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    飯山食堂

    @meshidokoro_spy

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    飯山食堂

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    Twitterに投稿したM:I SSをまとめました。頂いたお題や診断メーカーのお題で書いています。チーズバーガー食べたいです。

    ##イーベン
    ##M:I
    ##イーブラ
    ##ベンブラ

    Twitter M:I SSログ2嘘、だったりして E/B最悪な関係 E/Br鏡 B/Br罠だったとしても E/Bうなじにキス E/Bこの一杯を飲み干すまでに口説いてみろ  E/B嘘、だったりして E/B
    「お前なんか嫌いだ!」
     カッと頭に上った血が形を変えて口から吐き出され、それが目の前の男にぶすりと突き刺さった様が見えたような気がした。
     撃たれたことも刺されたこともあるであろう彼のリアクションがあまりにリアルで、痛みに歪んだその顔はまるで息絶える寸前のよう。
     百戦錬磨の男の死に様、それでいてまるで泣き出しそうな子供。
     それを見た途端、ベンジーはそれまでの怒りが瞬時に塵になって消えたように慌てて言葉を付け加える。
    「や、嘘、だったりして……するかも」
     自分が言ったんだろう。なんで第三者意見風なんだ。いい歳の大人がもっとスマートに言えないのか、たったそれだけのことを。
     そう冷静に苦言を吐く自分と慌てふためく自分の間に、泣き出す寸前のハンサムが割り込んできた。
    「……そうだと嬉しいな。君に嫌われたら僕は次の任務で死んでしまう」
     足を滑らせて頭を打ったりしてね。見え見えの罠にバカみたいに引っかかるかも。
     まだ半泣き、そのくせベンジーがそれに弱いと知っている小首を傾げた微笑みを浮かべて。
     この野郎。
     嫌いなんて嘘だよ、嫌いになんかなれっこない。逆立ちしたって生まれ変わったってお前のせいで死んだりしたって無理。
    「そういうこと言う奴は嫌いだ」
     むに、と頬を摘んだベンジーの手を取り、イーサンはその温もりを愛おしそうに包む。
    「わかった、言わない。だから言わせないで」
    「しょうがねえなあ」
     お前は俺が大好きすぎて、手放す時は自分ごとだし。俺は毎秒フォーリンラブで、恋疲れで倒れても受け止めてくれるのもお前ときてる。いつだって平行線、寄り添って終わる小競り合いとも呼べないほどの、……衝突したとも言えないこれを何て呼べるだろう。
     ああ、今回もケンカにならなかったな。そう考えながら小さく笑って、ベンジーはせき止めきれずに一粒だけ跳ねた手の甲の雫を拭った。

    ――――――――――――――――――――
    最悪な関係 E/Br
     最悪だ。僕はフィールドエージェント、彼はアナリストでオペレーションズディレクター。彼を怒らせたくないし、できれば気を楽に穏やかにいてほしいけれど、自分の性分がいつも彼の指示とぶつかってしまって、僕も引けなくて押し切ってしまう。その都度彼が苦虫百匹噛み砕いたような顔でコーヒーに砂糖をざばざば入れるのは知っているけど、でも、でもね、……ああ最悪。僕最悪だよ。

     最悪だ。僕はオペレーションズディレクターでアナリスト、彼はフィールドエージェント。本当は命が危ないようなこと絶対にさせたくないし、無茶なことはほんのちょっとだって許可したくない。でも、〝絶対大丈夫だこれしかない〟って、根拠も自信もないくせに、それでも突っ込んでいって成功をもぎ取るその直向きさが……止めきれなくて……最悪だな僕は。指揮官としてだけじゃなくて……。


     ランチでブラント、夜のパブでイーサンから、所々単語が違うだけの悩みをそれぞれから聞かされたベンジーは、顔には出さずに肚の中で溜息をついた。
     すれ違っていると本人達だけが勘違いしている、一周回って噛み合った二人。
     苦いと恐れているハイカカオのチョコレートを、ほんのちょっと勇気を出して噛めば、胸焼けするような蜂蜜が溢れてくるっていうのに。それが二人前。
    「最ッ悪な関係だな」
    鏡 B/Br
     真逆なんだ。そうブラントが漏らしたことがあった。
     考え方も、行動も、仕事に追い込まれた時の姿勢も。甘いものが好き……は、勿論ベンジーだって甘いものは好きだが、ブラントのように甘いカフェラテとドーナツで三食済ませて平気な顔をしているのは辛い。そこはちょっと違うかな。
     あれはそう、お互いの気持ちにお互いが気付いた時。いつも冷静で、感情の爆発があってもその延長上にあるブラントが、珍しいくらいに(正直、初めて見た)取り乱して弱々しくそう言ったのだ。
    「意味がわからない、僕が何考えてるか僕が一番わからないんだ。君を、こんなに真逆で意見が食い違う君をだ、僕は、あ、すっ……」
    「好き?」
    「ッ……!」
     ブラントは実直・堅物な仕事人間だ。それに対し、イーサン・ハントに憧れて彼の仕事ぶりを(真似しなくていいようなことまで)見て育ったエージェント・ダンは、イーサンに近いやり方・考え方をする。その為、任務の雲行きが少し危うくなった時に、ブラントとベンジーの意見がすんなり合うことは少ない。そういう時こそ、意志と呼吸を合わせて乗り越えたいというのに。
     ところが、ブラントはベンジーを嫌いになれない。言うことは聞かないし無茶はするし反省はしないし勤務態度はゆるいし、全く自分と正反対で、毎度神経を逆撫でされ爆発してぶん殴ったっておかしくないのに。
    「まるで鏡みたいに正反対だ」
     なのに、君がいると嬉しいんだ。
     そう言う彼の眉間の皺は、いつもとは違うもので。困った眉毛、ピンク色の目元、潤んだ瞳、それら全部が理解できない感情に〝どうして〟と問う。
    「それは俺にはわからないよ」
     大きな目から一粒こぼれた涙を唇で拭い、ベンジーはゆったりとブラントを抱きしめた。腕の中の彼はがっしりした筋肉質な体躯を持っているはずなのに、驚き強張ったにもかかわらず頼りなさげに柔らかい。
     わからないままの方がいいかもしれないな。わかった結果〝やっぱり違った〟なんて言われたくないから。
     自分でも理解できない感情に振り回され、戸惑い泣いて、それでも好きだと言ってくれるかわいい人のままで。
     真逆だからなんだって言うんだ、その方が人は上手く行く。それに。
    「鏡みたい? じゃあ俺はずっとそのスタンスでいていいって事だよな」
     一瞬それまでの戸惑いを忘れたようなきょとんとした顔に、いひひといたずらっぽく笑いかける。
     ブラント、知らなかった?
     鏡に映ってる正反対のそいつは、生涯何があっても、お前の前からいなくならないんだぜ。

    ――――――――――――――――――――
    罠だったとしても E/B
     君はいつでも味方だった。冷たくしても離れなかったし、頼れば助けてくれた。全幅の信頼と、深い愛情とを、いつでも僕にくれる優しい相棒。
     いつしか君は僕に甘えさせてくれるようになっていたが、それがいつからだったのかを僕は思い出せない。気付けば僕は君に弱さを見せ、甘え、わがままを言い、君を手に入れたいと懇願し、君は笑って頷き僕の手に収まった。
     きっかけが思い出せないほど、ゆるやかにすんなりと僕は君に打ち解けて惹かれ、そして溺れて。
     いつから、どうして、どうやって?
     ふと思う。もしかして初めから、僕は君の手の中で踊っていたのだろうか、と。
     そうだとしても不思議はない。君は頭がいい。僕なんかよりずっと、必死で勉強した分、人の心を掴む術は知っているはずだもの。
     僕に向けた無償の友愛は、やがて変化した紛れも無い本物のその愛は、もしかしたら罠だった? 君は、嘘ひとつない計略で事を成した、とんでもない策略家だ。孤独に疲れ飢えた僕を捕まえるための、この上なく的確な餌を吊るした。
     ああ、でも。それでも僕は。もしもそれが、君が懐を開いてくれたそれが罠だったとしても。
     掛かり絡め取られ沈み切った今となっては、その真偽に意味はない。
     君を愛する気持ちが本物なのは、僕が一番知っているのだから。

    ――――――――――――――――――――
    うなじにキス E/B
     ベンジーは時折、本部内から姿を消す。ふと気付けばデスクにおらず、ラウンジにもいない、トレーニー達に紛れてもいない、首席分析官に呼び出されてもいない。誰にも行き先を告げることなくふと姿を消してしまうのだが、彼をよく知るデスクワークの仲間たちはそうやって姿が見えなくなったベンジーを心配したりはしない。
     何故なら全員が彼の居場所を知っているからだ。
     そこはあまり人の来ない棟の、大体の人に用事がない資料保管室のドアががずらりと並んだ、その中にあって一際誰の用事も果たせそうにない、通路のどん詰まりにある小さな『その他保管室』という体のいい名前を付けられた実質物置部屋。
     勿論IMFの部屋なのだから電子ロックは付いているものの、何も大切なものなど保管されていない(要は大事でも機密でもないが捨てるのも悩んでしまうようなものを放り込んでおく所なのだ)ため、ベンジーがそれをクラックしていつでも好きに開けられるようにしても、大概の人間はそのことを知らないし、知っている人間は皆気付いていないフリをしてくれている。
     かくして、その存在すら認識されているか怪しい小さな物置部屋は、一部の人間からは〝魔窟の奥の〟〝ベンジーの秘密基地〟と呼ばれていた。
     ちなみにベンジーが秘密基地に入っている間は、誰も彼をそこから出そうとはしない。そこにベンジーが入る時は、決まって何か集中したい事情や事案を抱えている時だからだ。どうしてもベンジーが必要な時にはテキスト一通で頼めば彼はそこから出てくるので、直接秘密基地に誰かが来たことはなかった。
     そのため、ベンジーは秘密基地に誰かが入ってくるなどということを予測していたことがない。いつも鍵もかけていたし。
     深夜二時。解析が難航して残業に突入してから、ベンジーはラップトップを抱えて席を立ち、そっと秘密基地に忍び込んだ。狭い部屋の片隅に置かれたダンボール箱が積み上げられたデスクに座り、やっとラップトップとタンブラーが置けるだけの場所ができたその空間で、彼は無心にキーを叩き続けていた。
     ここに篭ると集中力が上がる。そうして集中力が上がっている時、狭い空間は心地いい。クローゼットの中がなんだか居心地がいいのと一緒だ。目から飛び込む文字の羅列達も、ここにきてお行儀よく綺麗に整列しているように見えてきた。なんださっきまで言うこと聞かなかったくせに、やればできるじゃないか。
    「ようし、いい子だ」
     抑揚のない独り言が口から漏れるのは、世界に没頭した技術者によくある現象だ。
    「それ、僕のこと?」
     ただし、その独り言には自分の脳内でしか答えが返ってくることはない。そうでない場合、それは技術者によくある現象とは違うことが起きている。
     おや記号どもが随分いい声で返事を……と世界に没頭していたベンジーの優秀な頭脳は数えることもできない短い時間でそんな呑気なことを考えかけたが、同じくらいの時間でどうもおかしいなと考え直した。それからその違和感を確かめようとした瞬間、温かく柔らかな感触がうなじに触れた。
    「んえッ⁉︎」
     ビーッ。驚き指がずれて意図しないキーを叩き、それは違うとラップトップが怒りの鳴き声を上げた。
    「襟足伸びたね」
     部屋の中は最低限の明かりしか点けていなかった為に薄暗いが、そんな僅かな光しかなくとも、ベンジーの目には自ら発光しているような顔が映っている。
    「イーサン⁉︎ お前戻って、ああ、いつの間に……くそっ!」
     かかりかけていたエンジンは一瞬で切れ、ラップトップの警告に頭の中に組み上げていたこの先の数手が吹っ飛んでいく。飛んでいく頭の中の文字列を捕まえようとするようにベンジーの指は空中でわさわさと動いたが、ややあって諦めたようにその手はキーボードの上に音を立てて落ちた。
    「……おかえり。いつからいた? どうやって?」
    「ただいま。今だよ、鍵が開いてた」
     そう言って、イーサンはぶすっと尖ったベンジーの唇に口付けた。
    「こんな時間だから誰もこないと思たのに……まさかのお前かよ」
     警告が出た文字列を消し、始めとは比べ物にならないくらいのゆるやかな速度で再度キーを叩き始める。
    「なんで家に帰らなかったんだ?」
    「帰ったよ。帰ったけど君がいなかったんだ」
    「それでわざわざ? もう、寝て待ってろよ。疲れてるくせに」
     呆れた声はモニタに掛けられている。見たいと思ってわざわざ見に来た顔が、なかなか拝ませてもらえない。ちょっとだけむすりと拗ねた顔をしたがベンジーからは見えていないし、背後の彼の感情をノールックで察知する為の感覚は、今はモニタの中の文字列に注がれていた。
     優秀なベンジーがとても忙しいのはイーサンもよくわかっている。僕の相棒は天才だから、などと任務中であれば自慢気にも思うくらいだが、今はそうではない。実はわがままなイーサン・ハントは、オフの自分とベンジーの間に仕事が割り込んでいるのが気にくわないのだ。そしてベンジーの意識が自分より仕事に傾いてしまっているのも。
     仕方ない。仕方のないことなんだけれど。自分の気持ちも嘘偽りなく正直なので仕方ない。
     するりと背後から腕を回してベンジーの肩を抱き、
    「せっかく無傷で帰ってきたっていうのに、君が残業なんてそんなのないよ」
     そう囁きながら再びうなじにキスをした。軽く触れた先ほどのものよりもちょっと時間をかけ、ゆっくりと、何度か場所を変えて、啄むよりは深く。
     それはほんの悪戯のつもりで、その気があるとちょっとアピールして困らせて、早く帰ろうとねだるくらいのものだった。勿論、秘密基地に籠るくらいなのだから終わらなければ帰れないのだろうし、終わらせなければ帰らない彼のプライドもあるだろうから、こんなことをしても一緒に帰れるようになるわけはない。そんなことはわかっていての、些細な悪戯。のつもりだった。
     くすぐってやろうと離れた唇から吐息を吹きかけると、ベンジーが小さく声を漏らして身をよじった。
    「ん、ッ……」
     うなじに近付けた鼻をくすぐる、しばらく触れていなかった彼の匂い。久々に聞いた、ちょっとだけ熱をはらみやすくなったかわいい呻き。
     悪戯の〝つもり〟なのは本当だったのだけれど。
    「イーサン……?」
     イスをくるりと回すと、吐息にほんの少しだけあてられ、けれど容易に引き返せるくらいの所にいて〝嫌な予感がする〟と言っているベンジーの顔が現れた。
    「待てイーサン、ダメだ。まだ終わってな……ぁ」
     制止の言葉に噛み付いて、口中からそのかけらを舐め取り飲み込む。久々の甘美な深い口付けを施しながら、イーサンは手を伸ばしてベンジーの背後のラップトップをいささか乱暴に閉じてしまった。
     ややあって唇を解放すると、先程までは引き返せる程度だったベンジーは既に戻れない所に引っ張り出されていた。とろりとした目が、信じられないと言った非難がましい視線をイーサンに浴びせる。だが、その視線を支えているのは最早わずかな理性のみだ。
    「おま、お前、俺まだ仕事中だって言ってるのに……!」
    「ごめん、自分でやっといてなんだけど、我慢できなくなった」
    「ほんと自分でやっといてだな……ダメだ、鍵開いてるから……」
     真っ赤な顔で口の端を拭うベンジーの理性は最後の力を振り絞って仕事をしようとしたが、服の下に潜り込み愛おしそうに素肌を撫でる掌の温かさに、ゆるゆる溶かされ遂には跡形もなく蕩けてしまった。
    「誰も来ない。一回だけ……ね?」
    「ね? じゃねえよ……ッ」
     堕ちた恋人にふにゃりと微笑み、イーサンは出来る限りそう言った意図を持って、ベンジーの首の襟足にギリギリ隠れる位置にキスマークを付ける。
    「そしたら家でいい子で待ってる」
     首へのキスは所有の証。相手が誰でも何でも、それを譲る気などないのだ。それでも一回で我慢するいい子を褒めてくれないか。
     いい子は仕事中の人間を抱いたりしない。そんなベンジーの視線を見ないフリをして笑い、イーサンのはぐずぐずになったベンジーを更に腕の中で蕩かしていった。

    ――――――――――――――――――――
    この一杯を飲み干すまでに口説いてみろ  E/B
     古く小さなアパートの、最上階の部屋。ここ数ヶ月間アメリカのエージェントたちの帰る家として働いていた大きな屋根裏部屋のようなここも、役目を終えた今はがらんとしている。機材も人員も撤収済みの部屋で、窓辺に持ち出したテーブルの上でグラスの氷が音を立てた。
    「いつもこうだといいなあ」
     そうぼんやりと言うイーサンとベンジーの間には一本のスコッチの瓶。一緒に任務に当たっていたメンバーが持ち込んでいた酒だ。
     ゆっくり帰るよと言った二人に、一刻も早くアメリカに帰りたい彼は〝じゃあ飲んじゃってくれ〟とそれを置いて機材と一緒に祖国に帰っていった。一杯やるより早く帰りたいが、捨ててしまうのももったいなかったのだろう。排水溝に流すよりも疲れたエージェントの喉に流す方が酒も浮かばれる。
    「時間はかかるが難しくない、バレちゃいけないが危なくない。チュートリアルみたいな任務だった。いつもこう? お前飽きるだろ、絶対」
     何を言っているんだ、という顔でベンジーはグラスを回した。口に含んでいたスコッチを飲み下し、イーサンは肩をすくめる。
    「任務が簡単だとしても君がいたら飽きないし、緊張感は君がくれる」
    「俺が? 何やらかすか心配だって?」
     心外だと唇を尖らせるベンジーに、笑いながら小さく首を振ったが、ベンジーには言葉の真意は伝わっていないらしい。伝わるはずもない、半分冗談で半分本音の、言われたベンジーだって思ってもいないことだ。
    「知らなかった? 僕はいつだって君にいいカッコ見せたくて必死なんだよ」
     ああカッコ悪いこと言っちゃったなあ。だから冗談めかして、本当に半分は冗談なんだけど、実際頑張っている所もあるっていうのを白状しているんだ。時々自白しないと息が詰まってしまうから。
    「君を堕とすのはどんな任務より難しくてね」
     そう言うと、ベンジーはとても不思議そうに首を傾げた。
    「とっくに堕ちてるけど?」
     まるで〝生卵を焼くと固くなるんだよ〟と言われたような。反応もできないほど当然すぎるといったその表情。イーサンが言っている『堕ちる』には程遠く、ベンジーは無意識だ。
    「ほらそれ。全然堕ちてない」
     そう困ったように鼻先を突かれたベンジーはぽかんとした後にくつくつと笑い、イーサンの言いたいことがちょっとわかったのか、手に持ったグラスを彼の目の前に持ち上げる。
    「じゃあ今回イージーモードだった分の追加ミッションだ。この一杯を飲み干すまでに口説いてみろ」
     言い終わるか終わらないかの絶妙なタイミングで、掲げられていたグラスはぱっと奪われた。
    「は」
     驚きの小さな声を氷の音がかき消し、唖然としたベンジーが次の言葉を考える前に、グラスの中身はほんの一瞬で消えてしまった。イーサンの中に。
    「お前何してんの?」
     ウィスキーはそういう飲み方をするものじゃない。四十度を一気飲みだなんて、風情がないとか勿体無いとか以前の問題だ。
    「君のグラスを空けた。これでもう飲み干すことはできないだろ?」
     空になったグラスは音を立ててテーブルに置かれた。いささか乱暴な気がする。
    「ええ……なにそれ。水飲め……」
    「だからこれからずっと、君を口説いて……その、うん口説ける、ずっと」
    「イーサン?」
     グラスを手放し空いたイーサンの両手が、グラスを奪われ宙に浮いていたベンジーの手をそっと包み込む。なんだか柔らかくなっていく言葉尻に合わせるように、包んだベンジーの手首に恭しく口付け、イーサンはふにゃりと微笑んだ。
    「永遠だ、グラスがないから。お願い……ベンジー」
     とろとろした言葉をやっと吐き出しながら、イーサンは徐々に傾いていく。
    「……ずっと、僕と一緒にいて……」
     稚拙極まりない子供の告白のような。そこまで言って、イーサンの頭は音を立ててテーブルに打ち付けられた。
    「イーサン?」
     残されたベンジーは唖然としたまま、握られた手を解けずにいる。
     口説いたって? これで?
    「お前の口説くってなんなの」
     その質問には、寝息しか返ってこない。ハンサムな鼻が潰れてしまっていないかと横から覗き込むと、ウィスキーに角をそぎ落とされたふわふわした寝顔が見えた。
     グラスを奪って、まではよかったかもしれない。けれどその後はダメだ。口説き文句もゆるゆるで口説終わる前に自滅。もしもハニトラで同じことをしようとしたら全力で止めてやろう。
     まったく、こんなの実戦じゃあ全然使えないぞ。
    「俺以外には通用しないからな」
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