夜も更けた頃、団長室で二人で飲んでいた時だった。右手にはグラスを、左ひじはソファーに預けてほろ酔い気分に浸っていたハンジは、今思いついたかのように話を切り出した。
「そういえばさあ、ウォール・マリア作戦の時の報告書」
リヴァイはテーブルを挟んで向かい側に座っていた。せこせこしたハンジの飲み方と違って、リヴァイはゆったりと飲み干すが、何杯飲んでも彼の顔色は変わらなかった。
黙々とグラスを口に運んでいた彼の手が止まった。
「あれでよく通ったなっていうのは自分でも思っててさ。ピクシス司令やザックレー総統が相当口をきいてくれたみたいなんだよね」
リヴァイはグラスの中身をじっと見つめている。その顔には相変わらず、変化の色はない。そんなに覗いても映るのは自分だけだろうに、とハンジは思った。彼は琥珀色の液体の中に、何を探しているのだろうか。
「それでさ、本当のところはどうだったの? ほら、あの時には言えなかったけど今は言えるみたいなこと、あるだろ。君が……君がさ、あの時エルヴィンに注射を打とうとした君が、わけもなく翻意すると思えないんだ。ずっと……ずっと考えてた。それはさ、たとえばエルヴィンから、何か君に」
コン、とテーブルにグラスを置く音が響いた。その音がハンジの酔いを醒ましたようだ。みるみるうちに知りたいという気持ちがすぼんで、なんとかこの場を持ち直したいという気持ちのほうが強くなった。
「まあ……別にいいんだけど」
ハンジは床に視線を落とした。姿勢はくつろいだままだったが、左手の指が忙しなくこめかみを掻く。リヴァイはというと、彼女のほうにちらりと視線をやったものの、すぐに逸らした。
「あいつにだって知られたくないことはあるだろ」
「そりゃそうさ」
ハンジが顔を上げる。リヴァイは床の木目を見つめているようだ。
「みんな知らない、私も知らなかった。それで、あなただけが知ってる。エルヴィンはあなたにだけ知られてもよかった。そういう認識で合ってる?」
「そりゃあお前には……特に言いたくなかったんだろ」
「どうして?」
「……」
「エルヴィンがそう言ったの?」
「聞かなくてもわかる」
「どうもよくわからないな。エルヴィンは私には弱みを見せられなかったってこと?」
「俺から見ればそうなる」
「......そう......」
今度はハンジがグラスを置いた。目を伏せると、ここがかつてエルヴィンの部屋だったことを思い出す。それ以上は何も聞かなかった。それでいいと思った。言葉足らずの彼は気にしたかもしれないが。
ハンジは平生、訓練や会議の最中は集中しているものの、ふとした時にリヴァイの気遣わしげな視線を感じた。だが彼女が振り向くと、彼はすぐにその逡巡を引っ込めた。
エルヴィンとリヴァイの間には、自分には明け渡してくれない何かがある。それが彼女とエルヴィンを隔て、エルヴィンとリヴァイを結びつけたのだ。
リヴァイは子どもの頃拾った石のようにそれを捨てられず、大事にしている。だから彼女も言うまいと決めた。リヴァイとエルヴィンの間にあるのなら、エルヴィンと自分の間にあったっていいだろう?
ハンジは一度だけ、へまをした。よく覚えている。