こわがりな夜の熔かし方【全年齢版】「クリスマスプレゼントはマヨイさんがいいです。」
何度聞いても巽はそう答えていた。
にっこりと微笑みながらそう答える恋人を見て、マヨイはむむむ…と唸ってしまう。
もともと物欲の薄い巽の事だから、本心なのだろう。
(うぅん………でも………クリスマスですし、何かしてあげたいです………。………あ、)
スマホを取り出すと、思いついた事柄を検索画面に打ち込んで調べる。開いたのはそれはとあるネットショップだった。
「……ひえぇ………。」
検索した画面を見て赤面しつつも、マヨイは購入のボタンを押したのだった。
ここはESビル内のマヨイの秘密の部屋。
「ふふふ、ケーキ美味しいですね。」
「はい、藍良さんのお勧めなだけありますな。」
にこにこと話すマヨイを見て、巽は気持ちが満たされていくのを感じた。
今日は27日。
12月に入ってからは巽の実家の教会が忙しくなり、クリスマス当日はアルカロイドのクリスマスライブが行われた。
一段落ついたタイミングで、ゆっくり二人だけの時間を楽しもうと計画していたのだ。
クリスマスケーキにチキン、飲み物はジンジャーエールを選び、会話をしながら少しずつ口にしていく。
「美味しかったですね。ごちそうさまでした。」
「ごちそうさまでした。お皿片付けちゃいますね。」
「ありがとうございます。明日はオフですし、水に漬けるだけお願いします。洗うのは明日にしましょう。」
「わかりました。」
マヨイは手慣れた様子で食器を集め、奥のキッチンへと運んでいく。
カチャカチャと食器が擦れ合う音を聞きながら、巽は室内の装飾を眺めていた。
部屋全体を照らしている照明を消し、間接照明に切り替える。
小さいクリスマスツリーやリース、サンタやトナカイ、星などを模したオーナメントが、暖色系の光を受けてきらきらと光っていた。それらが室内にセンスよく配置されている。マヨイはインテリアのセンスが良い。
「紅茶を淹れても良いですか?」
「はい。と言うか、俺が淹れましょうか?」
先日『フレイヴァー』で日和から分けてもらった茶葉があるはずだった。巽が立ち上がろうとすると、思いのほか大きな声が返ってくる。
「あ、あの!私が淹れるので巽さんは座ってて下さい!わ……私も上手に淹れる練習がしたいので!」
「……そうですか?ならお願いします。」
言うとおりに、ソファで座って待っていると、良い香りがリビングまで届き、マヨイがトレーに二人分のカップを載せ運んできた。
「日和さんの茶葉は高級そうで、まだ私が入れるには早い気がしたので、私が先日買ったものを淹れてみました。」
「ふむ。良い香りですな。ダージリンでしょうか?」
はい、と返事をしつつ、席を立つ前はテーブルの向かい側に座っていたマヨイが、さり気なく巽の隣に座る。
「頂きましょう。」
マヨイからカップを受け取ると、一口口につける。マヨイはその様子をじっと見ていた。
「美味しいです。淹れ方もお上手ですね。」
「あぁ、良かったです。」
「それで、何の薬が入っているのですかな?」
「ヒィッ!?な、なななんのことですか」
ニコニコと話す巽と対照的に、マヨイの顔色は真っ青になっていた。
「マヨイさんから悪しき気配を感じたので、すぐに分かりましたよ。」
「じゃ、じゃあ、何で飲んだんですか……?えっ?」
戸惑うマヨイの目の前で、巽はカップを煽り、全て飲み干してしまった。
「ぜ、全部飲んじゃったんですね………。」
「マヨイさんなら毒の類は入れないと信じているので。
ふむ……。やはり媚薬ですね?前にも飲まされた感覚と一緒です。」
「…………ご名答ですうぅぅ………ひぁっ!」
マヨイの手を取り、その甲に優しくキスを落とす。
「本当に困った人です。俺に何をして欲しくてこんな真似を?」
「あ、あぅ……その…………。」
首を傾げる巽を見て、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「………………っ!」
マヨイはきゅっと口を結び、意を決した様に、自身のシャツに手をかけると、ボタンをぷちぷちと外し始めた。
「ちょ、マヨイさん?」
巽の戸惑う声も聞かずに、シャツの中に来ていたハイネックのニットにも手をかける。
腕をクロスにして脱ぎ去ると、中から黒いレースが現れた。
いわゆるベビードールというものだろう。マヨイの白く細い身体に沿うように、チュールの生地は形を変え体を包んでいる。
どきどきする程、似合っていた。
巽が言葉を失っているうちに、マヨイはズボンも脱ぎ始める。女性物の黒のレースやリボンで作られた、露出度の高いショーツに、太ももにはガーターのレースを着けている。
それから巽のセーターの裾に手をかけると、無言で引き上げ脱がせ始めた。
「あ、あの、待って下さい、」
巽の言葉を置いてけぼりにして、あっという間に上半身裸にしてしまう。巽の肩を両手で押して、トン、とソファに押し倒した。
馬乗りになるマヨイの眼に、間接照明が反射してゆらりと光る。
その眼を見た途端、巽は心臓がぎゅっと痛くなった。
「マヨイさんっ、」
巽の首筋に口づけようとする彼の肩を抑えて、強い口調で制止する。
「何で……そんな顔をしてるんですか。」
マヨイは、今にも泣き出しそうな顔になっていた。
こんなに着飾られた美しい格好と、聖夜の日に似合わないその表情に、巽は戸惑いと、心配を覚えた。
マヨイは目を伏せて、小さく声を絞り出す。
「巽さん、クリスマスプレゼントは私がいいと言っていたので……なら、せめて綺麗に着飾っておくべきかなと……。薬を盛ったのは、引かれたくなかったからです……。」
「そんな、引く訳ないでしょう。とても美しいですよ。
でも、どうしてそんな辛そうな顔をしているのか気になります。その格好のせいですか?それとも他に理由が?」
マヨイは眉根を寄せると、巽の胸に額を擦り付ける。
「…………こわいんです。」
「怖い?」
「巽さんといられる今が、幸せすぎて、何も知らなかった頃に戻れないんです。
貴方を失ったら、自分がどうなるのかわからなくて……。
来年も一緒に過ごせるのか、不安で……。」
マヨイは顔を上げ、上体を起こすと、巽に跨ったまま、彼の手を取る。ベビードールの裾がふわりと揺れて、美しさに目を奪われる。
マヨイは巽の手の甲に口付け、ちらりと彼の目を見た。
「今日は、こわいことを考えなくなるくらい……いっぱい………かわいがって………ほしいので………。
だから私は、巽さんを誘惑します。」
「マヨイさん…。」
この部屋には窓がない。
外は寒波が押し寄せて、冷たい雪が静かに降り積もっていると言う。
(きらきらと輝くこの人を、光の届かない部屋に連れ込んで。
これ以上望むのは神様が許さないかもしれません。
それでも………私は………。)
「この格好も、誘惑するためだと?」
巽の問いかけに、こくんと頷く。
「巽さんから私へのプレゼント、何が欲しいかは当日お伝えしますと言っていましたよね。
今日だけは、私の事以外考えないで欲しい。
こわいこと、何も考えられなくしてほしい。
それが欲しいものです。」
「………………。」
巽は、マヨイの必死の表情を見て、頬に手を伸ばす。
輪郭を確かめるように触れると、髪を結んでいるリボンに手をかけ、しゅるりと解いてみせた。
「あ……。」
マヨイは思わず声を漏らす。
これは二人だけが知る『お誘い』の仕草だったからだ。
巽は目尻を下げて微笑む。
「マヨイさん」
おいで、と優しく囁かれると、マヨイはたまらない気持ちになった。
上体を倒すと、巽の背に腕を回し、ぎゅーっと抱きしめる。
触れ合う体温が高い。さっき薬を盛ったから。私のせいだ。
顔を上げ、目線を合わせると、巽が唇をマヨイのそれに押しつける。
離して、また合わせる。口づけは次第に深く変化していった。
ちゅぱ、と音を立てて離れると、巽はマヨイを抱きかかえたまま上体を起こす。
「俺に掴まって下さい。」
「え、ぁ、ヒッ!」
巽はマヨイの膝裏に腕を通し、背中を支えてから立ち上がった。
所謂お姫様だっこというもので。
「駄目です降ろして下さい、脚に障ります…!」
「ははは。平気ですよ。今日くらいは格好つけさせて下さい。」
肩にしがみつくうちに寝室に運ばれ、ベッドに降ろされる。
「何だかくらくらしてきました。媚薬が効いてきたかもしれません。」
貴方を落とさずに良かったです、と笑う。
マヨイの、解けた髪を1束指に載せると、愛おしそうに口付けた。上品なのに、色気のある所作にどきどきしてしまう。
「たつみさん」
思わず名前を呼ぶと、巽はちらりとマヨイの顔を見る。
ふっと微笑むと、マヨイの背中を支えながら、大切な物を扱う様に、ゆっくりと押し倒した。
「こわいこと、忘れさせてあげます。
お望みのままに。」
真っ暗な部屋に、間接照明の灯りが少し。
ベッドの中で身を寄せる。
巽はマヨイの髪の毛を撫でながら、落ち着いた声で語りかけた。
「マヨイさんもご承知の通り、明日の事は誰にもわからないです。
明日、俺かマヨイさんが事故に遭うかもしれない。
天災が起こるかもしれない。
もしかしたら世界が終わってしまうかもしれない。」
「………。」
マヨイは巽の腕の中でじっとしている。巽の目が、わずかな灯りをとらえて光るのを眺めていた。
「でも、今日を積み重ねたものが、明日になるのは確かです。それだけは本当でしょう?
貴方が怖い時、いつだって隣で手を握ります。
不安な時、何度だって抱きしめます。
俺は今日も、貴方に言葉を伝えます。
明日も、明後日も。その次も。
約束します。」
約束ならできますからね、と目尻を下げる巽を見て泣きそうになってしまう。
「………わ、わたしも、伝えます。ずっと、ずうっと………。」
暗闇の中で、愛しい人の手を探す。
毛布の下でもぞもぞと動かすと、彼の手指に辿り着いた。
指を絡めると、巽がぎゅっと握り返す。
あたたかな体温を感じ、深く息をつく。マヨイは安心して目を閉じた。