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    風呂_huro

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    風呂_huro

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    金田一短編

    どうか許してね 黄色い砂が吹き荒れる、人気のない商店街を歩いている。商店街と云っていいかも分からないが、商店らしき硝子戸の奥には何者かが動く気配がする。その奥で、ごとごと何かが鳴っている。丁度、箪笥の引き出しが上手く閉まらず、無理に手で押した時のような、ギッギッという音もする。


     僕は依頼主がいる山の上へ行きたいのだが、どうしてもこの寂れた商店街を通らねばならなかった。道が分からねば人に聞こうと思っていたが、この有様では期待が持てない。からころ下駄を鳴らしながら、乾いた生温い風をかき分けるように、山の方へ目指す。


     だが、幾ら歩いても寂れた商店街が続くのである。歩いても歩いても、一向に坂の根元まで辿り着かない。道は合っている筈なのだが、鬼ごっこで逃げる相手にぐんぐん距離を取られるような、途方もなさが感じられた。

     僕は後ろを振り返ろうとして、ふと右手に何かがくっ付いているのに気づいた。それは女の手だった。青白くて血の気のない女の手が、僕の右手を握っているのだった。僕は驚いて、手をぶんと振り上げたが、女の指先はぎっちりと僕に喰いついていた。

     僕は振り解くのを諦めて、女の手がくっ付いたまま山を目指す事にした。女の手は決して離すまいという執念とは打って変わって、軽かった。障子紙のように軽く、目を離せばくっ付いている事も忘れそうだった。存在感の薄い女性は、今まで数多く目にしてきた。儚さに反してその意思は強く、心は煌々と迸っていた。


     僕は女の手と共に果てしない商店街を歩いた。歩いている内に、段々とこの街に飲み込まれるような気がしていた。僕が事件を解決するために訪れたという目的も、大義名分も、使命も、何もかも乾いた風にさらりと流されるような心地がしていた。


     いいんじゃないかしら。


     女の手は急に喋り出した。僕は自分の右手を見つめると、喋る女の手がなぜか無性に愛しく感じられて、少し角度を変えて手首を捻ってみた。女は弾むような声色で、いいんじゃないかしら、とまた歌うように云った。


     僕は本当にそれで良いのでは、と思い始めた。僕が事件解決をしなくとも、時の流れはどうにでもなるもので、ずっと女の手とここに居るのも、構わない気がしてきた。女の手はそれに同意しているように、風に靡いてぱらぱらと揺れていた。僕が女の手を握ろうとした、その瞬間――

    「嘘つくなよ」


     その声で、ハッとして目を見開いた。気づくと、山里の川べりの砂利の上で、ぼうっと立ち竦んでいた。少し遠くで、虫取りをする少年たちがわいわいと叫んで居た。僕は自分の右手を確認したが、女の手など影も形もなかった。爽やかな冷たい風が顔を撫で、僕は汗を拭ってふうと溜め息をついた。そして全て思い出したように、もう程近い依頼主の家まで歩き出した。

     あの声は誰の声だったか。今も分からずに居る。
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