Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    飯山食堂

    @meshidokoro_spy

    @meshidokoro_spy

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💪 🐘 🍙 🍫
    POIPOI 17

    飯山食堂

    ☆quiet follow

    ツイッターの #いいねした人の画像欄覗いて素敵絵にSSを添えてもいいですか タグで書いたSSたち。だんだん長くなっていっているのがもう…ううん…まとめられない修行不足の露呈恥ずかしいがんばる

    ##M:I
    ##イーベン
    ##イーブラ

    Twitter M:I SSログ1口紅とベンジー ほんのりE/Bツナとチェダーチーズのトースト E/Brぼろぼろで笑いあうイーベン E/B高い高いしてるじぇれみ E/B/Brビキニ姿のイー・ベン・ブラ CPなし口紅とベンジー ほんのりE/B
    「イルサ! ちょうどよかった!」
     ふらりと立ち寄った機密組織(立ち寄れる機密組織? そんなものはここだけだ)の本部で、遠くから自分を見つけて手を振る彼。いつも元気で明るくて、本当に同業者かしらと疑いたくなるほど不適在不適所な彼は、これでもあの〝世界一有能でクレイジーなスパイ〟イーサン・ハントの相棒なのだ。
    「なあに?」
     とてとてと小走りに駆け寄ってくるベンジーの手には小さな紙袋。首を傾げていると、彼はその中から取り出した小さな箱を自分に向けて開けて見せた。
     そこに収まっていたのは、つるりとしたメタルにシックな黒大理石のテクスチャをはめ込んだ、……これは口紅?
    「ウィーンで預かったアレさ、後で返すってこと忘れてて遊んじゃったんだ」
     ああ、だからやたら減ってたの。男二人で口紅で遊んだってなに?
    「だから使っちゃった分のお詫び。なかなかない色なんだろ? 近いもの選べたと思うけど……」
     驚いた。あの時あんなに取り乱して人の話なんか聞いていない風だったのに、自分のちょっとした一言を聞いていて覚えていただなんて。それが冗談かもなんて考えなかったのかしら?
    「見た目もカッコいいよなコレ。アンタに似合うよ絶対。ここにICチップくらい隠せそうだし」
     ワーカホリックね。くすくす笑うと、そんな自分を見てベンジーも顔をくしゃりとさせて笑う。
     同じ仕事をしているはずなのに、びっくりするくらい立っている場所が違うように思える。私は自分の手も見えないような暗闇に潜んでいるけれど、彼は眩しくて目を瞑ってしまうくらいの日向にいる。でも、こちらを見て、手を伸ばして、闇に混ざってしまった人をきちんとそこにいるとわかってくれる、稀有な人。
    「ノベルティはないの?」
    「何ももらわなかったけど……」
    「じゃあ、あなたがノベルティね。デートしましょ」
    「え?」
    「これをつけて歩きたいわ。引き立てて頂戴」
    「俺が口紅の引き立て役? なんだよそりゃあ。まあオシャレな俺には朝飯前だけど?」
     闇にいるからこそ、このキレイな日向に惹かれるのは仕方ない。でもそれだけじゃない、彼は日向にいながら隣を歩いてくれるのだ。こんな人に惹かれないなんて無理な話じゃない?
     ねえ、イーサン?
    「ランチに行くの? 僕もまだなんだ」
    「イーサン? 今日本部にいたのか。いいね、みんなでランチ行こう!」
     音も立てずに現れたスーパーエージェントは、あっという間に二人のデートを三人のランチにすり替えてしまった。いや、もしかしたらもっと増えるかもしれない。
     口紅は映えるけど物騒で面倒なノベルティが付いてきたわ。
     スマホで店を探しているベンジーの肩越しに向けられる牽制の眼差しに、イルサは口の端だけキュッと上げて微笑み返した。
     大変ねベンジー、あなたに惹かれるのは危ない人ばかりよ。


    ――――――――――――――――――――


    ツナとチェダーチーズのトースト E/Br
     ぼうっとする頭をやっとこさ抱えて外に出ると、そこは日が昇り始めたばかりの薄寒い綺麗な世界だった。
     人もいない。犬と老人が一人と一匹角の向こうに消えていくのがほんの少し見えたが、それっきりだ。書類に判子を押そうとして何も無い机に押してしまったため、これはいよいよ休まないと机がスタンプだらけになってしまうと思い、よろよろと外に出てきた。外の見えない部屋にいて時計も見ていなかったので気付かなかったが、世界はどうやら朝らしい。
     朝なら……と腕に目をやるが、邪魔臭くて外した時計をどこに置いたのかを彼は覚えていなかった。
     とりあえず歩き出すと、顔に当たる冷たい空気が心地よく、淀んでいた気持ちは少し解れた。少し何か食べようと思い、そこから百メートルも離れていないチェーンのカフェへ向かう。
     本部から近いこともあり、いつ行っても顔見知りの一人や二人はその店にいるが、さすがにこの時間ではそれもないだろう。今の時間に本部にいる人間は、大体は手が離せないほどタスクに追われているか仮眠を取っているかだ。自分のように紙に押すつもりの判子を机に押すような状態になって外に出ない限り、知り合いに会う可能性はないだろう。できることなら僕も寝たい。
     時間を見ていなかったが、ありがたいことにカフェは開いていた。開店してすぐだったようで、早番の店員は自分が立てたドアベルの音に少し驚いた顔をしてみせる。
     いつもなら甘いドーナツと苦いブラックコーヒーにするところだが、疲れ切った頭が働くための栄養も無理やり働かせるカフェインも欲していないようで、どちらにも惹かれない。その代わり目に留まったのは、チェダーチーズがかかったツナトーストと紅茶のモーニングセット。朝だからなのかはわからないが、それを頼んでがらんとした店内の隅の席にぽすんと収まった。
     店内は静かだ。開店したばかりでスイッチを入れ忘れているのか音楽も鳴っていない。片付け途中だったらしいグラスのかちゃかちゃという音が収まり、やがて湯気を立てるトーストと紅茶が運ばれてきた。
    「ああ、わざわざすまない」
    「いいよ、他に誰もいないから。朝帰り?」
    「いや、まだ仕事中だ」
    「ほんとに? こんな時間まで一人で? クレイジーな職場だね!」
     早朝から元気な店員に困ったように笑っていると、ふと自分に当たる照明が遮られた。おや、と顔を上げると同時に、聞き慣れた声が降ってくる。
    「確かにクレイジーだけど、一人じゃないよ。ね?」
     突然現れたトップエージェントは、店員にカフェラテを注文して何も言えずにいるブラントの向かいに座った。
    「……イーサン」
     急に現れたその姿に驚き、あまりきちんと働かなくなっていた頭は時間をかけてようやくその名前をひねり出す。
    「どうしてこんな時間にここにいる? 昨日帰投したはずだろ?」
    「家で待ってたのに君が帰ってこなかったから」
     確かに帰らなかった。だからってそれがこんな早朝に本部近所のカフェにイーサンが現れる理由にはならない。
     鈍くなった頭は、ストレートにしかものを考えられないのだ。
     なかなかキてるな。イーサンはそう思いながら、ブラントの少しくすんだ目を見つめる。
    「すまない、包んでもらえるか」
     出されたばかりの暖かいトーストをかじらないまま持ち、よたよたとした足取りで本部へ戻る。
     ブラントの執務室は、整頓されているように見えて荒廃していた。机の上にはペンが乱雑に置かれ、いくつかのファイルも角を揃えず積まれており、これでも普段からするとかなり荒れている方だ。
    「ずっと帰ってないの?」
     音を立ててソファに沈んだブラントの隣にそっと座り、目頭をぐいぐいと揉むそのぶすくれた眉間の皺を見る。
    「誰のせいだと思ってる?」
    「僕?」
     机に押した判子が本来押されるはずだったのは、先の任務でイーサンが廃車にした車の損害計上の稟議書だったのだ。もちろん他の仕事が全て彼絡みだったわけではないが。
    「よりにもよってまたBMW、高い車に限って廃車にするのはなんでなんだ」
    「だって性能がよくて……他の車じゃ廃車になる前に任務に失敗してた」
    「今度から君に支給する車のランクを下げざるを得ないぞ、これじゃあ」
    「そうしたら、僕帰ってこれないかもしれないな」
     軽口を叩き笑いながら、イーサンは傍らのトートからぬるくなったトーストの包みを取り出した。そしてそれをブラントに……渡そうとしてその顔を再度見た途端、ぎょっとして動きを止める。
     今の今まで虚ろな目で不機嫌そうな顔をしていた分析官殿が泣いているではないか。
    「ブラント? なんだ、どうした」
     あわててテーブルの上のティッシュを取って差し出すが、小さく唸るだけで手に取りもしない。みるみる盛り上がって溢れた涙も拭いもせず、諦めてその涙をぽんぽんと拭ってやると、
    「……そんなことになったら困る」
     とだけ言って、またぽろぽろと涙をこぼす。
     これはまた、結構限界なんじゃないか。いつもだったら〝ふざけたことを言ってるんじゃない〟とか〝勝手に言ってろどうせ帰ってくるんだ〟とか軽くあしらわれて終わるのに。
    「ブラント、帰ろう」
    「ダメだ、まだ仕事が終わってない……」
     仕事が終わらないと、君達がちゃんと帰ってこられない。そう言いながら泣き止まないブラントに困り果て、イーサンはぐずぐず言っている分析官の頭をそっと抱えてこめかみにキスをする。
    「僕は帰らないぞ」
    「うん、わかったよ。でもちょっとだけ休もう?」
    「僕は頑張らなきゃ、君達と同じくらい、ここにいて頑張らないと。僕だって君を守れる、守らなきゃ」
     ぽんぽんとあやすように頭を軽く叩いていると、涙声は次第に小さくなっていく。
    「君が帰ってこないと、困るんだ……」
    「うん、ごめんね。ちゃんと帰ってきたよ」
    「怪我はしてないか? ……大変だったろ」
    「大丈夫」
     初めに思考を奪った疲労は、次に体の力を、そして意識を奪っていく。だんだんと重く柔らかくなるブラントをソファに横たえてその頭を撫でていると、赤くなった目を隠してしまおうとする瞼に抗い、大きな目が不安そうにイーサンを見た。
    「おかえり、イーサン。……いるよな?」
     酒も薬も飲んでいないのに、子供のようだ。根を詰めすぎるのは本当によくないなと、何度思ったからわからないことを再度認識しながら、イーサンはブラントの手を取りその指先に口付ける。
    「ただいま。ちゃんといるよ、君がいるからね。少しおやすみ、ずっとここにいるから」
     頭を撫でていた手をそっと瞼に重ねると、やがて鼻をすする音も止み、少し大きかった呼吸も落ち着いた静かな寝息になった。
     トーストの包みをそっと取り、代わりに持ってきて今まで出番のなかったランチバッグを取り出す。どうせ本部に泊まり込んでいるんだろうと作ってきた(と言うほどでもない)ピーナツバターサンドは、ようやく出番を得られそうだ。
     君に塩辛いものは似合わないよ、ブラント。
     音を立てないように包み紙を開き、固まったチーズに歯を立てる。美味しいが冷たいそれを噛み締めながら、眉間の皺の取れた寝顔を見てイーサンは笑った。



    ――――――――――――――――――――

    ぼろぼろで笑いあうイーベン E/B
    「ベンジー、ベンジー? 誰か……」
     インカムからは時折短いノイズが流れるだけで、ベンジーの声も、ナビゲーターの声も聞こえない。そうこうしながら走っているうち、また敵の一団と出くわした。
     今日日どこも人手不足だというのに、こういう所にはこんなに人手があるなんて解せないな。目元の汗を拭った手と頬の傷が擦れ合い、一瞬顔をしかめる。
     思ったよりも敵が多い。当初の予定ポイントでの合流は難しそうだ。重篤な傷はまだ無いが、この調子で交戦を続けていたらいずれ負う可能性は非常に高い。
     自分が陽動、その隙にベンジーが目標を奪取。プラン通りなら難しいことは何もなかったはずだが、通信は切れ敵は予想の数倍、疲労も溜まるし、何より当初のプランではベンジーの戦闘を想定していなかった。
     勿論彼はフィールドエージェントだし、訓練も積んでいる。けれど、近接戦闘がそれほど得意では無いのを知っているし……。そこまで考えて、飛び出した目前にいた敵の鼻っ柱に肘を叩き込む。
     僕は彼を信用していないんだろうか? 僕も彼もプロだ、そんな所本当は心配すべきでは無い。だけど、どうしても……
     と、曲がり角でまた人影。飛び出して拳を振り上げると同時に、相手から向けられた銃に手を掛ける。
     相手も同じように、イーサンの拳を素早く弾き、それから
    「イーサン!」
     素っ頓狂な声で自分を呼んだ。
    「ベンジー⁉︎」
     ぱっと銃を押さえ込んだ手を離す。ああよかった、ベンジー。そう言おうとすると、頬にベンジーの両手が触れた。
    「よかった無事で! 呼んでも応えないと思ったら通信切れてるし心配で、なんだか相手もめっちゃいるし、急に襲われて咄嗟だったから突き指しちまって」
    「ベンジー」
    「でもちゃんと倒した、大丈夫。合流ポイント行けなさそうだから道を変えてきたんだけど、会えてよかった、心配してたんだ。ああ違うぞ、お前のことは信頼してるし信用してる。何があってもお前は大丈夫だって信じてる」
    「ベンジー」
     息もつかずに一気にまくしたて、その言葉が途切れた途端、イーサンの頬を包む手と肩の力が抜けて、ベンジーは深いため息をついた。
    「大丈夫だって信じてても、見えないのは不安になる。よかった」
     指先が微かに震えたのがわかった。
     ああそうか、自分が不安になるのもそういうことか。
    「ダメだなあ、俺もっとどっしりと構えられるようになりたいんだけど」
     ははっと笑ったその頬に、イーサンも指先を伸ばす。自分と多分同じくらい、切り傷・擦り傷・打撲痕だらけだ。
    「どっしり構えるベンジー? カッコいいけど、ぽく無いな」
    「ひでえな。今のままテンパってわたわたしてるの? いつまでも?」
    「違うよ」
     痛そうな傷が形を変えて、ベンジーはくしゃりと困ったように眉を上げる。くるくる変わる大好きな表情、傷だらけでもなんでもいい、少し見えなくなったとしても、そこにあってくれれば。
     そうしたら僕は。
    「君はいつも通り、元気に明るく大丈夫だって言ってて」
    「根拠なくても?」
    「ふふっ、なくても……まあいいや。君ができるって言ったことは、僕は出来ちゃうから」
     小さく笑い、それから顔を落として息を吐く。すると、ベンジーは包み込んだイーサンの顔を上げさせ、まっすぐその目を見つめて言った。
    「大丈夫だ、俺は大丈夫。いなくならない。俺はお前の帰る場所だからな!」
     目をパチクリさせ、自信たっぷりに笑うベンジーの顔を見つめる。
     顔は見られてないと思うし、心の内が口から漏れてもいないはずだ。
     あることに安堵すると襲ってくる、失うことの怖さ。それは微かで、僅かで、すぐに振り払えるが無視はできない。だからほんの一瞬だけ隠そうとするのだが、どうしてだかそういうことに関してベンジーは鋭い。
     隠そうとしたこともそれが失敗したことも恥ずかしくなり、しかしもう隠すこともできずに、どうしたもんかとイーサンは僅かに顔を赤らめて吹き出した。
     こんな所で何をやってるんだ、自分達は。敵陣の真っ只中、ミッションの真っ最中。危険地帯で地雷の上を歩いているような。
     だけどそんなのは、今は瑣末なことで。
    「さっさと戻らないとな。ブラントが気ぃ揉んでるぞ」
    「そうだね。報告書の行を増やされる」
     敵陣の真っ只中、ミッションの真っ最中。危険地帯で地雷の上を歩いているようだけど。
     やることはただ一つ、簡単だ。君と一緒に、僕達の家に帰ろう。
     ベンジー、君は僕の、帰る場所。



    ――――――――――――――――――――

    高い高いしてるじぇれみ E/B/Br
     こうしたらこうなるだろう、という予想は常に頭にある。それは、無意識に予想してそれをなぞる日常の何気ない一コマでもそうだ。
     もちろん、今この瞬間だってベンジーはいつも通りの光景を無意識に目の前に広げている。ひんやりしたドアノブ、掴んで開ければ窓を背負って机に向かうブラント。で、眉間に皺を寄せた顔をこちらに向けて。
     そんな頭の中の光景が目から入ってきたものと合致しないと、一瞬脳がバグを起こす。結果そこで足が止まり、後ろにいていつも通りそのまま部屋に入ることしか想定していなかったイーサンにぶつかられた。
    「なに、どうしたベンジー?」
     さすが、切り替えの早さは右に出る者がいないスーパーエージェント。すぐにいつもと違う状況に対応しようと確認をする。
     が、ベンジーはあまりそういった切り替えが得意ではないので、イーサンに見たものを説明するより先に、頭と口が直結したように思ったことをそのまま中のブラントにかけ
    「産ん」
    「産めるかバカ」
    たが途中で切られた。
     ひょい、とベンジーの肩越しに中を覗いて、イーサンは目を丸くする。
     我らが仏頂面のぶすくれ分析官殿が、小さな赤ちゃんを抱えていたのだ。
     その光景だけでも十分普段とかけ離れすぎていて一瞬戸惑うが、ドアを開けたベンジーが見たのは笑顔の〝たかいたかい〟だったものだから、イーサンよりもベンジーの方が受けた衝撃は大きい。
    「うわ小さ! えっなに誰、どこの子? えーちっちゃいなあ! 女の子?」
     わあわあまくしたてながら、相手問わず懐こいベンジーはまっすぐ赤子に向かう。
    「分析科のエミリアの姪だ。本当は今日は休みだから姉の子を預かっていたそうなんだが、急遽出てきてもらってな。仕事が済むまで預かっている」
    「なんでブラントが」
     イーサンが首を傾げているのは、彼の立場で子守など、という意味ではない。すぐに締まる癖がつくほど常日頃から眉間に皺を寄せて仏頂面で申請を突っぱねる、職場で笑顔を見せるなんて珍しい男に赤子を預けようなんて。
    「誰も空いてなかったんだ」
     ソファに腰掛けたブラントを挟むように、イーサンとベンジーも座って彼が抱える赤子を覗き込む。
    「ハイ、プリンセス。ベンジーだよ」
     ニコニコしてベンジーが指を出すと、赤子は警戒する様子もなくその指をキュッと握る。ああああ〜と言葉にならない悲鳴を上げるベンジーに笑いながら、イーサンは恭しくブラントに頭を垂れた。
    「よろしければ姫君のお名前を」
    「ベリンダ。なんだ、僕はナイトか」
     まあ今は間違いじゃないな。そう言うブラントに、イーサンは口に出かけていた言葉を一旦そこに押し留めた。〝いいえ女王様〟なんて言ったら、張り手の一つくらいお見舞いされるかもしれないと思ったからだ。
     だが……
    「プリンセス・ベル。まさしくビューティー」
    「言うと思った」
     小さなプリンセス、それを抱くいつもよりやわらかいブラント、そしてにこにことあやすベンジー。普段三人でいる時だって十分に幸せで満ち足りているが、今感じられるそれはいつものそれとは全く違う。張り手を食らうとしても、今自分が感じているこの気持ちを、自分だけの内には留めておけない。
    「ナイトじゃない、君はママだね」
     一瞬、二人がぽかんとしてイーサンを見る。予想通りの反応だったが、どうして君まであっけにとられたような顔をするんだいベル。
    「何を言って……」
     と反論しようとするので、イーサンは精一杯腕を伸ばしてブラントを、そしてベンジーを抱き寄せた。
    「なんだイーサン、どうした」
    「だってほら、僕たち今普通の家族みたいだ」
     腕の中に大好きな二人と小さなプリンセスを抱え、心の中にふんわりと生まれた穏やかな熱が心地よくて、イーサンは自分で珍しいと分かるほど頬を緩ませた。
     こういうものに、憧れたことがある。
     けれど手に入らないとわかっていて。今こうして三人でいることだって手に入りっこないと思っていた幸せだというのに、贅沢なわがままかもしれないけれど。
    「で、僕がママ?」
     イーサンの心中を理解したのか、腕の中のブラントからすっと力が抜けた。そのせいでベンジーはより内側に向かってぎゅっと引き寄せられてしまい、ブラントはイーサンとベンジーにサンドイッチにされてしまったようになるが、それについての抗議の言葉はない。
    「じゃあパパはイーサン? 俺は?」
    「ベンジーは……どっちもって感じかな」
    「なんだよそれ」
     右手でベンジーのふわふわの髪を撫で、頬をブラントの額に寄せて、左手の指でぷにぷにのベルをくすぐって。人懐こい彼女は可愛らしい声を上げてコロコロと笑い、夢のような温もりをイーサンにくれる。
    「今だけだよ。家族ごっこをさせて」
     すると、ただでも近いブラントがぎゅっとめり込むくらいイーサンに寄りかかる。それから左肩に温かいものを感じたと思ったら、ぐいと引き寄せられた。
    「お前の肩遠い……横にも厚い……」
     へへ、と笑いながらイーサンの肩を引き寄せるベンジーの掌は熱い。
    「まったく、感傷に浸るな」
     真ん中で更に圧縮サンドイッチになっているブラントが呆れたような声を出す。
    「安心しろよイーサン、俺たちがいくらでも幸せにしてやる」
    「さすがに産んではやれないが、子供と暮らす手なんかいくらでもあるからな」
    「なんか言い方が不穏」
    「事実だろう」
     そっとベルの髪を撫で、少しうつらうつらとした彼女に引っ張られたのか、ふにゃりとしたブラントの微笑みがイーサンに向けられた。その顔はとても暖かくて、その向こうのベンジーの顔もとても安心できて。
     あ、そうか。家族だ。急に脳裏に蘇ったのは、生まれ育ったウィスコンシンのあの家の光景。
    「ベル姫にお父さんごっこに付き合ってもらおうぜ。ほらパパも一緒にお昼寝なさい、言うこと聞かないとヒゲのママが怒るわよ!」
    「なんだそれ」
    「ヒゲのママは怖いぞ。早くお昼寝しなきゃ、ベル」
     いつか、こんな日が来るといいな。
     古ぼけたフレームに収めた家族の写真をたくさん暖炉に飾った、何もなくて懐かしいあの家みたいな所で。
     ギリギリの運命の縁を走る生活から身を引いたら、三人で、家族で、……。
    「来るさ」
     ぼんやりした頭にするりと入るベンジーの声。ああそうだな。三人でいられるのだって夢物語だった。
     だったら、きっといつか。

     するりと音もなく開いたドアから覗いた、ローレンの顔。一瞬驚いた彼女に、ベンジーはいたずらっぽくニコリと笑い、そっと目配せして唇だけで囁いた。
    〝写真撮って、送ってくれない?〟


    ――――――――――――――――――――


    ビキニ姿のイー・ベン・ブラ CPなし
     IMFは、存外ゆるい組織である。
     機密保持に関してはもちろん特級の規則徹底・技術を誇るが、それ以外に関しては実はそうでもない。職員達は日々何かしらの規則違反を行うし、その結果が良い方向に転べば指揮官達は胃を押さえながらも渋々容認する。〝二度とやるな〟と釘は指すものの、そのあと同じ事は人を替えて三度も四度も行われる。率先して〝二度とやるな〟の前例を作り続ける男が四半世紀弱に渡り在籍する組織だ。とにかく、以外とゆるい。
     なので、技術部が頼まれてもいない報告もしていないアイテムを開発していて、そのテストに限られた人間だけが呼ばれ、それが全員男だったりした日には。
    「なんかすぐ破けそうだけど……大丈夫なのか?」
     首から下を真っ黒なスーツに覆われたイーサンは、肩の生地をつまんで伸ばしながら不安そうに言う。彼が指先でちょっと引っ張っただけで、その黒くて薄い生地はびっくりするくらい伸びた。
     透けてはいないがウエットスーツよりも薄くてよく伸びる生地は、全裸を塗りつぶしたように体の形をくっきり浮かび上がらせる。そのため、そこにいるメンバーの中からは時折〝筋肉〟〝アレ〟などの単語がぽろぽろ漏れており、伝説のエージェントは少し恥ずかしそうにしている。
     気持ち的には全裸より酷い。男しかいないので、半端に隠されるくらいならもう脱いだほうがマシだ。恥ずかしくて隠したいが、上も下も隠すのも恥ずかしくて八方塞がり、どうにもできなくて棒立ちになっている。
     そんなイーサンとは対照的に、ブラントは自分の体のラインだの見た目には一切頓着せず、黙々と手元のバインダーに仔細を書き込んでいた。このアイテムが使えるかどうかの判断材料を集めているのだ。
    「君、首元はどうだ? 窮屈か」
    「……少し」
    「そうか。まあ首回り太いからな」
     ガリガリと記録を書き込むブラントの向こうには、同じくぴっちりスーツに身を包んだベンジーがいる。こちらはブラントとはまた別のスタンスで、自分の全身タイツ姿を気にしていない。彼はパーティーで率先してウィッグを被り付け髭をつけるタイプなのだ。若干楽しそうに見えるのは多分気のせいではない。
    「まあ、雑に言うと着るスクリーンって感じ」
     ベンジーがそう言ってPCのエンターキーを叩くと、それまで真っ黒だったスーツの上半分がパッと色を変え、素肌に同化した。並んでいた三人とも上半分だけを脱いだようになり、取り巻く男たちから小さなどよめきが起こる。
    「ハニトラん時とか? 防弾防刃チョッキ着てたらおかしい場面とかでもある程度の守りができる。使用者をスキャンしてデータをちゃんと作れば、筋肉の陰影とか肌の質感ももっと素肌に近くできるよ」
     今はメディカルチェックの結果と服の採寸地からざっと作ったサンプルだから、とベンジーは言うが、今の状態でもそれほど違和感はない。細・中・太と三パターン並んだ実験台は、誰にも不自然さは発生していなかった。……と思ったが。
    「それは見栄張ってるのか」
    「あ、気付いちゃった?」
     おどけて言うベンジーのスーツに投影された筋肉の彫りが、実際の物よりも少し深いのだ。
    「なるほどな、投影できるからそう言う事もできるのか」
    「じゃあやりようによっては、古傷なんかも再現できてマスクと合わせて成り代わりの精度も上がるわけだ」
     エージェント達からは感嘆の声と使い道、エンジニア達からは改良点の議論が小さく上がり出し、それぞれの畑が盛り上がりを見せ始める。そんな割と真面目な空気になったのを見計らい、ベンジーがニヤニヤと笑い出したのをイーサンは見逃さなかった。
    「ベンジー?」
    「なんでも投影できるから、こう言う事もできる」
     え? とブラントがベンジーの方を向くと同時に、軽やかにエンターキーが押され。
     ブラントがビキニ姿になったので全員もれなく吹いた。
    「おまっ……なんだこれは! 消せ!」
    「いいじゃん似合うじゃん!」
     女体にするわけでもなく、バキバキの筋肉を申し訳程度に隠すビキニ。似合うものを選んだのかは知らないが、ノッチドラペルのホルターネックトップが〝ああいつものブラント〟という空気を醸し出して変に馴染んでおり、全員笑ってはいるが違和感に笑っているわけではないのもおかしい。
    「わかったよ、お前だけじゃかわいそうだもんな」
     え? と、今度はイーサンがベンジーを見たタイミングでエンターキーが押され。
     リボンとフリルが付いたピンクのビキニ姿にされた伝説のエージェントに、全員がブラントの時の倍吹いた。
    「いやゴツいな」
    「ビキニ着たゴリラだ」
     普段、服を着ていれば、身長のおかげもあってイーサンのゴリラ分は隠されている。が、投影とはいえありとあらゆる筋肉を(脚まで!)さらけ出されてしまった今、ゴリラ以外にしっくりくる言葉などない。
    「ベン、ジー」
     イケメンのゴリラは任務外ではポンコツな事が多い。ブラントのビキニ姿から、もう既に場の空気は仕事に関わるものではなくなってしまっているため、ひょうきんでもふざけられない性分でもない彼は、どう対応すればいいのか全くわからなくなってしまっていた。
    「これ……すごく恥ずかしいんだけど……」
    「やめてイーサン恥ずかしがらないで」
    「いや消せ、消せば全部解決するだろ。自分だけ全身タイツのままでいやがって!」
    「えーわかったよ、俺もやるよ」
    「そうじゃない」
     と言い終わる前に、ベンジーは白の小さな三角ビキニ姿になっていた。しかもボトムは紐パン、なんだお前それ自分で選んだのか。
    「なあなあ! 結構似合ってると思うんだけど⁉︎」
    「なんで似合うんだ……」
     くびれをキュッと強調するポーズを見せられ、ブラントは今週一深い眉間の皺を溜息をつきながらグイグイと押した。
     もう既に開発途中のテストでもなんでもない、ただの仮装大会だ。メンバー達もスーツの性能よりも、ビキニを着せられた三種の男達について太いだの細いだの丸いだの丸くないだの言い合っていて、これではエンジニアとエージェントを集めてテスト会を行った意味が全くない。
    「もういい、わかった、性能は十分わかったから。このまま開発を続けて、来年度に試験導入目標! だから今日はここまで! 残念そうにするなベンジー! イーサンもう終わりだ、情けない顔をやめろ!」
    「えーじゃあ最後に写真! 写真一枚だけ撮らせて! お願い!」
     ビキニ姿で懇願するのはやめてほしい。
    「……拡散禁止だからな。拡散した者は同じ目に合わせてニュースレターで拡散する。早く済ませろ」
    「よっしゃ! イーサンかっこつけて!」
     終わりだと思っていたイーサンは再び情けない顔になり、一瞬諦めたような無になって、
    「……すぐ撮って」
     輝かんばかりの笑顔とポージングをメンバーが構えたカメラに向けてくれたが、それが早く終わらせたいからなのかベンジーのお願いは聞かないわけにいかないからなのか、誰も判別できなかった。
     こんなにアホらしいことでも、あんなに嫌がっていても、勤続四半世紀弱の社畜ともなると何でもできてしまうんだなあ。と、そこにいるエージェント達は讃すると共に、自分達も出来なければいけないのだなあと何となく後ろ暗い気持ちになる。
    「あとで背景にビーチ合成してもらおう。はい撮って!」
     ガチャン。
     随分と重々しいシャッター音。これはシャッター音?
    「ブラント」
     オーケー、ではなく、ブラントを呼ぶ……女性の声。
     振り向いた全員の視線の先、ドアから覗いていたのは口を開けたジェーンの顔。
    「……やあジェーン、何か用か?」
     平静を装ったビキニの分析官と、微動だにしないビキニのイケメンゴリラと、セクシーポーズのままでいるビキニのエージェント。
    「あー……後にするわ。忙しそうだし」
     音を立てて閉じられた防音ドアの向こうから微かに聞こえた怒号を、ジェーンは聞こえなかったことにした。
     イーサン・ハントが本部から逃亡して行方を眩まし、無許可の休暇に突入したのはそれから十分後の事である。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works