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    nanahashi777

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    nanahashi777

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    門梶連載三章進捗〜
    パパ活という名のデート回です
    過去においての父親×梶要素が含まれます……

    3 夜分に失礼3 夜分に失礼

    「梶ちゃん、まさかとは思うけど、パパ活に手を出したりしてないよね?」
    「貘さんは一体僕をなんだと思ってるんですか!?」



     一体何故なのか、門倉さんとの恋人関係は順調に継続記録を更新し続けている。門倉さんは僕に愛想を尽かす事も無く、“恋人”としての振る舞いを僕に与え続けてくれていた。今だって、高層ビルの最上階に入っているレストランに、共に向かい合って座っていた。
     これは本当に仮にも恋人に対して向ける感情では無いと理解しているが、普段との差を考えると、いつだって恐ろしくなる。別に門倉さんが僕に向けてくれている感情を疑っている訳では無い。それでも、今恋人として僕の目の前で一緒にディナーを食している彼と、立会人としての彼が、本当に同一人物なのか、偶に認識が揺らぐ。

    「うまいか?」
    「美味しいです、けど。あの、マナーとか、大丈夫ですかね……? 僕、お恥ずかしながらこういう立派なところで食事をする経験が不足してまして」
    「別に気にするこたぁない。ここはワシの馴染みの店じゃ」
    「はあ、すっご……ここがですか?」
    「昔のワシの舎弟の一人がオーナーをしとる」
    「すごい世界の話ですね」

     ぎこちない手付きで、美しく磨かれて傷一つ無い、銀製のナイフを握った。高校の時、形だけのマナー講座なんてものがあったのを、ふと思い出した。当時はこういうものは自分とは一生縁の無い世界だと思って疑っていなかったから、適当に流していたけれど、今更になってもっと真面目に受けておけばよかったと後悔している。
     貘さんと出会って、この世界に足を少しずつ踏み入れ始めてから、こう思う事ばかりだ。何よりも僕には経験もそうだが、兎に角知識が足りないと感じる。貘さんだって以前、知識はあればある程良いと言っていた。
     だから、そんな僕にとって門倉さんとこうして様々なお店に行ける機会というのは非常に有り難いものなのだが、同時に物凄く申し訳なくなるのだ。
     門倉さんと僕は世間一般で言う“恋人同士のデート”というものを、あれから何度も重ねていた。今のように共にディナーを共にし、時折彼の車で当てもなくドライブをしたり、一緒に水族館に行った事もある。(その時は門倉さんの背景にあまりにもレジャー施設が似合わなくて思わず笑ってしまった。粛正されそうになった)だが、身体の関係だけが無い。何度チャレンジしたって僕が吐くからだ。僕は大変不名誉な事にリバース大会連覇記録を順調に伸ばし続けていた。
     胃液を吐き出す度に、貘さんが深刻な表情で僕に持ちかけた言葉がフラッシュバックする。
     ――パパ活。経済的に余裕のある男性と一緒の時間をすごし対価として金銭を得る活動の事。最近の若い女性の間での流行らしい。最悪の流行だな……と思いながら単語を調べ続ける。パパ活を行う女性の大半は性行為は駄目だとはっきり記している場合が多いが、ぶっちゃけ大多数の男性の方は、まあ性欲込みなのだろうな……というのがありありと透けて見えた。
     それにしたって、なんで貘さんは平々凡々な顔つきの成人男性(ここが一番大事だ)の僕がパパ活なんてしていると思ったのだろうか。と、少しばかり考えて僕が最終的に出した結論は、やはり門倉さんとの関係に帰結してしまった。
     肉体関係はなく、経済的に余裕のある男性(立会人自体は無給らしいが、門倉さんはいつだって金に余裕を見せたし、漆黒のカードを持っていた)と一緒の時間をすごし対価として金銭を得る。(現金として貰う事は無いが、僕の身の丈以上のものをプレゼントとして多々貰っている自覚がある。いくら僕が要らないです! と言ったところで「ほんならメルカリで売れ」とか言うから、断るに断れないのである。ものに罪はないしいつも門倉さんは僕がちょうど切らしていたり、漠然と欲しかったりしたものをくれる。一体どこからリサーチしているのだろう)

    「立派なパパ活かもしれない……」
    「ん? なんか言った?」
    「いえ何でも無いです」

     考えれば考える程、僕達の関係は恋人では無くパパ活に寄って行っている気がした。この状況を打破しようと、僕だって門倉さんに何かを与えたいと思えば、「おどれはワシの隣におってくれるだけでええんじゃ」とか言われた日には、僕はどうして良いのか分からなくなってしまう。貘さんすみません、この前はすごい勢いで否定してしまいましたが、僕はいつの間にかパパ活男子になっていたのかもしれません。今度お詫びのかり梅を買って帰ろうと思います……。
     色々な物事がぐるぐると頭の中を駆け巡って、口に運ぶ料理の味がいまいち分からない。(とにかく非常に美味いという事だけは分かる。だが僕は悲しい事に基本的に腐ってなければなんでも食べられるし美味しいと思う馬鹿な舌の持ち主であった)

     この後は、このレストランが入っているビルの真向かいの別のビルに行く予定だった。二階に入っている、大衆向けでは無い作品を流すミニシアターで、昔の映画のリバイバル上映が行われるのだ。門倉さんは随分とその映画が好きらしく、僕が見た事ないと言えば、喰い気味に一緒に見に行こうと誘ってくれた。
     小説だって、映画だって立派な教養の一つだった。少しでも会話の引き出しは多い方が良いだろうと思い、
    二つ返事で僕は頷いた。

    「門倉さんって、映画の席一番後ろしか取れ無くないですか? その、身長的に」
    「まあそうじゃのぉ。別にそれで困った事はないけど。映画よりも、日常生活の方が困る事多いわ」
    「まあ門倉さん自動販売機と同じくらい大きいですもんね。昔は大きいのに憧れてましたけど、門倉さんとか南方さんとかみていると、でかすぎるのも大変そうだなと思います」
    「……よりにもよってデート中にあいつの名前を出す奴がおるか。おどれ忘れとるかもしれんがのお、これはワシとのデートやぞ」
    「あっ、すみません。態とじゃ無いんです、態とじゃ……」
    「ワシは超絶優しいから今回は許すが、次は無いぞ。とりあえず歯車の奴はシメるけど」
    「肝に銘じます」

     僕の歩幅に併せて隣を歩いてくれる門倉さんの顔を見上げながら、僕は心の中の南方さんに謝罪を送った。今度門倉さんに理不尽に八つ当たりされても、どうにかして強く生きて欲しい。

     隣に門倉さんが座っている映画館というのは、どうにも視界が慣れず、何度も瞬きを繰り返してしまった。ただでさえ人の入りが少ないその日の上映会、一番後ろの列には僕達しか座らず、途中で門倉さんはなにをとち狂ったか、僕の手を手すりごと掴んだ。骨張った固い手のひらが、僕の体温と混ぜ合って、妙に緊張した。 だが、僕の脳は実に都合良く出来ているらしい。一度上映が始まってしまえば、そんな事も忘れて、思わずその内容を集中して観てしまった。

     映画の主人公は、少しだけ門倉さんに似ていた。



     門倉さんは立会人らしい敬語と、素であろう広島弁を使い分けて話す。恐らく彼の気分による所が大きい。その使い分けの意図を彼に真面目に訊ねた事は無いが、僕はどちらの話し方も好きだった。

    「では梶様、さようなら」

     僕をホテルの前まで車で送り届け、扉が閉ざされる直前に、彼は僕に向かってそう告げた。

    「ええ、さようなら。門倉さん」

     僕はそれに返す。今日もセックスをする事は無かった。最近はリバース大会が開かれる事自体が減っていた。本当にご飯を食べたり、買い物に行ったりして、それで終わる事が多い。彼が僕を大事にしようとしているという事が嫌でも伝わってきて、どうしてだか視界が滲んだ。
     門倉さんの運転する車が僕の視界から見えなくなるまで、ずっと道路の方を見つめていた。

     恋人としての門倉さんといると、僕はいつだって、思い出してこなかった過去を思い出す事がある。多分、他人にこんな風に接されるのが初めてだから、脳が誤作動を起こしている。
     思い出したのは、中一の時の記憶だった。ちょうど、今夜のような、夏と秋の境目の温度の夜の話である。もう何人目かも憶えていない父親が、僕に与えた快楽という名前の暴力の感触。顔も禄に思い出せないのに、僕の腰を乱雑に掴むそのささくれ立った指の力を、埃臭さが取れない布団の匂いを、あの瞳の恐ろしさを、僕は思い出してしまった。結局あの行為は未遂で終わったが、どうしてそうなったんだっけ……ああそうだ。

    「吐いたんだ、気持ち悪くて。その後は酷く殴られた」

     心底軽蔑する感情をそのまま瞳に乗せて、ちっぽけだった僕の事を見下ろしたあの変態くそ野郎の事を、僕は今でも忘れていなかったらしい。

    「これ、門倉さんに言った方がいいのかな」

     ――でも、話した上で、あの“父親”と同じ瞳が返ってきたらどうする?
     そう一度思ってしまったのなら、思考の回転は悪い方向に止まる事を知らず終いだった。立ち尽くしてしまった僕は通行人に不審な目で見られるよりは、たちの悪い酔っ払いだと思われた方がましかもしれないと、道端で蹲って小さくなった。鼻先が冷気に晒されて一等冷たかった。
     もう少し。貘さんとマルコのいるあの部屋に戻るまではもう少し、時間が掛かりそうだった。

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