海の叫び「あんまり遠くへ行っちゃいけないよ、帆村君」
酔い覚ましに自然と足が向いた海の砂浜で、帆村は裸足になって、まだ温い砂の上を走った。たまに転びそうになりながら、海水が爪先を浸るくらいの場所で立ち止まった。
「大丈夫だよ、僕の身体は機械だから。壊れても元通りになる」
「壊れても戻らないものだってあるんだよ」
帆村はこちらを振り向いて、静かに笑った。
「そうかな。僕は自分を失いすぎて、ただ身体だけを引き摺ってる気がする。もう僕の中に、魂は無いのかもしれない」
帆村は水平線をじっと眺め、波しぶきを浅く蹴って、溜め息をついた。
「そう思わないと、生きていけないんだ」
「帆村君」
僕は帆村の思いを全て掬い上げることは不可能だと思った。その絶望はまた僕を苦しめた。彼は僕の目を通して、別の場所を見ている。僕の存在は通過点でしかない、そう思う時がある。その営みを止めることはできない。否定もできない。僕には、彼の心が理解できるからだ。
「もう身体が冷える、帰ろう、帆村」
僕は彼の手を握って、海を決して振り返らず歩き出した。帆村は後ろ髪引かれるように、たどたどしく、けれど僕の言う通りに後に続いた。
渦巻くような海水の叫びを聞いて、僕は一気に酔いが醒めた気がした。