「ねえクレイ。僕にさ、”しのびあし”を教えてくれないかな?」
皆が寝静まった夜遅く。街の外に呼び出された俺は、勇者であるアレルにそんな頼みごとをされた。
「珍しいな、お前が頼みごとをするなんて。しかも、”しのびあし”だろ?」
盗賊稼業の基本として、幼いころから叩きこまれた”しのびあし”は、魔物との遭遇率を下げてくれる貴重な武器となっている。が、俺と違って、勇者として華々しく生きるであろうアレルには到底似つかわしくないものだ。彼が覚える必要なんて、これっぽっちもないだろう。
俺の問いに、彼は言いにくそうに眼を逸らした。
「…だって、いつも僕が足音立てるから、魔物に気づかれちゃうでしょ?」
「いつもすぐ倒せるじゃねえか。気づかれたところで大して変わらねえだろ?」
「それはそうかもしれないけど…」
そう言うや、彼はそれっきり黙ってしまった。
諦めてくれただろうか。
「じゃあいいだろ、俺が十分カバーできてるんだし。お前まだ十六だろ? 疲れがたまっちゃ元も子もねえ。早く寝ろよ」
そう言って俺は、彼に背中を向けた。その手を、アレルにがっしり掴まれた。
驚いて振り返ると、赤く上気した、思った以上に真剣な顔がそこにあった。
「教えてくれるまで、僕、動かないよ」
俺は思わず頭を掻いた。
勇者とはいえ、まだ少年だ。見た目以上に幼い頑固さがあることなどよく知っている。こうなったら、梃子でも動かないだろう。
諦めの意を込め、俺は小さくため息をついた。
「わかったよ。できるだけやるが、お前が習得できるくらい教えられるかはわかんねえぞ?」
その言葉に、彼は一瞬目を見開いて、そして嬉しそうに笑った。
こうして、俺はアレルに”しのびあし”を教える羽目になった。
練習はその夜から始まった。
アレル曰く、「早く覚えたほうが早くみんなに迷惑をかけなくなる!」だそうだ。
仲間思いな分、自分を後回しにしがちなように見える。戦闘でも、先頭に立って戦う。
頼ってばかりだから、これくらいのわがままは聞いてやりたい。
「いいか? まず、障害物を蹴とばさないようにちゃんと足を上げるんだ。んで、足を下ろしてもすぐに体重は移動させないこと。足元に異物がないことを確認してから前足に重心をのせるんだ」
そう言いながら、俺は彼に見本を見せた。細い枝や落ち葉すらも避け、移動時にはほとんど音が立たない。我ながら上手くなったものだ。
それを見ながら、アレルはぎこちなく俺を真似た。が、どうしても障害物が避けられずに必ずガサゴソと音がする。
「そうじゃなくて、もっと周りを探るようにそっと足を下ろすんだ」
「えっと、こう?」
そう言って、彼は足を出した。次の瞬間、俺の視界から彼の姿が消えた。
慌てて下を見ると、木の根に足を取られて転んでいるアレルが見えた。
「おい大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
彼はそう答え、俺に向かってちょっと笑った。が、どうやら枝がかすったらしく、膝の
部分が破れ、薄く血が滲んでいる。
俺は自分の腰袋を漁り、薬草を取り出した。
「これ使え」
無造作にアレルに差し出す。彼は両手でそれを受け取り、葉を口に入れた。
あっという間に傷が治る。