怒り「俺が怒った時って、どういう状態か、分かるか?」
俺は耕助に聞いた。缶詰が開けたいという理由だけで家に上がりこんで、勝手知ったるという具合で缶切りを使い、開いた缶詰を持ったまま帰ろうとした。靴を履いている耕助は俺を振り返らずに、こう言った。
「風間はあまり怒らないよね」
それはお前の為に怒ってないんだよ。その言葉が口から出かかって、ギリリと歯を噛みしめた。
「僕も怒る方じゃないけど。お互い、感情を出さないのかな」
違う。俺はお前のために、我慢しているんだお前が、怖がると思って、これ以上、傷つかせないようにと思って俺が、どれだけ、苦しい思いをして、お前は、分かってないんだ、分かってないんだな――
「たまには怒るのもいいんじゃないかなあ」
振り返った耕助の、穏やかな笑顔。
ブチリ。
何かが千切れた音がした。
今まで培った固い縄が、呆気なく切断された様に。
「そうかい」
俺はずかずかと歩いて、耕助の背後から肩に手を伸ばして、思いきり身体を押し倒した。その衝撃で耕助はばしんと床に打ち倒れ、缶詰に入った桃がばしゃりと辺りに散らばった。
「俺は、お前にずっと、言わなかった事がある」
耕助は驚いた顔で俺を見上げている。耕助は、まだ分かって、いないのだ。
俺は耕助に馬乗りになると、頬を両手で覆って顔を近づけた。もう、逃げられないように。
「俺はな、乱暴なんて何とも思っちゃいないんだよ」
耕助は急な出来事に訳も分からず、動揺したような表情をしている。
「躾けって知ってるか?俺は得意分野なんだ。長所だから誉めてくれ」
「なっ…な、に、かっ…風間……?」
「褒めて伸びるタイプなんだ」
にこり。思いきり笑顔で微笑むと、耕助は何かを悟ったかのように、怯えた子犬のような目をした。俺は笑い声を上げながら、耕助に噛みつくようなキスをした。