「……クソだりィ」
出席日数が足りていないと担任の先生に呼び出された牛鬼は、久方ぶりに自身の通う学校へと向かっていた。
今更授業を受けたところで意味がないとは思いつつも、教師からの圧力には勝てなかったようだ。と言っても朝早くから登校しているという訳でもなく、時刻は既に一時を回っており、学校は丁度昼休みの時間帯である。
学校に到着すると、生徒たちからの奇異な視線が牛鬼に降り注ぐ。
「……ねえ、あの人、三年の牛鬼先輩だよね?」
「あのヤンキーで不登校の人? なんで学校に……」
「……見世モンじゃねェぞ」
牛鬼から一歩離れてヒソヒソ話をしている女子生徒を睨みつけると、「ひっ」という悲鳴と共に蜘蛛の子を散らすようにその場から離れていく。
周りにいた他の生徒たちも同様に怯えながら、牛鬼から距離を取っていった。
「(ったく……どいつもこいつもしょうもねえ)」
忌々しそうに舌打ちをしながら職員室に向かっていると、奥から小さな集団が楽しげに話をしながらこちらに向かってくるのが見えた。
「こなちゃん、さっきの体育で転けてたよね? 大丈夫だった?」
「子泣き、転けてまた泣いてたけど、そのあとは普通に大丈夫そうだった」
「オギャアアアアア 泣いてねーし」
「そう言いながら泣いちゃってるじゃない……」
「もう、またボロボロ泣いてる。目腫れちゃうよ」
「うぅぅ……彼方ぁ……」
随分と騒がしいその集団に目をやると、そこには五人の少年少女がいた。一人の少年を囲むように、四人の多種多様な妖怪が歩いている。
「あ、そうだ! 学食の期間限定メニューがね……」
友人たちの方を向きながら楽しそうに話していた真ん中の少年が、反対側から歩いてくる牛鬼に気付かずそのままぶつかってしまった。
「うわっ! っと……ご、ごめんなさい!」
「あ? どこ見て歩いてんだテメェ」
「ヒョッ……」
ぶつかった拍子に転んでしまった中央の少年を見下ろすように、牛鬼は睨みつけた。
いきなり現れた大柄の男に見下ろされたせいなのか、それともその鋭い眼光に恐怖したのか、転んでいる少年は短い悲鳴を上げる。
「え……あ、あなたは確か、三年生の……」
「……チッ、前見て歩けや」
それだけ言い残して、牛鬼はそのまま踵を返し立ち去って行った。
突然の出来事に呆然とする少年たちだったが、やがて中央にいた少年がゆっくりと立ち上がる。
「見たこと無い人だったけど……三年の先輩なの?」
「ああ、彼方様は転校生だから知らないですよね。あの人、牛鬼先輩って言って、色んな噂が立ってる不良らしいんです」
「なんでも、他校にたくさん喧嘩を売ってたりとか、何人も病院送りにしてるとか……」
「それになんか怖い感じの人だし……」
「ふふ、子泣き、ビビってるんだ?」
「べっ、別にビビってなんか……」
「そっか……。でも悪い人には見えなかったけどなぁ」
そう言って牛鬼の過ぎ去って行った方へ視線を向けて、少し考え込むような素振りを見せる。
「どうしたんですか、彼方さま?」
「……いや、何でもないよ。早く行こう、お昼休み終っちゃうし」
「そうですね。行きましょう、彼方様!」
そして一行は再び歩き出した。
────────────────────
「ふ~っ……今日も疲れたぁ」
学校も終わり、部活の友人たちとも別れて一人になった俺は、伸びをして体をほぐしながら帰路に着いた。
空を見上げると、夕焼けに染まった橙色の雲が浮かんでいて、どこか幻想的な雰囲気を感じる。
「(……あれ、そういえばシャー芯切らしたんだっけ)」
ふとそんなことを思い出して、帰り道の途中にあるコンビニへと立ち寄った。
入店してすぐ文房具コーナーへ向かい、いつも使っているシャー芯を手に取る。
「(……せっかくだし、甘い物でも買おうかな)」
そう思って店内をぶらついていると、スイーツコーナーで意外な人物を発見した。
「……あれ、牛鬼先輩?」
「あ? ……お前、昼間の」
そこにいたのは、先程出会ったばかりの牛鬼先輩だった。その手には威圧感を放った顔には似合わないプリンが2つ握られている。
「えー……っと……甘い物、好きなんですか……?」
「……別にそういうわけじゃねェ」
そうぶっきらぼうに答えると、牛鬼先輩は手に持っていたプリンを棚に戻してしまった。
「(あ……)」
そのまま帰ろうとする牛鬼先輩を見て、俺は咄嵯に声を上げた。
「あ、あのっ! それ俺が買います!」
「は? ンだ急に──」
「ちょっと待っててください!」
「は、おい……!」
シャー芯とプリンを2つ持って急いでレジに向かい、会計を済ませる。
店の外に出て、待っていた牛鬼先輩に駆け寄ると、俺は買ってきた物を渡した。
「これ、貰ってください」
「……何の真似だ」
「あ、いや……昼間、ぶつかっちゃったんで…… そのお詫びにと思って」
「…………」
牛鬼先輩は無言のまま、じっとこちらを見つめる。その迫力に気押されながらも、俺は言葉を絞り出すように続けた。
「その、嫌ならいいんですけど……」
「…………」
「え、えっと……2つ買おうとしてましたよね……?」
「……1つは貰っとく、もう1つはお前が食っとけ」
牛鬼先輩はそう言うと、レジ袋の中から1つプリンを取り出してに俺に手渡した。
「え? あ、ありがとうございます……? でもなんで……」
「……これは妹の分だ。勘違いすんじゃねえぞ」
「妹さんの……」
「ああ」
それだけ言い残すと、牛鬼先輩はその場から立ち去ろうとする。そんな彼の後ろ姿を見て、俺は急いで声をかけた。
「あ、あのっ、牛鬼先輩!」
名前を呼ぶと、牛鬼先輩は足を止めてくれた。振り向くと、紅い瞳がこちらを見据える。少しだけ沈黙したあと、俺は勇気を出して口を開いた。
「また、学校で会いましょう!」
「……チッ」
俺の言葉に少し驚いた表情を見せたあと、牛鬼先輩は小さく舌打ちをしてそのまま歩いて行ってしまった。
「…………やっぱり、悪い人じゃなさそうなんだよな」
俺は返してもらったプリンを眺めながら、ポツリと呟いた。
────────────────────