〜名古屋 競技をやってた頃は中々時間が合わんくて、ノスケが就職してやっと時間合うようになったかなと思ってたけど現実はそう甘くない。社会人は社会人で忙しい。特に最近はノスケが昇進して薬局長とやらになったから、拘束時間も増えるし他の人の都合が悪くなったら代わりに出なあかんとかもあって、大学生の頃よりも会えてない気がする。
新幹線はたまにトンネルに入ると耳に詰まる感じがして好きやない。好きな人おんのかな、って横を向くと自分のバッグがでん、って鎮座している。ほんまはバッグは上に置くつもりやったんやけど、それも俺らが社会人やっとる弊害で横に置く羽目になっていた。
今日の朝、起きたらノスケから連絡が来てて、嫌な予感するなって思ったらそれは的中した。
『すみません。今日パートの人の息子さんが急に熱出したみたいで』
『店舗の人一通り当たったんですけどあかんくて』
『できるだけ早く抜けさしてくれるらしいからチェックインには間に合うと思います』
『楽しみにしてくれとったのにほんまにすいません!』
ノスケにしては珍しく小分けにしたメッセージが連なってるんが見えて、めちゃくちゃ気分が下がったんが朝の七時半のことやった。
わざわざ時間と座席合わせて新幹線の中で喋ろう思てたのになあ、ってしばらく布団の中でごろごろして、いっそいつ乗るか聞いて自由席引っ張ってったろかなって思ってたけど流石にやりすぎかな、とか思ったりしてたら八時過ぎになってた。多分数年前の俺やったら大阪まで、いやノスケの働いとる薬局まで行くくらいのことはやったと思うけど、躊躇う気持ちが先行するようになったんは大人になったっていうことなんか、これに関してはなりたなかったかなあって思いながら定刻通りののぞみに乗ることにした。
米原を通過して、名古屋まではすぐに着く。そこでこだまに乗り換えて熱海で降りるけど、ノスケがおらんのやったら先に着いてもなんも楽しくない。何があるんか調べるよりも、メッセージのやり取りを見返してしまう。早く連絡くれんかな、って思って外を見てもトンネルで、何も気は晴れへんかった。
ちょっと身を屈めて降りると、体が熱気に包まれる。名古屋も相当やな、って思いつつ向かいを見ると、乗る予定の新幹線はまだ来てないみたいやった。あと十分くらいやけど、これ乗ったら二時間くらい着かんのかって思うと、憂鬱な気分になってくる。
色々話したいことあんのにな、って思いながら端に寄って、携帯を明るくさせる。
「あ」
割と大きい声出てもうた、って慌てて口を抑えながら画面を指で叩く。なんかの広告やったら拍子抜けやんと思ったけど、一番上に表示されてんのは、ずっと待ってた人の名前で。
『今終わりました!!』
それだけか、っていうのと同時に、頑張って終わらしてすぐ連絡してくれたんやなあっていうのが分かって、胸のあたりがじわじわ熱くなる。ただでさえ暑いのにかなんわ、ってぼやきながら次のが送られてくるのを待つ。
『今から行きます』
『これで行きます』
送られてきたスクショは乗り換えナビのもので、三時くらいに熱海に着くらしい。観光してる余裕はないかもしれんけど、何とも思わんかった。
『旅館直行してもチェックインの時間間に合わんと思うんで』
『ちょっと遅れるって連絡してもらってもいいですか?』
了承の返事を返しながら、やっと会えるんやって嬉しさで足のあたりがそわそわする。できるだけ早く会いたいけど、もっと早く来れんのかなと思いながら時間を見ると、ノスケがここに来るまで二時間半はある。全然やんっておもったら、上がった気持ちがすぐ沈んでいく。
「んー……」
思いつきっていうほど突飛なことでもない。それに多分、ノスケは驚くやろし呆れられるか、下手したら謝らせてしまうかもしれんけど、遅刻されてるんやからこれくらいしてもええんちゃうっていうのもある。
到着音が鳴っている。電光掲示板の表示からして、俺が乗る新幹線のもんで間違いない。
階段を登ってくると、さっきよりも一層あったまった空気が正面から吹き込んでくる。駅のホームは実際の気温以上に暑い気がした。
ちょっと早く来すぎた気がする。新幹線は遅れることはあっても早く来ることはないっていうのは分かってる。
印字されてるのは十時三十八分発の切符で、本来ならもう熱海の改札に通してるやろうけど、俺はまだ名古屋駅にいた。理由は単純で、座れるのを捨ててまでノスケと一緒に新幹線に乗るためで、我ながら自重できてへんなあっていうのはわかっとる。ちなみにノスケも座席が満席やったとかで自由席なんは織り込み済みやった。
自由席なんは知ってるけど何号車なんかは聞いてなかった。聞いとけばよかった、と思いつつ、一から三号車が着くところに向かって歩いた。あの音早くならんかな、って列車が来るやろう方を覗き込む。そんなことをしても見えるようになることもないけども。
喫茶店で冷えてた体がすっかり温くなったくらいで、今日三回目の音が鳴った。今日イチ嬉しい。
新幹線が横切ると、ぬるいを超えて熱い風が吹く。そんなんはどうでもよくて、徐々にスピードが落ちていくのがもどかしい。ゲートとドアの位置がノロノロ合わせられるのを見てられへんくらい、気持ちが逸っていた。
今日三回目のプシューの後に、名古屋、名古屋ですってアナウンスが流れる。名前呼びそうになるんを必死に堪えて探す。どんな服着てるか聞いとけばよかったけど聞いたらバレてたやろしな、と思ったくらいで、ミルクティー色の髪を見つけた。全力疾走しても息は切れんけど、むせ返るような空気を吸うのはちょっとしんどい。
「ノスケ〜〜!!」
俺の姿を見つけて、予想通りノスケはアホ面をしていた。
「修二さん……?」
そない驚かんでもええやんって言いながら肩を組む。アホ面のまま肩に手を回してくれた。
「どないしたんですか。もう着いてるはずじゃ」
「ノスケ待っとった」
目に見えて顔に喜色が滲む。いつまでもかわええやっちゃなあ、そう思いながら頭を撫でると髪崩れるやないですか、って手を退けさせられた。
「仕事やろ? 髪とか整えてへんやろしええやん」
整えてへんくっても整えたみたいに見える顔やけども。
「整えましたよ」
「嘘やろ。時間ギリギリって言ってたやん」
「……薬局にも鏡ってあるんですよ」
若干拗ねたみたいな声色で顔を背ける。それでノスケの考えてたことが大体分かってここが駅なんを忘れそうになるけど何とか堪えた。
「ノスケはいくつになってもかわええなあ……」
「やめてください! っていうか座れへんやろうに待ってるとか修二さんも相当でしょ」
「そら三ヶ月ぶりに会えるんよ? 待つやろ」
「修二さん立ちっぱとか嫌なんやないんですか」
「嫌やけど一人で乗る方がもっと嫌やった」
子どもみたいでちょっと恥ずいし、客観的に見たら割と歳いってる男が後輩に言うセリフでもない。まあ恋人同士やしええかって思うと勝手に嬉しくなるのは何年経っても変わらん。ノスケも嬉しそうにしとって、体がぶわーっとあったかくなって浮きそうやった。
「早よ来んかなあ、」
「なんや修二さん、今日子どもみたいですね。そんなに熱海楽しみやったんですか」
「ノスケ見たら嬉しくて余計暑なってしもたんよ。はよ新幹線で涼みたいなって」
一瞬目がくるっと丸くなって、それから白い肌にぱーっと赤い色が浮かんで、顔が緩む。多分座れんやろうし暑いまま、ずっと今と同じような顔してるんやろうなって思うと、ずっと着かんでもええ気がした。