お友達***
薄暗い照明に照らされた綺麗に磨かれたワイングラス。有名な銘柄の酒瓶がずらりと並ぶカウンター。テーブル席もあり、そこそこ広い店内だが半分以上は席が埋まっている。
ここは芸能関係者が出入りする会員制のバー。
どこかで見たことのある人・ポケモン達が談笑をしたり、食事をしたりしている。普段は身分を隠して過ごさねばならない彼らが思い切り羽を伸ばせる場所だ。
その一角に、互いにインテレオンを連れた男女の芸能人が2人。
「改めてよろしく」
「ああ、こちらこそよろしく。加恋」
二人席で向かい合うように座っている長髪の女性は加恋。主に女性誌の専属モデルとタレント活動をしている。
斜めにカットされた前髪にボブヘアの男性は俳優の眞白。ドラマでの出演が多い。
二人は新しく始まるドラマの撮影で共演することとなり、演技未経験の加恋がアドバイスをもらおうと食事に誘ったのである。
「年も近そうだし、同じインテレオンのパートナーって事で親近感湧いちゃって誘っちゃった。迷惑だったらごめんね?」
「いやいや。彼女とかはいないし、その辺は気にしなくて大丈夫ですよ。むしろ、あまり年が近い知り合いがいないから嬉しかったり」
二人が座る席の隣にあるカウンターに寄りかかりながら、パートナーであるインテレオン2匹が黙って二人を見つめる。
首に王冠の意匠が施されたチョーカーをしているインテレオン———ルカは、急に連れてこられて不機嫌そうな顔をしていた。出されたワインを飲んだり、グラスの淵をなぞったりしている。
「たいくつ?」
そう聞いたのはもう1匹のインテレオン———ロラだ。右手の中指に王冠の意匠がされた指輪をしている。
「突然連れてこられるのはいつもそう、だけどさ〜〜〜今日は眠たいから早く帰って寝たいんだけど」
「寝ちゃってもいいよ」
「初対面が目の前にいたら流石に寝れないね」
「じゃあ席を外すので」
「いや、そこまでして寝たいとは思ってないから」
席を移動しようとしたロラを、ルカが制止する。
「じゃあちょっとお話ししようよ、ルカちゃん」
「え、初対面でその呼び方?ま、いいけど」
「名前、気にするんだ。分かるな……」
「分かる割には距離感近めでいらっしゃいますね」
ふふ、とロラは笑う。なぜ笑ったのか理解ができないといった顔をするルカ。
「ねえ、あそこのタブンネとタチフサグマ、どうなると思う?」
「どうって…何が?」
少し離れたテーブルにパートナーと思われる女性二人の横で、何やら会話をしているタブンネとタチフサグマ。
「多分このあと泣いたタブンネをタチフサグマが慌てて慰めようとしていい感じの雰囲気になるんじゃないかな」
「はあ」
ルカがそう返事をした1分後、タブンネが泣き始めタチフサグマが慌てながらも一生懸命慰め始めた。2匹のトレーナーも慌てている。しばらくして、タブンネが涙を浮ばせながらも笑顔になると、タチフサグマが安堵と共に、なんとも言えない嬉しそうな笑みを浮かべた。
「わあ、なんかいい感じになったみたいだね。"みらいよち"でも使った?」
「2匹の表情を観察していただけだよ。何を話しているかは聞こえないけど、二人とも少し高揚して緊張した表情をしていたからね。重要な話でもしていたんじゃないかと思って」
遠くを見つめながら、ロラは続ける。
「他人の観察が趣味…というわけではないけど癖でね。眞白の付き添いの暇つぶしにもいいし。あの人間はどういう感情で動いているのだろうかとか、あのポケモンはどうしてあの行動を取るのだろうかとか…
目の前にいる相手もそう観察してしまう時もある。昔の癖。おかげで俳優をやる上で役立っているわけだけど…て、こんな話面白くないか」
「面白い趣味だね」
遠くを見つめていたロラが、ルカに視線を移した。ルカは無表情でワイングラスをくるくると回している。
「そう思う?」
「え?ああ、うん。私も暇な時やろっかな〜多分途中で飽きそうだけど」
特に考えもせずに返事をしたルカは、ロラの真剣な声音に少し驚いた。慌てて適当に返しておく。
「今までこの話をすると嫌がられたりしたのだけれど…何だろう、ルカちゃんは話しやすいのかな。ついうっかり話してしまったね」
「初対面だよ?そんなことある?」
「そういう出会いもあるよ。気分を悪くしたら、ごめんね」
「全然〜というか、私も人に褒められるような性格してないし」
だから、気にしなくていいよ。
そう言うルカは少し諦めたような目でグラスを見つめていた。
「ルカちゃんも何やら抱えてるっぽいね?あ、これ聞いたら気持ち悪いか」
「この流れで言っちゃう〜?」
ぐい、とワインを飲み干す。ロラは一連の動きを見つめる。
「おかわり〜」
その言葉を聞き、カウンター内で待機をしていたイエッサンがワインを注ぐ。
じゃあ僕も貰おうかな。ロラもそう言い、ワインを注いでもらう。
カウンターの上に設置された照明が、注ぐワインを照らして怪しく光る。
「私は、さ、他人から好かれた気がした事がなくて。打算的に近づいてくるというか………いや、やっぱり忘れて。酔ったのかも」
小さな声でそう言うと、ルカは注いでもらったばかりのワインを急ぐようにして飲んだ。らしくない事を言い始めた自分に動揺しているのだろう。自身の顔を手で覆い隠して小さく唸っている。
ロラはそんなルカをじっと見つめる。
「じゃあ、僕と友達になって欲しいな。君とならいい友達になれそう」
「いや…業界人にそんな事言われても」
「信用できないのは分かるよ。他人を蹴落とす事で輝ける世界だからね。でも、僕はいいと思ったな」
にっこりと笑うロラに、ルカはまたう〜ん、と唸る。
一気にお酒を摂取した影響だろうか。ロラとなら友達になれる、そんな気がしてきている。
「まあ、付き合いはそこそこ長くなりそうだし…」
ロラはトレーナーの方に目を向ける。何やら仕事の話で大盛り上がりしているようだ。経験上、こうなったら仕事以外でも関わるようになっている光景を何度か見てきた。
「ね?今すぐにじゃなくても」
「まあ……ここまでぶっちゃけてるし…いいよ」
渋々と言った顔をするルカに手を差し出す。よろしくね。にこりと笑いながらロラは言う。
ルカは軽くその手を取り握手に応じる。
「でも、少しでも怪しいと思ったら無しだから」
「いいよ。というか、わざわざそんなこと言ってくれるなんて…ふふ」
微笑ましいといった笑い方をするロラを見て、ルカは「何!?何なのさ!!」と怒る。
君となら、いい友達になれそうだな。
ロラは改めてそう思いながら、怒るルカを横目にワインを飲んだ。
***
「そっちはどうだった?」
すっかり夜も更けた頃、バーの前で加恋とルカと別れ帰宅をした。家に着くなり眞白に聞かれる。そっちとは、ルカの事だ。
『友達未満にはなれたよ。わかりやすそうな子だった』
「そっか。…よし」
僕の方も良い共演者の印象を与える事ができたよ。まだ初対面だから分からないけどね。
そう言って眞白は僕の指輪を撫でる。この指輪は眞白がプレゼントしてくれたものだ。契約と友好の証だと、僕は思っている。
「撮影が終わるまでには掴んでみせる」
彼は共演者に今売れている芸能人がいると、なぜ売れたのかを暴くのが趣味だ。たまに関わらない方がよい人物もいるのだけれど…そんな時の為の僕なんだけどね。僕でも関わりたくない組織とかってあるし。正直そろそろやめにしない?と言いたいところだ。でも、何となく会話が成立してる人間の眞白とは友達でいたい気持ちもあって、何だかんだ言う事を聞いている。
『明日もあるし早く寝る事だね』
「そうだな…おやすみ。ロラ」
ぽんぽん、と僕の背中を撫でる。うおん、と返事をすると眞白は薄暗いシャワールームへと向かって行った。
僕は就寝をするべくリビングのソファに寝転がる。
今回は眞白のおかげで友達ができそうだ。そう思いながら僕は意識を徐々に手放していった。
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