探偵の日 金田一が探偵の仕事を一段落させて「松月」に帰ってくると、そこには少し赤ら顔の風間が先に酒を呑んでいた。
「はえぇ。もう始めてんのかい」
まだ晩の前なので、その様子に金田一は目をぱちくりとさせた。
「今日はめでたいからな」
そう言って陽気そうな風間の様子に、金田一は不思議な気持ちで横にこてんと座った。
「めでたい…今日はなにかの記念日なのかい?」
「今日は探偵の日だ!探偵に感謝する記念日なんだよ。よく知らねえけど、探偵と言えば耕ちゃんのことだろ?なんたって、日本一の名探偵だからな」
その褒め言葉に、金田一は顔を赤くしてぶんぶんと手を振った。
「そ、そんな事ないさ。明智小五郎さんっていう、大先輩もいるし…」
「いいんだ。俺にとっちゃあ、耕ちゃんが一番!一等輝いてる探偵さ」
風間の真っ直ぐな告白にどぎまぎする金田一であったが、酒に呑まれて冗談を言っている訳ではない事を、深く知っていた。だから、自然と笑みが浮かんだ。
「その…僕を祝ってくれてるのかね」
「まァな。ホラ、耕ちゃんも早く呑めって。主役はお前なんだからな」
風間は強引に金田一の手に猪口を持たせると、ニコニコと笑った。溢れんばかりに酒を注いでもらい、金田一は零さないように唇を当てて、静かに酒を煽った。まだ晩酌には早いけれど、風間の機嫌もいいし僕もやってしまおう…と、金田一はようやく二重回しを脱いだ。
「だいぶ出来あがってますなぁ」
「たまにはいいだろ?ここには耕ちゃんしかいねえしさ。気兼ねもねえってモンだ」
日頃から、風間が接待や取引で思いきり呑めないのを金田一は知っていた。どことなく、風間の顔が少し寂しげに見えた。普段から全力で努力している風間は、金田一に愚痴を一切こぼさない。金田一の近況を聞くのが、何よりも楽しみなのだ。そう思うと、労わる想いがグッと溢れるような心地だった。
「そうだなあ…せっかくだから、お前さんの記念日にしなさいよ」
「俺の記念日?」
「そう。僕の日でもあり、風間の日でもあるの」
「ハハハ。そりゃあいいナア」
風間も金田一も、松月の座敷では辛い現実を全て忘れる事ができた。だからこそ二人は和やかに、楽しく酒を酌み交わした。何でもない記念日に、互いに感謝しながら――
(終わり)