Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    飯山食堂

    @meshidokoro_spy

    @meshidokoro_spy

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💪 🐘 🍙 🍫
    POIPOI 17

    飯山食堂

    ☆quiet follow

    シネパラ1121にて無料頒布したイーベンSSです。『キスはしない』と取り決めたセフレ同士の二人の話。
    孵化した誤字を駆逐して修正しております。

    ##イーベン
    ##M:I

    僕らの約束 きっかけは、よくありがちでベタなものだった。即ち、酔いからの一夜の過ち。
     任務が完了して機材も装備も全て本国に送り返し、身軽な観光客を装い帰るだけとなったその夜、地元の名物であるという強い酒を二人で煽った。翌日の飛行機に乗れさえすればいいのだからと羽目を外すつもりは元々あったが、あそこまで外すつもりは。
     無かったのだが、外れた羽目はそのまま元の場所に戻されることはなかった。
    「いやーよかったわー」
     目覚めた朝、同時に起き上がって言葉に詰まった全裸のおっさん二人。そんな状況を打破したのはベンジーだった。酔っていた自覚はあり、記憶は朧げ、そして二人ともパンツを見失っている。状況を完全に把握しどうしようと考える間もなく、ベンジーの口は全自動軽口装置の如くスラスラと回っていた。
    「え? イーサンだから? 俺初めてとは思えなくなかった?」
     ベンジーの調子に巻き込まれ、少し驚いたような安心したような顔をして、イーサンは真面目に返答する。
    「……相性が良かったんじゃないかな」
    「やだハマっちゃうわ……」
     などと、火遊び慣れた年齢の、経験もそれなりに詰んだような会話を交わし。そうしてずるずると、二人は爛れた関係に縺れ込んでいった。
    「爛れてるな」
     ブラントの言葉には裏も表もない。その上感情も抑揚もない。全く思ったまま、取り繕うことも一切なく、スプーンから滑ったゼリーのようにベンジーの上に落ちてきた。
    「相談しておいてその顔はやめろ」
     丸く見開いた目の周りを赤くしたベンジーに、ブラントはため息を一つお見舞いする。友人からセフレ関係の今後の進展について相談された側の気持ちになってみてほしい。その顔をするのは本来ブラントのほうだ。
    「どうすればいいと思う?」
    「どうもこうもあるか。君がしたいようにしろよ」
     そもそも今の状況は望んで生み出したんじゃないか。そう言われると言葉に詰まってしまう。
     実の所〝よくありがちでベタ〟な〝一夜の過ち〟はベンジーが仕掛けたものだった。役に立ちたい、隣に立ちたい、特別になりたいと、イーサンに対する彼の想いが徐々に高まっていった結果、他よりちょっと特別なくらいでいいと変に謙虚になったせいで一夜の過ちで変化した関係性はセックスフレンドで止まった。
    「言っちまえばよかったんだ。意気地無しめ」
    「だって、だってさ……」
     これ以上は近付いちゃダメだと思うから。そう言うとブラントの目があからさまに疑問の色を浮かべ、しかし口からは何も出ては来ない。
     酒の力で判断力をお互い鈍らせ、無理なく誘って乗ってきた彼に身を委ねて。そうして体を重ねる関係になっておきながら、これ以上は踏み込めない。自分でも何を言っているんだと思う。けれど、本当なのだ。
     だって本当に、イーサンのことが好きだから。稚拙で子供のような、純粋な心の声がそう漏らすたび、だからこそここまでだと留める大人の声が聞こえる。
     本当に好きだから、ちゃんと幸せになってもらわないと困るのだ。優しくて良い奴で有能でハンサムな彼には、ジュリアのような素敵な伴侶が運命の外側で列をなして待っているはずだ。そんな待機列のゲートが開く時に、そこに現れた運命の人を迷わずさっさと抱き留めるために、その両手は空けておかなくてはならない。
    「俺なりにちゃんと線引きしてんだよ。キスはしないって二人で決めた」
     お互いにいい人が出来たらそっちを大事にすること。爛れた中にもルールはある。いつでも離れられる、それまではお互いただ楽しむ、最後の一線を決して超えないために、それは〝いい人〟に誠実でいるために、きちんと取っておくこと。そう決めたひとつだけのルールは決して破られることなく、イーサンとベンジーは清く正しく綺麗に爛れていた。
     大好きだけど、小狡い手を使って体を重ねたりしているけれど、そんな特別を手に入れても〝いい人〟の枠に入ったりしてはいけない。
     自分でせっせと道を整え、レールを作り、列車を誘導して、そして望み通りに走らせたところで、終着駅がないことに気付いてしまったのだ。
     終わらせ方がわからない。このままでいいのか。好きなまま彼に抱かれ、好きが募りきった所で離れることが本当にできるのか、今のベンジーにはわからなくなっていた。
    「自業自得だな」
    「知ってる……」
     ブラントのグラスが空になる。テーブルに打たれて崩れた氷の音は、なんだかやけに冷たく乾いて聞こえた。

    *****

     もう何度目かはわからない。食事の後で、飲んだ流れで、時には最初からそれ目的で。酔っていてもシラフでも、いつでも全ては合意のもとで行われる。

     今夜どう?

     短いテキストに、普段なら胸が高鳴る。ところが今日は暗く重たい影が心臓にまとわりついたように鼓動が遅くなった。
     昼間見た光景が頭から離れない。それが心臓に絡まっているのはよくわかっている。
     ベンジーの内勤時の主たる戦場の一つ、解析部。所用で席を外していたベンジーがフロアに戻った時、通路の端で談笑するイーサンがいた。あんなに笑顔を見せるなんて珍しい、と、まだイーサンに見つかっていないその距離で見たその談笑相手の女性に、ベンジーは頭を思い切りではなく地味に、しかし重たいハンマーでゆっくり殴られたような衝撃を受けた。
     彼女の表情は、誰がどう見ても恋する人間のそれだった。知っているはずなのに一瞬違う人かと思うくらいに、目が柔らかく輝いていて。
    〝いい人〟
     頭に浮かんだそれを、ベンジーは咄嗟に振り払ってしまった。
     そこからは自己嫌悪と重たい気分との戦いだ。何のための約束か線引きかと言い聞かせては、重くなる胸の内にガッカリし、息苦しさに喘ぐ。

     君の家がいい

     もうこれも無くなる。ベンジーの手は自然とそのテキストをスクリーンショットに収めていた。本当に子供のような、笑ってしまうような恋をしているのだ。
     もう来なくなるテキスト、そう思うと胸が痛い。あまりに切なく同時に笑えて、酷い顔でスマホを抱える。
     この胸の痛み、閉塞感、これもいつかは思い出になる。このスクショを見るたびにきっとこれも思い出す。大丈夫大丈夫、そのうち歳のせいと混同してわからなくなる、健康診断の判断材料になる。
     熱めのシャワーは少し痛くもあったが、全て流せた気がして嫌なものではなかった。乾いたバスタオルで拭き上げられた体は、全くのまっさらになったように感じる。
     刻みつけよう、真っ白なノートにかたっぱしから書き込んで、ページが破れても構わない。記憶に刻んで大事に抱えて時折はっきり思い出せるように。いつになるかはわからないが、そう遠くないであろう彼が離れるその日まで、全部全部自分のものに。
    「こんばんは」
     変に紳士ぶったイーサンの姿に小さく吹き出し、ドアを閉めてハンガーを手に取る。慣れたいつもの流れ、これも大事な思い出。
    「食事はまだ?」
    「まだだけど……」
     すっとイーサンの手が伸びてきて、乾かしてセットしていないベンジーの髪を梳く。
    「ふわふわ」
    「洗いたてのヒヨコちゃんだよ」
     くすくす笑い、イーサンは気持ちよさそうに目を細めてヒヨコ髪をこねて遊ぶ。何だかくすぐったく、そうやって遊んでいるイーサンが可愛くて、ベンジーも微笑んでこねられる毛先を目で追った。
    「ねえベンジー」
     細められた目に、徐々に熱がこもっていくのが見えた。髪を撫でただけで? そんなに溜まってた? いつもなら飲み物くらいは飲むのに。そう小さな疑問を追っていくうちにも、イーサンの目がどんどん変わっていく。
    「今すぐしたい。いい?」
     そう言い終わる頃には、その目は完全に出来上がっていた。鈍くて熱いその熱に支配された目に見られて、ベンジーの体の芯が震え、そして緩む。こくりと小さく頷くよりも、手を引かれる方が僅かに早かった気がした。
     この目も、見られるとぐずぐずになってしまう感覚も、二人で入る寝室も、天井とイーサンをいっぺんに見られる絶景も。何もかもを全部覚えておかなくては。同じベッドなのに独りで寝る時よりも心地いいとか、人の肌がこんなに熱いとか、近くで見るイーサンの目がとても深いとか。
     そう覚えるべきことをリストアップして頭に連ね、まっさらな体に叩き込んでいたベンジーは、イーサンの目が今までにないほど近くにあることに寸の間気付かなかった。程なくしてふとそれに気付き、
    「めっちゃ近くない?」
     と言おうとした口が途中で言葉を発せなくなっても、それがどうしてなのかを彼はすぐには理解できず。
     何故なら、それは今までに一度だって起こらなかったことだったからだ。
     柔らかいものが口を閉じ、ほんの少し名残惜しむように唇を食んで、それから解放されたが、途中で止められた言葉は消えてしまっていて何も出てくることはなかった。
     データがないものは照合できず、そこにあるヒントだけを組み合わせて答えを導き出す必要がある。しかしベンジーの頭の中は真っ白で、その中で自動で組み上がった答えすらすぐには認めることができない。
    「ベンジー」
     少し離れたイーサンの深い目が、まだ熱を帯びながら他の色を宿してまっすぐに見てくる。
    「……え?」
     徐々に追い付いてくる感情。認識される現実。けれどこの後に及んでまだ証拠が欲しいのか、どこかから馬鹿だなあと言う自分の声が聞こえるのに、それを聞きながらベンジーの口は動く。
    「キスしたの?」
     イーサンの顔はひどく真面目で真っ直ぐなのに、少しの怯えを含んでいた。まるで沢山の言葉を吐き出そうとするように大きく開かれた口は一度閉じられ、そしてゆっくりと頷き。
    「うん」
     小さく小さく告げられたその肯定が耳に入った途端、ベンジーの中で何かが弾け飛び、沢山の感情が激流となって溢れ出した。それはあまりにも大きくて留めることなど考え付きもせず、言葉や行動よりもまず先に大量の涙へと姿を変える。
     何かを恐れているイーサンの表情は一瞬で困惑に覆われ、次の瞬間には滲んで見えなくなってしまった。
    「ベンジー?」
    「馬鹿野郎!」
     先に涙へと姿を変えた感情は次に言葉になり、その主たる怒りを前面に押し出して口から飛び出した。拭ってほんのひと時クリアになった視界ではイーサンが驚きに目を見開いており、それもまたすぐに見えなくなる。
    「何でだ、約束しただろ⁉︎ キスはしないって、それは取っておくって!」
     頬に熱いイーサンの指先がそっと触れる。しかしベンジーは怒りに任せてそれを弾き、そのままその手で顔を覆ってしまった。
    「ダメだったんだ! ハグもセックスもいいけど、キスだけはダメだったのに」
     暗闇に向かって吐き出す怒りは、どんどん悲しみに濡れていく。
     イーサンの幸せを願って、いつか訪れるその時に笑っていられるように、近付いてはいけない最後の一線。それがあれば身の程を弁えて現状を維持できたし、今ある友愛の先が欲しいなどと望む自分を嗜め制御することが出来た。
    「馬鹿野郎……」
     もうこれで、どんなに嗜めても何をしても、期待してしまう。彼の特別になれるのではないかと、心が自然とそれを望んだ時に押さえ込めなくなってしまうのだ。
     それはないと、あってはいけないと制御出来るものをなくしてしまったら、焦がれ千切れて裂けた心を抱えずっと苦しい思いをすることになる。
    「ベンジー」
    「うるさい。取っておくって約束したのに。嘘つき」
    「ベンジー」
     視界を覆った手が、イーサンに掴まれる。振り払おうとしたがイーサンの指先は少し痛いくらいにベンジーの手に食い込み、そして力任せに顔から離されてしまった。
    「嘘じゃない。取っておいたのを使っただけだ」
     言われた意味が分からなくて、涙が止まる。開けた視界に映ったイーサンの顔は相変わらず真面目で、さっき見た困惑はもうなく、ただ真摯な色を湛えた真っ直ぐな目だけが残されていた。
    「……は?」
    「いい人に取っておくっていう約束だろ? だから嘘じゃない」
     何を言っているのか全く分からなかった。単語と記憶と情景が全く噛み合わず、昼間の光景が頭を巡っては目の前の嘘つきの言葉とぶつかって弾かれあっている。
    「使うべきは彼女だろ」
    「彼女って誰」
    「解析の……今日話してたじゃないか」
    「……だから使った。今。間違ってないし僕は嘘つきじゃない」
     ぐっと腕を引かれ、体を起こされる。お互いぽんと置かれた子犬のような間抜けな姿勢で、それでも掴んだ手をイーサンは離さない。
    「どゆこと?」
    「……彼女が好きなのは君だ」
     彼女が欲していたのは、イーサンではなくベンジーの情報だった。時間があるのかと自然な導入で捕まり、エージェント・ダンとはどんな風に任務を? などと聞かれ、彼を褒めて思い出を語り、そうしてにこにことベンジーの話をしているうち、気付いたら彼女の目が恋するそれに変わっていた。
    「焦った」
     大好きなベンジーの話をできるのはとても楽しくて、凄いところも楽しいところも得意げに話したものだから、彼女がベンジーの話をそういう意味で聞きたがっていたのだと気付いた時にはその目の輝きは隠しようもないほど最大になり、イーサンの間抜けな焦りは爆発していた。もっとも、それを表情に出すことは辛うじて抑えられたが。
    「彼女を敵だと認識した。〝いい人〟になってほしくなかったんだ」
     それですぐにテキスト。会わなきゃ伝えなきゃ捕まえなきゃ、誰かのものになってしまう前に。
    「だから……嘘じゃないんだ」
     そう言うと、イーサンはしょんぼりとした表情で俯く。
    「ごめんね」
     君に幸せになってほしくて結んだ約束を、自分のために使ったりして。困らせてしまうのはわかってる、僕はこんなに嫌なやつだし。そうやってぽそぽそと頼りなさげに呟くイーサンのそれでも離さない手の上に、新しい滴が落ちて跳ねる。
    「何だそれ」
     呆然とした呟きがのろりと唇の端から漏れた。目の前にいる風呂に連れて行かれた犬のような情けない男は、それを聞いて顔を上げ、ベンジーの顔を二度見する。
     呆れていると思ったのだろう、もしくは怒っていると。しかしベンジーの表情はどちらでもなく、いやほんの少しの怒りのようなものを含んではいたが、それすら糧にしたようなものだった。下がった眉毛と大きな目、涙で濡れた瞳はそれとは別で光っているように見える。
     どこかで見たことのある輝き。柔らかく暖かな感情を湛えてきらめくこれを、つい最近どこかで。記憶が関連する映像をするすると引き出すと、浮かんできたのはIMF本部の通路、窓のない地下の、解析部へ向かう……
     ベンジーの話を聞いている時の、あの彼女の瞳。
    「なんだよ! 俺……俺、悩み損だった⁉︎」
     安心して、ちょっと怒った、迷子を見つけた親のような表情。ベンジーは光る瞳から新しい涙をぽろぽろこぼし、イーサンの手を濡らす。
    「ベンジー……君」
     そのきらめきは、そうだと思っていいの? 彼女と同じ光だと、そう受け取っても?
    「俺に幸せになって欲しいわけ?」
     悪戯っぽく不敵に笑い、ベンジーの手が持ち上げられる。暖かいそれに頬を包まれ、イーサンは急に現実味をなくしてふんわりとした頭のまま、子供のように頷いた。
     そうして重ねた唇の感触は、ベンジーの全身に、心に、それまでに刻み付けた全てに上書きされて染み渡っていく。まるで永遠のように感じられる、それでも苦ではない、ほんの短い時間。抱えていた全ての蟠りがそこで溶けて消えていくのがわかった。
     離れて見えたイーサンの瞳が、疑問から徐々に核心へと変わる力強さに満たされ始める。ああそう、こうなったイーサン・ハントは無敵だ。
    「お前が俺を幸せにするんだよ!」
     そうとどめを刺した途端、イーサンの目は煌々と輝き、広げた両手は痛いくらい強くベンジーを引き寄せ抱きしめた。迷いのない力強さで、自信に満ち溢れたのが肌越しでわかるほどに。
    「もう取り消せないよ?」
    「こっちのセリフだ」
     笑いあい、そしてまた競い合うように唇を重ねた。
     思い出で埋めるつもりだったノートに落書きを重ねるように、お互いに踏んでいた無駄な二の足を埋めるかのように。そのゆるやかな応酬が尽きることはなく、穏やかな夜は更けていき。
     約束のキスは、何度も何度も誓うようにほころびる。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works