盗勇!「寒いな…」
曇天の下、白い息と共にアレルがぼそりと呟く。
ロマリアで国王にされた時聞いた、『ノアニール』という村。そこを目指し、アレルとクレイは大陸を北上していた。
「そりゃお前、そんな薄着だったら寒いに決まってるだろ」
アレルの格好を見て、クレイが冷静にツッコミを入れる。
「しょうがないだろ、ここまで北に来るなんて思ってもいなかったんだよ。そういうクレイは寒くないの?」
不満げに眉間にしわを寄せ、アレルは言う。彼の防寒具と言えば、薄い生地のマントだけだ。
対してクレイは、防寒具らしきものは一枚もつけていない。せいぜい、アレルの服より少し分厚い程度だ。
「俺はこっちの方出身だからな。寒いのには慣れてんだよ」
「ふぅん…」
マントを精一杯体に巻き付けながら、アレルが曖昧に頷く。
「ここまで来るってわかってりゃ、防寒具でも持ってきたんだけどな。まさか、このあたりまで来る羽目になるとは」
半ば独り言のような声でクレイが言う。そう言いつつも、彼は自分の荷物袋を漁る。出てきたのは、せいぜいスカーフ程度だ。
気休めにもならねえな。そう思って、クレイはいそいそと荷物袋にそれを入れ直した。
「それにしても寒すぎるよな…」
そう言って、アレルはその場に立ち止まり、近くの木の根に座り込んだ。
マントを広げ、彼の隣の地面をぽんぽんと手でたたいた。
「…何がしたいんだ?」
首を少し傾げ、クレイはアレルに聞く。
ふいっと目をそらし、アレルはつっけんどんな口調で言った。
「察せよ」
その耳が寒さ以外のもので赤くなっているのを、クレイは目ざとく見つけた。
「確かに、寒いな」
少しわざとらしい口調で誰へということもなく呟くと、彼はアレルのマントにすっぽり収まった。そして、木に体重を預けた。
隣からの熱を感じながら、彼らはゆっくりと空を見上げた。
不意に、一片の雪がひらひらと舞い落ちる。
それを合図にしたように、次々と白い雪が空から舞い落ちる。
「雪だ」
ため息交じりに、アレルが呟く。顔に、うっすらと微笑が浮かぶ。
「久しぶりに見たな」
目を細め、クレイが雪に向かって手を伸ばす。ふわりと舞い降りた雪は、彼の手の上ではらりと溶ける。「本物は、初めて見たかもしれないな」
「アリアハンには雪降らないのか?」
「僕が覚えてる限りだと、降ったことはないな」
そう言いながら、アレルも雪に向かって手を伸ばす。ふわりと舞い落ちた雪の冷たさに、驚いて手を引っ込める。
「こんなに冷たいのか」
「そこまで驚くほどか?」
面白そうに、クレイが聞く。そして、両手をアレルの頬に当てた。
「冷たっ!」
「ははっ、びっくりしたろ?」
彼は心底楽しそうに笑う。対して、アレルは困ったようにため息をついた。
「全く。君は子供か? クレイ」
「お前よりは年上だぜ、勇者様」
ニヤッと笑うと、クレイは再び、雪に見入った。
優しく吹いてきた一陣の風が、彼の白い髪をふわりと揺らす。
その横顔が、今にも溶け行きそうなほどに儚く映り、思わずアレルは呟いた。
「クレイって、雪の精みたいだ」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声をあげて、クレイがアレルを勢いよく見た。彼がこちらの世界に戻ってきたように感じ、アレルは人知れず安堵する。
「だって、ほら。この白くてふわふわの髪とか、冷たい手とか、白くてきめの細かい肌とか。すごく綺麗で儚くて、幻想的で」
言いながら、彼はクレイの髪に指を通す。短く切られた髪は、軽い感触を残してふわりと流れた。
「そんなこと、言われたことなかったな」
目を軽く逸らし、小さな声でクレイが言う。うっすらと、その白い肌が赤く染まる。
愛おしそうに、アレルは優しくその肌を撫でる。その冷たさに、少し不安にもなる。
いつか本当に、雪のようにはらりと消えてしまうのではないかと。
「もし俺が雪なら、アレルはきっと、太陽だな」
唐突に、クレイが言った。
「なんで?」
その問いには答えず、クレイは空に向かって手を伸ばす。
「知ってるか? 雪が降るのは、太陽のおかげなんだぜ」
意味を理解しかねて、アレルは首を傾げる。
「太陽は、雪を溶かすんじゃないの?」
「そうだ。溶けた雪は何になる?」
「水、だけど」
困惑しながらも答える。その答えに、クレイは満足げに頷いた。
「その水は、太陽によって空に昇って雲になる。その雲が、雨や、雪を降らせるんだよ」
「…小さい頃習ったような気がするけど。それが、どうしたんだ?」
今更そんな知識を持ち出して、何がしたいのだろう。意図をはかりかね、アレルはクレイに聞いた。
「なんだよ、みなまで言わせんのか? 無粋ってやつだぜ、勇者様?」
少し不機嫌そうに、クレイが口を尖らせる。
「そうは言っても、わかんないものはわかんないんだよ」
「…言い方が回りくどかったな…」
伸ばしていた手をパタンと下ろして、クレイはアレルの方を見た。
「太陽がある限り、雪が無くなることはない。
雪があるのは、太陽があるからこそだ。
つまり、そういうことだよ」
それだけ言うと、クレイは立ち上がって、アレルの手を取った。
ぐいっと引っ張り起こすと、彼はアレルの手の甲にキスをした。
驚いて言葉も出ないアレルに向かい、上目遣いで薄く笑うと、クレイは踵を返して北を向いた。
「ノアニールはそろそろだろうな。雪が積もる前に行こうぜ、勇者様?」
うっすらと白くなった地面を踏みしめ、クレイはさっさと先に行ってしまう。それを追うように、アレルも北へと歩みを進める。
薄い雲が、太陽の光を柔らかく地上へと降らせる。
その光を反射して、純白の雪が、キラキラと光った。