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    misaka_mh

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    misaka_mh

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    組織パロミスオエの続き。みすらさんはいないです

    深淵より・6 今日、俺は人を殺す。生きるために。死なないために。もう一度、家に帰るために。
     考えれば考えるほど吐き気がして身体は震えて涙が出そうになる。
    「ちょっと。吐くなら外にしてよ」
     俺のために開けられた窓の外へ頭を出した。凄いスピードで走る車に乗っている所為で、夜風は頬を撫でるどころか叩いてきて頭が一気に冷えた気がした。少し冷静になる。頭を戻して深呼吸し、前を見つめる。見慣れた荒野の景色が変わっていく。建物がちらほら見え始め、車が停まっているのも見える。ただ人の姿は見当たらない。皆、知っているのかもしれない。この国の夜を支配する者たちの恐ろしさを。
     車が止まったのは住宅が立ち並ぶ一角にある教会の前だった。寂れた様子のその教会は扉が外れ屋根に穴が空いている。ステンドグラスにもヒビが入っていて、人の管理を離れて久しいようだった。
     道中で『死神』が語ったところによると、元は聖ファウストを祀る場所であったらしいが建国から数百年、このように打ち捨てられた教会は珍しくない。特に、『自由の紡ぎ手』が現れてからは、聖ファウストの信者は教会を離れそちらへ傾倒している者も少なくない。
     そのような場所にどちらの勢力とも敵対している『夜闇の鴉』の幹部が訪れたのは勿論、遊興目的などではない。ここに、俺が殺すべき人物が逃げ込んでいるからだ。
     『死神』はつまらなさそうな顔で煙草に火をつけた。甘い香りが閉ざされた車内に充満する。この後何をすべきなのか分かっていても怖くて聞くことができない。もしかしたらもう無言で「行け」と言われているのかも知れない。
    「あの……」
    「こんばんはー!」
    「待ってたよー!」
     俺が口を開いた瞬間、子供が二人後部座席に乗り込んできた。きゃっきゃと騒ぎながらもきちんと扉を閉め、「さて」とワントーン落として言葉を続ける。
    「試験を始めよう」
     そっくりな二つの声が重なった。子供らしい甲高く愛嬌のある声だというのに、それは重く響き俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
    「それでは改めて説明しよう」
     『死神』の話を反芻するように、『双子』はルールを説明した。
     この教会(正確には聖堂というらしい)の中に、『夜闇の鴉』を裏切った者がいる。『賢者』はこの者を始末し、自身が『鴉』に有用な存在であることを証明する。それができれば晴れて『賢者』は『夜闇の鴉』の構成員となるが、できなければ、裏切り者と同様に死ぬことになる。
     裏切り者は一時間ほど前にこの場所に追い込まれた。『賢者』が現れれば当然攻撃してくる。殺されても失格。逃げても失格。逃げられても失格。共謀しても失格。殺して首を本部に持ち帰れば合格。失格の場合で必要があれば、『死神』が処分する。つまり、あの夜の続きが行われるということだ。
     この一ヶ月で異国の旅行者が不慮の事故で死ぬ準備はできた。『夜闇の鴉』が当初危惧していたような国際問題は起きないし、聖府から非難される事態にも陥らない。
    「さあ、異国の民よ」
    「己が賢しらな者であることを証明してみせよ」
     『双子』が引き上げていく。同時に、教会を監視していた『鴉』の構成員も撤収させられた。ここに残るのは俺と『死神』。そして何の事情も知らない裏切り者。
    「僕はここにいるけど、おまえのことはケダモノたちが見てるよ」
     短くなった煙草を窓の外へ放り投げ、『死神』が言った。
    「また会えるといいね、『賢者』」
     冷たい赤い目が笑みの形に歪められる。そうして『死神』は俺の手に銃を握らせた。
     俺はふらふらと車から降りた。
     今夜は雲が多い夜だ。月明かりは時折分厚い雲に遮られる。深い闇を人々は恐れる。俺自身もそうだ。
     通りに人の姿はなく薄暗いガス灯の明かりだけでは教会の中の様子を窺い知ることはできなかった。それは同時に相手も同じことだ。
     闇を縫うように進み、教会の壁に背を貼り付ける。手の中の銃がずしりと重い。泣き出しそうになりながら深呼吸して心を落ち着かせる。思考をクリアにする。
    『殺す時は……自分を最初に殺すんだ』
     『死神』の声が蘇る。俺に殺し方を教えてくれた声が。
    『そして相手のことを考える。相手が何を考えているのか、何をしようとするのか、相手の立場になって考える。そうして、相手がしてほしくないことをする。隙を突くこと、裏をかくこと、ずる賢いことを考える。考えて、考えて、そうすれば何回かに一度くらいは、おまえでも誰かを殺せるよ』
     嘲笑うように、けれど、『死神』の教えはふざけたものではなかった。
     考える。教会の入口はひとつだけ。窓はいずれも高い位置にあるから、そうそう飛び越えられない。中がどのような構造になっているのか分からない。想像するのは結婚式。バージンロードの左右に並べられた長椅子、牧師の立っている祭壇。小部屋もいくつかあるだろう。
     俺が追い詰められたら、どこに隠れるだろうか。小部屋はダメだ。押し入られた時、逃げ場がない。それに、入口の様子は目に入るようにしたい。祭壇の裏はどうだろうか。次の動きがあるまで、一息入れるには丁度いい。近くの小部屋に逃げるのも、侵入者を回避しながら入口に向かうのも、どちらも対応できる。
     俺が相手なら、入口を警戒する。それから窓も。高いところにあるけれど、近隣の屋根から飛び降りれば侵入口にはなる。周囲を見渡し、ふと、ここに来るまでに見えた屋根の穴を思い出す。そこから月明かりが降り注ぎ、暗い夜の光源になっていることだろう。
     一か八か。銃を懐に収め、教会の側面に回り実をつけた大樹を慎重に登っていった。木登りなんて子供の時以来だったが、この一ヶ月のトレーニングのおかげもあって屋根の高さまで登ることも難しくはなかった。音を立てないようにそっと屋根に飛び乗る。軋んだり抜けたりしませんようにと心の中で祈りながら穴の方へと進む。幸運にも人一人が通れる大きさだった。そろりと覗き込んでみると、教会の内部の様子が見えた。長椅子がいくつも並んでいるのが見えるが、見える範囲に裏切り者の姿はない。祭壇の後ろもここからでは死角となっていて見えない。
     入口から堂々と入る度胸はなく、窓を割って飛び込むのはリスクが高い。ここから飛び降りるのが一番確実で、少しは相手の意表を突けるだろう。
     懐から銃を取り出す。自動式拳銃。弾数は多いが殺傷力に欠け、一発かすったくらいでは殺せない。確実に相手の急所に撃ち込む必要がある。人を、殺す、には。
     ぶわっと嫌な汗が吹き出した。脳裏に両親や友人の姿が浮かぶ。
     でも、だって、殺さなきゃ。自分が殺される。皆にも会えなくなる。生きていたら、会えるチャンスはある。だけど、人を殺して生き延びて、どんな顔をして皆に会えばいい。
     遠く、獣の遠吠えが聞こえた。
     ハッと我に返る。
    『おまえのことはケダモノたちが見てるよ』
     見られている。俺が迷っている姿を、『死神』が見ている。この一ヶ月、『死神』は一番近くにいた。俺が殺しを受け入れられていないことくらい、彼はすっかりお見通しだろう。
     逃げたら失格。『死神』に処分される。
     死にたくない。殺したくない。殺されたくない。殺したくない。
     奥歯を強く噛み締め、穴に身を投げた。トンと軽い音を立てて着地する。こんな技術、この国に来るまで身につけていなかったのに。そんな風に自嘲しながらも、警戒して周囲を見渡す。人の姿はない。ならばやはり、祭壇の裏。銃を構え、立て続けにトリガーを引いた。
    「っ!」
     人の声がした。いた。本当に、いた。声がするということはまだ生きているということだ。更に銃弾を撃ち込もうとして手を止める。近くの長椅子の影に身を隠し、どくどくと煩い心臓を落ち着かせる。あのまま撃ち続けていたら、弾切れになったところで反撃を食らっただろう。冷静さを欠いてはいけない。
    「おい、あんた」
     声は祭壇の方から聞こえた。肩がびくりと跳ねる。若そうな低い声。なぜこの局面で声をかけてくるのか。耳を傾けてしまう。
    「あんた……『賢者』か?」
     相手は俺のことを知っている。叫びそうになった。驚きに、恐怖に。殺しに来た相手が自分のことを知っている。それがこんなにも恐ろしいことなんて、知らなかった。
     返答できなかった。動くことさえできなかった。
     先に動きを見せたのは、相手だった。
    「取引しよう」
     驚いたことに、相手が祭壇の裏から姿を現した。それは青年と呼べる年頃の男で、月明かりだけではよく見えないがひどく憔悴している様子だった。怪我をしているのか、右腕が真っ赤に染まっている。銃弾が当たったのだろうかとひやりとしたが、それより前に受けた傷のようで、傷口付近が布で縛ってあった。殺しにきたのに、怪我を負わせたのではと心配するなんて、馬鹿げている。
     俺は銃を構えたまま、立ち上がった。震える銃口を相手の眉間に合わせる。落ち着けと自分に言い聞かせる。こんなに手が震えていては当たらない。
    「落ち着けよ。あんたは俺達とは違う。あんたに……人は殺せない」
     瞬間、青年が動いた。懐から取り出した何かを投げ放つ。間一髪のところで避け、そのまま長椅子の影に転がり込んだ。風が吹いた。そう思った時には、目の前に青年がいた。大ぶりのナイフを振りかぶっている。取引なんて嘘じゃないかと遠くで誰かが叫んだ。
     俺は、死にたくなかった。だから、トリガーを引いた。
     照準のぶれた弾丸は、青年に致命傷を与えることはできなかったけれど、ナイフを持っていた腕にかすった。青年がよろめいて、ナイフが手からこぼれ落ちる。チャンスだ。足払いをかけ青年の体を倒す。すぐさまその上に馬乗りになり、眉間に銃口を押し付けた。今、トリガーを引けば、相手は死ぬ。俺は生き残る。組織の駒として生きるしかなくても、今この場で死ぬことは免れる。
     けれど、本当に、そんなことを、自分は望んでいるのか。
     誰かの犠牲の上に成り立つ俺を、家族は受け入れてくれるのか。
    「降参」
     決断を下すより先に、青年が動いた。両手を頭の上に上げて俺を見ている。
    「……は?」
     絞り出した返答は震えていた。
    「降参するから話を聞いてくれ」
     これは危険だ。共謀、つまり相手の言葉に耳を傾けたら失格になる。『死神』の犬が見張っている今、ここで手を止めたら殺される。
     でも、と思ってしまった。目の前の人のことを俺は何も知らない。『夜闇の鴉』を裏切ったということしか知らない。しかしそれは俺にとって有利に働く話ではないだろうか。誰も殺さず『夜闇の鴉』から逃げ出して生き延びるために、この人の話を聞くことはそれこそ、最後のチャンスなのではないだろうか。
    「あんたは誰も殺さなくていい。俺もここから逃げられる。どうだ?」
     『裏切り者』の目を見る。淡い月の光のような色だった。敵の敵は味方。信じてみても、いいのではないか。
    「誰かと思ったらおまえだったの。ネロ」
     淡い期待を打ち砕く、冴え冴えとした声が背後から聞こえてきた。次いで、獣の唸り声が聞こえる。
     俺はゆっくりと振り返った。銃を持つ手はそのままで。
     教会の壊れた扉をくぐって、『死神』が姿を現した。
    「耳を傾けちゃダメだよ、『賢者』。死にたくないだろう?」
     こつこつと靴音を響かせて、『死神』がこちらにやって来る。俺の『死』が近付いてくる。
    「あ……ああ……」
     殺さなきゃ。今すぐ。今すぐ。殺して、生き延びなきゃ、あの夜の続きは、嫌だ。
    「相変わらず意地の悪い奴だ」
     突如、ネロと呼ばれた青年は俺の拘束から逃れ、銃まで奪った。為す術もなく床を転がった俺が見たのは、銃を構えたネロとそれに対峙する『死神』の姿だった。『死神』の隣で彼の忠実なペットが歯を剥き出しにして唸り声を上げている。
    「誰に銃を向けてるの」
     どことなく楽しそうに、『死神』は笑った。細い指を口元に当て、小首を傾げる。
    「本当に裏切ったんだ。『傷有り』は知ってるの?」
    「煩い。あいつは関係ないだろ」
    「知らないんだ。可愛そうな、ブラッドリー。おまえのことを誰よりも信頼していたのに、裏切られて、嘲笑われる」
    「黙れ!」
     ネロがトリガーを引く。『死神』は避けなかった。銃弾は彼にひとつの傷もつけることなく、明後日の方向へ飛んでいく。ネロの動揺を表すように。
    「あんたこそ、笑っていられるのも今の内だ」
    「ふぅん。僕を殺すって言うの? おまえが」
    「違う。俺が殺すまでもない。だって、あんたはまだそこにいるんだろう」
     ぴくりと『死神』の指が反応した。変だ。咄嗟に俺は思った。この一ヶ月、誰よりも『死神』の近くにいた。彼の些細な変化も少しずつ分かるようになってきた。今の『死神』は動揺している。余裕の笑みが消え、表情が抜け落ちている。
    「おまえ……何を知って……!」
    「知ってるさ。暗くて寒くてじめじめした場所に、おまえはまだいるんだ――」
     囁くようにネロが誰かの名を口にした。事情を知らないこちらとしてはさっぱり分からないが、その言葉は『死神』にとって致命的なものだったらしい。
     『死神』が頭を抱えて声なき悲鳴を上げた。突然苦しみ始めた主人に、獣たちが怯えたような声を上げて彼の周りをくるくる回る。
    「おー……えん……」
     そう呟いたかと思うと、『死神』は糸の切れた人形のようにぱたりとその場に倒れた。獣たちが逃げ惑う。ネロが天井に向けて銃弾を放つと、キャンキャンと鳴いて逃げ出した。
    「いったい、何が……」
     目の前で起きた出来事が理解できず、ぽつりと呟いた。
    「俺にも分かんねぇよ」
     ネロはグリップで頭をかきながら、こちらを振り返る。
    「俺は言われた通りにやっただけだ」
    「言われた? 誰に?」
     『死神』を言葉だけで倒したネロを警戒することを忘れていた。突然緊張の糸が切れたように、気が抜けていたのだ。
    「昔は『隠者』って呼ばれていたらしい。『鴉』にとっても俺にとっても劇薬だよ。それでも今はあいつの言葉に従うしかない」
     ふと、外で物音がした。車が止まったような音だった。俺と同じくネロも警戒して、入口の方へ視線と銃口を向ける。俺はなんとか体勢を立て直して、護身用のナイフを引き抜いた。
     ほどなくして、車から降りてきたらしい人物が現れる。
    「やぁ、ネロ。上手く行ったみたいだね」
     ネロが銃を下ろして長い息を吐き出した。敵意は消失したが警戒心は残っている。彼にとって味方であり、敵でもあるかのように。
    「あんたの言った通りだった。何もかも。気持ち悪いぐらい」
     吐き捨てるネロに対して、相手はからからと笑い声を上げた。月明かりの下、男の姿がしっかり見えるようになる。
     長身の男だった。『死神』よりはしっかりとした体つきをしているが、浮かべる酷薄な笑みは『死神』よりも恐ろしく見えた。
    「こんばんは。助けに来たよ、ネロ。それと、『賢者』様」
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