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    白抜き

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    白抜き

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    ほんのり若頼若+雫/転生パロ。短編。

    マフラーのはなしたっぷりのミルクに、ひとすくいのはちみつを垂らしたマグカップ。玩具でいっぱいの古いおもちゃ箱。色とりどりのロリポップが詰めこまれたまるい缶。甘やかでやさしくて、みつめていると切なくなってくるもの。
    マフラー。朱色のマフラー。燃える葉のような、明け方のような、そんな色をしている。
    時行にとってのマフラーは、ミルクの入ったマグで、おもちゃ箱で、ロリポップの缶だった。



    朝に目がさめると、テレビニュースをバックミュージックに、頼重が歌っていた。
    いや、正確には歌って、なおかつ踊っている。ご機嫌なようすでターンを決めながら、テーブルの上に皿を置いた。頼重の動きに合わせて、エプロンがひらひらと揺れている。
    「おはようございます、時行様!」
    頼重はまたくるくると回りながら、時行にほほ笑みかけてキッチンへ戻っていった。入れ替わりに雫がやってきて、雫とも朝のあいさつを交わした。
    「おはようございます。兄様」
    頼重のことは気にしないふうに雫は笑って、皿のとなりにマグカップをならべていく。
    湯気がたつマグカップの中には、雫特製のホットミルクがたっぷり注がれている。皿の上にはかりかりに焼いたトーストと、プチトマトがのったサラダに、ウィンナー。雫が当番のときは和食だが、時行と頼重は気分でいろいろ作る。最近は食パンのおいしさに目覚めたと言っていたのは頼重だ。
    後片付けをすませた頼重がやってきて、三人でいっしょに手をあわせて、いただきますをした。
    時行はまだ熱いマグカップを両手でもって、ふう、ふうと息をふきかける。こくこくと喉を鳴らしてあたたかいミルクをのんだ。
    「兄様。トーストには何にする?」
    雫の手にはマーガリンといちごジャムに、その隣にははちみつとあんこが置かれていた。
    あんこを使うのはひとりしかいないことをわかっているから、すこし悩んでからいちごジャムをもらうことにする。
    厚切りのトーストに塗り広げると、きらきらとして宝石のようにきれいだ。
    時行がジャムを塗るのを、雫がほほ笑みながら見守っている。時行がジャムを戻すと、今度は雫がいちごジャムを自分のトーストに塗っていった。
    「兄様がきれいに塗っているのを見たら、私もジャムにしたくなったの」
    時行の視線に気がついた雫が言った。
    二人は仲良しですな、と嬉しそうに言う頼重は、あんことバターがたっぷりと盛られたトーストを頬張っている。
    「いつものことながら……すごいですね」
    朝はそこまで食欲がある方ではないから、すごいとしか言えなかった。あんこは美味いが、朝からあんなにおいしそうに大量に頬張るのを、頼重以外に知らない。



    歯をみがいて身支度をととのえて、最後にコートをはおった。
    冬の朝はさむい。
    玄関までいくと、頼重が待っていた。
    「お待ちしておりました、時行様」
    いつかを思い出すような恭しさで、頼重は時行の前に跪く。頼重が跪いてくれて、はじめて時行と目線が合う。
    手にもったマフラーを首から時行にくぐらせる。シャンプーでできた泡をさわるような力加減で、時行のマフラーを巻く。
    「時行様が、風邪を引かないように」
    そんな、おまじないを唱えながら。頼重は、毎朝同じことをお祈りして、毎朝うれしそうに手を動かす。
    その間、時行は目線をやる場所にこまって、いつも頼重の首もとのマフラーをみている。
    秋の葉のような色鮮やかな黄色。目玉焼きのいちばんてっぺんのような色。頼重と雫と時行で、色違いでおそろいのものをつかっていた。
    ふわふわのマフラーは、やわらかくて肌に当たると気持ちがいい。
    マフラーを巻き終えると、頼重はいつも一日の中でいちばんの笑顔をする。
    「今日は特に冷えるそうですから、手袋もしましょうか」
    そう言って、今度は時行の手をとって手袋をはめてくれる。
    いつもいつも、頼重は時行の世話ばかりやく。



    体育の授業は雪遊びだった。
    マフラーを巻くのにもたついていると、雫が手早く巻いてくれる。
    「ありがとう、雫」
    「いいえ。またいつでも呼んでくださいね。兄様」
    雫は澄みきった水のように笑う。
    朝に頼重がつけてくれた手袋は自分ではめて、外に出た。



    下校のチャイムが鳴る。
    雫が亜也子と図書室に行っているので、弧次郎と玄蕃がいっしょに教室で待っててくれた。
    弧次郎はすっきりしたシンプルなマフラーをしていて、いつもマフラーをしない玄蕃は珍しく耳当てまで付けている。
    図書室から帰ってきた雫は、時行たちと色違いのマフラーを、亜也子はうさぎのキャラクターのかわいらしいマフラーを付けていた。巻き方はそれぞれ違って、どれもその人ににあっている。
    結局みんなで帰って、別れみちで手を振って、雫とふたりだけになった。
    今日の帰りも、結局雫が時行のマフラーを巻いてくれた。
    「私もきれいにマフラーを巻けるようになりたい」
    あら、どうして、と雫が言う。
    首もとにふれる。このマフラーを選んで買ってきたのも、三人で揃いのものを使おうと言ったのも頼重だ。いつも頼重ばかりが時行に与えてくれる。昔からずっと。
    「私ばかり頼重殿や雫にいつもよくしてもらっているし、マフラーだって……」
    時行をみつめる雫の鼻の頭が赤くなっている。雫は白い息を吐きながら雪に足跡を残していく。
    「父様も、私も。ただ兄様が大切」
    妬けてしまう、と雫がわらった。
    「父様から兄様との朝の時間をとってしまったら、きっと泣いてしまうから」
    「…………雫」
    「……私。兄様のことも大切だけど。父様の泣き顔もみたくないの」
    父様はきっと、兄様にしてもらえることなら何だって嬉しいはず。
    時行が言葉にしなかったことまで、彼女はわかっているようだった。
    雪の上をくるくると雫が踊っている。頼重とはちがうステップで。



    冷蔵庫のなかを眺めながら、雫はあら、と声をだした。
    「牛乳が足りないみたい」
    そこへちょうど頼重もかえってきたので、時行とふたりで買い出しにいくことになった。
    リビングを出る直前に、雫と目が合う。にっこりと笑っていってらっしゃい、と言われた。
    いつものように、頼重が時行のマフラーを巻く。
    「時行様が、風邪を引かないように」
    目線を合わせたほほ笑みは、今朝のんだミルクのように透きとおっている。
    今日は雪が降っているから、すぐそこのコンビニにいこう、ということになった。いつもの足なら五分ほどでつくが、雪も加味すると十分ほど。
    話がきまって玄関のドアをあける前に、思いきって頼重のマフラーをつかんだ。
    「……あの? 時行様、苦しいのですが……」
    こまったような顔。当然だ。それでもすぐにようすに気がついて、時行の前にしゃがみこんでくれた。
    どうしましたか、と頼重が尋ねる。
    「えっ……と……」
    やさしい顔をみると、上手く声がでない。スイッチを切られたロボットのようにかたまってしまう。
    頼重は時行にマフラーの先を握らせたまま、「申し訳ありません、時行様」と言った。
    「私の巻き方が甘かったようで、この通りです」
    だらんと解けたマフラー。
    時行が引っ張ったからだというのに、そんなことを言う。
    頼重はいつも自然に時行をあまやかす。
    「……巻き直してくださるのでしょう?」
    言わせてしまっているのか、言ってくれているのかはわからない。それでも結局のところ、時行は頼重のやさしさに甘えてしまう。
    雫も頼重も、時行自身よりよほど時行のことを理解している。
    おずおずと手をまわして、マフラーを巻いた。たっぷりとしたはちみつ色がいつになく近かった。
    うれしさと情けなさで、鼻の奥がつんとする。
    頼重のようにうまくは巻けないけれど、それでも精いっぱい巻いた。
    まだうまく形にできないけれど、あなたを大切におもう気持ちがつたわるように。
    「……頼重殿が、風邪を引きませんように」
    ちいさな声でおまじないを真似すると、頼重は本日三回目の、そのなかでも格別の、今日いちばんの笑顔をみせた。
    「……ええ。頼重は元気でおります。元気で、時行様のお傍におります」
    貴方様のお心が嬉しいのです、と。
    そうしてふたり手を繋いで出かけた。牛乳を買ってきて、それから雫へのおみやげに甘いチョコレートも。そう、頼重と話しながら雪道をあるいた。
    明日もきっと頼重にマフラーを巻いてもらって、そして今度こそ勇気をだして、自分から。頼重のマフラーを巻かせてもらおう。時行はひっそりと考える。
    いつか頼重がしゃがみこむこと無く巻いてあげたいとも思った。はやく大きくなりたい。いま頼重のことを守ってくれているあのマフラーのように、頼重の心ごと包みこんであげられるように。
    ちいさな手のひらで、今できる精いっぱいで、頼重の手をにぎった。






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