい、上機嫌でいさせてやろう。
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