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    ichagarigari

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    ichagarigari

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    獄都二次創作オールキャラ任務小説です。後編にて完結です。
    離れていてもみんなで戦って活躍して大団円!というお話です。
    前編 https://poipiku.com/451933/6832222.html

    * ご注意下さい *
    ・捏造設定
    ・オリジナルヒロイン(おばあちゃん)、モブキャラ登場

     8月のイベントにて個人雑で頒布予定です。

    #獄都事変
    jidouIncident
    #肋角
    costalAngle
    #斬島
    choppedIsland
    #オールキャラ

    【獄都二次】清兵衛杉と庄兵衛杉<後編>10111213151617
     本堂と門を施錠し、スーパーの割引シールがついた弁当を漁りに行こうとしたところを、居酒屋じみた大衆食堂へ足を伸ばす。いつも寺務所で書類の整理ばかりしていたが、今日は強面の来訪者の相手をしたために疲労困憊だ。それにあと二週間は曰くつきの寺での住み込み番の生活が続く。たまには役場のジャケットを脱いで、羽目をはずしたところで罰は当たらないだろう。定食を肴に熱燗一合をちびちび飲んで、心地良いほろ酔い気分で寺に戻る。そんなに悪いことではないはずだ。
     応宗寺へ至る石段を前に、青年の足が竦む。酒で火照っていた身体が急速に冷えて、頭から冷や水を被ったかのように酔いが冷めた。町に点々と佇む街灯の延長で、石段の途中にも灯りがふたつ設置されている。日照時間に応じて自動点灯するはずのそれが点いていない。風で消えたのだろうか。石段の上からごうごうと風の音が聞こえる。
     馬鹿を言え、と即座に否定する。電灯だ。電気だ。風で消えるわけがない。
     それに、吹いているはずの風は音ばかりで、前髪の一房すらなびかないのだ。それなのに、冷気が毛穴から沁み込んで怖気を誘う。
    「あら? こんなところでどうしたの」
     呼びかけられて、竦んでいた青年の足が土をにじる程度に動いた。ぎこちなく振り返ると、裏の高台に住む老婦人が小首を傾げて立っている。
    「千代さん」
    「お夜食を持ってきたのだけど、食べてきたところかしら」
     そう言って風呂敷を軽く上下して見せる。
     上司の指示で寺に一人で住み込んでいる青年を気遣って、千代は毎晩せっせと夜食を拵えてきていた。羽目をはずす気でいたのに日本酒を一合で切り上げてきたのは、きっと今夜も千代が来ると思い出したからだ。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼女にすっかりほだされて、最近では境内に入り込むのに目を瞑っていたし、寺務所で一緒にお茶をしたりしていた。
     しかし今夜は駄目だ。
    「千代さん、今夜はダメですよ。帰ってください」
    「お腹いっぱいよねぇ。じゃあ明日の朝ごはんに」
    「そうじゃなくて」
     そうしなければならない気がして、石段と千代の間に立ち塞がる。石段の先にある寺と巨木の影は、どうしたところで彼女の目に入るだろうが。
    「今夜はなんかやばいからダメなんです」
    「やばいの?」
    「やばいです。なんかこう、悪いモノがざわざわっと。俺ばあちゃんこだからちょっと霊感あるし、こういうときはホントにやばいんです」
    「おばあちゃんこって関係あるのかしら」
     千代の口調はのんびりとして、青年の危機感が微塵も伝わらない。それに苛立ちつい口走る。
    「清兵衛杉か庄兵衛杉かわかんないけど、いよいよ……」
     呪いの本領を発揮しようとしているのでは。口を噤んで核心に触れずに済んだが、千代の前で二本の巨木の名を出した時点で手遅れだ。信仰が厚い彼女の前で軽々しく出して良い名ではない。この場から引き剥がそうとしているのなら尚更だ。
    「俺は柳内神社の宮司さんを呼んで来るんで。あ、お坊さんじゃなきゃダメなのかな……とにかく、近付いちゃダメ! 途中まで送るから!」
    「やだ、押さないで、おにぎりつぶれちゃう」
     後ろに回り込んで小さな背中を押して進ませる。千代は緊張感のない悲鳴を上げたが、今は青年に従った。
     しかし、しきりに振り返る彼女の目は、遮ろうとする青年越しに神木の姿を見ていた。


     闇には種類がある。
     万物の原始たる闇。棲まう闇。隠れる闇。安寧たる闇。人間の世によれば、孤独、停滞、死などと種類を増やしていく。
     それらを等しく塗り潰し呑み込むだから、つまるところ闇は闇でしかない。鬼が鬼でしかないように。
    《災藤副長》
     獄卒としての名を呼ばれて、顔を上げる。闇の中にはなにも見えない。見えないという知覚。見えていないだけで在るということを知っている。埃ひとつ砂粒ひとつにまで干渉しこちらを見ている。そういったものが、災藤に問う。
    《彼はどうですか》
     幾度となく繰り返されながら、さして重要な問いではないように思えた。それは、見ているはずなのだ。
    「計画に則って、目標が潜む異次元へと攻め入った頃です」
     特務室の長として、閻魔庁に連なる獄卒として、部下を率いて職務を遂行している。今回は事前に行動計画すら示した。
    「貴方が望む姿で在るのだから問題ないでしょう。それとも、なにか危惧するところでも?」
     闇に向けて問い返す。会話していてもそこに息遣いはなく、己の言葉が本当に届いているのか確証はない。実のところ、それはいつだって一方的だ。
    《貴方は、どう見ていますか?》
     予想通りだと、災藤は皮肉にならないよう微笑した。もとより張り付けていた表情であったから、然程変化はなかったかもしれない。
    「獄卒は使役されるもの。彼が組織に従うのであれば憂慮することはないでしょう」
     閻魔庁に属する者は、己の在り方を獄卒として示す。肋角が選んだ特務室の獄卒たちも例外ではない。
    「しかしアレは鬼だ。鬼とは嗤い、戯れに殺し、喰らう者。彼の牙は神仏をも喰らうやもしれません」
     貴方が彼を獄都の脅威などと呼ぶ理由はそこにあるのに、藪をつつくようなことをする──とは思うに留める。口にしたところで、闇はそれらしく取り合わないかもしれないが。
     恐れるならば、行かせなければよかったのだ。閻魔庁上層部はすでに、敵性がただの亡者だけでなく神霊である可能性に気付いている。あの男がそれと接触した時に、獄卒として在るか、鬼の顔を見せるか。その時が来るまでわからない。
     しかし、鬼が鬼でしかないのであれば。
    《その時は、貴方の力を貸してくれますか》
     幾度となく繰り返されながら、さして重要な問いではない。災藤がなんと答えようと、あの鬼を脅威として疑懼し、忠誠を試し続ける。
    「それが貴方の意志ならば」
     試されているのは、彼だけではないのだろう。
     すべてを呑み込む無為の闇の中、誰もが等しく、存在の在り処を問われている。


     閉ざされた空間に風が吹きすさび哭き喚く。行き場を失って悪戯に木々を揺すり、魑魅魍魎を躍らせる。もはやろくな形を成せない霊魂は、せめて吹き荒れる風を己のものとしようともがいていた。
     風は流れるだけだ。喚きはしない。
     痛みを、怨嗟を、絶望を疾呼し飛び回る霊魂を、田噛はツルハシのひと撫でで滅した。武器を振りぬいた脇を風が去っていく。それ自体に音はない。ただ新たな咆哮を運んでくる。隙をついたつもりで飛びかかって来た魍魎の脳天に刃を振り下ろし、頭蓋を砕いた。
     くずおれて足にもたれかかる死骸を蹴り飛ばしながら、周囲の気配を探る。
    「……キリがねぇな」
     呪い木を取り囲む魑魅魍魎は、それぞれが開けた穴から次々に湧いて出た。次元を裂いて行き来する力など持たないはずだが、瘴気によって歪んだ霊脈に乗じれば、彼らでも力づくでこじ開けることができる。田噛が穴に張られていた結界を砕いたことがその不安定さの要因だろうが、斬島たちを中へ送るためには致し方ないことだった。自業自得とは言うまいし、誰も指摘しない。そこにいる相棒はそんなことに気付くはずもないのだから。
    「ふっはぁー! やべぇなコレ、無限パターン入ったんじゃね?」
     平腹は無駄の多い動きで物の怪を蹴散らし、気ままに暴れまわっている。中に入りたいと愚図っていたのが嘘のようだ。
    「田噛! たーがーみー!」
    「なんだよ」
    「ほい、パス!」
     てんてんと転がっていた黒い蹴鞠のような怪異を見つけて、平腹はそれが穴へ飛び込む前に蹴飛ばした。宣言通り、田噛へと向けて。
    「……だりぃことさせん、なっ!」
     まっすぐに飛んできた塊をツルハシの柄で打ち返す。しかし見立てたボールのようには弾まず、田噛の手元で破裂して赤黒い体液を飛び散らせた。
    「ダメじゃーん。ホームラン狙えよぉ。せっかくオレが手加減成功したのに」
    「じゃあお前がやれ。オラ」
    「ちょっ、みっつ同時かよ!」
     下級の物の怪の相手にすっかり飽きて、遊び心が芽生えてきた。始めこそ威勢よく飛びかかってきた魑魅魍魎や霊魂も、獄卒の力を目の当たりにして気勢を削がれ、枝の上から様子を窺う者が増えている。
    「なあなあ、なんか風強くなってきてねぇ?」
     結局すべてのボール(のようなもの)を破裂させて、平腹は制服を体液塗れにしていた。それに少しばかり消沈して、真上から飛びかかってきた魍魎はシャベルで腹を刺してぞんざいに放り投げた。
    「荒れてるな」
     田噛は答えながら、地中から這い出てきたものに踵を落とす。巨木を見上げていたために、それがなにか視認することはなかった。
     吹く風よりも激しく枝葉を揺らし、庄兵衛杉は全身を戦慄かせていた。空間中に花粉が降り注いで霞のように煙っている。平腹はその光景に痒い気になって目を擦った。
    「やべぇ、花粉症まっしぐら!」
    「獄卒がなるかよ」
    「これすっげぇ迷惑だな。こっちって春はいつもこうなんだろ? 人間って大変だな」
    「自業自得だ」
     自業自得とはこういうことを言うのだ。思いがけない単語に、平腹は飛び回る羽蟲の物の怪を叩いて回りながら、きょとんと田噛を見つめる。
    「人間の都合で拡げて放置した杉林が、荒れて死にかけて花粉をバラまいているってだけの話だ」
     すべては人間主導だ。自然はその場に在るだけで害意を持ち合わせてなどいない。たとえ死にかけていても、成そうとするのは外敵への復讐ではなく種の存続だ。人間が思っているように自然が牙を剥くことはない。
    「……今回の件だって、人間を殺したのは人間のミスだ」
     伐採中の事故として処断され、罰せられる人間もいる。それを、後味の悪い不祥事の責任転嫁をしたいのか、祟りだ呪いだと囃し立てている。肋角の言う通り、潜在的な自然への畏怖がそうさせているのだろう。
    「これは生きたいっていう断末魔の足掻き。それだけだ」
     降りかかる花粉が厭わしく思い、ツルハシを振って払った。切っ先に触れた霊魂が金切り声を上げ千切れて消える。舞い散る花粉は一払いしたところで、次々と制帽や服に付着していった。
    「さっすが田噛は物知りだなあ、っと」
     土竜のように地中を掘り進む物の怪に、シャベルが突き立てられた。引き抜くと、さじ部にこびり付いた羽蟲の死骸を薄桃色の粘液が覆っている。
    「じゃあさ」
     平腹はやけに粘り気のある体液に顔を顰めて、または別に思うことがあってか、声を低くする。
    「いま生きてぇって足掻いてるのは、亡者か? それともあの杉か?」
     妄執に囚われて生者の魂を貪る亡者と、その怨恨と悪意に蝕まれる神木。現世とあの世の狭間でふたつの死の気配が鬩いでいる。どちらも生者の流言に囚われた憐れな存在だ。
     しかし、獄卒は同情など持ち合わせていない。
     飛来する物体に、田噛は平腹へと短く警告したが間に合わなかった。頬骨に石が当たって肌を削る。浅く抉れた肉から血が滲んだ。
    「……あ?」
     大した傷ではないが、平腹は不機嫌に石が飛んできた方向を見上げた。飛び跳ねる魑魅魍魎の重みで激しく上下している枝がある。悪知恵を働かせて飛び道具を使うことにしたようだ。シャベルの汚れに気を取られていた平腹に、一矢報いたと狂喜している。
    「なあ田噛。今のどれ? どいつがやった?」
    「あんなワラワラいちゃわかんねぇよ」
    「そっかぁ」
     すげない返答に平腹はかくりと肩を落とす。腑抜けたようで、次の手に繋がる体捌きは素早い。
     枝の上で一際はしゃいでいた魍魎の頭をシャベルが縦に貫く。投擲されたそれは、後ろの杉の幹に死骸ごと突き刺さって止まった。
     突然の出来事に、一緒に騒いでいた物の怪たちがぴたりと静まる。代わって牙を剥き出しにして嗤ったのは平腹だ。
    「じゃあ皆殺しだなあ! てめぇらぁ!」
     その手で放ったシャベルの軌道をなぞって飛び出す。着地点にいた者を踏み潰し、手近にいた者から無差別に素手で千切り捨てた。幹を足蹴にしてシャベルを引き抜いてからは、粘り気どころか臓物を絡ませながら物の怪魑魅魍魎を貫き、薙ぎ払い、叩き潰す。哮けり哄笑する姿は獄卒としての職務を見失っているが、それでも結果が伴うのが肋角の采配だ。そもそも。
    「はじめっからそういう命令だっただろうが……」
     呆れ眼で呟いて、田噛はツルハシを持ち上げた。黒い刃に砂塵のような花粉が積もっている。指先でなぞると手袋が淡黄色に汚れた。
     生きたいという断末魔。
     それが人に触れて、呪いに変じる。
     呪いを生み出すのは誰だ。
     生きたいと足掻いているのは。
    「……知るかよ」
     平腹に投げ飛ばされた魍魎が足元でのたうっている。ツルハシを突き立てれば噴き出した血が刃にこびり付く。声なき断末魔が、死の色に塗り潰された。


     空間に己の呼吸ばかりがやたらに響く。無様なことだ。持久力が足りない。館に戻ったならまた鍛錬に励まなければ。必要なのは実戦での隙のない体捌きの維持、そのための体力と集中力だ。ひとりで素振りをしたところで身につかない。誰に相手を頼もうか。長時間の手合せに付き合ってくれるのは。
     空気が動き、斬島は短く息を吸う。
     錫杖が環を利用し刀を絡め取ろうとしていた。刀を引いて後退すれば、くるりと回転し喉を狙う突きへと変ずる。無理な後退で身体が傾いでしまっていた。軸足となる左足はろくに地面を噛んでおらず、避ける術はない。見た目通り重心を見失っていればの話だが。
     重心移動で敵を欺いて、斬島は腰から右足の筋を軸に前へ出た。錫杖が襟を掠めて行き過ぎる。相手は防御のために錫杖を引き戻そうとしたが、それより先にカナキリが腹を深く斬り裂いた。
     獄卒は身体をよじり、内臓をこぼしながら地面に伏す。すぐさま倒れた身体に近付き、四肢の靭帯と腱を断って首を斬り落とした。獄卒、そして今は傀儡であろうとこれですぐには動けまい。念のため首を遠くへ蹴り飛ばせば、断面から鮮血を迸らせながら闇の中へ消えていった。
     交戦に集中するため、やかましい肺を押さえつけていた。深く長く吐息して呼吸を再開する。肺が酸素を欲して膨れ上がるため、肩まで上下してしまう。魂を肉の器に収める限り、内臓が欲するものは与え続けなければならない。不死の身とはいえ、その制約から解き放たれることはない。
     カナキリを振ると真新しい血が放射状に飛び散り、肉片がどこかでびちゃりと音を立てた。はじめの交戦から休みなく刀を振るい続けている。刀はハバキまで血で濡れてしまっていた。指先から腕全体に這い上がるような痺れが広がる。
     斬れば斬るほど刀が重くなるというのは錯覚だ。刀は血を吸わず、手入れしてやれば錆にもならない。単純に疲労が蓄積している。操られているとはいえ、相手は鍛錬を積んだ獄卒だ。武器を交えれば数度の打ち合いとなった。
     腕には自信があり、現にここまで勝ち進んできた。戦い続ければ疲弊する。それだけのこと。
    「進んではいるが、糸口がないな」
     首が消えていった暗闇から入れ替わりに、肋角が姿を見せた。その手に頭陀袋のようにぶら下げているものは、斬島と同じ制服を着ている。頭蓋と関節のすべてを砕かれた獄卒の死体は、やはり頭陀袋のように闇の向こうへ放り捨てられた。身体を失った生首と、頭を失った骸が並んでいることだろう。
     肋角は部下の成長を見ようというのか、己に向かってくる者だけを相手にして斬島に手を貸さない。ほとんど闇に紛れて姿を見せず、時折鼻孔をくすぐる葉煙草の香りのみが彼の存在を知らせる。闇から出てくるのはこうして話しかけるときだけだ。斬島のように派手に返り血を浴びてはいないが、傀儡の相手をしている右手だけは見るたび新しい血に染まっている。
     斬島はかわしてきた武器を数えようとして、やめた。状況は膠着して進展がない。肋角は倒した数の報告を受けるために出てきたわけではないだろう。闇から斬島を見続け、自らも向かってくる者を屠ってきた彼のほうが正確な数を把握している。
    「斬島、敵を視認したならすぐに斬りかかれ」
     肋角は咥えた煙管を右手に取ろうとして、血で汚すのが嫌なのか左手に持ち変えた。執務中にインクで手を汚したときとなんら変わらない仕草だ。
    「逐一 武器を交えても疲弊するだけだ」
     指摘され、気付く。不意打ちもあったが、ほとんどの交戦が後手に回っていた。敵を発見し、体格を見定め、迫る武器の形を確認していてはそうなる。斬島には抜刀の速さ、鍛えられた足腰からなる踏み込みの広さから、先手必勝の機会もまた多々あった。無意識のうちに己の強みを捨てて、無駄に刀を交えていた。
     肋角は指摘し、その理由を問うている。無意識ゆえに答えられない。
     沈黙し、ふと肋角の姿がまた消えていることに気付く。
     死角から突風を感じて、斬島は身を投げ出した。なによりも回避を優先したために体勢が滅茶苦茶だ。受け身を取り、地面に転がっている間に自身を貫かぬようカナキリを手放した。
     回転する視界の端で捉えたのは、金棒のような影。
     まさか。
     葉脈の壁にぶつかったところで素早く立ち上がる。随分と転がってしまった。敵の全身が視界に収まる程の距離がある。
     重量のある武器がずんと地を突き、足裏に振動が響く。
     現れた獄卒は上背があり、発達した僧帽筋の膨らみにより一回り大柄な印象を受けた。手にしているのは巨大な両節棍だ。鎖の部分がやけに長く、棍は手元の部分だけ細く持ち手のようになっている。
     目に見える情報から敵を分析し、手を考える。相手は二本の棍棒を持っていると考えた方が良い。ただの両節棍ならば鎖を断ち切って攻撃力を殺げただろうが、棍棒としても扱う戦法なら無意味だ。効果はせいぜい射程を短くする程度だろう。
     不用意に近付けば鎖に武器を絡め取られる。重量のある棍を繋ぐ強度の鎖だ。武器どころか腕を取られて骨を折られる恐れがある。それに、鈍器と打ち合うことになればカナキリが無事では済まない。すでに経験したことだ。実戦にて手合せの二の舞を演じはしない。
     分析は己の心情にまで至った。この場での再戦を望まず、いま対峙している相手が、彼でなくてよかったと感じた自分がいる。
     鍛錬場にて再び手合せを願うため、まずはこの任務を無事遂行する。
     斬島は駆け出して、獄卒との直線上にあった刀を手に取った。傀儡はこれまでの者たちと同様、敵の殲滅のみを目的としており戦術を持たない。斬島が武器を取り戻すのを阻止しようとはしなかった。
     それとも傀儡なりに考えて、頭を潰せば武器を取られても問題ないとしたのか。鎖の擦れる音、伸びきる音がほぼ同時に聞こえ、振り回された棍棒が斬島の頭上を掠めて制帽を飛ばす。咄嗟に武器を拾い上げるよりも余計に身を屈めていなければ、一撃で決着がついていた。
     棍棒の長さはカナキリと同等。しかしそれを両節棍として振り回すことで敵の攻撃範囲は格段に広がる。鍛えられた上体の筋力により、大物の武器でありながら次々と攻撃が繰り出される。一撃一撃が大味のため避けることは容易い。しかし斬島にはこれまでに体力を消耗している不利がある。戦闘を長引かせるわけにはいかない。
     回避しながらも敵との距離を一定に保っていたが、相手が棍を手元に引き戻したのをきっかけに、斬島は大きく後退した。正攻法でいけばこの隙に間合いを詰めている。武器の特性を最も理解しているのは使い手自身だ。敵の打つ定石など知り尽くしており、カウンターとなる一手も身に付けているはずだ。
     標的が両節棍の射程からはずれたことで、獄卒は右手の棍を鎖で振り回しながら斬島を追って進み出た。投擲を誘うため、その場に留まり射程圏内に収まる。
     傀儡の共通点として、絶えず攻めに出て相手の出方を窺うことがない。この性質が、獄卒同士の戦いでありながら斬島を多少有利にしていた。
     実力が拮抗する者同士の戦いは、読み合いにして騙し合いとなる。
     地を蹴り、低い姿勢で前に飛び出す。狙うは足だ。棍棒をかわして手首を斬り落とすことも考えたが、鎖の脅威によって諦めた。足への攻撃が賢明だということもけしてない。大柄な者、特に大きな得物を扱う者は足元を警戒している。届きはしない。しかし回避させることができれば、斬島は脚力によってさらに踏み込み追撃を放つことができる。
     頭上で鎖がうなる音を聞きながら刀を一閃する。敵は回避しなかった。カナキリの切っ先も届かない。左手に持つ棍が地面に突き立てられ、刀を防ぐ。
     それでも片腕を無効化することができた。刀の軌道を変えさらなる斬撃を繰り出そうとし──肌が粟立つ。
     一刀の斬島に対し相手は両節棍。しかし、左手は防御に、右手の棍は攻撃のために投げ放っている。そう思っていた。
     見上げた先には振り上げられた棍棒がある。振り回しておきながら、遠心力によって放たれず敵の手に留まっていた。鎖を絡めて力技で手の中に引き戻したのだろう。鎖に巻き込まれ棍棒に括りつけられた右手はひしゃげている。傀儡には、関係のないことだ。
     振り上げた腕はそのまま振り下ろすのみだ。攻撃の軌道は読めている。この距離ではかわせない。防がなければ。
     本能が防御に転じろという。理性でそれを抑えつける。打ち合ったところでカナキリが押し負ける。それでは防御として機能しない。経験によりそれを知っている。
     だから、再戦のときにはどう動くべきか、ずっと考えていた……
     斬島は右肩から相手の懐へ飛び込んだ。近接により棍棒による致命打は避けられたが、渾身の力で振り下ろされた腕が左肩に叩き付けられる。衝撃で肩がはずれ激痛が走った。しかし攻撃の意思は挫けない。
     肉薄の距離にあっては刀を振るえず刃は力を失う。斬れぬ刀はただの鈍器だ。カナキリを素早く逆手に持ち替え、柄を上にして相手の身体に平行に沿って振り上げた。
     柄頭が傀儡の顎を砕く。
     顎から脳天へと突き抜ける衝撃に、相手は大きく仰け反った。主の意志に呼応するように、斬島の手の中でカナキリは回転し、持ち手が正位置へ戻る。
     片手で振り上げるには刀は重く、全身の筋が軋む。痛みは咆哮によって攻撃の気勢へと変えた。
     白刃が閃き、相手の肩口から腰までを斬り裂く。
     傷口から血を噴いて、巨躯が大の字に倒れた。
     「──はあっ、はっ……」
     読み違えた時は肝が冷え総毛立ったというのに、一瞬にして血が沸騰したかのように汗が噴き出した。脱臼した肩が重い。しかし動ける。立っているのは斬島だ。
     勝利の喜びはない。障害を退けただけで、亡者を捕える任務は進展していないのだ。それなのに今後の働きに関わる怪我を負ってしまった。傀儡との戦闘はますます不利になる。
     己の不足を痛感しながら、斬島ははずれた肩を入れるために刀を鞘に収め、左腕を掴んだ。痛痒に構っていられないというのに手が震える。大きく息を吸い、吐き出さずに止めると同時に震えもやむ。全神経をそこに注いでいた。
     背後で膨れ上がった殺気は、先刻まで曝されていたものとまったく同じものだ。振り返ることすら間に合わない。
     刹那。前方から矢のような物が放たれ、斬島の背後の殺意に突き刺さる。
     斬島がやっと振り向いたときには、喉から棒を生やして獄卒が倒れていた。暗闇からぬっと出てきた肋角の足に頭を踏まれ、脳漿が飛び散る。両節棍を握る手からついに力が失われた。
     斬島を救ったのは見知らぬ槍だった。それも柄が半ばで折れて、乾いた血がこびり付いている。槍が飛んできた方向を見やり、葉脈の仄かな光を頼りに目を凝らす。
    「……常ならば、脳を揺さぶられればしばらく動けまいが、相手は傀儡だ」
     そこには葉脈の壁を背に座り込む谷裂の姿があった。青白い顔で皮肉を零す。
    「まだまだ炯眼には及ばんな、斬島」
    「谷裂」
     斬島は駆け出そうとして、肋角に左腕を掴まれた。痛みは一瞬で肩をはめられる衝撃に上書きされる。肋角は整復の前後とも無言だ。なんでもないことのように手を離す。
     斬島は蹲りそうになるのを気力で堪え、呻きを噛み殺して一礼した。ゆっくりと足を踏み出す。痛みを抱えてまともに走れるはずがなかった。肩関節が正常な位置へ戻っても、鈍痛は身体を苛み続ける。
    「無事か」
    「……完全に取り込まれていないというだけだ」
     屈んで目線を合わせる。谷裂は壁にもたれて楽な格好に見えたが、血の気のない顔に冷や汗が浮かんでいた。減らず口を叩きながらも立ち上がろうとしない理由は、彼の右腕を見れば知れた。右肩が上がり、その先は完全に関節がはずれてねじ曲がっている。谷裂をその場に縫い留めているのは肘に突き刺さった彼の金棒だ。骨ごと壁に食い込み、肘から先は僅かな凹凸に腕の名残をとどめて葉脈と一体化してしまっている。肩に向かって細い触手のようなものが伸びているが、それもまた金棒を境に浸食が進まぬよう食い止められていた。
    「じわじわと食われている。だからこそ、これ以上襲われることはなかったが」
     じっとしていても亡者の糧となるのみ。しかし下手に動けば触手か傀儡のどちらかに襲われる。手詰まりだ。己の置かれた状況を省みて、谷裂の表情が苦々しく歪む。
     斬島は言葉を探し、頭になにかを乗せられたことで口を閉じた。視界の上半分に制帽の黒いつばが見える。戦闘中に飛ばされたまま忘れていた。
    「無事でなによりだ」
     斬島の頭に制帽を乗せて、肋角は静かに谷裂を見下ろす。
    「肋角さん……」
     上司自ら出向いていたことと、かけられた言葉に谷裂は目を丸くして、しかしすぐに苦渋の色を浮かべた。己の働きに対する悔恨が瞳に満ちている。
    「申し訳ありません。隊の崩壊を防ぐことができませんでした」
     現場における指揮官の号令よりも、己を派遣した肋角の意図に従うのが谷裂という獄卒だ。単独で動くことで全体の調和を図る隠れた働きは、今回の任では真の横暴に振り回され、実を結ぶことはなかった。
     煙管を咥えた肋角の口は、館の獄卒たちにとって馴染みある微笑を浮かべる。
    「お前の働きが不十分だったか否か、報告書を見て判断しよう」
     そのためには獄都へ戻らなければならない。
    「再戦はまだ先だな」
     腰にあるカナキリが太腿に触れて、斬島はふと呟いた。すでに一週間待たされているというのに、互いの怪我の状態と、着任期間に比例した膨大な報告書の量を考えると、鍛錬場で顔を合わせる日は遠く思えた。
    「……先の動き」
     斬島の唐突な言葉にも、谷裂は意を汲み取ったようだ。鍛錬場で見せる勝気な表情を見せる。
    「一度見たからには、俺にはもう効かんぞ」
     足を狙い、回避か防御をさせてから軌道を変える切り返しの剣。元は前の手合せから、谷裂を相手に想定した反撃方法だった。今回は両節棍相手に出し抜かれてしまったためにうまくいかなかったが。
    「ああ、次までに手を考える」
     一本取られたなら次には取り返す。星の取り合いこそが互いを高めた。“次”を約束したことだし、谷裂には早く鍛錬場に戻ってきてもらわなければならない。彼が顔を出さなければ館の誰もが調子を狂わせるのだ。
    「その前に武器の手入れをせねばならん……」
     右腕に突き刺さった金棒に、谷裂は自身よりも武器を気にして眉根を寄せた。所々に細かな削片が見られる。長時間血に塗れているから磨きをかけてやらねばなるまい。それは斬島のカナキリも同じだ。
    「付き合おう。お互い省みる点は山程ある」
     己と向き合うには武器の手入れに没頭するに限る。斬島の言葉に、谷裂は彼の日と同じく静かに頷いた。
    「腕を斬り落とすぞ」
     肋角の手が谷裂の金棒に軽く触れる。この場から谷裂を救出しなければならない。しかし金棒をただ引き抜いては浸食が進んでしまう。残滓でも吸収させておけばすぐに襲ってくることはないと踏んだ。すでに葉脈と一体化している腕の先は、くれてやるしかないだろう。
    「斬島、できるな」
    「はい」
     斬島は迷いなく頷いた。左肩の脱臼のせいで左半身の感覚が鈍っているが、体幹は損なわれていない。腰を落とし、居合の構えを取る。
     肋角は立ち上がった斬島と入れ替わりに屈んで、谷裂の身体を押さえ込んだ。驚いて離れようとする頭を肩口へ導いて囁く。
    「動くな。皮一枚でも繋がっていればどうなるかわからん」
     斬島がいくら気丈に振る舞っても、万全の状態ではなく些細なことで切っ先が狂う。
     筋と神経を断ち切られる激痛の中でも意識を失うまいと、谷裂は肋角の腕を掴み返した。
    「肋角さん」
     しかし、敵に後れを取った無様な姿のまま、この姿だからこそと、口を開く。
    「同胞をひとり、屠りました」
     それは懺悔だ。己が見た光景を再度目の前に浮かべて、吐露する。
    「骸は徐々に輪郭を失い、消滅しました」
     背後にはまだ両節棍の使い手の死骸がある。あれもこのままでは完全に亡者に取り込まれる。谷裂はこの場に縫い付けられて、己の手で殺した獄卒が消えていくのをじっと見ていた。
    「あの者は、再び形を成すことができるでしょうか」
     摘み取った魂だけでも地獄へ送ることはできただろうか。それすらも亡者に搾取されてしまうのだろうか。あらゆる可能性があり、真実はひとつしかない。それはまだ誰にもわからない。
    「獄都へ戻り、その目で確かめろ」
     肋角の言葉は甘くはない。昔から師は無責任な希望を持たせないが、切り捨てることもなかった。谷裂は微かに頷いて、肋角の肩へ顔を埋める。
     斬島は息を吐くごとに、呼吸と気を鎮めていた。一太刀で腕を落とさなければならない。肋角の言う通り、一太刀で完全に斬り離せなければ、触手はそこから谷裂の身体の深くまで浸食するだろう。雑念を払い、抜刀の瞬間のみを意識する。
     刀を抜き、力強い踏み込みに斬撃を乗せる。
     楔から斬り離された谷裂の身体が、肋角の腕の中に頽れる。太い血管を断ったというのに腕の断面から血は溢れなかった。ほぼ壊死していたのだろう。
     谷裂は歯を食いしばり、悲鳴も上げずに耐えきった。表情は苦悶そのものだが、紫の瞳には意識の光が灯っている。
    「よく耐えた」
     肋角の言葉の調子は変わらない。しかし斬島に制帽を返したときのように、谷裂の背中をたたく手は穏やかだった。


     大気を燃やさぬ焔に音はなく、肌を舐める熱もない。それは肉の器ではなく魂に触れる。
     焔を振り払うため地面を転がる佐疫に向けて、木舌は大斧を振り下ろした。肉厚の刃が空を裂き大地を割る。指を斬り落としても已む無しとしていたが、佐疫は刃の下に潜り込む寸前で土を掴んで留まった。風圧が焔を消し去る。焔にまかれたというのに、佐疫の髪や服には焦げひとつない。ただの焔ではないのは明らかだ。
    「動ける?」
     木舌の問いかけに答える前に、佐疫は斧に手をかけて立ち上がる。
    「大丈夫。絡みつかれただけだ」
     仲間や家族であれ、武器に容易く触れられたくはない。佐疫とて同じことで、それでも触れた意図は単純だ。待って、様子を見よう。
     風もないのに霊樹が揺れている。隣の呪い木は微動だにせず、ただ瘴気を吐き出していた。その中にチラチラと宙を舞う落ち葉のような光が見える。落ち葉は一点に集まり、佐疫の身を巻いた青い焔となった。木舌が吹き飛ばしたものだろう。霊樹の枝葉を悪戯に揺らしているのも、同じく赤子の頭ほどの焔の塊だ。それらがゆらゆらと降りて、木舌と佐疫を取り囲む。
     霊樹に触れられるということは不浄の塊ではない。それに焔は、僅かに思念を発している。獄卒たちに触れようと、見えない思念の糸を放って窺っている。
    「犠牲になった生者の霊魂かな」
    「違う」
     木舌の当てずっぽうに、否定が囁かれる。
    「泣きつかれたよ。霊樹を切り倒さないでくれと」
     佐疫は転がっているうちに落とした制帽を拾い上げた。事務的に汚れを払い、栗色の髪に目深に被る。顔に落ちた影の下から、焔たちを見据えた。
    「あれは呪い木に取り込まれた獄卒だ」
     おお……と正面の焔が戦慄き吼える。
     獄卒の霊魂。そう認識したことで、木舌は無意識に同調してしまった。佐疫は彼曰く泣きつかれたときにこの声を聞いたのだろう。思念が繋がり、焔の声が脳髄に流れ込んでくる。
    ≪樹を……倒すな……道を……閉ざすな……≫
     男か女か、若いのか老いているのか、何一つ判別がつかない。現れた焔は六つ。すべてが無個性で、今やどれが思念を発しているのかわからない。もっとも、個を失ったそれらが目的をひとつとしているのなら、区別する必要はないだろう。
    「邪魔する気かな」
     思念の糸は見えないというのに、大斧に絡みつく害意は剥き出しだ。木舌は柄を握る指をにじって馴染む位置を探る。風圧で吹き飛ばせたのは、相手がそう強く抵抗しなかったからだ。一度は圧倒したという印象を捨てる。今や肉体を失い霊魂に思念を纏う焔と化しているが、獄卒のものとあれば侮ってはならない。それは肉の器に囚われない分、情念次第で無窮自在だ。
    ≪……霊樹があれば……神木が獄都と繋がっていれば……また戻れるかもしれない……≫
     霊脈が繋がっているために、取り込まれた末に霊魂だけは獄都に還ってきた。しかし魂は呪い木に囚われている。人間の魂ならばとうに養分として存在を溶かしているだろうに、焔として形を成すほどの情念を残すのは幸か不幸か、獄卒が故だ。
     同胞の魂に縋り付き、警戒し、焔は繰り返す。
    ≪霊樹を……道を断ち切られては……今度こそ存在が消える……≫
     存在の楔たるそれを、断ち切ることは許さない。
    「消滅の恐怖に堕落したか」
     佐疫は眉を顰めて呟く。その瞳には同胞への憐れみが見られた。
    「獄卒ともあろう者が、嘆かわしい話だ」
     同意して木舌は嘆息する。取り込まれた獄卒が、再び存在を成すことができるのか、まだ誰にもわからない。出立前に肋角に聞かされた。獄都にある霊樹を切り倒せば半一体化しつつある獄卒の存在も切り離され、消滅する可能性がある。木舌の大斧には、その重みが課せられている。
     それでも、現世とあの世の秩序を保つために成さねばならない役がある。
    「これを全部かわしての作業か。つくづく厄介だ」
     作業。そう言い換えて大斧が軽くなるわけでもないが、今回の任務での木舌の役割は幹を切り倒すだけのことだ。前後の苦労など、館に戻ってから酒で飲み下してしまえばいい。渋々ながら佐疫の許可は得ている。
    「佐疫、援護してくれるかな。ちゃちゃっと終わらせよう」
     焔の間をかいくぐるために腰を落とす。それを対立の構図と悟り、正面の焔が獣の鬣のように揺らぎ膨れ上がった。共鳴するように次々と焔が肥大化し形を成そうとするが、獄卒としての在り方を忘れたそれらは歪にうねるのみだ。
     虚ろな魂が存在の輪郭を渇望し、絶叫する。
     やはりそれも音はなく、同胞たる獄卒の魂にびりと響く。
     鼓膜に伝わる音はひとつ。
     突如、瘴気が鋭く貫かれる。
     平素なら猟銃に驚いて飛び出す小動物の姿はなく、周囲の森は静まり返っている。張り詰めた空気に乾いた銃声は長く木霊した。
     木舌が動くよりも先に、佐疫は素早く銃を抜いて焔を撃ち抜いた。風圧で吹き飛ばされてもまた一箇所に集まり再生したそれが、一発の銃弾によりか細い悲鳴を上げ宙に溶けて消える。
    「佐疫」
     木舌が敵陣へ飛び込み撹乱させ、隙をついて樹を切り倒す。佐疫にはその援護を頼んだのだ。彼がその意図に気付かなかったということはあるまい。
     木舌の声音は咎を含んだが、佐疫は応えず残る焔を睨み付けた。澄み渡る日のような穏やかな空色の瞳が、今は酷く冷淡な色をしている。
     木舌は見誤っていた。佐疫は憐れんでいたのではない。
    「“無”を前に恐れをなすとは情けないな」
     焔ひとつひとつを見るその目にあるのは嫌悪と侮蔑だ。
     佐疫は撃鉄を起こし、銃を構える。彼の愛用するリボルバーだ。よく見慣れているために、そして不死の獄卒という慢心から忘れがちだが、それは最も単純に、無慈悲に、すべてを蹂躙する武器だ。引き金を引いて当たりさえすれば衝動だけで対象を破壊する。弾丸に殺意が込められてしまえば、そして引き金を引く瞳が揺らぐことがなければ、その暴虐は絶対のものとなる。
     放たれた銃弾は、焔の核を捉えて存在を掻き消した。
    「生死を超越したところで俺たちは神ではない。獄卒だ。存在を見失えば無に帰すだろう」
     焔のひとつが佐疫に覆いかぶさろうとして撃ち抜かれる。佐疫は眉ひとつ動かすことはない。ふたりの邪魔するそれは、すでに同胞の魂などではない。
     霊樹がある限り、現世で亡者が力を増し続けることは明白だ。閻魔庁が蝕まれる霊樹を切り倒すことを良しとしないのは、それが獄都からの現世管理の要のひとつであり、現世における地獄の王への信仰の証であり、閻魔庁の威信そのものであるからだ。
     それでもふたりがここに立つのは、獄卒としての役割を果たすためだ。地位も体裁も持たないからこそ、純粋に獄卒として在ることができる。
    「だから俺たちは役目を成さねばならない。罪を犯した亡者を追い詰め、捕え、罰する。獄卒であることが俺たちの存在理由だ」
     その行く手を遮る者は、迷いなく屠る。
     佐疫は淡々と撃鉄を起こし、焔へ向けた。迷いなく正確に核を捉え続ける。
     焔たちは佐疫を脅威と見定めて、敵意と殺意を以て包囲する。
    「獄卒としての責務を果たせず、存在の妄執に囚われたのなら、お前たちは亡者も同然だ」
     みたび銃が火を噴き、歪んだ魂を千切る。
     同胞を屠る佐疫に感情の揺らぎはない。しかし彼が銃を持ったその根底には静かな怒りがあった。獄卒としての在り方を見失い、歪め、誇りを踏みにじった者への怒り。
     木舌はこの場に至って理解する。
     ああ、佐疫が優れた獄卒なのは。
    「塵と消えろ」
     奈落において誰よりも高潔であろうとするからだ。


     谷裂を救出したところで、状況は悪化の一途を辿っていた。神木に巣食う亡者を捕えるどころか、その影を見ることすらできていない。斬島は傀儡となった獄卒の相手をして左腕の機能を失っている。右腕自体を失った谷裂は消耗が激しく戦闘員にならない。再生速度も期待できなかった。
     この状態で、肋角がさあこれからどうする気だと問うたなら、ふたりは叱責されたと憔悴したことだろう。
     その顔が見られなかったのは、膠着していた状況が変化したためだった。この期に及んで好転することはない。これまで斬島や肋角を襲うことのなかった触手が、四方八方から迫り来る。斬り落とされた谷裂の腕は急速に吸収され枯れ枝のようになり、最後には葉脈の壁に溶けて消えた。なにかを貪っていなければ気が済まぬ餓鬼の如く、触手は貪欲に搾取する。
     斬島は谷裂を庇いながら刀を振るうが、仲間を守るどころか自身の怪我すら補いきれていない。肉が剥き出しとなった谷裂の右腕を狙う触手を切り裂けば、左側から迫る触手に対してはまったくの無防備となった。
    「ここまでだな」
     肋角は見切りをつけ、斬島へ向かう触手を煙管で弾いた。火皿から灰を落として懐へしまう。
     一度は軌道が反れたものの、またも身動き取れぬ者たちを狙うそれに肋角は腕を差し出した。
     触手が三本、右腕を貫く。
     谷裂が何事か叫んでいる。それだけ元気があるなら大丈夫だろう。
     肋角は腕をぐるりと回して触手を絡みつけ、拳を葉脈の壁へと叩き込んだ。衝撃のすべてを無効化していた壁が弾けて、空間全体が激しく揺れる。
     斬島と谷裂がまったく同じ顔で目を瞬いていた。ふたりの目を丸くした張本人は、壁に開いた大穴に足をかけて独りごちる。
    「欲しければはじめから大口を開けていればいいものを」
     穴の中からも触手が伸びて足に絡みつく。周囲では葉脈を流れる光が、先程よりも激しく蠢いていた。しかし穴の先にはその蛍火すら見ることができない。奥に満ちる瘴気が光すら霞ませる。
     学生を連れ歩くのはここまでだ。しかし、課題は残していかねばなるまい。
    「斬島。かごめ遊びは得意だな?」
    「……かごめ?」
    「抹本を手伝ってやれ」
     訳がわからぬまま復唱する斬島に微笑する。
    「すべてを見る者を呼び当てろ」
     肋角はそれだけを言い残して、穴の奥深くへと飛び込んだ。


     落下は時を数える間もなく、制帽を押さえる必要もなかった。着地の感覚もない。亜空間ではすべての感覚が狂わされる。
     辺りは一辺倒の黒だった。腕を持ち上げると血に染まった袖が見える。見えるということは視界を覆う闇ではない。濃淡のない、無意味に広がるばかりのただの黒。亡者が作り出した空間らしいといえばそれらしい。
     神木の内部より深層にある腹の中は、先程までとは真逆の居心地だ。溶け込むことを誘うようなぬるま湯ではなく、内臓まで突き刺す極寒。光がないことはすでにそこが胃袋の奥であることを思わせる。そんなものを介す必要がないためか、触手はすべて解けていた。
    「膳に上ってやったのに顔も出さんとはな」
     当てつけに煙をふかしてやろうか。ちょっとした嫌がらせを企んでいると、黒の中に色が浮き出た。はじめは紫煙のようにたなびき、渦を描いて藍紫の焔となる。それは火柱のように立ち上がって、一瞬にして袈裟を来た僧の姿を象った。
    「これはこれは、極上の鬼だ。きちんと手を合わせねば」
     僧は口元で手を合わせ、恭しく頭を下げる。背はさほどなく、腹回りのたるみも含めて標準的な中年男性と言える。罪を犯さずにいれば、亡者であれ生前の姿でいられるが。
     僧らしく丸めた頭を上げると、眉の上には二本の角が生えていた。人の頭蓋から歪に突き出たそれが瞼を吊り上げ、眼球が半ば飛び出ている。面の皮が角に引っ張られるのか、口角も常に上がって歯茎を剥き出しにしていた。もしくは、笑っているのか。
    「生に執着するあまり異形に堕ちたか」
     人間だけでなく獄卒までも喰らったためだろう。このまま異形化し姿を見失えば、人の輪廻からはずれ亡者ですらなくなる。
    「私を縛り付けたのは、生者の妄念だ」
     人間らしい点はまだ残っていた。罪に塗れた醜悪な魂は、けしてそれを己の咎だと認めない。
    「皆が口を揃えて言ったじゃないか。清兵衛杉の祟りだと。私は殺されたのだ。事故じゃない。殺された。あれに手を出したばかりに……」
     事故の直後から、住職が死んだのは清兵衛杉の祟りだという噂は口々に語られていた。
     この町で古くから信仰を集める神木の伐採には、当然反対の声も多かった。それをねじ伏せて作業に持ち込んだのが行政と、町民側かと思われていた住職だ。住職が寺を守ろうとするのもまた当然のことだが、人々の理解は得られなかった。憎まれながらも伐採は実行され、憎まれたまま住職は死んだ。
     そして人々は、それみたことかと、憎悪によって信仰を歪ませた。
    「切り倒さなければ死なずに済んだのだろう。なあ、それなら次は私が神木を守ろうじゃないか」
     噂が流れたのは事故の直後からだ。近隣で神隠しめいた失踪事件が起こるよりも先のこと。
    「神木に懺悔し、ひとつとなり、私は許された。神の力を得てここに存在している!」
     呪いを生み出したのは、誰だったのか。
    「生者の妄言にその気になったか。憐れだな」
     生前も、死してからも、男は人々の言葉に囚われている。流言の呪いに触れて、男の魂自体が新たな呪いへと変質していた。
     それについて、肋角の胸中には口程の同情もなかった。ただ、人間ならば憐れを催すのだろうと思っただけだ。定型句とも言えるそれに感情はない。
     背中を殴られたかのような衝撃に、足元が一歩ぐらつく。
     人間なら、という想像は的中していたようだ。肋角の背中から腹を、歪な刃のように硬化した触手が刺し貫いていた。空間を支配する異形の者は、眉間にしわを寄せてさらに険しく目を吊り上げている。すぐに憐れみを催すくせに、それが自分に向けられると怒り狂うのは人間くらいのものだ。
    「私は神木とひとつになった。この地を総べる神となろう。地獄の遣い如きに憐れまれる謂れはない」
     肋角は醜い傲慢を聞き流しながら自身を見下ろした。触手は攻撃のためだけに放たれたようだ。肋角の血を浴びていながらそれを吸収する気配はない。鮮血は制服を汚しながら流れて足元に広がる。
    「おいおい、もったいないだろう。せっかく馳走してやろうというんだ」
     腹から突き出た触手を撫で、血塗れになった手を広げる。指先から落ちた血が足元の血だまりに波紋を広げた。
    「這いつくばって舐め啜れ」
    「貴様……ッ」
     醜い傲慢に見合う安い挑発だ。亡者はいとも容易く激昂し向かってくる。肋角は指先から新たに滴ろうとしていた血を、指で弾いて飛ばした。
     飛沫が亡者の目や頬に触れ、じゅうと音を立てて肌を焼く。
    「あああああああああああああ」
     悲鳴を上げて亡者が蹲る。付着した血は皮脂まで蒸発させ、顔を覆う指の隙間から蒸気が立ち上った。
     相手が蹲ってしまったため、代わって肋角が歩み寄る。三歩目で腹に刺さっていた触手が抜けて血が溢れた。流れる血を手で受けながら腹を撫でる。血痕のみを残して、傷跡にすらならず穴は消えた。
    「どうした、遠慮はいらん。好きなだけ飲め」
     手に残った血も、せっかく欲しがっている者がいるのだから洗い流してしまってはもったいない。肋角は血まみれの手で亡者の顔を掴み持ち上げた。掌にくぐもった悲鳴が響き、皮膚が焼け焦げる異臭が鼻を突く。前歯が当たるのが不快で少し力を込めると、上顎が砕けて圧し合う歯が抜け落ちた。
    「下級の獄卒を取り込んだくらいで驕るなよ。百も生きぬ小坊主が、たかだか齢五百の神木を憑代にしたところで鬼を喰らえるわけがないだろう」
     亡者は無我夢中で抵抗し、ばたつく足が肋角の腹を蹴るが大したことではない。爪を立てて腕を引き剥がそうとしたとて、肋角の血に指を焼かれて悲鳴が甲高くなるだけだ。
    「本来なら、これもお前が好きにできるようなものではないんだが、なにをいじけているのやら……」
     鬱陶しい腕を捻じ切りながら思案する。神木が真にそれとしてあるなら、ここまで亡者の好きにはされない。神霊として神格を得ているとしたら尚の事、現世での傷みなど衰退には無関係だ。信仰により神性を得たそれの本体は、存在を裏返した獄都の霊樹にある。
     もしやこの神木まで、人間の言葉に囚われて忘れているのか。
    「お前を引き剥がすのは容易いが、はたして持ち直すかな」
     考えたところで、そのときが来なければわかるまい。そちらは部下たちに任せよう。なにもかも上司が片付けてしまっては成長に繋がらないと、肋角も長い指導生活で学んでいる。
     腕を失くした肩からひとしきり血を流し、亡者は悲鳴も擦れてのたうっている。肋角は思案を切り上げて、痙攣するたびに水鉄砲のように血を噴き出す断面に指を突っ込んだ。無造作に引き抜くと赤黒い筋が出てくる。形になる前に羊水から引きずり出された胎児のような、腕のなり損ないだ。それを再びぷつんと捻じ切る。
    「生意気に再生能力をも喰らったか。何度殺せば枯れるだろうな」
     亡者は自身の血と歯で詰まった喉からごぽりと胃液混じりの血を吐き出してから、また金切り声で喚き出す。この分ならまだまだ保つだろう。
     肋角は久方ぶりに血を浴びて、死臭の中でせせら笑う。
    「さあ、地獄へ堕ちる前に予行練習と行こうじゃないか。嬲るのは久々だが、長く続くよう努力しよう」


     闇の中、黒い水面に水滴が落とされた。空想し脳裏に描いた波紋が、幾重も円を広げていく。
     意識の浮上に抗うことなく、抹本は目を開けた。
    「空気が変わった」
     内臓を起こし五感を揺すり、己の存在を確かめるように声を発する。どもらず、引っかからず、はっきりと出せた。これなら誰の耳にも届くだろう。
    「怨毒が薄れた……斬島が亡者を抑えたのかな」
     丸めていた体を伸ばし、立ち上がる。天地の感覚を取り戻していた。空間全体が変化している。未だ異次元には違いないが、ここは斬島たちがいる場所と連続した空間のはずだ。見回してもなにも見えないままではあるものの、先までの隔絶された闇ではない。
     抹本の声を聞くそれは、確かな意思を持って干渉している。
    「そろそろ……呪いの在り処をはっきりさせなきゃ」
     呪いを振りまいているのは誰か。
     閻魔庁は亡者の捕縛を命じた。正しく導かれず彷徨う者、死して現世にしがみつく者は怨霊化しやすい。生者を手にかけ、獄卒にまで害をなし、呪いを振りまいている。
     生者は神木の祟りだと噂した。ただそこに在り続けた樹を神木と崇め、獄都に根差すほどの神性を芽生えさせておいて、その信仰を反転させ呪い木へと堕とした。
     肋角と田噛は、その神性が神格を得るまでに至っている可能性があると見た。それは神霊たる自我だ。思想に依存せずシンプルに在り続ける自然的物質世界から、思考し、感受する理念的精神世界へ移行する。
     呪いは、信仰と、思考と、理不尽に惑う激情から生まれる。
    「や……言ってはみたけど、はっきりなんて、させられないんだと思う。これは……みんなの呪いが、ちょっとずつ混ざった濁流でできた、渦の柱、なんだから」
     抹本は黒い竜巻を思い浮かべる。世闇の中で見上げる巨木は瘴気で輪郭が歪んでいて、すべてを巻き込んで破壊するそれに似ていた。
    「この渦の中には……君の呪いもあるのかな」
     こちらから姿が見えずとも、ずっと見ている。
     応えてくれると確信し、振り返る。
     はじめに見えたのは小さな影だった。仄暗い闇の中から徐々に輪郭を描き、姿を見せる。
     それは古めかしい着物を着た幼女の形をしていた。前時代であれば道ですれ違っても一瞥で見送ってしまうような、童の中に混ざれば見失ってしまうような、誰もが会ったことがなくとも思い浮かべられるありふれた童女の姿。郷愁から取り出して置いたかのような唐突さで、そこに立っている。
     童女の瞳が、森の中で陽光に輝く湖面の碧緑であることは、この空間ではかえって本然としていた。
     光源のない闇の中で視認できているということは、見ることが許されている。この空間の支配者たる者に。
    「剪定者か」
     童女が抹本に問う。低く抑えた女の声音か、平淡な男の声音か、どちらにも取れてどちらでもない音だ。鼓膜ではなく魂で聞く、神霊の声。
    「お、俺にそんな力仕事できないよ……コソコソと毒を作るか、喰らうかしかできない。あっ、く、薬も作れるけどね……?」
     抹本の答えは歯切れが悪い。神性の重圧や畏敬に臆したわけではない。対話となるとこうなる性質だ。覚悟していたというのに、いざ対峙すると悪い癖が出る。昼間も失敗したばかりだ。あの時は田噛が収めてくれた。今も、うまく話せるか自信はない。
    (こういうのに適任なのは木舌とか、佐疫とか、肋角さんが出てくるなら災藤さんだって……)
     しかし肋角は抹本を指名し、災藤は託して送り出した。応えなければならない。
     童女が一歩進み出る。緑を反射する水面が揺れるように、双眸が輝いた。
    「お前の呼びかけに応じた。何用だ」
     この巨木の神格であろう童女も、抹本に応えてここに在る。
     思考し、感受する魂ならば、在り方を示さなければならない。抹本は獄卒として、この童女は。
    「やっぱり、君は、祟り神になんて堕ちてない」
     深呼吸をして、次は抹本から歩み寄る。まずは伺うように、一歩。外套からクロモジの香りがほのかに漂う。
    「昔のヒトは、カミサマに捧げる獲物をクロモジに挟んだり、飾り物をクロモジで作ったりしていた。香木には、霊力があると信じられていた、のもあるだろうけど……たぶん、良い香りだから、捧げたかったんだと思う」
     神の声を聞く人間は稀だ。自然と同化できるものも少ない。しかしヒトは目に見えないそれを信仰する。か細い人間の声が届くようにと、信仰を示すために供物を捧げ儀式を行う。
    「ヒトの枕元に立って指示する、こだわりの強いカミサマもいるけど……でも、いつだってヒトの考える儀式は、カミサマと、身近な人々のための、試行錯誤の表れだ。カミサマはそれを愛でる、だけ」
     先は右足を踏み出した。次は左足で、もう一歩。
    「でも、君はヒトの信仰から生まれた神格だから……幾千のヒトの声を聞こうとするし、応えようとする」
     童女は、抹本の言葉をその身に受ける。
    「君が神格を維持していたなら、この意味を、拾い上げてくれると思った」
     信じていた、とは言わない。この瞬間まで抹本に確信はなかった。理論的ではなく、確証もない、ましてやカミなどいう事象を妄信的に信じられるのは、人間だけだ。
     抹本はゆっくりと童女に向かって歩み続ける。童女は動かず、抹本は足を止めた。
     手が届きそうで届かない。けして届くことはなく、しかしずっと触れ合っている。ヒトとカミの距離だ。
    「君には、まだ、ヒトの声が届いている。そうでしょう?」
     童女は、答えない。瞬きすらしない。それが肉の器ではないという証だ。
     しかしそれは、人間の真似をして嗤った。


     立ち止まる度に見上げようと、呪い木が枝を伸ばして覆う昏い空に変化はない。少し前まで平腹が暴れまわって立ち込めていた血色の霧も、土に浸み込んで消えている。局地的な血の雨は未だ降り続いていたが。
    「なあ田噛ぃ。オレさすがに飽きてきたぜー」
    「俺はとっくに飽きてる」
     平腹があくび混じりの間延びした声で、田噛にはどうしようもないことを訴える。田噛とてとうに飽きていて、しかし外側で肋角と斬島の帰りを待つしかないため、黙々と霊魂と魑魅魍魎の相手を続けている。睡眠はいくら取っても飽きないからそこに逃避したいものだが、絶えず湧き出る雑魚共の殲滅が上司から受けた命だ。すでに蔵整理のペナルティが課されている以上、気を抜いて一匹でも穴に入られてしまっては面倒を重ねることになる。
     田噛相手に隠すこともないと平腹は大あくびをしていて、口の中に返り血が入ったと大騒ぎしていた。この相棒は見ていて飽きることはないが、さすがに疲れが見えてきている。平腹は体力バカ故に疲労をそれと気付かないため、眠気がサインとなる。田噛も仕事中は常にある気怠さの重みが増していた。
     物の怪たちが狙うのは呪い木に繋がる穴と、そこに入る邪魔をする獄卒たちだ。そのため長く相手をしていると行動パターンも読めてきて、作業の単調さが増した。
     そう油断しているときに限って、突拍子もない事態が飛び込んでくる。
    「田噛ちゃん?」
     名を呼ばれたからというわけではないが──田噛はいち早く異変に気付いた。杉林の中から昼間とまったく同じ構図で、千代が姿を覗かせている。
     ツルハシを肩より後ろに振りかぶり地を蹴る。ほぼ同時に短い悲鳴が上がった。肉体を羨んだ霊魂たちが生者に群がろうとしている。千代は腰を抜かしてその場にぺたりと座り込んでしまっていた。
     ツルハシの一薙ぎで、霊魂は刃風に切り裂かれて掻き消える。しゃがんでいたのが幸いして、千代に触れたのは羽織をたなびかせる程度の風のみだ。
    「あ、昼間のばあちゃんじゃん!」
     急に田噛が見当違いの方向に行ったと驚いていた平腹だが、千代の姿を見て破顔して寄って来る。
    「お前、なんでここにいる」
     獄卒の姿とあって、田噛は猫一匹被らず普段と変わらぬ口調で問いただす。千代は田噛の変化よりも霊魂に襲われたことのほうが衝撃だったため、もう驚くことはないようだ。尊大な態度で見下ろされながらも素直に答える。
    「清兵衛様と庄兵衛様の辺りが、なんだかおかしかったから、気になって……」
     答え終える頃には気を落ち着けていた。今度は千代のほうからおずおずと問うてくる。
    「田噛ちゃんと平腹くんは、なにをしているの?」
    「雑魚を皆殺しにしてる!」と、正直に答えようとした平腹の口に田噛の拳が入った。つい手が出てしまい、噛み付かれる前に拳を抜く。平腹は怒ると思いきや口の中に拳が入るという新事実に大はしゃぎして、ふと穴の縁に集まっている魑魅魍魎に気付いてそちらへ飛び出して行った。相棒の騒がしさには慣れきっているため気に留めず、田噛は千代を見つめる。
     獄卒として半霊体化した田噛と平腹の姿が見えている。それ以前に、人の身でありながら亡者の作り出した異空間に入り込んでいる。通常考えられないことだ。生者ではまず近寄ることができないし、接近したところで霊脈の磁場が薄い壁のようにあるため異空間を現実のように垣間見ることはできない。それなのに千代はこちら側にいて、その目ですべてを見ている。
     異質なのは千代自身だろう。昼間、霊体として召喚した田噛のツルハシが見えていた時からおかしいと感じていた。その後に来た役場の青年には見えていなかったから、手違いでツルハシが実体化していたという線は消えた。肋角の言う万が一が、彼女に当てはまってしまった。
     なぜここに来ることができたのか。亡者の糧として招き入れられたのか、老いて先が短くあの世に霊質が近付いてしまっているのか。仮説としてあまり良いものはない。
    「どうしたの……?」
     千代は長く黙り込んでいる田噛を訝しんでいる。いや、その表情は心配しているのかもしれない。
     なにをしているのか訊かれたままだった。昼間のように、彼女が好みそうな内容を適当に答える。
    「……清兵衛杉と庄兵衛杉に悪さする奴を、追っ払ってる」
     あながち間違いではないはずだ。これ以上神木が毒されないよう武器を振るい続けている。
    「やっぱり、田噛ちゃんも平腹くんもみんな良い子ね」
     千代はやはりおおらかに疑うことをせず、田噛の答えを聞いて微笑んだ。正体がわからずとも、真実がその目に見えずとも、獄卒と神木のことを等しく信じて疑わない。彼女にそのままでいいと告げたのは、陽光の下で人間に擬態した田噛だ。
     しかし、世闇に紛れ獄卒として在る田噛は、可能性として敵性存在は亡者だけではなくこの神木であるとした。それが事実なら、千代が呼び慕う神木としての清兵衛杉と庄兵衛杉はもう存在しない。
     これ以上、外部から毒されないように邪気を祓うことはできる。
     しかし内部から腐り堕ちていたなら、信仰は届くことなく無意味な空想となる。
     ならば、彼女がここにいる意味は。
    「千代」
     千代は立ち上がろうと木の幹にしがみついて、田噛に呼ばれたことに気を取られてまたぺたんと尻をついた。この場に入り込んでしまったからには追い出すのも酷だ。本人に自覚はないだろうが、境目を行き来すれば魂に負担がかかる。異界化が溶けて空間全体が現世に戻るのを待ったほうが良い。
    「お前、信じているんだろう。清兵衛杉も庄兵衛杉も、人間を呪っちゃいないって」
     仮説として思い浮かぶ理由に、田噛らしからぬ綺麗事がひとつ混じっていた。無垢な信仰心が、彼女をここへ導いた。
     田噛の言葉は唐突ではあったが、千代はすぐに頷く。
     迷いのない返答を受けて田噛は行動に移した。
    「きゃあっ」
     千代が悲鳴を上げて田噛の首にしがみつく。小柄な身体を抱き上げて、田噛は飛び交う霊魂の中を進んだ。手の塞がった田噛を狙ってくる物の怪諸々は、平腹が薙ぎ飛ばした死骸にぶつかって視界から消えていく。死骸の砲弾は生者にとっては心胆を寒からしめる光景だろうが、幸い千代は手元の風呂敷に気を取られてうつむいていた。
    「びっくりした。おにぎり潰れちゃうところだったわ」
    「……おにぎり?」
     おおらかも過ぎると肝が据わりきるようだ。化け物が取り巻く惨状に怯えて取り乱したりしない。仕事場に生者が入り込む面倒事の中で、不幸中の幸いだった。
     田噛は目的地に着いて、千代を清兵衛杉の切株にそっと下ろした。魑魅魍魎は庄兵衛杉や周囲の木の枝を飛び交っていたが、切株の上にはけして下りようとしなかった。幹を切られながら、僅かに神木としての力を残している。人間ひとりならその力の加護を受けられるだろう。
    「そこでじっとしてろ」
     聡い女だ。あれこれ命令せずとも余計なことはしない。ひとつだけ言い聞かせて田噛は踵を返した。
    「田噛ちゃん」
     余計なことはしないと思ったが……呼ばれて肩越しに視線だけを送る。
    「頑張ってね。良い子のためにお夜食があるから」
    「オレも食うー!」
    「早い者勝ちよー」
    「……なんだそりゃ」
     肩に乗せたツルハシがずるりと落ちた。気を取り直して、肩慣らしに刃を振って風を切る。
    「どうしたよ田噛、変装してなくてもやさしーじゃん」
     大きな口でにまにまと笑いながら平腹が寄って来る。その頭上に迫っていた霊魂に向けてツルハシを振っても、自分が狙われたわけではないとわかっていて瞬きもしなかった。
    「うるせぇ。あそこでじっとしてれば邪魔にならないだろ。人間にうろちょろされたら気が散る」
    「それもそうだ。んじゃあ、もう一仕事だな。おにぎりが待ってるし!」
    「お前も大概地獄耳じゃねーか」
     湧き出る勢いは衰えたものの、未だ周囲を取り囲む害意にそれぞれ武器を構える。場違いなやりとりは、蓄積した疲労感をいくらか軽くしていた。
     時間は刻々と過ぎている。そろそろ斬島か、木舌か、もしくは抹本が、役割を果たすだろう。


     踏みしめる雑草すら枯れ果てた空間に、一陣の風が吹く。
     銃を引いて弾倉に弾を再装填し、周囲をくまなく睨む。敵の姿がなくとも佐疫の動作は俊敏で隙がない。
     そう、あれは敵だ。慈悲などない。
     銃弾の遺響は遠く残る木々に届いて消えた。硝煙の残り香を風が凪ぐ。佐疫は視線と銃口とで周囲を見回して、腕を下ろした。現れた獄卒の霊魂はすべて撃ち抜いた。新たな焔が現れる気配はない。足元に転がる薬莢は六発。木舌の出る幕もなく、すべて一発で仕留めていた。
     遺恨までも呪い木に吸収されたのだろうか。同胞の魂を顫動させた絶叫はもうなく、それらが在ったという爪痕すらない。荒れ地の中央には、淡く発光する幹とその光をも沈み込ませる黒い幹が静かに佇んでいる。
    「片付いたね」
     佐疫は銃を外套の中にしまって裾を整えた。声音は館の廊下で聞くそれだ。銃を抜いて収めるまでのすべてがなかったかのように、日常を繕っている。
     妄執に囚われた霊魂を断罪した酷薄の面影すら、風の果てに消え失せた。
     あれは敵であり、任務を邪魔する者であり、同胞ではない。
     風ですら地の果てに向かい流れ続ける。亡者は輪廻を巡る。獄卒はあらゆる痛苦の中から再生を繰り返す。銃弾に穿たれたあれは、どこへ送られたのだろうか。
     存在を見失えば無に帰すと、銃を手にした断罪者が言った。
    「……そうだね」
     聞いた言葉のどれかに頷いて、木舌は佐疫の隣に立つ。すべて彼に背負わせたことに、今はかける言葉などない。佐疫の役割は木舌をこの先へ送り出すことだ。彼がなにを蹂躙しようと、その道の先に立つのは斧を携えた自分であると知っている。
     しばしの静寂の後に。
     霊樹の片割れが発していた目に見えるほどの瘴気が、黒い炎が立ち上るかのように激しく噴き出す。熱風が獄卒たちの肌を灼く。咄嗟に目や顔を庇うが、これも実体のない熱風で肉体を傷付けない。
     撒き散らされる瘴気は、獣の見境ない威嚇を思わせた。
    「こっちに来たか」
     木舌は呟いて砂利を噛み、舌先に苦みと痺れが残る。
     黒い瘴気の柱の中から、ずるりと、小さな影が分かれて進み出る。影は色を得て形を成すと幼子の姿となった。性別を容姿で捉えにくい年頃だが、身に付けている着物を見るに童女だろう。しかし庇護化の愛らしさも未成熟さもその表情からは伺えない。
     輝く碧緑の瞳は昏い森に滲む月光を思わせる。美しさの奥底から、絶望と侮蔑を覗かせている。
     搾取された獄卒たちは魂魄に成り果てたというのに、それは姿形をもってふたりの前に現れた。半実体化しただけで一帯に重圧をかける瘴気と神性を前にして、それでも、木舌は微笑みかける。
    「君はどちらかな」
     斧刃を地面につき、腕を広げる。ヒト型ならば対話ができると期待する。神霊との敵対など避けたいことだ。
     出立前に木舌、佐疫、抹本を呼び出し、上司ふたりが話した推測の通りだ。清兵衛杉と庄兵衛杉は、二柱神として神格を得ている。
    「白々しい……我らは元よりひとつ」
     対話には成功した。しかし友好的とは言い難い。溢れ出る瘴気はいまも獄卒たちを牽制している。
     木舌の問いかけに否定をせず、童女は認めた。現世と獄都に跨る二柱の霊樹の本体として、ここに在る。
    「どうして今になって出てきた?」
     無手を見せつける木舌に対し、佐疫は外套の中に腕を収めている。傍目にはわからずともその指先は、銃のグリップかトリガーに触れているだろう。童女を問いただす様は淡々として、それがかえって直刃の鋭さとなる。
    「あの魂魄をけしかけたのはお前か」
    「違う」
     呪い木がざわついた。粉塵のような瘴気が辺りに広がり、獄卒たちを取り囲む。
    「お前が言っただろう。泣きつかれたと。人間のように生きたいと縋っただけだ。お前は吾と違い、振り払ったようだが」
     それはすべてを見ていた。霊魂となり塵と成り果てた獄卒たちと、それを断罪した御遣いの姿を。
    「……そうか」
     童女は見たままを言い、佐疫もそれを事実と受け止めた。裁きが適正であり、己の働きが正しかったのであれば、それ以上話すことはない。佐疫の声は、それ以上の言及を童女にも木舌にも許さない響きを持っていた。
    「人間にも獄卒にも、ちょっかいを出したのはあの坊主だ。闇の中で泣いてあいたあの……」
     すべてを見ていた童女は、対峙した獄卒を己とは違うと皮肉った。否、見えるが故にいまはなにも直視していないのかもしれない。続ける言葉は誰にも向けられておらず、視線はどこか定まらない。
    「ちょっかいだなんてかわいいものかな」
     現世と獄都の騒乱と、童女の認識の食い違いとに木舌は肩を竦めた。樹齢を五百余年重ねた神木と、数への興味を失った獄卒には人間など寿命を迎えようと童のようなものだ。それでも今回の件をちょっかいと片付けるには、あまりに悪戯が過ぎる。
    「……先に石を投げたのは人間、先に刃を突き付けたのは、貴様らだろう」
     ふいに、童女の瞳が木舌を捉える。その背後の獄卒は閻魔庁、ひいては世界のすべてを睨め付ける。
    「あれを縛り付けたのは、生者の妄念だ」
     現世において、肉体の枷に縛られながらも、人間の思念は数によって時に真実や理を凌駕する。信仰が天へ向かって編み上げられれば神を生み出し、捻じれれば呪いに転じた。
    「皆が口を揃えて言ったじゃないか。清兵衛杉の祟りだと。庄兵衛杉の呪いだと。坊主の死は神木を差し出した報いだと。誰も坊主を咎めてはいない。呪いなどあるはずがなかった。それなのに」
     語り続けていても童女はどこか上の空だ。しかしそれでも発せられる言葉は力を持つ。
     瘴気は膨張し続け、空間に充満して地面を這った。黒い根が童女を軸に放射状に広がり、木舌の傍らの大斧に触れる直前で止まる。
    「お前たちも、吾を倒す気か」
    「いいや、おれたちは」
     木舌の答えを聞かずに、根は高くしなると激しく地面を打ち付けた。それよりも早く手に取った斧を当てて軌道をずらし、下敷きになるのを避ける。衝撃で立ち込めた砂塵の向こうで佐疫が木舌の名を呼ぶ。彼も回避できたようだ。もやが張れた頃合いに手を上げて無事を知らせる。
    「切り倒したことが過ちだったのだろう。坊主は悔いていた。吾は赦している。もう泣かぬようにしてやる」
     次々と黒い根が起き上がり、針の山のように木舌と佐疫を見下ろす。その中心で、童女が叫んだ。
    「生み落とされた呪いは誰にも断つことはできぬ! 生み出したのはお前達だ!」
     黒い刃が一斉に振り下ろされた。直情的な攻撃は軌道が読みやすく、断頭の間隙を縫い退避する。衝撃波で粉塵が木舌の背よりも高く舞い上がった。
     視界の悪い中でも佐疫と木舌は互いの位置を把握し、無傷で並び立つ。
    「まるで、人間のようなことを言うね」
    「人間そのものだよ。亡者と同調し過ぎている」
     木舌の例えに、佐疫は口早に返した。人間の信仰によって神となり、人間の妄言によって堕とされたその様を断定する。
     彼はその在り方も、情けないと嫌悪するだろうか。
     外套の下で、佐疫は静かに武器を取る。
    「そっか、君は、優しい神様だったんだね」
     ふっと呟いたその言葉は、憐憫と敬慕があった。彼にその自覚はないだろう。そのあとに続こうとする言葉ですらも。
    「それでも」
     木舌は大斧を片手で持ち上げ、目標を示す。佐疫はつられて分厚い刃の切っ先を目で追った。砂塵が徐々に沈み、見上げた先にある黒い呪い木を共に見据える。
    「ああなってしまっては、あの子はもう元に戻らない」
     昔、館の庭の木が細菌病にやられた時に抹本が言っていた。毒された幹が寛解することはない。できるのは周囲に毒が蔓延しないよう、処分することだけだ。しかしそれが新たな芽を生かすことになる。
     やがて、視界が晴れる。
    「刈り取らせてもらうよ」
     空を覆う黒い瘴気の中から、鋭い根が矢のように降り注いだ。

    10
     彼が残した煙草の香りは、瞬く間に消え失せてしまった。
     飛び込んだのか、飲み込まれたのか。斬島は壁を殴るが反応はない。肋角が壁に開けた穴は、その後ろ姿が見えなくなると同時に急速に閉じてしまった。谷裂が金棒を打ち付けても、これまでと変わらず葉脈の膜によって弾かれるだけだ。
    「くそっ」
     谷裂は悪態をついてその場に座り込む。気丈に振る舞っているが、見ていれば立ち眩みにより膝を落としたのだとわかる。少量ずつとはいえ長時間亡者に貪られて、武器を振るう力など残っているはずがない。
     体力の消耗が著しいのは斬島とて同じことだ。谷裂を引きずって来た道を引き返せるかも危うい。それはそれで新鮮でやってみたくはあったが、肋角から受けた命は負傷者を連れての脱出ではなかった。
     辺りを見回す。肋角が穴の奥に消えてから、触手も粘膜の壁と一体となって消えた。強大な力を取り込んで満足したのか、はたまた肋角が内部からなにかを仕掛けているのか。
     上司の身を案じたところで徒労だ。一時は取り乱したが彼が考えなく動くことはないし、策がなくとも圧倒的な力だけで状況を塗り替える。
     すべてを見る者を呼び当てろ。与えられた命を反芻する。
     亡者が支配している空間は静寂に満ちている。任務は神木に取り憑いた亡者の捕縛だ。傀儡や触手を差し向けたのは亡者だろうが、なりを鎮めている。
     しかし昼間に応宗寺の境内に立ったとき、そしてこれまでもずっと、同じ視線を感じている。事象を目で追うだけですべてを享受する静かな傍観。今に始まったことではない。人間はそれを、“見守られている”と感じていた。
     鬼を囲む、かごめ遊び。後ろの正面を呼び当てろ。
    「清兵衛杉」
     こちらから姿が見えずとも、ずっと見ていた者。
     頭に浮かび上がった名をそのまま口にする。
     急速に、五感が冴えたように思う。負傷と疲労による身体の重みがない。それどころか、徐々に魂が剥き出しになっていくような。
     ぞっとして斬島は指先を見下ろす。末端から、己の存在が消えていく。次元の穴を通る時の感覚に似ていた。しかし自らそこをくぐる瞬間と、この強制力は似て非なる。
    (──空間転移!)
     対象の空間転移は神霊級の存在にしかできない。聞いたばかりの言葉を思い出し、感覚を取り戻すまでは一瞬だった。
    「……その名で気安く呼ぶでないわ」
     それは呼び声に応えて存在を示す。
     振り向いて、そこには見知らぬ童女と、よく知る獄卒の姿があった。
    「き、斬島と、谷裂?」
     抹本が上擦った声を上げる。
     空間の変化に動揺はなく、振りかぶる動作もほとんど見せず谷裂は童女に向かって金棒を投げつけた。持ち主が軽々と扱うため忘れかけるが重量はかなりの代物だ。かすりでもすればただでは済まないが、その速度は回避すら困難にする。
     童女は身じろぎしなかった。一直線に放たれた金棒は、その瞳のひと睨みによって軌道を変えて弾け飛んだ。
     谷裂は苦々しく舌打ちし、力なく頽れる。
    「谷裂、無理をするな」
    「……肋角さんはお前に命じた。任せてやる」
     言葉はしっかりとしている。しかしこの一投で力尽きたのだろう、谷裂は静かに目を閉じた。意識を失った身体は地面に伏して動かない。
     斬島は谷裂を背後に庇い、童女と対峙した。抹本が小走りに駆け寄ってきて横につく。
    「ど、どうして急にここへ……?」
    「清兵衛杉を呼んだら転移させられた。当たっていたようだな」
    「よ、よく清兵衛杉なら応えるとわかったね……俺も、そうだとは思っていたけど」
    「勘だ」
    「カン」
    「冗談だ」
     斬島が冗談を言うと肋角はおもしろがってくれたのだが。抹本は気に入らなかったようで、平手でぺちんと腕を叩かれた。左肩はまだ脱臼の余韻で疼くので勘弁して欲しい。
     谷裂の攻撃を防ぐのみで反撃はなかった。現段階では害はないと判断し、斬島は咄嗟に握っていた刀の柄から手を離す。目の前にいる者が亡者や物の怪の類ではなく、清兵衛杉と呼ばれる神格だ。卑劣な行いはないだろう。
    「なぜ子どもの姿なんだ?」
     清兵衛杉は意識を失った谷裂にも、会話する斬島たちにも手を出さず見つめている。神格らしい静謐な佇まいが幼子の姿で在ることに素朴な疑問を覚えた。
    「単純に言うと、人間ウケがいいから、かな」
     斬島の問いに抹本が答える。
    「御神木は、人間に寄り添うことを望まれて在るものだから……座敷童とか、そういう人間の生活圏に近い神格や精霊も、子どもの姿が多いし……信仰によって生まれた神格だけど、敬われることは望んでなかったというか……慕われるのが喜びだった、んじゃないかな……?」
     抹本に語らせるまま清兵衛杉は口を挟まず、当事者の前で予想を語っていたことに気付いて、最後は童女に投げかけた。
    「喜びなどと、そんなものはない。人間が望むように在るのみよ」
    「そ、そっか……」
     否定の句に、抹本はうつむいてパタパタと手で自分の顔を扇いだ。喋り過ぎて火照ったのだろう。
    「うん、でも、やっぱり、君たち二柱神は、ヒトに応える神性なんだ」
     予想のひとつは否定されたものの、ひとつは確信を得て、顔を上げる。
    「君たちが本当に神木の剪定を望まないなら、切られる前に阻止できたはずだ。でも、清兵衛杉は、甘受した。君たちの核は獄都の霊樹にあるし、それが人と寺を守るために必要だったからだ」
     神木と崇められようと、神格を得ようと、現世にて形あるものはいずれ朽ちる宿命にある。それは神ですら干渉できる事ではない。
    「だから、清兵衛杉は、人間を呪わない。もしも……もしも、亡者に取り憑かれる隙があって、神性を掌握されたなら、それは、庄兵衛杉じゃないかと、思った……だから、君に呼びかけた」
     一気に語り切って、抹本は深く長く吐息した。慣れないことをしている。
     抹本に休む暇を与えようと、斬島は半歩前に進み出る。
    「お前の力なら、庄兵衛杉の外殻が亡者に取り憑かれようと退けることもできたはずだ。なぜ生者に害をなすのを黙って見ていた」
     聖性を帯びた神木は本来、穢れた亡者など取り憑くどころか近付くことすらできない存在だ。それがどうしてこのような事態になったのか。その点は報告を受けたすべての獄卒が不審に思っていた。清兵衛杉がその神格を童女の姿として具象化できる力を残しているのなら尚の事、神木自身がそれを許さなければ有り得ないことだ。
    「そんな力はとうにない」
     しかし神木は事実としてそれを否定した。
     人間のように自嘲して、嗤う。
    「吾々は生まれついての神ではない。人間の信仰によって生み出された存在だ。信仰なくしては力を持てぬ」
     元は林の中のひとつの木にすぎなかった。それが神の名を冠することになったのは、星霜を重ねたことと、なにより人間によってそれとしての名を与えられたためだ。望まれた通り、双子の如く名を与えられた巨杉は人々を見守る神木となった。長きに渡り呼び声を聞き、見てきたからこそ知っている。
    「もう誰も、吾を神木と呼ぶことはない」
     神木として在ったものを貶める、流言の数々。災害や虫害よりも、人間の言葉こそがその力を殺いだ。
    「なぜそう言い切れる」
    「声が届かぬ。声が聞こえぬ」
    「人間にか」
    「違う。我が半身だ」
     淡々とした否定が続いた中で、斬島の言葉を遮った声は打ち付けるようだった。悲痛な叫びにも聞こえたのは童女が見せた表情のせいだ。恐らく自覚してはいまい。哀切に顔を歪めて嘆く。
    「吾の声が庄に届かぬ……」
     その手はかつて兄弟と繋がっていたのだろうか。清兵衛杉は右手を持ち上げて見つめた。今はその手にないものを握るように指を折り、開く。
    「庄は人に寄り過ぎた。元は吾と同じだというのに、名によって分かたれたヒトの現身に拠り過ぎた」
     人に望まれるように在っても、ヒトのように在ってはならない。それは与えられた役割から外れることとなる。
    「あの坊主は死してから、吾への後ろめたさがあってか、庄の元へ逃げ込んだ。死に至った悔恨と人間共の妄言によってこの地に縛られていた故、他に行き場がなかった。憐れな子よ」
     ヒトの姿をしていても、獄卒が人間と異なる決定的な点は、人間への同情がないことだ。亡者の捕縛と呵責が役割となればそんな情緒は不要だ。学習によって心得るや真似事をする者はいても、真に情を重ねることはない。
     しかし、神木は人に応えるために在る。
    「庄は縋り付く坊主の手を取った。同時に人間の妄言を聞いた。庄はそのすべてに同調し、応えてしまった」
     根で繋がり共にあった神性は、その時に完全に分かたれた。
    「坊主の雑音と人間の雑音とが邪魔をして、吾の声は庄に届かぬ。人間が寄越した呪いのせいだ」
     神格を分かつ、名前という呪い。人智の及ばぬものへの畏怖という隔絶。
     ただの杉の木を神木と呼んだのは人間だ。その信仰が大木に神を宿らせた。神木と呼ばれる意味をなくしては聖性を保てず失われる。死の腕にとらわれるよりも屈辱的な、存在の否定だ。
     童女の手がぱたりと力なく落ちた。しかし視線を上げたその目には、先程まではなかった静かな怒りがある。
    「神木として祀るなら、なぜ信じてくれなかった」
    「復讐か」
     それが、亡者が生者の魂を貪ることを見過ごした理由か。斬島が問いかければ、清兵衛杉は頭を振る。
    「坊主の所業のことならば、言っただろう。吾にはどうにもできんよ。今は赤眼の鬼が抑え込んでいるからこうして出られたまで。吾に力を与えたのが人間なれば。それを奪ったのも人間だ」
     人間の怨嗟は人間の魂を捻じり狂わせる。剥き出しとなった霊魂となれば影響は甚だしく、堕落も早い。万物を呪う亡者の力は時に獄卒すら圧倒する。今回の亡者が町に住む人間たちの呪いの集合体となればこそ、災厄は獄都にまで及んだ。
    「庄は人間共によって呪い木へと堕とされた。そうだな……吾は人間を呪っている」
     かつて神であったはずの童女は、人間の妄言を口にすることで自らを貶める。愚かな自傷行為を嘲ることで痛みを麻痺させた。
    「人間の戯言が真になった。吾には吾を止めることはできぬ。神木はもう存在しない。それだけよ」
     人間のように嗤って、緑碧の瞳にあった怒りは諦観に塗り潰される。それは半身を失い、人間に裏切られたことによる絶望も孕んでいる。
     そんな瞳で、なにが見えるというのか。
    「……そんなことない、よ」
     斬島より先に、声を上げたのは抹本だった。
    「君は、俺の呼びかけに、神として応えた……清兵衛杉」
     名前を得て、長い年月の中で呼び声に魂を象られて、ここにいる。
    「神格……自我があるし、もう、自分で決めていいんじゃないかな……君の在り方を」
     抹本の言葉を、童女は理解できないと顔を顰めた。人間に求められて芽生えた神格には、想像もできないことなのかもしれない。
     斬島はカナキリを握りしめる。獄卒としての己の半身。特務室の獄卒は皆、赤眼の鬼の元で姿と名を与えられ、獄卒として在る。
     しかし己の在り方は自分で定めている。特務室には誰ひとり同じ者はいない。
    「お前は、お前の思うように在ればいい」
     清兵衛杉の絶望を否定するために、斬島は言葉を探す。真っ先に出た言葉は陳腐なものだった。それが必ずしも愚かしいということはあるまい。そこを辿れば、真実に繋がる。
    「お前が俺たちの前にその姿で現れることができたのは、まだお前たちを信じようとする者もいるからじゃないのか」
     目にした事実を、ひとつずつ思い出す。境内にて陽光の下で見た巨木。片割れは切り倒され見上げることはなくなっていたが、清兵衛杉の切株は庄兵衛杉に寄り添うようにして在った。
     大木はそこに在るのみだ。人の営みに干渉することもなく樹齢を重ねた。心地良い無干渉を神や仏と重ねたのは人間だ。神格を得てからも、大木は変わらずに人間を見つめ続けただけだった。変わったのは人間のほうだ。
     しかし、己の在り方はそのままでいいのだと、変わらない者もいる。
    「俺は、今もお前を信じる人間を見たぞ」
     人間は数多いる。神木や獄卒などよりも多い。はたしてそのすべてが信仰を呪いに変えたのか。
     斬島は否と言うことができる。この目で見たのだ。畏敬を以て神木を見上げる澄んだ横顔を。
     呪いの内に籠って嘆いているばかりでは、それが見えるはずかない。
    「お前は隠れることで、自らの目を覆っているだけではないか」

    11
     今も、それは見守っていてくれるだろうか。
     風が吹いているのに空気が重い。闇が迫り来るような閉塞感がある。日頃住む世界とはなにもかもが異なる空間にあって、千代は息苦しさに胸元で着物の衿を掴んだ。
     空間の中央には大きな穴が開いて、その周りを昼間に会った青年たちが飛び回っている。彼らが持つシャベルやツルハシの先に、黒いものや赤いものが引っかかっては消えた。
     初めて会ったときには物騒な物を持っていると思ったけれど、このためだった。
    「清兵衛様、庄兵衛様……」
     ご覧ください。貴方様を守るために遣わされた子らです。
     天からの御使いだろうか。ありきたりな発想を千代は自ら否定した。応宗寺には閻魔像が祀られている。きっと地獄からの使者だろう。彼らがいるのだから、地獄も恐ろしいだけの場所ではないのかもしれない。
     傍らの巨木を見上げる。それが返事をしたことはない。しかし呼びかければいつでも見守られているという安堵に満たされた。風に揺れる黒い巨木は、今は物悲しく恐ろしい。
    「……違う」
     昼間、悪意の先入観を持たない青年は言ったのだ。見事な杉だと。こちらが勝手に恐れているだけだ。こちらが悪意を植え付けるから、神木の姿も歪んで見える。
     大きく息を吸い、胸から手を離す。下ろした手は切株に触れた。伐採されかつての荘厳な姿は失われたが、対の神木と根を交えるためか、年輪は微かに熱を持っている。陽だまりのような、優しいぬくもりだ。
    「ここに、いるのでしょう?」
     五百余年の中では僅かな時だろうが、千代は彼らと共に生きてきた。幼少から幾度となくその名を呼び続けた。
     そのままでいいと、言われた。見たいように、信じたいように、思えばいい。
     目を瞑れば、在りし日のふたつの神木が見える。忘れられるものではない、失われることのない、千代が信じるものの姿だ。

    12
     纏わりつく布切れ同然の外套、開いた穴のひとつから指を出して、木舌は笑う。
    「また丈が短くなった」
    「帰ったら新調申請するといいよ」
     トッ、と佐疫が背中を合わせて立つ。軽口を言い合っていても互いに肩で息をしている。致命傷はないが生傷が増え、いつも皴ひとつなく清潔な佐疫の外套も裾が千切れてしまっていた。
     童女の攻撃は冷静さを欠いて、暴力的に場を支配していた。瘴気で朽ちていた草木は磨り潰されて跡形もない。霊樹を残して辺りは荒野と化している。大地に根を叩きつけていればいずれ獄卒たちも潰せるだろうという暴虐だ。
    「酷い有様だ」
     滴る汗は土埃を吸って更地同然の大地に落ちる。獄都の草木は現世のものよりも生育が早いが、それでも元の森に戻るには月日がかかるだろう。
    「木舌、まだ走れる?」
    「こう見えてスタミナには自信があるよ」
    「よかった」
     佐疫が肩で木舌の背中を押して、振り返る。どこか、久しぶりに彼の顔を見た気がする。
     戦闘が続いているというのに、空色の瞳からは銃を抜いた時の険が抜けていた。しかし任務の最中とあって、爽やかな精悍さを湛えている。
    「あれには剪定が理解できない。対話もできない。狂暴化した亡者と同じだ」
     攻撃の軌道から童女の位置を割り出して、佐疫は一方向を指さす。
    「呪いを吐いて怒り狂っているから、思い通りにならなければ憔悴する。元々単調な攻撃だけどいよいよ大振りになってきた」
    「まあ……おれしか見えてないって感じだね」
     相手は霊樹を守ることに固執している。執着は斧を持つ木舌にも同様に向けられた。視野狭窄に陥り、粉塵のもやに大斧の影が揺らげばそこを集中攻撃する。おかげで木舌の外套ばかりが千切れていた。
     大木を切り倒せるほどの大斧を振るえるのは木舌だけだ。指の一本でも失うわけにはいかない。
    「佐疫の考えに従うよ」
     しかし特務室の仲間が共に在るならば、なにも案ずることはない。
    「ありがとう。俺が絶対に木舌を送り届けるよ」
     俺はそのために遣わされたんだから。言葉は頼もしく、佐疫の表情は気負いなく穏やかだ。
     それ以上言葉を交わすことなく、ふたりは背を向けて大地を蹴る。
     濃霧のような砂塵は未だ晴れない。不明瞭な視界の中、足音か振動かを察知して鞭が放たれ地面が抉れた。その中心点を囲んで円を描くようにふたりは走り続ける。
     互いに姿が見えず、闇雲な攻撃が届いていないことは敵もわかっている。先に視界の晴れ間を覗いたものが、狙いをつけた初撃を放てるだろう。
     その一撃は、喰らってやってもいい。
     低く唸る刃の音に、もやの一部が引き裂かれた。木舌の大斧の一振りによる風圧が扇状に広がり姿を晒す。
     その直線状に、神格たる童女の姿もあった。同時に視認し、黒い根が矢の如く放たれる。
     木舌は憎悪を露わにする童女の背後に、信頼における影を見る。
     大砲のように重く腹の底に響く銃声を聞きながら、木舌は地面を転がった。根に貫かれて外套がまた引き裂かれる。素早く起き上がりまずは自身の無傷を確認する。佐疫のおかげだ。彼も無傷で済むなら、もっといい。
     佐疫は手砲を抱えて大地に膝をついていた。砲口からは細かく編み込まれた被網が放たれて、童女の体に絡まり押さえつけている。呪力をもって輝く網と、それに反発する力が周囲で弾ける破裂音。不規則なそれのひとつが佐疫の耳元で炸裂し、地面に手をつかせた。
    「佐疫!」
    「縄の一本一本に呪縛の印を施した特別製だよ。大丈夫」
     手砲を取り落とし、佐疫は輝く網を土ごと掴んで地面に縫い付ける。耳からあふれる血が顔と肩を濡らし、顎から垂れて手の甲に落ちた。
    「神霊の相手に備えて、災藤さんと一緒に編んだんだ。ほとんど災藤さんが一晩で仕上げてくれたけど……」
     童女が呪いを叫んでいる。自身を押さえつける呪縛に抗い、撥ね退けるために力を放出する。力の奔流に、佐疫の爪が次々とひび割れて剥がれた。
    「そう長くは持たないかな」
     それでも彼の表情に苦悶はない。
    「さあ、行って、木舌。大仕事だよ」
     それどころか、やはり、木舌に笑いかけて見せた。
    「任された」
     斧頭を持ち上げ肩に担ぐ。
     瘴気を吐き出す呪い木に向かって、木舌は駆け出した。背後から絶叫が迸る。神霊の抵抗はかろうじて抑えられているものの、力が放電し幾重にも弾けた。
     足を止めず、振り返らず、疾駆する。
     佐疫は木舌と共に遣わされた意味を理解し、役割を果たした。つくづく優秀な獄卒だ。与えられた役割はどんな些細なことだろうと遂行する。期待を違えることなく、周囲が求めるように在る。
     では彼も、周囲が望めば変貌してしまうのだろうか。目の前の霊樹がそうであるように。
    「誰も、こんな姿を望んだはずではないけどね」
     霊樹の前に立ち、木舌は両手で大斧を構えた。黒い幹が吐き出す瘴気は、吸い込むと体内で鉛にでもなったかのように重くわだかまる。
     人間に求められて神木として在り続けた巨木は、今も望まれるままに畏敬と畏怖を体現している。清兵衛杉と庄兵衛杉。ふたつの名が与えられたのは、そのためではないだろうに。
     かつては在り方が奇跡であると持て囃され、その声を聞いた樹は魂の形さえも変質させた。今やその奇跡が枷となっている。
     人は確かに、呪いを吐いた。現世は人の妄言に満ちている。その場から逃れられない大木に、寄って集って呪詛を擦り込んでいく。目を瞑って耳を塞ぎ逃れるように蹲って、それでも声はどこからともなく聞こえてくるのだろう。取り巻く人間の情念は分厚い霧のようで、望まれて在ったはずの存在を孤立させた。怨嗟はすべてを遮り、それを恐れて蹲る者もまたすべてを遠ざける。
    「荒れた樹を治してやるのは簡単だ。悪い部分を取り除いてやればいい」
     しかし神木はかつて緑賑わう森の中で人々と共にあった。呪い木の隣にあっても、かつてと変わらぬ光を保つ霊樹がその証だ。
     枝葉が重く項垂れてしまったなら剪定してやればよい。忌み枝を取り除いて病魔に侵された身を軽くしてやる。歪な形を整えれば、またすくと伸びてと天を仰ぐこともあるやもしれない。
    「おれたちが手伝ってやれるのはそこまで。持ち直すかは、お前たち次第だ」
     信仰によって獄都に根ざした霊樹。清兵衛杉と呼ばれたそれの神性は生きて、呪いを受けた庄兵衛杉と拮抗している。信仰はまだ失われていない。
     根が腐っていなければ、風が祈言を届けたならば、かつての荘厳な姿を取り戻すだろう。
     そのためには風通しを良くしてやればいいのだ。仰々しく考えることはない。
    「さあ、在るべき姿に還ろうか」
     一度幹に刃を当て、振りかぶる。
     大斧が唸りを上げて、二股の霊樹の黒い幹に振り下ろされた。

    13
     斬島は突如空間全体を揺さぶった激震に膝をついた。谷裂を振り返り見やるが意識を失ったままだ。戦闘か脱出かを考えて、しかし一度揺れたきり、空間はそれ以上の変化を伴って襲って来ることはなかった。
     二柱神の策かと正面を睨むが、童女もまた前触れない出来事に訝しげに顔を顰めている。肋角が亡者を抑え付けていても、未だ空間は清兵衛杉の制御下にはないようだ。現状を把握できていない。
    「木舌……」
     抹本だけは思い至るところがあったのだろう。獄都にいる仲間の名を呼ぶ。思いを馳せて遠くを見てから、斬島に囁く。
    「斬島……刀を、抜かないでね」
     反射的に柄を握っていた。敵陣にあって自身と仲間の身を護るための当然の反応だが。
    「承知した」
     肋角の言葉を思い出す。この場は抹本に任せるべきだ。刀から手を離し、しかしいつでも谷裂を担げるよう下がった。
    「なにが起きた?」
     抹本の呟きに、清兵衛杉は厳しい口調で問う。揺れは一度だけだった。そのことがかえって不気味な静寂となる。
    「君は、わかっているはずだよ。なにが必要なのか……俺のことを、剪定者って、呼んだんだから」
     抹本の声は泰然として、童女に語りかける。
    「君は、一度それを受け入れたのだから」
     現世にて悠然と高く伸びていた清兵衛杉の姿はもうない。
     けれどそれまでに受けた信仰という祝福が消え失せたわけではないと、未だ与えられた名を手放さない童女の在り方が示している。
    「どうする? 穢れに蝕まれる君。悪くなった部分は、もう、剪定するしかないけれど、そこからこっそり苗木を分けても、良いと思う」
    「なにを言っている……」
     抹本の言葉を呑み込めず、童女が初めて一歩後ろへ下がる。人間じみた仕草だ。なにも見えず、なにも聞こえず、暗闇に惑う。
    「言ったでしょ、薬も作れるって……俺は、君を治しにきた」
     その多くが、自らすべてを拒絶しているのだと気付かない。
    「なんて、言ってみたけど……薬なんてね、結局お手伝いに過ぎないんだ。君が望まないと、治らない。そもそも、俺にカミサマの治療なんてできないし……」
     抹本の言葉は心許なく聞こえるが、事実なのだろう。どれだけ手を尽くそうと、神木が人の呪詛にしか耳を傾けないのなら、真に呪い木として堕ちて滅ぶまでだ。
    「だからね、どうする?」
     しかし、人々の信仰から生まれたものに、再びその声が届いたならば。
     童女は逡巡し、視線を彷徨わせた。うつむき翳る瞳が、斬島の青い瞳と視線を交える。
     童女はどこか不安げな、見た目と相応の幼い表情で問う。
    「……吾々を呼ぶ声は、まだ聞こえるか」
     忌みものや呪い木としてではなく、神木として呼び慕う声。
     神木を神たらしめる祈りは、いまも人の中でその名を祝福しているのか。
    「お前にも聞こえるはずだ」
     斬島は頷いて答える。思い出すのは、畏敬と親愛をもって巨木を見上げる人の姿だ。
     それに応えて、神木はこの地に在る。
    「……そうか」
     清兵衛杉は目を閉じる。ふっと、亜空間にあるはずのない風がそよいだ。破れた殻をまずは優しく撫でるような、穏やかな風だ。
     人を嘆いて闇に閉じ篭っていた神が、眼を開け、耳を澄まして外へ歩み出る。
     空間の変化と共に現れた光は、清兵衛杉の影形とまったく同じものだった。滲む光が徐々に輪郭を描けば、影だけでなく顔形まで双子のように重なる童女の姿となる。異なる点と言えば、世と人を忌む険しさはなく、たおやかに微笑している。
    「清」
     名を呼ばれ、清兵衛杉は驚きにしどけなく開いた口で、声を擦れさせながらも応えた。
    「庄」
     呼び返されたことに満足して、形を得た庄兵衛杉は嬉しそうに目を細めた。まだ茫然としている清兵衛杉へと歩み寄り、手を取る。片割れを求めて空を掻いていた手が、触れ合うものを得て熱を分かち合う。
    「虚抜かれたか……」
     現世と獄都に跨る神木は、殻から出でてすべてを理解した。
    「謗言にばかり気を取られて、吾の声を聞きやしない……こんなことのために魂を分けたのではないよ」
     それは根を重ね、寄り添い立つ幹の姿だ。ひとりで在ることができない人間の成り立ちにも似ている。だから人々は、この木に神の姿を見た。
    「もう……かつてのようには戻れぬのだろうな」
     清兵衛杉は力を失いその場に膝をついて項垂れた。亡者の憑代となり同調し、呪い木と変じたのは庄兵衛杉だが、人を呪うと言った清兵衛杉もまた蝕まれていた。一度在り方を変質してしまっては、多量の呪詛を受けてしまっては、元の神木として在ることはできない。
     清兵衛杉はまた目を覆って蹲ってしまっている。庄兵衛杉は屈んで、震える身体を胸に抱き寄せた。
    「ひとりで立つのが辛くなったなら……かつての姿に戻ろうか」
     穢れた身を抱き寄せ合う童女は、輪郭の境界を失いひとつに融けていく。その言葉がどちらのものか、もう区別する必要はない。
    「与えられた名で呼び合うことがなくなるのは、寂しいけれど。人が呼んでくれるのなら、消えてなくなるわけではないよ」
     長く人間と共にあり、その営みを見つめて来たからだろうか。その瞬間だけそれは真の兄弟のようだった。
    「地獄の使者よ」
     淡い光が、ふたりの童女の姿を包む。輝きが増す程にその輪郭は滲み、溶けて、やがて境なくひとつとなる。
     最後の自我で、それは獄卒たちに語りかける。
    「もう一度、人と、お前たちを信じるよ」
     真昼に見た神木の静謐さを、光の中に垣間見る。それは再び、それまでに受けた信仰を己の在り方として纏っていた。
    「ひとつとして在った魂へと還ろう」
     光は一際強く輝くと周囲の闇を白く塗り潰した。急激に収束したあとにふたりの姿はなく、漂う蛍火が名残惜しげに舞い、やがて空間にほどけて消えた。


     先のような激震ではないが、小刻みな地響きはそれでも斬島の足を取り歩行を困難にした。これまでの部分的な異空間化や、空間転移の予兆ではない。亡者と神霊が作り出した空間の崩壊が始まりつつある。
     足元がおぼつかなくとも、抹本は童女たちが消えた場所へと駆け寄った。しゃがみ込んで外套を広げると、なにやらゴソゴソと作業をしている。
    「……うん、大丈夫そう」
     実験が成功した時のように、満足気に呟く。
     一仕事終えて斬島の元へと戻ってきた抹本は、小さなプラントボックスを両手で大事に抱えていた。
    「苗木か?」
    「うん。ここはまだ神木の中だから、残った神性を取り出したら、こうなった」
     苗の葉は青々として、これから瑞々しい若木となる未来を想像させる。
    「獄都の霊樹に継ぎ木したら、きっと、良くなると思うよ」
     それには神核の意志も必要だろう。己の在り方を取り戻したなら、また天に向かってすくと伸びるに違いない。神格を失ったとしても神木は変わらずそこにあるのだから。
    「終わったか」
     聞こえた声は耳に心地良い穏やかさだった。それでも思いがけないことに斬島は驚いて振り返る。いつの間にこちら側へ戻って来たのか、肋角が谷裂を担いで平然と立っていた。制服は汚れていない場所を探すのが難しい程に赤黒い血に塗れている。心配せずとも、その身からの出血ではないだろう。
    「肋角さん、亡者は」
    「途中だったが、先に冥府へ送った」
     なんの途中かは、訊かずとも知れた。罪を犯し荒れ狂う亡者と鬼が対峙したなら、ひとかけらの慈悲や加減もない。
    「木舌がうまくやったようだな。斬島、抹本もご苦労だった」
    「はい」
    「は、はい」
     抹本の手の苗木に気付いて、肋角は皆の働きを労う。執務室での一時と変わらぬ声音だが、今は静かに深く胸を衝いた。
    「次元がまた変質する。脱出するぞ」
     肋角は右肩に谷裂を担ぎ直して、左手には金棒を手にしていた。脱出すると言っても来た道を戻る時間はなく、道が変わらずあるという保証もない。しかし亡者はすでにこの次元におらず瘴気による歪みもない。霊脈が正常化し、開けた穴が獄都に繋がるかもしれない。
     谷裂と同様に金棒を左肩に担ぎ、槍に見立てて天井へと投擲する。
     衝撃は外へと貫くはずだった。しかし金棒が天井へ至る前に、別の衝撃波が外から内へと襲い来る。
     抹本が悲鳴を上げて縮こまる。斬島も落下物に備えて姿勢を低くした。実際に降りかかってきたのは突風だけだ。顔を上げると過程は予定とは違ったが、天井に穴が開いていた。水中から水面を見上げたときのように、空間の境目が光を波状に反射している。不明瞭な視界では覗き込む顔も色形がわかる程度だが、不思議と声を聞けば表情が想像できた。
    「斬島ぁー! 抹本ぉー! 肋角さぁん! お疲れさまぁーッ!」
     平腹の発声は別空間にあっても境界を貫いてはっきりと聞こえる。近くで聞く者には甚だやかましく、田噛らしき影がその頭を叩いた。
    「霊脈が元に戻ったからイケると思ってさー、繋がれーって念じながら掘ったら成功した!」
    「繋がったのは俺が計算して狙いをつけたからだろうが」
     外側から斬島たちを迎えるために穴を開けてくれたようだ。あちら側では小物ばかりとはいえ軍勢のような魑魅魍魎を相手にしていたはずだが、平腹も田噛も様子に変わりなく元気そうだ。
    「狙いは良いが、タイミングが悪かったな。金棒が跳ね返って谷裂に当たったぞ」
     肋角と同じ場所を狙ったということは、田噛の言う計算とやらは完璧だった。肋角が放った金棒に、平腹が穴を掘る衝撃が真正面からぶつかるほどだ。勢いをそのままに落下した金棒は、運悪く谷裂の頭に的中していた。
    「マジで。あ、それ谷裂か! 静かだけど殺っちゃった? 頭割れてるじゃんやっべー!」
    「いや、元々気を失っていた」
    「なんだー、よかったー」
    「よかねぇよ」
     無事だったり、無事ではなかったりとしているが、与えられた任務は全員遂行できた。
    「斬島、帰るぞ」
    「はい」
     肋角の背中を追って帰路につく。次元を脱出する寸前、斬島はふたりの幼い神がいた空間へと振り返り、頭を下げる。
     孤独と喪失を嘆く神の姿は、もうどこにもない。

    15
     降り注ぐ木漏れ日に目を細めて、しかし千代は巨木を見上げるのをやめなかった。今日はつばの広い帽子を被っているから眩さも幾分かマシだ。帽子に合わせて久々に洋装をして、巨木と同じ太さの切株に腰掛け、スカートの下で足をぶらつかせる。行儀が悪いが、男児に混ざって木登りをし、枝の上で過ごした子どもの頃を思い出した。
    「千代さん、また勝手に入り込んで……」
     声をかけられるまで素知らぬふりをするのはいつものこと。役場の職員が板についてきた青年は、しかし千代につられて職務を忘れたのか、ロープを跨いで立ち入り禁止区域へ入って来た。
    「しかも清兵衛杉の切株に腰掛けるなんて、罰当たりですよ」
    「清兵衛様はこんなことで怒ったりしないわ」
    「あんなことがあったのによく近付けますね」
     青年は呆れと感服が入り混じったため息をつく。
     彼が言っているのは三日前の夜のことだろうが、千代はその日の記憶の一部がすっぽりと抜けている。昼間は日課として訪れているこの境内で、珍しく若い学生たちに会ったからよく覚えている。この町での用は済んでしまったようで、翌日には姿を見なかった。
     夜は、これまた日課となった青年への差し入れを持って応宗寺を訪れたのだが、よくわからない理由で帰されてしまった。その後どうしても境内の様子が気になって、子どもの頃に使った杉林への抜け道へ入ったところで記憶が途切れている。青年と町内の神社の宮司に肩を揺すられ、目を覚ましたのは清兵衛杉の切株の上だった。貴重品の類は無事だったが、風呂敷に包んでいたおにぎりがなくなっていて狸や狐に持って行かれたのだと笑った、のは千代だけだった。
    「意識を失って、しかもその前の記憶がないなんて、なにかの事件に巻き込まれていたかもしれないんですよ」
    「きっと、危ないところを清兵衛様と庄兵衛様が助けてくれたのねぇ」
     このやりとりも何度目だろう。千代が最後には必ず神木の加護があったと言い、青年がそこでまたため息をつく。あの事件以来、町の人間のほとんどがこの巨木を祀るべき神木と見ていないことはわかっている。しかし千代ひとりでも言い続ければ、また元の信仰を取り戻せるかもしれない。神木への畏敬は昔からずっと口伝で語り継がれて来た。世間を騒がせた失踪事件のニュースは日毎に減り、祟りだ呪いだという声もいずれは鎮まる。
    「千代さん、危機感なさすぎ」
    「いいじゃない。危機感がなくたって、この歳まで生きているもの」
    「そうですね、その調子で長生きしてください。そのためにも腰に良いイスに座りましょう。さあ降りて」
    「もう少し。おしりがぽかぽかで気持ち良いんだもの」
    「ぽかぽかって……」
    「あったかいのよ。清兵衛様、生きているから」
     細かに刻まれた年輪を指でなぞる。清兵衛杉の切株は今も太い根をしっかりと張り、隣の庄兵衛杉と混じり合っている。
    「あのね、切株でも隣の木と根っこが繋がっていると、栄養をもらって生き続けることがあるんですって」
     温かいのは光合成をしているからだ。清兵衛杉には陽光を集める葉がない。自力で集められないのなら、他から分け与えてもらうことになる。
    「清兵衛様と庄兵衛様は、おふたりでひとつになったのねえ」
     そう思うと千代はたまらなく嬉しくて、神木の幹や、この切株に触れていたくなるのだ。
    「あ、それちょっと違います」
    「違うの?」
     それなのに青年にさらりと否定されると悲しくなる。顔に出てしまったのか、彼は慌てて手を振った。
    「いえね、この前でかくで怖い大学教授さんが言ってたんですよ。この神木、樹齢五百年もあるのに、清兵衛杉と庄兵衛杉って名前がついたのは三百年くらい前なんですって。それまでは御神木としか記録がないようで」
     怖いとは感じなかったが、大柄な大学教授には千代にも覚えがある。千代を慰めてくれた、心ある学生たちを連れて来てくれたあの男だろう。
    「三百年前になにがあったんだろうって俺なりに調べてみたんですよ。そしたらその頃に、この前みたいな春の嵐があって、御神木に落雷して真っ二つになっちゃったらしいんですね」
     青年は手振り身振りを交えて仕入れ立ての知識を披露する。
    「それでも御神木は枯れずに、まるで二本の杉みたいに残ったから、その時代の人々が清兵衛杉、庄兵衛杉って名付けて呼ぶようになったんだとか」
     そのときになってやっと、青年は庄兵衛杉を見上げた。思えば、彼がその巨木を神木と呼んだのはしばらく振りだった。
    「元は、もっと大きなひとつの御神体だったんですよ」
    「そうなの」
     二人そろって、神木を見つめる。杉林は清兵衛杉伐採により天井に大穴が開いている。そこから差し込む陽光が、以前にも増して心地良い。木漏れ日が大木の輪郭をなぞって輝いて、人々を慈しむ祈りの姿のように美しかった。
    「ほら、こっちに来て一緒に座って。ピクニックしましょう。おにぎりをたくさん作ってきたのよ」
    「うわ、作り過ぎですよ。いくら俺でも食べきれません」
    「いいのよ。清兵衛様と庄兵衛様にお供えするから」
    「それにしても作り過ぎ」
    「じゃあ、狐さんと狸さんにもあげるわ」
    「それ前にも言ってましたけど、本当にいるんですか?」
    「どうかしら」
    「どうかしらって」
     とっくに千代にほだされている青年は、口ではあれこれ言いながらもついに切株に腰掛けた。一度人々の胸の内に芽生えた恐怖心が、徐々に薄れてきている。人間の目には神も仏も、祟りや呪いも見えないが、魂は敏感にできている。神を身近に感じるあたたかなこの地は、いずれまた人々が集う場所となるだろう。
     その中心には、いつの時代も、町を見守る大きな杉がある。
    「これからもずっと、見守っていてくださいね。御神木様」
     祈言を乗せて風が吹く。神木はその声に応えるように、枝葉を揺らした。

    16
     滅多にない緊急招集がかかり獄都中を揺るがした事件。それが終結したばかりとあって、特務室はここ数日静かな日々が続いていた。獄卒の仕事を増やす物の怪魑魅魍魎まで大人しくしているのは、調子づいて現世に飛び出した仲間が戻って来ないことと、どこぞの鬼が久々に暴れて亡者をぼろ雑巾にして送ってきた、という話がまことしやかに流れているからかもしれない。
    「お、谷裂、腕生えてるじゃん!」
    「べたべた触るな、鬱陶しい」
     昼時が過ぎて、午後の業務といってもここまで平和だと粗方片付いてしまっている。どこぞの鬼こと肋角が斬島を伴って閻魔庁へ出掛けていることもあって、館の獄卒たちは食堂でのんべんだらりと過ごしていた。田噛は趣味の雑誌を広げ、木舌はテーブルに広々と書類を広げている。そこに谷裂がやってきて、再生したばかりの右腕に絡みに行った平腹はすげなく追い払われた。佐疫は掃除や洗濯にでかけた女性陣に代わって厨房で洗い物をしていた。それが片付いて人数分の紅茶を用意して奥から出て来る。
    「もう爪もそろってる。はえーな!」
    「切り口が綺麗だったのがよかったんだろうね」
     佐疫がテーブルにカップを置いて促し、谷裂は礼を言って腰掛ける。平腹の分もあるが、谷裂の後ろで右往左往ちょこまかしている。
    「じゃあ斬島のおかげだな! ちゃんとお礼言ったか?」
    「……」
    「ちゃんとお礼しろよー。ていうかオレらみんなで谷裂を助けたんだぜ」
    「お前たちは外で遊んでいただけだろうが」
    「遊んでねーよ! オレらが一番働いたし。なあ田噛!」
    「こっちに振るな。めんどくせぇ」
    「あ、田噛はばあちゃんと遊んでたか」
    「谷裂、お前の頭割ったのそいつだぞ」
    「覚えのない傷があると思ったら貴様か!」
    「ゲェッ、いまさらバラすなよ!」
     谷裂は立ち上がり金棒を振り上げる。その隣に座る佐疫が涼しい顔で後ろから谷裂のベルトを引っ張った。食堂と図書室とピアノがある多目的室で暴れることはけして許されない。谷裂は歯噛みしながら腰を下ろし、テーブルの向こうで尻を捲っている平腹へインク壺を投げつけた。あっ、と木舌が声を上げる。
     インク壺が消え、乾いたペン先が行き場を失った。木舌は書き物を中断して顔を上げる。
    「田噛、おばあちゃんこだったのかい?」
    「黙れ木舌。始末書かいてろ」
     田噛がテーブルの下で木舌の脛を蹴る。とはいえ痛みはほとんどなく、木舌はペンをティーカップに持ち替えて笑った。
    「やだなあ、おれだけみんなとは別に報告書を求められているだけだよ。災藤さんに嘘でもしおらしく書いてと言われているけど」
    「それを始末書って言うんだよ」
    「まあ、しょうがないね。今回の亡者討伐に霊樹の剪定は含まれてなかったんだから」
     佐疫は苦笑しながら田噛の手元へ砂糖壺を寄せる。田噛は角砂糖を自分のカップに落として、ついでに木舌のカップにも勝手にふたつみっつと放り込んだ。
     今回の任務で、特務室から現世へは七名で向かったことになっていた。閻魔庁からの出動許可も七名で下りている。木舌と佐疫が獄都に残り霊樹へ向かったのは非公式任務だ。閻魔庁が管理する霊樹に手を出したことを考えれば、始末書の提出で収まるのは処分として軽すぎるくらいだった。
     額のたんこぶをさすっていた平腹が、木舌の脇からひょこりと顔を出す。
    「バッサリいったのにセイトウボーエー? で済んでよかったじゃん」
    「肋角さんと抹本のおかげだよ」
     平腹は手にしていたインク壺の中身を木舌のカップに入れようとして、佐疫に遮られた。田噛がこっそり舌打ちする。
     獄卒が霊樹を切るなど前代未聞だが、幸い木舌は二股のそれの、穢れに侵された部分を切り倒しただけだ。剪定だけでは衰弱した霊樹は持ち直さない可能性もあったものの、神性の苗木を持った抹本が剪定部分に継ぎ木したことで、徐々に力を取り戻し現世との繋がりを保っている。結果良ければすべて良し、というわけではないが、霊樹が清浄化したことを踏まえて懲戒を免れた。閻魔庁の監視に見つかって取り押さえられていた木舌を、肋角が全身血塗れのまま迎えに行ったのもほんの少し影響したかもしれない。
    「それに、斬島の報告書で神霊に強制転移能力があったと認められて、おれと佐疫は獄都に飛ばされたということになったからね」
     木舌は広げた書類の中から斬島の字を見つけ出し、手に取る。災藤が提出した作戦計画書を違えて獄都にいたとなれば違反行為だ。しかし、強制転移させられ祟り神化した神霊に襲われたが故の防衛行為だった、と肋角がこじつけて、その場にいた閻魔庁の獄卒は頷くしかなかった。
    「あの時は佐疫もボロボロだったしね。もう大丈夫かい?」
    「うん。破裂した目玉の再生に時間がかかったけど、もう細かい神経まで繋がっているよ」
     顔や手足に裂創を負っていた佐疫の姿も、敵の抵抗が苛烈だったことを認めさせた。
    「おや、みんな揃っているね」
     食堂の扉が開き、入ってきたのは災藤だった。甘い香りのする箱を持っており、お土産だと突進してきた平腹の顎下を撫でて丸め込む。その間に菓子の箱は無事に佐疫の手に渡った。
    「始末書は進んでいるか?」
    「おかげ様で良い創作ができそうです」
     真後ろから降ってきた肋角の声に、木舌は再びペンを持つ。谷裂はその場で立ち上がり上司の帰館を迎える。雑談に興味がなかった田噛も雑誌を閉じて顔を上げた。
    「斬島、抹本もおかえり」
    「ああ、ただいま」
    「た、ただいま」
     肋角に続いて斬島と抹本が入室し、任務に携わった者が一堂に会する。佐疫は菓子折りを手に、新たに紅茶を用意するために厨房へ入る。肋角と災藤は長居する気はないのだろう、軽く手を振って断りを入れた。
    「……どうでしたか」
     谷裂は立ち上がったまま、肋角に登庁の結果を伺う。事件から三日経った今になって呼び出されたのは、霊樹周辺の整備と情報の統括、そして当事者の再生と回復を待っていたからだった。
    「討伐に参加したすべての獄卒の再生が確認され、正式に霊樹が清浄化したと認められた」
     肋角の言葉は常に簡潔だ。斬島が谷裂の知りたい情報を補足する。
    「西区から派遣された槍使いも戻って来たそうだ」
    「そうか」
     谷裂はそれを聞いてようやく胸のつかえがはずれて、いつもの仏頂面へと戻った。昔からそうだが、谷裂は表情で喜楽を示すのが苦手だ。それでも気を抜いて空気が和らいだのは皆が気付いた。
    「先に取り込まれた三名は再生が遅れているそうだが、谷裂も含めて討伐隊の十四名は全快している。問題なく職務に戻るだろう」
     続けて斬島の口から報告されたことに、木舌は驚きを隠せなかった。自身の耳と斬島と両方を疑い訝しむ。
    「討伐隊として派遣されたのは二十名じゃあ」
     任務に就く前、肋角の執務室で見せられた書類の内容を思い返す。先に派遣されたのは三名に間違いない。その後に組まれた討伐隊は、二十名と大袈裟な数だったはずだ。
     横で紅茶をすすっていた平腹が木舌の記憶違いを笑う。
    「なに言ってんだよ木舌。十四だよジューヨン。オレたちその半分で……あれ、ぴったり半分だったっけ? 佐疫」
     しかし平腹も自分の言葉に違和感を覚えたのだろう。ちょうど厨房から出て来た佐疫に尋ねる。佐疫は焼き菓子を盛り込んだ器とティーポットを置いて、簡単に答えた。
    「半分以下でいいんじゃないかな」
    「そだなー。なんでもいいや」
     平腹もそれを気楽に受け止めて、話を終いとした。木舌は佐疫を見つめるが、くつろいだ雰囲気に見合う微笑を浮かべて斬島に席を進めている。
     十四名、だったのだろうか。木舌は記憶を辿るが数字がぼやけてはっきりとしない。胸の内から違和感を拭いきれず、佐疫から視線をはずして肋角を盗み見る。肋角は気付いていないわけがないだろうに、目を合わせようとしなかった。
    「この度の任務は皆ご苦労だった。今日までゆっくり休め。明日からは職務を怠るなよ」
    「はい!」
     珍しく寛大な肋角の言葉に、斬島と谷裂が競うように声を張って返事をする。休めと言われたのにこれから職務に就くかのような気勢だ。肋角もつい苦笑して、「休めよ」と念を押して食堂を後にした。
    「抹本も、あとはゆっくり休んで。慣れない調合で疲れたでしょう」
    「あ、は、はい」
     席に着かずに立っている抹本に、災藤が微笑みかける。今まで肋角と斬島は閻魔庁へ行き、災藤と抹本は霊樹の元へと赴いていた。継ぎ木した苗木が定着するよう、特別に調合した薬をやったのだ。薬とはいえ肥料アンプルに過ぎないものだが、霊樹に生きようという気があれば、その手助けとして十分機能するだろう。
     また実験室に籠りに行く疑いのある抹本が、イスにちょこんと座るのを確認して。災藤は「ごゆっくり」と食堂を出て扉を閉めた。
     七名の獄卒たちが囲むテーブルには紅茶に茶菓子まで用意されている。しかしこの館において一所でじっとしていられるタイプというのは、実は少数派だ。
    「谷裂、武器の手入れは済んだな」
     肌身離さず食堂にまで持ち込まれた金棒を見て、斬島は腰の刀を握る。
    「ああ。久々に相手をしてやる」
    「右腕が再生したばかりだろう。無理はするなよ」
    「手加減などしたら叩き潰すぞ」
     谷裂が食堂へ来たのも、元はといえば斬島を探していたのだろう。誘いを受けて立ち上がり、斬島を追い抜いて食堂を出る。斬島は谷裂の半歩後ろについて、まっすぐに鍛錬場へ向かって行った。机に張り付けにされている木舌は鍛錬が特別好きなわけではないが、今だけは羨ましく見送る。
    「斬島がいつにも増してやる気満々だね」
    「前回負けてから勝負をお預けされていたから」
     こうなると予想していたのだろう、佐疫は斬島に用意したものの、まだ紅茶を注いでいなかったカップをソーサーに伏せる。マイペースに菓子をパクついている抹本と平腹には、紅茶をたっぷりと出してやった。
    「おれは審判をしに行こうかな」
    「佐疫、そいつの足撃て。さっさと始末書終わらせろ」
    「田噛は厳しいなあ」
     立ち上がろうとした木舌を、再び開いた雑誌の向こうから橙の瞳が睨み付ける。佐疫が本当に銃を抜かないうちに木舌は大人しく着席した。始末書を書く足しにしようと、斬島と田噛に今回の報告書を借りているのだ。田噛には時折インタビュー紛いのことをして、文章をまとめるのに協力してもらっている。
    「それにしても、人間の思想は興味深いね」
     木舌は田噛の報告書をパラパラと捲って、始末書には書けない感想を漏らす。
    「信仰ひとつで神を生み、呪いを生む」
     平腹は菓子を頬張り無言で咀嚼している。佐疫は紅茶を口に含み、田噛は彼の報告書を読んでの感想だというのに、露骨に無視を決め込んでいた。
    「……そうだね」
     抹本だけが、静かに頷く。
     件の亡者を堕落させたのは人間の悪意ある噂。神木を衰退させたのは噂から転じた呪い。それでいて、斬島と田噛の報告書を照らし合わせてみれば、人間の中に僅かに残った信仰が神木の神性を繋ぎ止めた。
    「あの霊樹の形は興味深かったよ。人間の信仰が獄都にある霊樹にまで影響するなんてね。さらには与えられた名の通りに、神格までふたつに分けた」
     浄土や獄都にある霊体は、齢を重ねていずれ朽ちる現世の器に関係なく、その本質を現す。神木が現世で真っ二つになろうと、獄都の霊樹は本来の一本杉の姿であるはずだった。
    「しかも齢を重ねたこと以上に“対の神木”という信仰によって、神木も二柱神としてそれぞれ自我を持っていた。すごいことだよ」
     人間が与えた名前という信仰と、それによって生まれた対の神格によって、霊樹はその本質まで二股の巨木の姿へと変化した。
    「名前を付けるのは、魂に呪文を刻み付けるようなものだ。こういう存在であれとね」
     個がなければ名前など必要ない。個が生じれば存在の証明を求められる。己を見失い在るべき姿を失ったのなら、その魂は誰の記憶にも留められぬまま、無に帰すことになるのだろう。
    「案外、おれたちも誰かに望まれた通りに在るのかもね」
     地の底を彷徨う魂に名と輪郭が与えられ、獄卒という役割を得た。死を失い生きることが目的でなくなれば、永劫を獄卒として在り続けなければならない。
     そのために武器を持ち、傍らに同胞が在る。
    「口ばっか動かしてないでさっさと書け」
    「あいた。これは骨が折れたかな」
     田噛の爪先が再び木舌の脛を蹴りつけ、二度目となれば容赦なかった。鈍い音がしたが、当人も周りも特に気に留めない。
    「あーッ! 抹本それオレの!」
    「ぅええ? 知らないよ、平腹は四つしかないチョコ味、全部食べちゃったでしょ」
    「おいバカ、分けようって気はないのかバカ」
    「角砂糖やる!」
    「お前が齧ってろ脳みそグミ野郎」
    「ちょっと、みんな暴れないで」
    「今日も賑やかだなあ」
     ただ、この館の中においては家族という役割もある。
     これが望まれた役割ならば、悪くはない気がした。

    17
     肋角の執務室の窓からは暁ではなく夕暮れがよく見える。現世では日の出が好まれ逢魔が時は嫌われるが、獄都においては日が暮れる間際、紅と紫が幾重に重なった空こそが美しく思えた。
    「入れ」
     扉を叩く音が聞こえて、肋角はイスを回して正面を向く。
    「木舌から始末書が上がってきたよ」
     ノックの力加減で予想した通り、入室したのは災藤だ。木舌が苦労して完成させた書類の束を、右手に掲げて気安く振っている。
    「貸してみろ」
    「読むの?」
    「まさか。判を押すだけだ。お前が持ってきたということは問題ないんだろう」
    「相変わらず、感心な仕事振りだね」
    「反省文ほど読んでいてつまらんものはない」
    「それは同感」
     机越しに書類を受け取り、捺印のために表紙だけを軽く眺める。
    「……これは血痕か?」
    「えぇ。あと紅茶のシミも少々」
    「どいつもこいつも血の気が多いな」
    「誰に似たんだろうね」
     休めと言ったはずだが、もしかすると誰ひとり身体を休めていないのではないか。そう思うと少々呆れたが、元気なことは良いことだと結論付ける。
     肋角は引き出しから判を取り出して書類に押し付けた。それを災藤へ返すと、管理長の印の横に副長の判が押される。ドタバタ騒ぎながら仕上げられたそれは、閻魔庁に送られたきり誰の目に留まることなく分厚いファイルの一部となる。まったくもって時間の無駄だ。
    「久々の現場はどうだった?」
     災藤は書類を封筒に収めながら話題を変えた。肋角は引き出しに判をしまい煙管を取り出す。火皿に葉を詰め込みながら答える口元は無意識にほころんだ。
    「あいつらの成長が見られて面白かったぞ」
    「怖がらせたりしなかっただろうね」
     葉に火が灯り、ゆっくりと煙を口に含む。赤い瞳には遠い昔に憚ることなく灯っていた残虐性はなく、静かに燃える火種と同じ色をしている。
    「あいつらの前では大人しくしていたさ」
    「ならよかった」
     吐き出された紫煙が立ち上る。ゆらゆらと捉えどころなく漂うというのに、重厚な深みのある葉の香りは記憶に克明に刻まれる。
    「あまり暴れないようにね。貴方はただでさえ目立つのだから」
     今回は歯車がすべてうまく噛み合い、部下たちを中心に収めることができた。しかしひとりでも力が及ばなかったならば。
    「なんだ、心配しているのか?」
    「えぇ、とても」
     冗談とも本気ともとれない会話の応酬は、ふたりにとって戯れのようなものだ。
    「俺は”いま”が気に入っているんだ」
     そう言って、どこか悪戯っぽい顔で肋角は災藤に「お前は?」と問う。
    「みんな、そうだろうね」
     答えて、災藤は小首をかしげて笑みを添えた。封をした書類を軽く掲げて見せ、くだけた退室の礼とする。
     執務室の扉が閉まる直前に見えたのは、夕映えの光の中に在る穏やかな鬼の姿だった。

     
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    Replies from the creator

    ichagarigari

    DONE獄都二次創作オールキャラ任務小説です。後編にて完結です。
    離れていてもみんなで戦って活躍して大団円!というお話です。
    前編 https://poipiku.com/451933/6832222.html

    * ご注意下さい *
    ・捏造設定
    ・オリジナルヒロイン(おばあちゃん)、モブキャラ登場

     8月のイベントにて個人雑で頒布予定です。
    【獄都二次】清兵衛杉と庄兵衛杉<後編>
     本堂と門を施錠し、スーパーの割引シールがついた弁当を漁りに行こうとしたところを、居酒屋じみた大衆食堂へ足を伸ばす。いつも寺務所で書類の整理ばかりしていたが、今日は強面の来訪者の相手をしたために疲労困憊だ。それにあと二週間は曰くつきの寺での住み込み番の生活が続く。たまには役場のジャケットを脱いで、羽目をはずしたところで罰は当たらないだろう。定食を肴に熱燗一合をちびちび飲んで、心地良いほろ酔い気分で寺に戻る。そんなに悪いことではないはずだ。
     応宗寺へ至る石段を前に、青年の足が竦む。酒で火照っていた身体が急速に冷えて、頭から冷や水を被ったかのように酔いが冷めた。町に点々と佇む街灯の延長で、石段の途中にも灯りがふたつ設置されている。日照時間に応じて自動点灯するはずのそれが点いていない。風で消えたのだろうか。石段の上からごうごうと風の音が聞こえる。
    50131

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